今回は私が妙に気になっちゃったので調べたことのメモです。

 

長いしヨガ・ピラティスレッスンの記録ではないので興味の無い方はどうぞ読み飛ばしてください。🙇‍♂️

 

 

 

年末の太陽礼拝108回。

 

私の通っているホットヨガスタジオLAVAでは定番です。

 

他のヨガスタジオについて全く無知なのでLAVAだけでの話になりますが、

 

よく「108回、煩悩の数だけ太陽礼拝をしよう!」みたいな感じで言われてます。

 

それを聞いてからずっと

 

「なんでヨガといえばヒンドゥー教なのに、仏教の「煩悩の数」だけ太陽礼拝しなきゃいかんのだ」

 

と疑問でした。

 

(私は超無神論者であるが故に、宗教の歴史や構造に興味があるという面倒臭い人間です。)

 

と同時に、海外ではそのへんどうなってんのかな?と思って、興味本位で調べてみました。

 

Reddit準拠なので英語圏(主にアメリカ)の情報を元にしています。

 

 

意外や意外(でもないのかな?)、海外のヨガ民も結構太陽礼拝108回やってました。

 

何気に驚きました。割と普通にするもんなんですね。

 

タイミングは年末年始以外に、春にもやったりするようです。

 

気持ちいい小春日和の中で太陽礼拝108回、何だか良いなと思いました。

 

そのスレでしきりに言われていたのは、「108はインドでは神聖な数字」という話。

 

このへんヨガ哲学に詳しい方には常識なのかもしれませんが、

 

いまいちピンと来なかったので、Redditを離れて詳しく調べてみました。

 

 

私はヒンドゥー教に明るくないので初めて知ったんですが、

 

要は、ヒンドゥー教において「108」は「全体性(Wholeness)」を象徴する数らしいです。

 

「無限」の置き換えが「108」という数字だということです。

 

ここで「じゃあなんで100でも200でもなくて108なの?」という事も調べたんですが長いし面倒なので割愛します。

 

なので、宗教書の数、神の名前、巡礼地の数はもとより、

 

アーユルヴェーダにおける急所の数も108。

 

ヒンドゥー教と根っこを共にする仏教にも同じような考え方があって、

 

「108は煩悩の数」という風に表現されますが、

 

「執着心や快・不快、過去・未来などさまざまな心理的要素を包括した数が108」

 

というような事のようでした。

 

要は「煩悩」ってことですね。

 

そう思うと「全体性を表す数字」という意味でも納得がいくし、

 

「煩悩の数だけ太陽礼拝しよう!」というのも良い感じの考え方だと思います。

 

 

 

Redditにあった他の書き込みには、

 

「大昔のインドの天文学者が、地球と月の間に108個の月が収まるほどの距離があり、

 

太陽の直径の中には地球が108個収まる長さがある事を知った。

 

したがって108は神聖な数字となった。」という説も。

 

「嘘くさ」と思ってちょっと調べたらやっぱり嘘でした。

 

それらの実際の数字が108に近い比率である事から生まれた、根拠のない俗説でした。

 

 

 

あと、これ良いな!と思ったRedditの書き込みは、

 

「どうやって108回も数えてるの?」という質問に対して

 

「うちのスタジオはボールを二つ用意して、片方に108個マーラービーズを入れてある。

 

太陽礼拝を一回する毎にもう片方のボールにビーズを移して、終わったらそのビーズでネックレスを作ってもらうよ。」

 

という回答者が!

 

えー!なにそれ素敵。

 

マーラービーズってこういうのですよね。

素敵なショップから画像失礼しました。

 

これやりたいな。

 

頑張った証拠として形が残るので、後から見返したとき嬉しくなりそう。

 

日本のスタジオでもこれやってるところあるんでしょうか。

 

自分で好きなビーズを108個買ってきて勝手にやったろかいな。

 

image