<前回より続く>
第十一 海軍擴張と日英同盟(7)
(「時事新報」社説)つづき
是即ち彼等が遠く亞細亞の諸國に對して朝友暮敵常なき所以にして、深く恃むに足らざるなり。然るに獨り英國は大陸列國の紛爭に關らず、常に物外に超然として自から守るのみならず、其海上の勢力は他國の遠く及ばざる所なれば、今日の場合に於て日本の爲めに同盟國を求るときは、先づ指を英國に屈せざるを得ず。東亞西歐の兩島國が兩々相結んで遙に相應ずるは形勢の命ずる所なれども、人或は云はん、日英の同盟、妙は則ち妙なれども、自利の爲めに動くは今の立國の主義にして、此事たる果して英の爲めに利なれば招かざるも彼れより來りて求る所ある可し、若しも然らざるに於ては假令ひ日本國が熱心するも彼れは唯冷然たる可きのみと。
或人の言、誠に然り。我輩素より文明立國の自利主義を知らざるに非ず、唯これを知るが故に英人の必ず我れに應ぜんことを信ずるものなり。其次第を語らんに、抑も英人が自國の利益を衞る爲めに第一の目的とする所のものは、露國の南進を防ぎ彼をして海濱に頭角を現はすこと匆らしむるの一事にして、多年來英國の外交戰略と云へば、殆んど此一事の外に見る所なしと稱するも過言にあらず。元來露西亞の如き大國を束縛して其運動を妨げ、世界中到る處に一所の良港をも得ること匆らしめんとは、實に大膽なる壓制にして、英國を除くの外に能くも斯くまでの大膽大壓制を試る者は、先づ以て地球上になかる可し。
大膽國果して能く永久に今日の政略を維持して失敗するなきを得べきや否や確知し難しと雖も、兎に角に彼れが中途に挫折するが如きことなく、飽くまでも初一念に從て半分半野の腕力國を壓制し了らんとするの決心に乏しからざるは、事實に疑ふ可らず。然るに一方に於て露國の南進運動は年を加ふると共に益々急激にして、近來は最早や土耳格(トルコ)、亞非汗(アフガン)等の侵略を以て滿足せず、更らに大に羽翼を伸して滿洲朝鮮朝野の地方に爲す所あらんとするものゝ如し。
彼の西伯利(サイベリヤ)鐵道にして成就せば、極東に於ける露西亞政略の一變す可きは勿論なれども、現今の形勢より考ふるときは、或は鐵道開通の日を俟たずして事を始め、近く我日本國の彼岸に一種活潑の運動を目撃することなきを期す可らず。
<つづく>
(2024.6.25記)