記憶はどこにある?──脳と菌、そして身体に宿るもの
うつせみ相談室のこんどうみつこです。
「記憶とは、いったいどこにあるのか?」
そんな問いに、私たちは長らく「脳の中」と答えてきました。
神経細胞のつながりや、電気信号・化学物質の変化として刻まれている──それが記憶だと、当たり前のように信じてきたのです。
けれど近年、「記憶」という概念そのものが、少しずつ拡張されつつあります。
今回はその広がりを、“科学の事実”と“可能性の世界”を分けながら、静かに見つめてみたいと思います。
細菌にも「記録する仕組み」がある
近年の分子生物学は、バクテリアが「侵入してきたウイルスのDNA情報」を記録し、次回の侵入に備えるという仕組み──CRISPR-Casシステムを解明してきました。
この機能は、細菌自身にとっての“免疫記憶”のようなものです。
しかもこの情報は、子孫へと引き継がれるのです。
これは「脳の記憶」とは異なりますが、「情報の保存・継承」という意味では、私たちが使う“記憶”という言葉の新しい使い方を考えさせてくれます。
腸内細菌と心のつながり
私たちの腸内や皮膚などに棲む細菌群(マイクロバイオータ)は、食事やストレス、環境の変化に応じてその構成を柔軟に変化させ、体に適応しようとします。
さらに、抗生物質にさらされた際には、耐性を“遺伝子”というかたちで仲間同士で共有することも知られています。
また、動物実験では、人の腸内細菌を移植されたマウスが、元の持ち主の心理傾向を反映したような行動をとるという興味深い結果も報告されています(例:不安、活動量、社交性などの変化)。
これらの知見はまだ発展途上にありますが、腸内細菌が脳や行動に影響を与えている可能性は、すでに科学の世界で重要な研究対象となっています。
【ファクト】「脳以外の記憶」も存在する
「記憶は脳にある」とは限りません。
たとえば、
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免疫細胞は、一度出会ったウイルスや細菌を「記憶」して、次の侵入時に素早く対応します。
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筋肉細胞には、トレーニングの履歴が細胞レベルで残る“マッスルメモリー”と呼ばれる性質があります。
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エピジェネティクスという分野では、環境による影響が遺伝子の「発現のされ方」に記録され、時に次世代へも伝わることがわかっています。
つまり、“経験”は脳だけでなく、身体のあちこちに保存されている可能性があるのです。
菌に刻まれる「わたしの一部」
ここまでの科学的知見を土台にしながら、ふと想像を広げてみたくなります。
たとえば、あなたの腸内に棲んでいた常在菌が、あなたの食の好みや生活リズム、ストレス傾向などに長年寄り添い、ある種の“傾向”を共有していたとしたら。
その菌が、あなたの死後も一部環境中に残り、誰かの体内に取り込まれたとしたら。
──その人が、ふとした瞬間に「懐かしさ」や「既視感」を感じたら?
──夢の中に、どこか知らないはずの風景が浮かんだら?
それは、あなたという存在の「かすかな痕跡」が、世界に微かに残っているということかもしれません。
もちろん、これは科学的に証明された話ではありません。
けれど、自然界のつながりの中で、私たちの情報や感覚が少しずつ広がり、溶け合っていく…
そんな想像に、どこか安心感を覚えることがあります。
「記憶」は、脳を超えて広がっていく
今、科学の最前線では「腸–脳相関(ガット・ブレイン・アクシス)」という考え方が注目されています。
それは、私たちの思考や感情が、脳だけでなく、腸内細菌や身体全体との相互作用で成り立っているという視点です。
「菌は記憶する」という言葉は、比喩としては刺激的かもしれません。
けれど実際には、「身体のあらゆる場所に、経験が刻まれている」ということが、少しずつ明らかになってきているのです。
その記憶は、あなたという存在のリズムや重なりを、確かにこの世界に残していくのかもしれません。
ゆっくりと息をして、
あなたのリズムで、この続きを歩いていけますように。
「こころの深呼吸」、また次のひと息のときに。
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