その店は吉祥寺駅の南の地上からはわからないはずの「地下」にあった。だが、地下への階段入口にはちょっとした立て看=バナースタンドがあり、そこには上半身を突き出したネコが、まるでネズミにでも襲いかかる如くに、前足で今にもストライカーを弾こうとしている絵があって、「吉祥寺キャロムバー クイーン」「1ゲーム500円ドリンクつき」「営業時間11am〜20pm」と書いてあった。
階段を下りてドアを開けて店に入ると、意外と奥まで広い構造である。
入ったところに4人組の若いママさんたちがボードを囲んでいた。
かすかな化粧品の匂い。
これは、先ほどの家でのものとほぼ同じ感触であるが、年代的にそれより若いことは長年の勘でわかる。
「いらっしゃいませ。初めての方ですか。できたらお名前をどうぞ」と言うのは、明らかに先ほどの電話の声の主の女性。だいたい予想と一致した、ナチュラルな服装センスで妻と全く同年輩と思われる上品でかつなかなか魅力的な好みのタイプの女性と言えばその範疇と思った。
「遠藤です。よろしくお願いします」といささかも動揺なども見せない構えで「遠藤」は、軽い落ち着きを見せながら答えてコートを預けた。
「私は山口と申します。お飲物は何になさいますか?」
「ウ〜ン、ワインがいいけど、スパークリングとかある?」
「ございます。ロゼにしますか白にしますか」
「では白で」。
「ボードはどちらになさいますか?最新型の電光クリスタルボードはいかがですか?」
「ハッ?何ですかそれは?」
「こちらです」と一番奥のやや暗いブースへ案内されると、そこにあるのはガラスのような透明な材質でできたボードで、ストライカーを弾いてコインや壁に当たると、そこでシュバーッと電光がはじけて何とも美しく見える仕組みになっているボードである。そのとき「遠藤」は、山口がその足に編み目タイツ状のストッキングスを履いていることをも偶然目で確認したりもした。
驚いて眼を見張っていると、
「ブラックライトを用いた特殊なアクリル加工処理が施してあります」と、育児頽廃した妻言語には決してない、何とも女性知性を守った声で解説があった。
入口近くのボードにいる4人の若い女性たちは、置いてある持ち物からすると、どうやら子どもを幼稚園に預けてきた後の人たちらしい。一打打つごとにやや嬌声めいたため息や歓声が上がってなかなか賑やかな現である。この声を耳にした遠藤は、この女性たちの「夫」は、自分同様、夢にも妻たちがこれまでの自分にはほとんど見せないナチュラルな盛り上がり状態を絶対想像することはできないであろう認識を、あたかもかつての馬込の萩原朔太郎氏同様に思ったりした。
「素晴らしいですね。ではこれで」
「お相手は私でもよろしいですか?」
「おねがいします!」
ー満月近地点過ぎましたが、まだ続けてもよろしいですか?