「傾聴」って、聞いたことありますよね。
このブログを読んでくれるような方には、
馴染み深い言葉だと思います。
傾聴には、いろんな定義がありますが、
私は、
「じっくりと話を聞く」
ぐらいの曖昧な感じで理解しています。
私は、12~13年ぐらいしか、
傾聴を学んでいないので、
語れる立場にはありません。
しかし、
「本格的な傾聴」までは必要ないけど、
ごく普通の方が日常生活の中で
「傾聴的な話の聞き方」ができれば、
もっとハッピーになれるのにと思うことは
とても多くあります。
傾聴って、技術ではなく、
態度だと思うんです。
だから、
ある程度勉強して
トレーニングも積んだ上で、
自分で自分のことを
「私は傾聴ができる人だ」
と考えるようになると、
「傾聴の本質」からは、
遠ざかってしまうものなんだと思うのです。
もちろん、自分のペースで進めることができれば
いつもどおりにやれば
自然と望ましい形での傾聴ができると思いますが、
思いもかけない状況で
突然、話が始まって、という場合には
いつもと勝手が違うので、
つい、話を整理したくなったりも
すると思います。
誰も皆、完璧な傾聴なんて、出来ません。
だから私は、こんな工夫をしています。
ご飯を食べる前に、
「いただきます」と言うように、
話を聞く前には、
「聞かせていただきます」と
声には出さずに念じています。
いくら求めても望んでも、
完璧な傾聴は出来ない自分。
話を聞いても役に立てないどころか
相手を傷つけてしまう可能性もある。
そんな自分でも、
もしかしたら、何かお役に立てるかもしれない。
そう思って、
「お話を聞かせていただくことしか出来ませんが」
という、謙虚な気持ちで、向き合う。
・話を整理しようとしない。
・自分の価値観で良し悪しを感じない。
・話の展開の先を読まない。
・相手をリードしようとしない
・スキルやテクニックを使おうとしない
・相手を満足させようとしない
・相手の感情を奪わない
・関係を築こうとしない
・時間管理をしない
私が、悩み苦しみをお聞きするときは、
まずは最初の20分、
こんな感じで、「傾聴タイム」を設けることにしています。
これだけ何もしないと、
「それで大丈夫なの?」と
心配してくれる方もいますが、
大丈夫です。
でも、今後、数年経って、
さらに傾聴の経験を積むと、
知らぬ間に、
「オレは傾聴できるんだ」
という自惚れが出てくると思うんです。
そうすると、また自戒モードに戻ります。
もし、
「人生をかけて傾聴を学ぶ旅」
というものがあるとすれば、
こんな感じなのでは、と思います。