ポール・マッカートニー来日中・・・(に書いてます)
ですがライブへは参加しておりません。
「Beatles」は、自分の中で洋楽の軸、いや音楽の軸を決定付けた、かけがえのない、途轍もなく大きな存在です。
ポールやジョン、ジョージ達の個々のソロ、WINGS等ではなく、やはりBeatlesは別格です。
何故に4人が集まるとこうも違うのか。
という事でBeatles時代のポールが一番好きだし、トータルで考えてもこの時代のポールがミュージシャンとしても極めて優れていると感じます。
ポールのソロやWINGSの作品も好きです。
却ってBeatles時代よりも多くの期間、リアルタイムで接していた分、馴染みもあるし、記憶にも焼ついている感じがします。
そして、あ~思い起こせば1990年3月のポール来日!
「Get Back Tour in Japan」
過去に何度かキャンセルになった来日話の果てに、ついに!ついに!ポールが来る。ホントか?
ホントに中止にならずに来るのか?
あのBeatlesのメンバーであった一人のミュージシャンが来る。
そして目の前で演奏するって。
・・・・これはもう行くしかない。少なくとも同じ場所の空気を吸うために。
また、自分の中にある大きな憧憬やその他あらゆる事を確認するために。
・・・・う~ん。信じられないことに、もう30年近く前になるんですね、、、ポールもまだまだ若かった。リンダも健在でした。
そして当日。ああ、目の前にポールが現れる。
あのBeatlesを作った一人がそこで演奏して、歌っている。
とても不思議な感覚、体験でした。
この人がある意味自分の人生を支配するような数々の音楽を作った一人であること。
心の奥底に一生刻まれている深い刻印を残したその一人。
その人がステージで生で今、歌ってる。
変わらず腰でベースを弾いている。
しかも、ちょっと作品的には不振の時期が続いていた中、コステロと一緒に作り上げた久々の強いアルバムを引っ提げて。
・・・これ以上の興奮はないです。
目の前で信じがたい光景が展開され、息もできない間にあっという間に終わる。
つまりはこの体験をしてしまったが故にその後、何度も来日するようになったポールを見に行くことに、なかなか重い腰が上がらなくなってしまったのだと思います。
当時は確か東京ドームのチケット、高い方の席で7,000円だったかと記憶しています。
それに比して、この頃のチケットはもう次元が異なる金額設定で、とても買えません。
このところ、ちょっと集客できそうな外タレは軒並み、強気の金額設定をしてくるようになった気がします。
あ~もはや、私は体験する層としてはカウントされていない、という事です。
高額チケットについては、需要があるのだから、供給される事自体は問題ないと思ってます。
ライブのチケットがどんどん高額化していくのは1990年の少し後くらいからでしたでしょうか?
いくら間にプロモーターが噛んでいると言いつつも、チケットを高額化させていくのは、最終的にはアーティスト側の意向によるものです。
音楽業界は今やCDは全く売れず・・・
以前は、ライブってどちらかと言えばCD(レコード)販売促進のプロモーションのために開催されていた、と言っても過言ではないでしょう。
ライブの口コミでCD(レコード)が売れる。それを期待してアーティスト側も多少の赤字は覚悟で、そうは儲からないライブをやっていた。
そのライブ自体が巨大なショー化し、ビジネス化して、アーティスト側も、そこでかけた資金を利益として回収せざるを得ず、それ故に躍起になり、どんどん全てがエスカレートして行く。
いつ頃からか始まった屋外の巨大な音楽イベントもそうです。むちゃ集金します。
しかも、バブル崩壊後はライブに個別のスポンサーがつかないことも多くなり、所属するレーベルやメーカーなどのタイアップやヘルプすらどんどんなくなり、生活のためにはライブ自体から利益を上げざるを得ない状況に追い込まれているアーティストたち。
これは少なくともクリエーター側にとって良い状況とは言えないと思います。
それに加えて都内は今、特殊な事情を抱え、更に会場確保が困難になりつつある状況です。
だからこのチケット高騰も仕方なし、なのかもしれません。
そして、ライブ自体も純粋な演奏を聴かせるだけのスタイルから、どんどん大袈裟なショー化して行く。
(良く考えたら発端は70年代のGENESISのバリライト導入あたりだったりしますが、、、、)
そして、そのステージを収録して、後日、映像を販売することで利益を上げることも視野に含めての演出。
90年のポールのライブ、1曲目は当時の新アルバムの曲「フィギュア・エイト」でした。まだまだ現役のミュージシャン感がかなり強かった。
ポールも今ほどBeatlesの曲を自由に気軽に演奏することにはシフトしておらず、当時はその選曲にはかなりの神経が使われているような気がしました。
最近のポールのセットでは、ミスターカイトやサムシングをジョンやジョージではなくポールが歌う。
ん~純粋に「音楽」という観点からすると、それを聴きたいとは思わない、というのが正直な自分の思いです。
ポールがこれらを歌う音楽的な必然性が無い、と、どうしても感じてしまうのです。
でも、ジョンやジョージがいない今、ポールが歌うこれを聴きたいというファンの気持ちも十分わかります。
また、旬のアーティストの一人として、今の、この時代のポールの新作に惚れ込んでいる人が会場に足を運ぶことも必然です。
「ライブ」と「ショー」の差ってどこにあるのか。難しいところです。
また、ショーがライブより下だとも思いません。
ただ、私が見たい、聴きたい、感じたい、その場に居たいのは圧倒的に「ライブ」の方です。
高額なショーは、ちょっと縁遠いところです、、、
「シンガロング」される「アンセム」って?「祝福」?
正直、予定調和はあまり気持ち良いものではないです。
音楽は、やっぱり音源をきちんと聴きこむところから始まると思っている古~い人間です。
・・・救い難いです。
でも、ちゃんと好きなアーティストのアルバム買いましょう。
握手券なんてついてなくても、です。
音楽はそこから始まるのです。
あ~あ、こんなだから、最近のライブに行けないんですよね、きっと。
おまけ記事
HIGH HOPESさんの記事で知った衝撃の事実・・・こりゃ知らなかったなあ、、、
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時代は遡ること1969年。
ポールとジミ・ヘンドリックスが、マイルス・デイビス達とバンドを組む寸前まで行ったらしい、というお話です。
1969年(ジミヘン逝去の一年前)にジミヘンとマイルス、それに元マイルスのバンドのドラマーだったトニー・ウィリアムス(!!)がレコーディングを計画しており、その企画中で、ポールにベーシストとしてバンドに加わるよう、正式にオファーが出されていたのだとか。
このオファーは結局、ポールがスコットランドで休暇中であったという理由から実現しなかったというオチです。
でもこれが事実である証拠として、その際の連絡に使われた電報(時代を感じますね)がオークションで落札され(そもそも誰が出品するんでしょうか?)どこぞのハード・ロック・カフェに展示されているらしいです。
このバンド、もし、実現していたらどんなだったのだろう?
エレクトリック・マイルスにジミヘンのギターとトニーのドラムが入る???
これにポールのベースが加わるって・・・全く想像つきません。
尖ったプレイばかりするプレイヤーを一堂に集めて、果たしてそれで良いものが出来るかどうか、相当怪しい感じなのですが、ああ、それでも聴いた人が度肝を抜かすような何かが生まれていた可能性はあります。
驚くような話です。