東畑開人著『野の医者は笑うー心の治療とは何か?』を推す | JOKER.松永暢史のブログ

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断続的な雨の音に刺激されるためか、書きたいことがいろいろと思い浮かぶ。
雨の音は、どこか焚火の炎に似ている。
東畑開人著『野の医者は笑うー心の治療とは何か?』(誠信書房)を読んだ。
「野の医者」とは、沖縄で広がる民間治療者—ユタ、セラピスト、ヒーラー、スピリチュアリストなどのことであるが、沖縄の精神医療施設で働く京大出の臨床心理士が、その施設の没落に伴い失職し、なんとか大学職を得ようと奮闘する傍ら、偶然トヨタ財団から降りた充分とは言えない研究資金で、「野の医者」にクライアントとして体験インタビューした内容で、「アカデコミカル・ノンフィクション」と自称する、一般の人にもわかるように書かれた学術的読み物である。
大学で箱庭療法などを学んだ臨床心理士は、自分の仕事や学問の世界に疑問を抱く。しかるに、沖縄の人々の中には、自ら「ヒーラー」と自称する民間治療師がたくさんいることに興味を持って、自らを試験体に「突入」を開始する。
するとそこに、ヒーラーたちが、自らどうしようもない体験を背負ってその解決を求めて、いくつかのセミナーなどを受けた結果、自分だけが治るのではなく、他の人を治そうとすることで自分の生き甲斐を確認して行く文化が広がっていることが浮かび上がってくる。
つまり、自己救済のために祈るのではなくて、他者救済を願って祈るという、宗教的イメージの書き換えが起るというものである。
これは死者の前で平和を祈る行為を想起させる。
ユタなどの伝統がある沖縄であるからこそ、現象していることなのであろうが、実践者は沖縄県外からもたくさんやって来ているようだ。
ソクラテスは、自分が何かをしようとする時に、それが善くないことである場合に、自分のうちに、「やめなさい!」と諫止する「神(ダイモニオン)の声が聴こえる」と言っている。
神とは、無意識世界にあるもの、潜在意識下にあるもの。つまり、近代においては潜在意識が「神」。この潜在意識から語りかけた言葉を聴くことができる人とできない人がある。そこでまずこれを聴けるようにし(聴こえているような気にし)、これ=潜在意識=元「神」に自ら問いかけて答えを得ようとすること、得てしまうこと。思えば人間はずいぶん進化したものだ。初めは祈るだけであったが、だんだん神の声が聴こえるようになり、ついには神と対話し、神に答えを言わせるのであるからすごいものだ。
心理療法がしていることを、別の形で民間が行なっているだけ?
でも、手前味噌で大変恐縮であるが、国語問題の解答方法の奥義として筆者が教えて来たダイアローグは、これと密接な関係がある。
「イメージの書き換え」(新しい価値観)、「自ら問うて、自ら答えを得る力」(主体性)。
これらを教育で教えられることがなかった人たちがその不足分を大人になってから体験学習しようとする。
他にも書きたいことはいろいろあるが、この世界は筆者が90年代にオモロい登場人物を渉猟していた時に足を踏み込んだ世界でもあり、筆者はそこでカタカムナ音読を開発し、月の遠近WAVE利用を提唱し始めた。見渡す限り哲学科出身者がいない中で筆者は言語分析的に圧倒的に優位で、暴言的カリスマに苦しめられた圧倒的善意の女性たちの救済にも多少はなったようだった。
シャーマンたちが語ることには論理的一貫性が全くない。でも彼らが社会に先行して直感的に新しいことをつかみかけていることはわかる。それは大衆の総体が希求する新しい「共同幻想」でもあった。そしてそれは哲学が記述しようとすることも同じ次元を共有していた。
それが今沖縄で起っているというのは、実に興味深いことだった。危うく沖縄に行ってみたくなるほどである。
この本の著者の東畑開人氏は、ひょっとしたら「学者」よりも「作家」が本線の人なのかもしれない。とにかく細部まで書くべきところは良く書けている。読者へのサービスも余裕の伴った心地よいものである。この私小説的に自分の内面を自嘲する言葉を随所に吐露するところが滑稽かつ読者の共感を呼ぶところでもあろう。
それにこの方が、この本の一つの結論の、「自らを癒すだけでなく、人を癒すことが大切」、つまり我らが大先達のフランソワ・ラブレー先生が、精神医療の傍ら「笑いが病を治す」として、パンタグリュエルの大作を著した見本にも叶うのではあるまいか。
この「作品」は、文学作品と読んでも損傷のない、又吉『火花』などより一枚上の「楽屋落ち作品」である。作者には、よりオモロい研究に目覚めて、それをフィールドワークしてまた楽しく作品化して欲しい。また他のオモロい研究者たちも、書く技術も磨いてオモロい本を書いて欲しい。
今年読んだ本の中で文句なしに一番面白かった。
このブログの読者全員にご一読をお勧めする。