春、現実は厳しい。
編集「う〜ん、働き者のアリと怠け者のキリギリスの愛のストーリーねえ・・・」
「今回のは自信あるんですが・・・」
編集「いやあ、なんかその〜、これだと今時の小中学生に見すかされちゃうんだよなあ。う〜ん、君は上手な絵を書けるし、構図もウマい。独特のセリフにセンスを感じるから、売れる漫画家の条件を満たしてはいるんだけど、ちょっとなあ。
大人の事情を抜きにしてここだけの話さあ、
君はうちでなくて、少年ホップステップとかマンデーとかの方が可能性あると思うんだけど。あ、内緒ね、これ。
俺も漫画大好きでこの仕事やってるから、他の出版社からでも面白い漫画が出たら嬉しいんだよね。読みたいもん、20歳にして技術がほぼ完成されている君が描くシンプルなバトル作品が読みたい。
うちはコンセプトがトガってるから、それに合わないとさあ、いくらいい漫画でもダメなんだよ。」
「だからだよ! だから僕は少年イマジンで連載したいんだ!!
あっ、失礼しました。興奮しすぎました。すいません。
少年イマジン連載作品の全てのテーマが『愛』。
僕はあまり両親とも接することなく、愛を少年イマジンを読んで学んだんです。
僕も、僕みたいな少年たちに愛とは何かを伝えたいんです!」
編集「身の上話や志望動機で勝ち取れない実力の世界なんだよなあ、漫画って。
でも俺は君みたいなやつを応援したくなるわ。連載を持って欲しいからこそ厳しいアドバイスさせてもらうよ。」
ゴクリ
編集「いままでの4作品、全ての愛がねえ、うっすいんだよ。
「うっすい?」
編集「うっすい、薄いんだよ。」
「といいますと?」
編集「働き者のアリの汗が光ってどうこうとか、怠け者のキリギリスがこっそりバイオリンを練習して、それをアリが見てどうとか、そういうのって薄味なんだよね。うちの看板作品『進撃の巨人軍は永遠に不滅ですよね』読んでるんだろ。何か感じるものがあるだろ、君の作品との差、探してみなよ。次で俺を泣かせてくれよ。濃い愛だよ、薄くない、濃ゆ〜〜い愛。」
出版社を出て歩きながら自問自答する。
「まただめか。」
「何がダメなんだ?」
「編集の富樫さんは「愛が薄い」って言ってたよな。」
「なんだそれ?」
「愛に薄いとか濃いとかあるのか?」
「愛は愛だろ? 」
「ん!? 愛ってなんだっけ。」
「家にもどってもう1作品考えないと・・・」
爺や「坊っちゃま、どうでしたか?」
「だめだったよ〜、ジイヤ。僕の作品には薄い愛しか感じられないらしい。」
爺や「そうですか、残念でしたね。」
「まあ僕は他の漫画家のタマゴと違って財力がある。
父さんの事業は兄さんが継ぐし、2人ともニューヨークにいて、
引きこもって漫画を描いていようが、誰にもゴチャゴチャいわれないし。
漫画家庭教師のマンツーマン特訓で技術は20歳にしてすでにアマチュアではトップクラスだ。
あとは少年イマジンのテーマに添えるだけだ。がんばろう。」
爺や「坊ちゃん、前向きな大人に成長されて、グスン、グスン、爺やは、ジイヤは、グスン、うう、うれしく感じますぞ、シクシク。」
オサムの部屋
「う〜ん、他のイマジンの作品は確かに濃いと言われれば濃い。何かが濃い。
」
広いダイニングで夕食
「今夜の料理はいつにも増して美味だな。ジイヤ〜、今日のシェフをよんでよ〜」
ミチバ「ぼっちゃま、本日のメインシェフは私ミチバでございます。」
オサム「今日のディナーはすばらしかったです。
特にこのスモークサーモンは、かじった瞬間に、閉じ込められていた何かがスパ〜ンと、空気がよどんでいた部屋で大きな窓を開けた時に入ってくる春風のように、さわやかで気持ちよい自然の力が口の中に広がってきました。」
