うつ病になったSE(システムエンジニア)の夫とその妻の鬱克服日記!! -7ページ目

うつ病になったSE(システムエンジニア)の夫とその妻の鬱克服日記!!

SE(システムエンジニア)でバリバリ働いていましたが、現在"うつ病"で心療内科に通院中。

同じようにSEでうつ病になった方、もしくは身近な人がうつ病になってしまったという方に役立つ体験談となるよう、鬱を克服してゆく様子を記します!

こんばんは、たーです。ニコニコ

久しぶりにブログを書きます。というのも、残業200時間という大炎上プロジェクトのお仕事を引き受けてしまって、ボロボロになってました。・°・(ノД`)・°・

前回は、どこまでお話しましたかね、「対人恐怖症、そしていじめられっ子」までお話しましたね。

高校に入ると状況に入ると状況は一変します。中学でいじめられていたことが嘘のようになりました。

学校に行くのも面白くなりました。環境が変わるとこんなに状況が変わるのかと思いました。



高校で最初にできた友達が、出席番号で僕の一つ前の村○「むーくん」(愛称)でした。そのむーくんとある日学校に行く前に時間があったので、セブン・イレブンで本を立ち読みしてると、I君(名前忘れました・・・)が、話しかけてきて、「今からゲーセン行かない?」と言うではないですか!!

僕は遅刻はありましたが、学校には行っていましたので、学校をサボることに非常に罪悪感を感じました。

むーくんと相談すると彼も同じだったようで、じゃあ朝補講だけでもとなりました。

これがまさにサボタージュのスタート。 

朝補講だけだったのが、1限目、2限目・・・そしてとうとう、お昼から登校という社長クラスのビップか!と思わせるくらいやりたい放題やるようになりました。

しかし、都心と違って田舎町なので、サボってもやることがありません。

いつもゲーセンにいって時間をつぶしていましたが、お金がかかるし、あまりサボるメリットがありません。

冬などは寒いので、材木を拾って焚き火をしていましたが、そこの土地が材木屋の土地だったのが運のつき。あ、と思った瞬間、友達が消えてるじゃないですか!ビックリマーク

僕だけが取り残され、頭をぶったたかれて、高校に連絡するから名前を言えといわれたので適当な名前をいってごまかしました。

そんなにサボって先生は何も言わないのと思いますが、サボる日は公衆電話から高校に電話で「熱が出たので休みます」とかまたみえみえの嘘をついて、その関門をクリアしていました。

