最近、強く実感するのですが、(恐らく歳をとったのが原因なのでしょうね。)生きることへの執着が強ければ強いほど、日々の生活の中で感じる不安感は比例して大きくなるようです。
泰然として生への執着をあまり感じさせずに生きている人をほんとうに稀ですが見かけることがあります。
そういう生き方が出来ている人は、恐らく日々暮らしていく上での不安も少ないのではないでしょうか。生への盲目的な執着が却ってその生そのものへの不安を増大させる、というのは非常に皮肉なことですが、ここにもやはり全てを均一化しようとする、差し引きをゼロにしようとする、何か見えない力が働いているのかもしれません。
不安を抱えながらあくまで生に執着するか。生への執着を放棄する代わりに不安から解放されるか。
いずれを選ぶのかはその人の人生そのもの、「生き方」です。
- In Camera/Peter Hammill
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ピーター・ハミルはまるで音楽で不安を告発しているかのようです。存在することへの不安。世の行く末に対する不安。変えられないことへの深い憂鬱。ハミルの音楽を通じて感じるのはそう言った感情です。
このアルバムは彼のソロ4作目になります。名作「ポーン・ハーツ」発表後一時活動停止となったVDGG(ヴァンダー・グラーフ・ジェネレーター)が「ゴッド・ブラフ」で活動再開するまでの間に発表されたアルバムでは次作の「ネディアーズ・ビッグ・チャンス」と並ぶ濃厚な名作ではないかと思います。
この人は本当に真摯に音楽と向き合っている。そして大きな不安を抱えている。不安を抱えているが故に「多作」なのではないでしょうか?不安を埋めるために次々と自己探求を行った結果たる「アルバム」を発表しているように感じます。
このような穿った見方を抜きにしても、このアルバムには説得力があります。
祈りの対象、信仰の対象を探しながらも探しきれない自分。信じるという事への葛藤。冷笑。導かれたい自分とそれを客観的に見ている自分自身を歌った「Faint-Heart and The Sermon」なんて素晴らしい曲です。
泰然自若とし、執着を消して生きて行きたい、と常々考えてはいるのですが、そうはうまく行きませんね・・・