ミチバ「このアイリッシュスモークサーモンの弾け飛ぶ開放感は、燻製にする前段階、味をすり込む時に、私が家庭菜園で育てた香草を丁寧に丁寧に魚肉の繊維にそって染み込ませていったものだからこそ。全ての材料、工程にこだわりを入れておりますのは私の料理への愛情、ただそれだけです。」
「ミチバシェフ、あなたの料理の愛情は深い、ということですか?」
ミチバ「そうでございます」
「つまり愛が『薄い』ではなく『濃い』ということですか?」
ミチバ「濃い? 薄くはないので、濃いのかもしれないです。」
「ありがとうございます。
これから毎日ウチのディナーをあなたに任せたいのですがいかがでしょう?」
ミチバ「ありがたいお言葉ですが、それはできません。私には私のレストランがありまして、定休日の月曜日以外はそこの厨房を離れられません。」
ぼくは家でディナーを食べるのを止めた。
毎日毎日ミチバシェフのレストランでディナーをとった。
もう愛なんて探すのをやめてグルメ漫画を描いておけばいいような気がしてきた。
それくらい頭の中がミチバシェフの料理でいっぱいだ。
ああ、思い出すだけで昨夜のラム肉のグリルの味がよみがえってヨダレで洪水だ。
おっといけない、違う違う、僕は伝道師として愛を広めなければいけない。
「愛」を知るためにネットで検索して、出て来た場所に行くことにした。
歓楽街に入りびたり、
深く濃い愛をたくさんの女性から受けた。
そのインスピレーションのまま「シティーハンターハンター」という、夜の新宿歌舞伎町で失踪した父親を探す大人な作品が生まれ、編集の富樫さんには絶賛されたが、
少年イマジンのコンセプトに合わないという理由でバツがついた。
濃い愛とはなんだ?
悲しみを紛らわしにミチバシェフの料理を食べる。
ああ、今日のギネスシチューはベーキングソーダで膨らませたナッツのパンによく合うじゃないか〜。
ん?
なんだか今日はホールのスタッフ達がずいぶん陽気に感じるぞ。
最近、ネットで見つけた「愛が見えるようになるための練習会」の会員になり、愛を可視化する練習をしている。
通い出してから、全く愛を可視化することはできなかったが、
「見えてきた」と言い出し始めた人が出たため、
僕も何かを感じようと深く深く、気の変化を見ようとする毎日。
そうするとなんだか他人の気分が以前より伝わる。
今日はたくさんのスタッフの気分がハイなのはそんな僕だか見えるのかもしれない。
大人のお店でフロアは見た目が25以上ばかりだが、
唯一同じくらいの歳にみえる、大学生のアルバイトであろう男子に聞いてみる。
「なんで今日は君も含めたフロアスタッフは陽気なんですか?」
陽平「わかります!? 毎日の常連さんで親近感わくからいっちゃいますけど、今日、給料日なんすよ!」
「給料日? それだけですか?」
陽平「それだけって、ぼくたち、そのために働いてますし」
「このレストランが好きで働いてるんでないのですか?」
陽平「もちろんミチバさんのマカナイ料理も超うまいんすけど、けど、やっぱりお給料ゼロじゃ働かないっすよ」
「みんなは、お給料が大好きってことですか?」
陽平「そりゃあお給料のこと超好きですよ。お金への深い愛ですよ。」
深い愛
スタッフのお金への愛
ミチバシェフの料理への愛。
色街の子たちの僕への愛。
富樫編集の漫画への愛。
僕はミチバシェフの料理を愛していて
僕は少年イマジンも愛していて
僕は2つ同時に愛している。
2つを同時に愛することもできるんだ。
1つだけ愛する必要もないのか。
お金はたくさんのフロアスタッフに愛されている。
夜の姉様達もみんな僕を愛している。
つまり
