うつ病相談専門カウンセラー 川田泰輔のブログ -10ページ目

うつ病相談専門カウンセラー 川田泰輔のブログ

家族がうつ病になったら、あなたは誰に相談しますか?
うつ病,メンタルヘルス,患者への接し方などのノウハウをお伝えします。

今回は、
「話を聞くだけでは意味がない」
という話をしたいと思います。
(ちょっとネガティブだけど)

前回は、
「話を聞くだけでも十分意味がある」
という話を書いたので、
読んでいない方は、先に読んでおいてくださいね!
https://ameblo.jp/utu-sapo/entry-12462103629.html

さて、
「話を聞くだけでは意味がない」
という場合は、次の3パターンがあります。

(1)悩みっぽいこと
(2)グチ
(3)病気


1つずつ詳しく見ていきましょう。

(1)の「悩みっぽいこと」についてですが、
これは本当の悩みではないものです。

いつまでも過去の悩みっぽいことばかり話していて、
全然、「現在」や「未来」の話に
進まないことがあります。

「今週あった、ムカついたこと」のような
エピソードトークがずっと続くパターンです。

このような話も大切だと考えて
しっかりと傾聴すべきだと考える派閥もあります。

でも私は、「聞いても意味はないな」
と考える派閥です。

話し手が「悩みっぽいこと」ばかりを
話し続けてしまうのには
次の3つの理由があると思っています。

A:迷子になっている
B:聞き手を値踏みしている
C:本当に話したいことは別にある


Aの「迷子になっている」ですが、
本当のところは、
何も考えずになんとなく話し始めてしまったので
着地点を見失って、ダラダラ話しているだけ。
ということだと思います。
だから、話を聞いてもムダなんですね。

Bの「聞き手を値踏みしている」ですが、
「無料相談」とかに多いパターンだと思います。
悩みのテーマは一致しているし、
無料だというのでとりあえず来たけど、
「この人に、大切なことを話しても大丈夫なのかな?」
という感じで、
様子をみている感じなのかなと思います。
だから、話を聞いてもムダなんですね。

Cの「本当に話したいことは別にある」ですが、
「本当に話したいこと」って
話すキッカケが難しいんですね。
なので、
本当に話したいことを話す前の準備運動として、
いろいろなことをズルズルと話すんだと思います。
だから、話を聞いてもムダなんですね。

ABCと3つのパターンを書きましたが、
いずれも
「過去にあった悩みっぽいこと」
を話しているうちは
「まだ本気の悩みを話してないんだろうな」
と感じますよね。
だから、話を聞いてもムダなんですね。

(2)グチ

グチって、ふだんは言えないじゃないですか。

相手に「話しててもつまらない」
と思われないかと心配で、
気軽にグチって言えないと思うんです。

そんなときに、
グチでもなんでも、
自分の話をじっくり聞いてくれる人が目の前にいると、
うれしくて、つい、ドバっと
グチを吐いてしまう気持ちはわかります。

でも、グチって、
自分が変わろうという観点はゼロですよね。
だから、話を聞いてもムダなんですね。

(3)病気

これは、本音ベースで思うことです。

悩みを話してもらって、
その悩みに話し手と聞き手の二人で向き合って、
これから少しでも良くなって行こう!という場で、

本質的ではない悩みや、
グチ、他人の悪口といったことを
30分も40分も延々と話し続ける人がいます。

冒頭で、「今回のセッションは50分です」と
伝えているにも関わらず、です。

こういう人は、病気です。
病気という表現方法が悪ければ、
医療機関での治療行為の対象となるべき人です。

あなたは、医師免許を持っていないですよね。
そして多分、臨床心理士でもないですよね。
ただのお節介な人か、
単なる聞き上手と呼ばれる人か、
あるいは私と同じく「自称カウンセラー」か。

病気の人は、
あなたでは手に負えないですよ。

病気の人の話を
私も含め、医療従事者ではないという意味での
「素人」が傾聴するというのは、
無理なんです。
だから、話を聞いてもムダなんですね。

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今回は、
「話を聞くだけでは意味がない」
という話をしました。

次回は、
相手が話す内容で
意味のあるなしが決まるのではなく、

聞き手の側の「働きかけ」で、
話に意味があるようにする「聞き方」
のお話しをしたいと思います。
(つづく)




 

私には、

年に1回、改めて考え直すテーマが、

何個かあります。

 

