回想~2009年5月頃 その三 「甘い私」
今日は今のところ一件の入力作業もしていない。誰の役にも立っていない。ただ電力を消費しているだけ。生産性が非常に低い。割り箸やレジ袋を節約しても私の行動自体が反エコである。
長期間何もしていないのでこれから急に何をするというのも結構難しい。はっきり言って、去年の10月からただ飯ぐらいのお荷物だ。私の責任の部分ももちろんある。ストレス耐性、基本的仕事力の低さ、社会不適合な性質。
極端に少ない業務量で一日中ほとんど座っているだけというのは、窓際族より性質が悪い。抑うつ状態との診断だが、周囲からすれば特別には見えない。本人も正直どこまで病気なのかわからない。さっさとやめてどっかへ行ってしまうのが、私の体にも会社にとっても一番健康的である。しかし実際はおんぶに抱っこしているしかない。同僚と食事に行く際は一番安いメニューを。行動はなるべく質素に。今は耐えて、地道な努力で這い上がらねば。
この会社で全く実力を発揮できなかった原因はいくつもある。私の職能が足りなかったこと、立て続けに強引な指導をした上司二人。全てが悪い形で噛み合った結果、どうしようもない結末を招いた。
唯一の光明は、私の限界点が見えたことだろうか。復帰して5月初旬までは確かにおかしなままだった。5月中旬引き続きおかしなままではあるが、ほんの少しだけ、豆粒一つ分だけ前に進んだ感じがしたのだった。でもまだまだ予断を許さない状況は続いている。チームリーダーとはメールでのやりとりのみで全く直接に話しかけるということはないがやりとりをしている分マシである。
一方で課長は本当にまったく音沙汰がない。健康状態を知らせたメールにも何の反応も見せない。彼らがどこかの部署に文句を言っている声を聞いただけで震えが来る。これは相当なPTSDである。
2ヶ月間の休職、準備期間1ヶ月。3月から正式復帰だったがいまだ準備期間モード全開。3,4,5月。今月はもうコレで良いだろう。こういった休職のケースは本当に難しいと思う。原因が何なのかを会社側が把握し、把握したとしてもどこまでその問題の解決に動いてくれるのか。私の場合も上司とのコミュニケーション不具合による配置転換を訴えなければ、同じ渦の中で再びしんどい状態に巻き込まれていただろう。不幸中の幸いというべきだろうか。
何が不足しているのか?何を補えば良いのか?どちらにしても激しく考えて動かなければ。
自分に甘いから他人にも甘い私。
長期間何もしていないのでこれから急に何をするというのも結構難しい。はっきり言って、去年の10月からただ飯ぐらいのお荷物だ。私の責任の部分ももちろんある。ストレス耐性、基本的仕事力の低さ、社会不適合な性質。
極端に少ない業務量で一日中ほとんど座っているだけというのは、窓際族より性質が悪い。抑うつ状態との診断だが、周囲からすれば特別には見えない。本人も正直どこまで病気なのかわからない。さっさとやめてどっかへ行ってしまうのが、私の体にも会社にとっても一番健康的である。しかし実際はおんぶに抱っこしているしかない。同僚と食事に行く際は一番安いメニューを。行動はなるべく質素に。今は耐えて、地道な努力で這い上がらねば。
この会社で全く実力を発揮できなかった原因はいくつもある。私の職能が足りなかったこと、立て続けに強引な指導をした上司二人。全てが悪い形で噛み合った結果、どうしようもない結末を招いた。
唯一の光明は、私の限界点が見えたことだろうか。復帰して5月初旬までは確かにおかしなままだった。5月中旬引き続きおかしなままではあるが、ほんの少しだけ、豆粒一つ分だけ前に進んだ感じがしたのだった。でもまだまだ予断を許さない状況は続いている。チームリーダーとはメールでのやりとりのみで全く直接に話しかけるということはないがやりとりをしている分マシである。
一方で課長は本当にまったく音沙汰がない。健康状態を知らせたメールにも何の反応も見せない。彼らがどこかの部署に文句を言っている声を聞いただけで震えが来る。これは相当なPTSDである。
2ヶ月間の休職、準備期間1ヶ月。3月から正式復帰だったがいまだ準備期間モード全開。3,4,5月。今月はもうコレで良いだろう。こういった休職のケースは本当に難しいと思う。原因が何なのかを会社側が把握し、把握したとしてもどこまでその問題の解決に動いてくれるのか。私の場合も上司とのコミュニケーション不具合による配置転換を訴えなければ、同じ渦の中で再びしんどい状態に巻き込まれていただろう。不幸中の幸いというべきだろうか。
何が不足しているのか?何を補えば良いのか?どちらにしても激しく考えて動かなければ。
自分に甘いから他人にも甘い私。