またもやどうでも良い話です。
小説や映画の感想を書く方がいますよね、、、
その中で割と頻繁に見かけるのが、虚構であるがゆえその中に
更なるリアリティが必要である、とか細部の演出にリアリティが
なくストーリー展開がやや唐突で、とか。。。
なぜそうなったかを物語の中で説明していない、経過を追って
表現していないことに対して「軽い」「訳わからん」「ご都合主義」などと評する方もいます。
登場人物がセリフで説明してないからそうではない。
言ってない、書いてない、表現されていないからそれは「辻褄が合わない」
どんな小説や映画であっても、主人公を始め登場人物たちの全ての時間を追って説明している訳ではないし、彼らの考えていること全てが提示されている訳でもありません。
ジョン・アーヴィングみたいに微に入り細に入り表現する作り手もいますが、それでも到底全てなどではありません。
物語の中には非常に多くの、こちら側の知る術のない時間が流
れている。
作中にはそこから選ばれたセリフなり説明なりが行われている。
逆に言えばその他は行間を読みなさい、ということなのでは?
想像力を働かせ、そこに至る経緯とか心情の変化とか揺らぎ
を感じましょうよ、ということでは?
「その他」の時間が圧倒的に多いのに、説明されていないものは
存在しないと判断するのでは、そりゃ物事が極めて簡単に進んで行くように感じるのも無理はないです。
最近は大切なのは意思表示であって、とにかく表現しなければ何も伝わらないよ、という姿勢が主流なんですかね。。。
行間を考えてあれこれ想像してみるのは楽しいと思うのですが。
まあ、どうでも良い話なのですが。