4月30日の記事では、

「頑張るのは、良いのか悪いのか」

ということを考えました。

https://ameblo.jp/utu-sapo/entry-12457934524.html

 

今日は、

「年に1回、考える」シリーズの第2弾として

 

「話を聞くだけに、意味はあるのか?」

 

を、考えたいと思います。

 

 

 

私が、「話を聞く」といってイメージするのは、

 

【 傾聴 】

 

という言葉です。

 

 

雑談や世間話で話を聞くのではなく、

話す方も聞く方も、

 

「相談」や「カウンセリング」として、

少しあらたまった形で、

悩みや苦しさや困りごとを聞く。

 

そのような場合に、話を聞くということで

よく、

 

 聞く ・ 訊く ・ 聴く

 

の違いが指摘されます。

 

・「聞く」は、ただ聞いているだけ。

 

・「訊く」は、取り調べのように

自分が知りたいことを聞き出していて、

 

・「聴く」が正しい姿なんだと。

 

「声を聞く」のではなく、

「心の声」を聞くのだと。

 

 

ちょっと理屈っぽくなってしまいましたが、

私は、話を聞くときに

初学者向けのポイントは3つある

と思っています。

 

 

1.自分は一切喋らない

2.話の腰を折らずに最後まで聞く

3.自分は不完全燃焼で正解

 

の、3つです。

 

 

1つずつ、詳しく見ていきましょう。

 

「1.自分は一切喋らない」ですが、

相づち以外、何も喋らなくてOKです。

 

このときのワナが、

「どう思う?」です。

 

傾聴の初学者の方は、

 

「どう思う?と聞かれたから、自分の意見を伝えました」

というケースが多いのですが、これは間違いです。

 

「どう思う?」は、「あなたの意見が聞きたいです」という意味ではありません。

マシンガンのように話してしまって、話すのに疲れたか、あるいは、自分ばかり話し続けて少し罪悪感が出てきたかの、どちらかですので、「ごく軽く」返すだけで十分です。

 

具体的には、

 

「どう思う?」

 ↓

「いや~、私だったらどうだろう?うーん難しいな~、〇〇さんはどう思ったの?」

 

で、OKです。

 

一応、こっちの話す順番もクリアした感じにしておいて、実質ゼロ回答で、話す順番だけを相手に渡すというワザですね。

 

一般論的に、

「自分は話してはいけません」だけだと、

話し手からの、

「どう思う?」攻撃

に対処できないので、

ちゃんと覚えておいてくださいね。

 

 

次に、「2.話の腰を折らずに最後まで聞く」ですが、

これは、先天的に、

この通りにデキる人とデキない人がいます。

 

デキる人は、何の苦労もなくデキます。

 

その一方で、デキない人は、

考え方の根本から変えないとデキないので

かなり苦労します。

 

ポイントは、

「良い意味での他人事感」

を感じながら聞くということです。

 

つまり、

「悩みをもらわない」

ということです。

 

あなたの悩みは、あなたの悩みであって、

私の悩みではありません。

 

というスタンスです。

 

この項目は、書けば2万文字ぐらい書けるのですが、今は「初学者向け」ということなので、このへんにしておきますね。

 

 

そして、「3.自分は不完全燃焼で正解」ですが、

 

初学者として、

話し手の役に立つ「良い傾聴」ができた後には、

聞き手の側には、逆に、「不完全燃焼感」が残るものです。

 

いいんです。それで正解です。

 

その不完全燃焼感は、

相手の悩みにこちらが口を挟まなかった証拠です。

 

だから、それでいいのです。

 

自分に不完全燃焼感があって、

聞き手である自分の満足感が低いほど、

 

相手の満足度は高くなります。

(初学者段階では)

 

こちらは何もしていないのに

お礼を言われたりして、

とまどってしまう感じが

100点の傾聴だと思います。

 

ここまでが、

 

「聞くだけ」に大いに意味がある場合の話です。

 

次回は、

「聞くだけ」ではあまり意味がない場合のことを書こうと思います。

 

(つづく)

 

 

私は、矢野惣一先生のことを恩師だと思っています。

 

矢野先生が開講されている、

【 問題解決セラピスト養成講座 】を2007年の9月に受講して以来、遠く離れた北海道旭川からですが、私淑しております。

 