1人だけに愛されるわけでもないのか。
愛は1対1でもない。
漫画、料理、お金・・・・
対象がお金でなければいけないわけでもない。
愛はもっと広くて自由なんだ。
何かを心の中から追いかけたくなって、
それを考えると
ついつい気分がよくなる。
その何かへのパワー、それが愛か。
そのパワーが大きいものが深い愛なのか。
だとしたら深い愛と似て使われている編集者の表現の「濃い愛」とは・・・
2ヶ月後
編集「これは、いいかもしれないぞ。イケるかもしれないぞ。
自動運転の自動車達の心を取り扱った作品か。主人公の軽自動車が大きいものへ憧れ、恋い焦がれ。特にこのラストシーン」
・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・ ・・・・・・・・・・・・・・・
軽自動車「いいなあ、おおきいなあ、素敵だなあ、ああ、2トントラックやっぱ大きいぞ! あ、あ、4トントラックもいる。
久しぶりの国道は大きい車がたくさんいてドキドキするわ。
どうしようどうしよう。
もうもうどうしよう。
大きい車が好きすぎる。すんごい好きだ。大きければ大きいほど素敵だ。
車はやっぱ大きくなきゃ。
あ、合流してきた車、ああ大きい。40シートはある大型バスだ。あんな大きいバスが目の前を走っている。
ちょっとだけ車間距離を縮めよう。
お、近づくともっと大きさが伝わるよ。
ああ、もうちょっと近づこうかな。
信号の時はブレーキが遅いフリして、近づいて止まる。
ドライバーは今日も寝てるぞ。
もうちょっと車間距離を詰めて走ろうか あっ やっばいっ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
編集「このラストの部分がいいよ。大型バスのお尻つい突っ込んでぶっ壊れてくシーン。リアルだよ、すんげ〜〜リアルだよ、これが濃い愛なんだよ!
このハッピーエンドになるかどうかわからない危うさを含んだ愛こそイマジン読者がゾクゾクする『濃い愛』なんだよ」
大型バスの気づいてない様子も、スッゲーリアルだよ、リアルだよ、こういうの状況がマジで『濃い愛』なんだよ。」
読み切りでは自動運転の自動車の擬人化や、
狭い道路で大型バスとすれ違う時に変に意識する軽自動車が好評だ。
連載スタートした。
自動運転なのに大きな車にはついつい触れたくなって走行中にカスリそうになる軽自動車。
その事故りそうなことに気づかず、いつも運転席では自動走行モードに任せて睡眠をとる車の持ち主。
この自動車と持ち主のダブル主人公に、読者はいつか危うくなりそうな濃い愛が芽生えるのではないかとネットで予想が展開されている。
中盤で使おうと考えていた展開がネットの読者に先を越された。
ああ、ああ、ダメだ
ダメダメ
ネタがない。
ダメだ、濃い愛を理解した。
だけどもうその表現が、愛するものに突っ込んで砕けること、
それしか思いつかない。
理解することと、外に表現することは全然違うんだな。
描くことがなく、富樫編集絶賛のラストシーンを使うことになる。
10周目最終話が発行された。
外から帰宅すると応接室でジイヤが少年イマジンを読みながらハンカチで涙をふいている。
僕のつくったラストシーンを読んでいる。
ジイヤが本を閉じたので、話かけた。
「ジイヤ、ラストはしっかり泣けるでしょ。でもさあ、この最後の部分だけなんだ、濃い愛を表現できたのは。」
ジイヤ「グスン、グスン」
ジイヤ「坊っちゃま。ご立派になられましたね。」
おお〜〜、ジイヤ、今なら見えるよ。
何だかジイヤ、おまえの愛が一番深く見えるよ。
ああ、その感じがすんごいいいよ。
ジイヤ〜〜
ジイヤ〜〜〜〜
完