そのうちサボって楽しいことをするのではなくサボるスリルが面白くてサボるようになりました。

入学したときの成績が10番以内だったのが、300番代まで落ちてしまいました。まるでジェットコースターで落ちるようなスピードで転落しました。

次回は、「裏切り?」について書きたいと思います。(*^ー^)ノ
こんばんは、たーです。

今日は、有言実行通り朝から房総半島にいっていました。

色々と自己分析の記事から話がそれていましたが、久しぶりに続きを書きたいと思います。

前回の記事は、「【自己分析:少年期】DV、離婚へ・・②」まででしたね。

父親が母親に対してDVを行っていたことで、僕は対、人に対して非常にびくびくするようになりました。

中学に上がると、びくびくする僕は周りからいじめられるようになりました。



学校に行くと、待っているのは容赦のない暴力。廊下を歩いているだけで蹴られ、いつも罵詈雑言で罵られ、周りからは格好のストレスのはけ口でした。

今現在の友達は、このことを話すと信じられない話だと思いますが、僕はいじめられっ子だったんです。

多分今だに連絡を取る、中学時代の友達は一人しかいないんじゃないでしょうか。

あとは周りは皆敵でした。女の子も僕のことを気持ち悪がって近づきもしませんでした。

いつも学校で蹴られた制服の靴跡を、母親を心配させないために家に入る前に、落としていました。絶対に母親に迷惑はかけれない、そう思って中学校の3年間を過ごしました。

いまだに、いじめた人間の顔と名前を忘れたことはありません。

僕は、地元の田川が大嫌いです。自分がいじめれて育った町だから。

田川には実家が家業をしていますが、今現在、父が継いでくれと泣きついてきていますけど、今だに帰る気はしません。

帰るのは家族の顔を見に帰るのと、未だに連絡をとる二人の友人のために帰りたいと思うくらいいでしょうか。

その大切な友人も連絡をくれることが少なくなりましたので、最近は田川に帰る気も起きなくなりました・・・。

今日はちょっとマイナスな話をしてしまいましたね。

でも、上っ面ばかりのいいことばっかり言ってもしょうがない。いいことも悪いことも話せる友達が本当の友達なのではないでしょうか。

僕はそういう友人とだけ付き合います。

皆さん吐き出す場所があるのは大事ですよ。ここをそういう場に使ってもらってかまいませんよ。皆さん一人じゃありませんよ。o(^-^)o

パープルマリアージュでは、婚活・お見合い・恋愛に関する恋愛に関する相談を行っています。もちろん、恋愛相談ではなく、心の病、うつ病に関する様々な相談にものっています。

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こんにちは、たーです。

またブログが滞ってしまっていました。自己分析の記事の続きを待っていた読者様申し訳ありません。続きを書く前に、今、僕がどういう状態かを書きたいと思います。

今は、僕が24~27歳くらいのとき、やる気に満ち溢れ、フリーエンジニアとしてバリバリ働いていた頃の調子に戻っています。

実際、会社を立ち上げ、開発案件を受注し、エンジニアとしての開発に没頭しています。

なぜ?そこまで復活したのか読者の皆様は知りたいと思います。

今日は、それをお話します。

僕は医者でもないし、薬剤師でもありません。それでも僕が経験した7年という闘病生活は大変苦しいものでしたし、自殺未遂もしました。





お医者さんや薬剤師さんはこの病気の研究データを理論と仮説に基づいて検証しているでしょうが、実体験として語られることはまずないでしょう。

あくまで僕の現在行っている手法を紹介します。あくまで個人差があるので、試す場合は自己責任で行ってください。

まず、薬ですが巷では薬ではよくならないといいますが、僕の経験からいうと薬は明らかに効きます。

効くとはいっても何を飲むかが重要になってきます。

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// 抗うつ剤について
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抗鬱剤は、SNRIと呼ばれる(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)を服用しています。

SNRIには、「トレドミン」、「サインバルタ」が良く知られていますが、僕は「サインバルタ」を服用しています。

ネットでSNRIで検索すると、その解説ページがでてくるので詳しいことは省きますが、SSRIで影響するセロトニンだけでなく、SNRIはノルアドレナリンにも影響します。

ノルアドレナリンは”やる気”を高める脳内の伝達物質なので、SSRIの薬で効いたか効いてないか分からない状態から脱することができます。

しかし、飲みすぎると余りに”やる気”を出しすぎてリミッターが振り切れます。僕の場合、リミッターが振り切れ、「会社を5日で作ってしまった」、「あまりに振り切れて幻覚が見え、大事なお客さんとの面談の約束時間に行けなかった」などの影響があるため、飲みすぎるのは良くありません。

幸い日本では、サインバルタは20mgと30mgのカプセルを処方されますが、1日の60mgがMAXなのでそれ以上は処方されません。

僕が双極性障害で幻聴・幻覚が見え、ただでさえ、躁の状態のときにサインバルタを処方すると問題行動をおこすので、現在通っている心療内科では処方してくれません。

なので、僕は、自己責任で海外から個人輸入してサインバルタを取り寄せています。自分で利用する分には法律的にも問題ありませんので、輸入代行業者のサイトで取り扱いされているものであれば、法律的にも問題ないです。

海外では60mgが一般的ですので、あえて”やる気”を出したい場合は、120~180mgくらいを一度に飲んでいます。皆さん危険なのでやめてくださいね。


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// スタビライザーについて
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躁鬱病の方は、気分調整剤(ムードスタビライザー)の服用が重要になってきます。皆さんほとんどの人が飲んだことがあると思いますが、デパケンやリーマスと呼ばれる薬です。