そして、さらに図々しいことに、勝手に、

「オレは、矢野惣一先生の一番弟子だ」と自負しています。

客観的に見れば、矢野門下には錚々たる弟子が大量にいるので、私ごときが一番弟子なわけがなく、私が一番弟子を名乗ることは、事実と異なります。

 

でも、いいのです。

私がそう勘違いして、それがプラスに働くなら。

 

「オレは、矢野惣一先生の一番弟子なんだから、

 無責任なことはできない」

 

そんな矜持を勝手に持って、

勝手に行動指針にして、

迷ったときには、

「矢野先生なら、どうなさるだろう?」と考える。

 

ときに、弱い心が出て、

 

「リピートしてもらうためには

 もうちょっと引っ張っても良いかな?」

 

などという考えが浮かび上がってきても、

 

そうだ!クライアントを依存させてはいけないんだった。

 

と、矢野先生の教えを思い出し、

そのとおり、実践すると、うまくいって、

クライアントは自立して幸せになって

私との関係から離れていくのですが、

 

このとき、矢野先生の予言どおり、

クライアントは自分の力で幸せになったと

思っているので、

 

カウンセラーは、「感謝されない」のですね。

 

もちろん社交辞令的に、

「話を聞いてもらってスッキリしました。

 これからどうすればいいかがわかった気がします」

的なコメントは言ってくれるのですが、

 

「あなたのおかげです」とは、言ってくれない。

 

うん!それでいいんです!

 

これこそ、矢野先生の教え通り。

我ながら、グッジョブです。

 

カウンセリング的な関係が終結し、

頻繁にコミュニケーションをとらなくなっても

メールマガジンなどを読んでくれていて、

忘れかかった頃に

ふと、メルマガの感想などを送ってくれて

元気なことを知らされる。

 

そんなのも、幸せとやりがいを感じる瞬間です。

 

 

【問題解決セラピスト養成講座】の札幌3期が、

6月から開講するということで、

現在、申込み受付中です。

https://www.counseling-school.jp/lp/yanosemi/

 

 

一番弟子とか自称してるくせに、

私は弟子として全然ダメで、後悔してることがあります。

 

矢野先生は、数年前にガンになったことがありまして、

その際に、病状をブログやメルマガで伝えてくれたんですが、

私は、何一つ、動けませんでした。

ブログのコメントや、メール1通すら送れなかった。

 

自分にとってのスーパーヒーローが

弱っているところを見たくないとか、

 

矢野先生も、弱っているところは見られたくないはずだ、とか

 

いろいろ、しょうもないことばかり考えて、

結局、何も動けなかった・・・。

 

あのとき、メールの1通でも出せばよかったと

今でも後悔しています。

 

 

今、「〇〇養成講座」って、流行ってると思いますが、

多くは一瞬の盛り上がりだけで、

矢野講座みたいに、

12年経っても関係性が続くものなんて少ないと思います。

 

私は、12年前に、東京の水道橋で矢野講座を受け、

7年前ぐらいに、札幌1期の矢野講座を再受講しただけです。

 

ただそれだけなんですが、

なにか迷うたびに、当時の矢野講座のテキストを読み直して

初心に戻って、

今のクライアントさんとの向き合い方を考えています。

 

昔から、私の文章を読んでいる方はご存知だと思いますが、

私は、責任を取るのが嫌いなので、

めったに「推薦」や「おすすめ」をしません。

 

ただ2つだけ、例外があって、

我が家をうつ病から救ってくれた、

山口律子さんの「家族力がうつから救う」という本と、

 

私自身が人生の岐路に立ったときに受講して

大変参考になった

矢野惣一先生の【問題解決セラピスト養成講座】は、

 

間違いなく、おすすめできると言い続けています。

 

心理のスキルを身に着けて、

それを使って、自分と周りを幸せにしよう!と

考えている方に、特にピッタリです。

 

歌手のライブツアーでは、

昔は5大ドームツアーだったのに、

今では札幌ドームが省かれて

4大ドームツアーになりがちですが、

心理系の講座では、

今年の札幌はなぜかアツイ!!

