人はなぜ人生の時間のうち約3分の1を睡眠に費やすのでしょうか?人だけでなく生物にとって睡眠は欠かせない時間ですが、眠っている間は無防備になり命を危険にさらすことになります。 イスラエルのバルイラン大学の研究者が、ゼブラフィッシュ(脊椎動物の実験に1970代頃から用いられている体長5センチ程度の熱帯魚)の睡眠のメカニズムを研究してこの謎を解くための一歩を踏み出し、2021年11月の科学雑誌「Molecular Cell」で発表されました。

 

私たちが起きている時間が長くなるにつれて、恒常性の睡眠圧(眠気や倦怠感、疲れ)が体内に蓄積します。これを強く感じるようになると、私たちは「眠りたい」「眠って休まなければならない」と積極的に睡眠をとるように行動します。 睡眠が必要な理由は、起きている間に蓄積する神経細胞のDNA損傷を睡眠中に修復する必要があるからです。DNAの損傷は、紫外線、神経活動、放射線、酸化ストレス、酵素エラーなど、さまざまな要素によって引き起こされる可能性があり、睡眠時間と起床時間中に、細胞内の修復システムがDNA切断を修正します。

研究者たちは、DNA損傷の蓄積が睡眠を引き起こす「ドライバー」である可能性があるかどうかを判断するために、ゼブラフィッシュにDNA損傷を誘発し、それが睡眠にどのように影響するかを調べました。ゼブラフィッシュは、その絶対的な透明性、夜行性の睡眠、そして人間に似た脳の機能の一部を備えており、この現象を研究するのに最適な生物だという判断で研究に活用されました。

 

実験の結果、 DNA損傷が多いほど、より長い睡眠の時間が必要になることが明らかになり、睡眠はDNA修復を促進し、その結果DNA損傷が減少したことも確認できました。

 

さらに睡眠圧、疲労感を引き起こす可能性がある物質として「PARP1」というタンパク質が、睡眠と染色体のダイナミクスを高め、起床時間中に蓄積されたDNA損傷の効率的な修復を促進 することがわかりました。 DNA損傷修復システムの1つである「PARP1」は細胞内のDNA損傷部位を発見し、修復に関連するシステムを活性化してDNAの修復を促進します。「PARP1」のクラスターは覚醒中に増加し、睡眠中に減少します。

 

一方で「PARP1」をノックアウトしたゼブラフィッシュは、自分が疲れていることに気がつかずに、眠りに就こうとしないために、DNA損傷が修復されないことも確認されました。同様の実験をマウスで行ってもゼブラフィッシュと同じ結果になりました。

 

この結果によって、覚醒中に発生するDNA損傷によって誘発される「PARP1」クラスターの増加が、疲れや眠気を誘発し、これによって生物が睡眠をとることでDNAが円滑に修復されることが明らかになりました。

 

【出典】 David Zada, Yaniv Sela, Noa Matosevich, Adir Monsonego, Tali Lerer-Goldshtein, Yuval Nir, Lior Appelbaum. Parp1 promotes sleep, which enhances DNA repair in neurons. Molecular Cell, 2021; DOI: 10.1016/j.molcel.2021.10.026