ただのうつ病の方は、なんだか全く聞いてるような薬ではないので、飲むのを忘れがちでしょうが、これ、双極性障害の方は非常に重要になってきます。

僕は躁極性障害の記事でも書きましたが、調子がいいときと悪いときの差が半端ではありません。

皆さん誰しも調子の良い悪いはあるかとは思いますが、調子がいいときは、自分が無敵になったような感覚に陥る、悪いときは自殺願望が落ちるほど落ち込みます。

これを必ず服用するようにしています。ただ、あえて”やる気”を上げたいとは服用していません。

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// 睡眠薬について
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眠れる人は眠れない人の辛さが分からないでしょう。

僕は、睡眠薬を飲まないと全く眠気がきません。どんなに残業し、毎日疲れていても、薬がなければ眠れません。

そういう今日も、睡眠薬を飲んでないため、昨日の朝7時から活動し、会社にいき、バーでお酒を飲み、家で新聞を読み、朝ごはんを食べに六本木に行き、今ブログを書いています。

眠気が来ないのである意味無敵です。いくら仕事をしても眠気がこないわけですから、眠たいときは薬を飲んで眠ればいいわけです。

今日はこれから読書をし、心療内科にいって、晩御飯を食べて、それから朝四時からレンタカーで房総半島をドライブしてくる予定です。



この場合、明らかに躁になっているので、ムードスタビライザーを飲んだほうがよいでしょう。嫁さんは父親が躁鬱病だったので、僕が躁のときと鬱のときが顕著にわかります。

躁のときは「少し抑えたらいいよ」と助言してくれます。

まるで自分の身体が車になったかのようです。

ここで皆さんにお知らせです。

別ブログにてパープルマリアージュというブログもやっています。
内容は、婚活・お見合い・恋愛に関するブログですが、当該ブログの読者様には恋愛に関する相談だけでなく、心の病、うつ病に関する様々な相談にも乗りたいと思います。

もしよろしかったら、こちらも読者になって頂けると幸いです。ニコニコ

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また、上記以外に趣味の食べ歩きのブログとして、

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宜しくお願い致します。o(^-^)o
こんにちは、たーです。

前回、ゲームを買ってあげるから、おいでと愛人の女性に言われ、車の助手席に乗るようにと促された僕は、そのまま家に帰りました。

そして母親にはそんなことがあったことを一切打ち明けず、「もう父親とは一生口を聞くか!」と思ったものでした。



父親が家に帰ってきて、声をかけても一切無視。まったく頷きもしません。

それどころか、もう僕の中では、「父親」とは呼べず、心の中では「アイツ」と読んでいました。

まだ、僕は小学校です。しかし、アイツが憎くて憎くてしょうがない。

そして、中学を卒業して、高校生になりました。

それでも僕はアイツを許しませんでした。一切口も聞きません。

アイツは家に居づらくなり、会社がある事務所で寝泊りしていました。

高校卒業前に愛人と別れたことをしばらくして知りました。それでも僕は許さない。

父親もそういう僕になんと声をかけたらいいか分からない。そういう関係がずっと続きました。

次からは「青年期¥のお話をします。

僕が小学生の6年生になる頃です。

普段九州圏内の”地場”と呼ばれる作業場にトラックの荷物を下ろすと、夕食までには家に帰っていた父親が家に帰らなくなりました。

その代わり、会社の休憩室の一室で寝泊りするようになりました。

僕は、幼くてまだその意味が分かりませんでしたが、僕が学校から帰ったら、「別れろ!!印鑑を押せ!」といって母親を暴行する父の姿がありました。



僕はその光景が信じられませんでした。

蹴られながも、母親は離婚届にはハンコを押しませんでした。

あの虫取りや、競馬場に一緒に連れて行ってもらった父親が一変しました。

帰ってくるなり、家中の窓ガラスをすべてバッドで粉々に割り、祖母が慌てて警察を呼びました。

もうそのときの父の顔は、恐ろしく般若の子供ながらも近づいたら危ないと身を隠しました。

DVを始めた父は、子供だけには手をあげませんでした。

そうしてるかと思えば、愛人を車に乗せ、「ゲームを買ってあげるから一緒についておいで」など言われ、喉から手が出るほど欲しいゲーム器には手を出しませんでした。

それからたびたび愛人を僕の前に紹介しようと、連れてきましたが僕は一切無視することを貫き通しました。

この話はちょっと長くなるので、また次回にお話しますね。