 

矢野講座の札幌3期は、

伝説の講座になる予感がムンムンです。

 

矢野講座は、土日連続開催だから、

道内他都市から札幌に行く方は

早めに講座に申し込んでホテルも予約しないとね!

https://www.counseling-school.jp/lp/yanosemi/

 

 


先日、ご相談者の方と話しをしていたときに、

フッと思いついた話をしようと思います。

そのご相談者は患者さんと同居していないのですが、

血縁関係があり、

とても患者さんの病状を心配されていました。

このようなときに

別居のご家族に私がよく言うのが、

「肩の力を抜いてください」ということです。

同居家族なら、日々顔を合わせ、言葉を交わすので、

何かできることもあるのですが、

いくら血はつながっていても

別居の場合は、ほとんどできることはありません。

しかし、いつか出番は来るのです。

 

同居のご家族が

患者とケンカしてしまった場合の仲裁役や、

煮詰まってしまった場合の

患者さんの一時避難先など、

いずれ果たすべき役割が出てくるのです。

ですから、

自ら主体的に動く「アクション」の姿勢ではなく、

何かあったときに頼まれてから対応するといった

「リアクション」の姿勢で、

肩の力を抜いて、

ゆっくりとした気持ちでスタンバイしていればよいのです。

別居のご家族にも、「役割分担」があります。


「同居してケアしてくれてる人にだけ苦労をかけて申し訳ない」


「私も、何かやらなくちゃ」


というような気持ちは、横に置いておいて、
「いざ!」というときに、

満を持して登場できるように、準備しておきましょう!

 

妻が朝ドラを録画して見ています。

2019年度前期は、「なつぞら」ですよね。

 

妻が、録画してあった「なつぞら」を見るときに、

たまたま、私もいっしょに見たんですね。

 

その回は、主人公「なつ」が、

アニメスタジオを見学に行った回で、

なつが興味深そうにしていると、

アニメーターとしてのテストを受けることに

なるんですね。

 

テストを受けてみると、

なかなか上手で適性がある。

絵そのものは未熟でも、

アニメーターとして「絵を動かす」ということには

才能があると、言われるんですね。

 

でも、北海道で牧場を手伝っているなつは、

勉強もしたことないし、

アニメーターになる気はない、と言うんです。

 

そのなつに向かって、

アニメスタジオの主宰者が、こう言うんです。

 

「勉強は、どこだってできる」

 

この言葉に、

私は、とっても勇気をもらいました!

 

昔の本のタイトルで言うと、

「頭にガツンと一撃」的な衝撃を受けました。

 

というのは、

恥ずかしながら、現在の我が家は、

今、人生最悪に、「カネがない」

状況なんです。

 

地方在住の私が、息子を横浜の私立大学に行かせていて、

学費と仕送りで、毎年、100万単位で借金が積み上がっている!

そんな状況なんです。

 

だから、

恩師である矢野惣一先生の

「問題解決セラピスト養成講座」が6月から札幌で開催されるのに

受講できないし、

 

卒業生のみなさんがとても楽しそうに活動している

「かさこ塾」が同じく6月から札幌で開催されるのに

受講できないし、

 

「カネがないって、つらいな~」

 

と、イジケていたんですよね。

 

 

でも、そこに、あのセリフですよ!

 

「勉強は、どこだってできる」

 

大金を払って、講座を受講するだけが勉強じゃない。

 

子育てのプロセスのラストシーンとして、

両親が私にしてくれたように、息子を東京の大学に行かせる。

 

お金を払って、心理の勉強をするのも勉強なら、

家族のために、愛する息子のために、

カネがない中で、歯を食いしばって現状に耐え抜くのも勉強だ!

 

そう、思わせてくれたんですね。

 

2002年にうつ病になってしまった妻は、

長い時間をかけ、ゆっくりと回復の山を登り続け、

先月から、いよいよフルタイムで働き始めました。

 

1回3時間、週3回のパートから、

週40時間の月給制の社保完備の仕事に変わりました!

すごい!

自分の奥さんながら、本当に立派です!

 

そして、

娘は嫁に行き、24歳にして2人の子どもを育てています。

 

息子は、今、大学3年で、就活にチャレンジします。

 

家族全員、元気で健康です。

 

だから、

私はいま、最高に幸せです。

 

恩師である矢野惣一先生の趣味は、「勉強」だそうです。

 

実は私も、学校の勉強は嫌いですが、

大人になってからの、自分で選んでやる勉強は大好きです。

 

「勉強は、どこだってできる」

 

たった一言で、

すっかりイジケてしまっていたヤツ(=私)を

アッという間にやる気にさせることができる。

 

言葉のチカラって、すごいですよね。