
以前は三英傑の点数は
織田信長→95点
豊臣秀吉→93点
徳川家康→90点
だったのが、今回10点採点では…
豊臣秀吉→10点
織田信長→8点
徳川家康→5点
でした。
秀吉に抜かれてしまいましたが、家康が5点って低すぎやしませんか?
文章を見ると明らかに家康大嫌いというのが見え見えなんですが…。
こういう採点をするなら好き嫌い無くして公平に評価すべきでは?
世界史的に見ても家康が250年ほどの戦の無い平和な世を築いたのは偉大な偉業としか思えない。
いくら何でも石田三成が徳川家康より採点高いって有り得ないでしょう。
というか、豊臣政権に必要不可欠は三成ではなく、豊臣秀長だったのでは?
秀吉がここまで評価を受けるのも秀長が居てこそだし、彼が亡くなったから豊臣政権が滅んだと言える。
仮に三成が関ヶ原の合戦で勝ったとしても、戦わなかったとしても、それから完璧に割れてる豊臣家中を纏めるほどの力量があったとは思えない。
嫌われたのは秀吉に贔屓に可愛がられたからではなく本人の性格にかなり問題があったかと思われます。
武田信玄と上杉謙信では
信玄が6点、謙信が7点としていたが…。
戦国大名としては明らかに信玄公の方が優れていると思うのだが、謙信公の方が一体何をしたいのか分からない軍事行動が多い様な気がする。
まぁ、病気がちなのに自分の体を省みずに晩年に信長打倒の軍事行動を起こしたのは大失敗だったでしょうが。
ところで豊臣秀吉が満点なのは、そうかもしれませんが、その改革を急激に進めた為に民は疲弊したと藤田先生は指摘されています。
彼に仕えていた小瀬甫庵が彼が人々の安定した生活を壊して、太閤検知を進め、自分だけ贅沢をつくした為に滅んだと批判してます。
これが敵側の主張ではなく、味方側の主張であることは部下から見ても秀吉は暴君だったと言っているので真実味は高いです。
秀吉は近世社会を築いた優秀な人だったと思うけど、民の事を全く考えず、部下もあまり粛清せず、外様衆に力を持たせすぎて、ゆるゆるな統制では滅びて当然。それに天下人だと言っていたのは秀吉本人だけで、信長公の様に朝廷に認められたわけでも、家康の様に天下人になって人々に喜ばれたわけでもない。
誰かに認められない政権はどう頑張っても長くはもたせられないだろう。
秀吉が子供に恵まれなかったのは、ある意味運命だったんでしょうね。
あと他の時代はあまり詳しくないんで割愛します。←えー!?