夏草の記憶 / トマス・H・クック | 音楽見聞録

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ミステリー作家「トマス・H・クック」が書いた作品のうち、現代と過去を交錯させながら語り、次第に過去に遡ることで、やがて真相が明らかになるという手法が用いられたいわゆる「「記憶」4部作」(と言っても相互の物語には何の関連性もないし、原題にも「記憶」というフレーズは無いので、これは日本独自の分類なのでしょうか?従ってどれから読んでも全く問題ありません)

これはジャンル的には「ミステリー」なのだろうが、いずれもエンタメという範疇で括るには内容があまりに重たく、皮膚がヒリヒリする。メンタル弱い時には読まない方が良いと思います。

個人的には特に『夜の記憶』と『夏草の記憶』の存在感が大きい。4部作で一番有名な作品はアメリカ探偵作家クラブ(MWA)エドガー賞最優秀長篇賞を受賞した『緋色の記憶』ということなのだろうけれど、個人的には『夜の記憶』と『夏草の記憶』の方に惹かれます。
惹かれるというより読後に強い印象が残り続けている。

 

 

『夏草の記憶』
”三十年前の痛ましい事件。被害者の少女に恋心を抱いていた少年が胸に秘めていた事件の真相は、誰もが予想しえないものだった!”

ストーリーを語ってしまうのは途轍もなく野暮なので話の内容には触れることが出来ないが、主人公(?)である一人称の語り手ベンの心理描写がとにかく凄まじい、、微に入り細を穿つ思春期の心理は読んでいてこちらが辛くなるくらい伝染してくる。

心の機微、愛情の裏返し、思いと表裏一体となった悪意。
誰もが同じとは言えないまでも似たような経験があるのではないだろうか。多彩な登場人物の誰かにこの年代の自分を投影できるのではないだろうか。
驚くべき表現力で単なるミステリーというより一級の文学作品と呼べると思っている。

 

 

『夏草の記憶』はミステリや筋立ての妙では『夜の記憶』のショック・意外性には及ばないかもしれないが、人の普遍的な思いを凝縮させたという意味では頭一つ抜けた作品になっていると感じる。
プロに対して何言ってんだよだけれど、「ああ上手いな、凄いな」と思ってしまう。

 

 

4冊の記憶シリーズの後に書いた、やや筆致スタイルを変えた「心の砕ける音」もかなりの読みごたえがありこれまた好きな作品です。

 

これはちゃんと新版があるようです。勿論、傑作。