浦島太郎の話 その②

 

丹後国風土記(たんごのくにふどき)から

日本書紀に引用された

「水の江の浦嶼子(みずのえのうらしまこ)」。

これが日本での浦島太郎の原典。

作者は伊余部馬養の連(いよべのうまかいのむらじ)。

飛鳥時代の貴族で、漢詩人。

まー漢詩と中国文化の研究者さんと言っていいかも。

浦嶼子のおはなしにも中国要素がいろいろ出てくる。

 

例えば、嶼子が訪れた蓬莱山(ほうらいさん)。

これは道教からなる神仙思想に出てくる

仙人がいるとされる仙境「蓬莱(ほうらい)」のこと。

道教についてはまたの機会に

別視点からも語ろうと思う。

 

あとは物語に唐突に出てきた

「すばる星」と「あめふり星」の子どもたち。

これは中国独自の星座の考え方、

「二十八宿(にじゅうはっしゅく)」または

「二十八星宿(にじゅうはっせいしゅく)」に由来してる。

「すばる星」「あめふり星」は日本での呼び名。

中国の二十八宿に対応させると、

すばる星=昴宿(ぼうしゅく)=プレアデス星団

あめふり星=畢宿(ひつしゅく)=ヒアデス星団

ていう風になる。

いずれも西の空に輝く星団で、

どちらもおうし座の中にある。

ただ当時の中国ではおうし座って概念はなかった。

単純に天を28分割したところに割り振られた名前のうち、

昴(ぼう)と畢(ひつ)の星々ひとつひとつが

物語に出てきた子どもたちなんだ。

 

日本から見ると中国は西にあるよね。

暗に「蓬莱に来るには西に行けばいい」

ていうことを表現してるのかも。

 

中国研究家な馬養(うまかい)さんの

中国知識が落とし込まれた場所なのかもね。

 

あと日本書紀が持つ

「中国向け日本紹介パンフ」っていう性格上、

「ちゃんと我々は中国さんの文化をリスペクトして

こんなふうに勉強してますよ」ってアピールでもあるかも。

 

そして時代はくだって室町時代。

短編物語「御伽草子(おとぎぞうし)」で、

題名は浦嶼子(うらしまこ)から

浦島太郎(うらしまたろう)に変化。

亀は釣られるのではなく、浦島が亀を助ける形に変化。

亀比売(かめひめ)は乙姫(おとひめ)に変化。

蓬莱(ほうらい)は竜宮城(りゅうぐうじょう)に変化。

玉匣(たまくしげ)は玉手箱(たまてばこ)に変化。

玉手箱を開けたら空へ飛び立つのは、

玉手箱から出た煙に巻かれて老人になることに変化。

 

だいぶ現代の形に近づいたけど、特に大きく違う点が3つ。

 

ひとつめは、竜宮城には舟でいくこと。

(竜宮城は海中じゃなくて、島か大陸にある設定)

ふたつめは、玉手箱を開けたら雲のように飛び立つんじゃなくて

煙に巻かれて老人になること。

みっつめは、老人になった浦島はさらに鶴に変化して

蓬莱山に飛んでいって、そこで再会した乙姫と

永遠に結ばれるというハッピーエンドになったこと。

鶴は千年、亀は万年という言葉にならって、

鶴と亀が結ばれてハッピーエンドってことだね。

 

これが室町時代、御伽草子での浦島太郎。

 

特に飛び立つを煙に巻かれるに変えたのは、舞台演出上

登場人物が飛び去るなんて無理だったからっていうのと

煙に巻かれてる間に早替えをするかなんかで

変化をわかりやすくする工夫だったんじゃないかな。

 

またさらに時代がくだって、今度は江戸時代。

ここでまた現代の形に近づいてく。

江戸時代の瓦版(かわらばん)には

浦島が亀に乗って海中の竜宮城に行くという表現が加わる。

そして助けた亀=乙姫じゃなくて、

亀は乙姫の眷属(けんぞく)、家来(けらい)で

竜宮城に連れていくという役割に変化してる。

あと老人に変化した浦島はさらに鶴となって蓬莱山へ、

蓬莱山にやってきた乙姫と結ばれてハッピーエンド。

ここまでは、浦島と乙姫のラブロマンスの形。

 

そして最終的に今の形になったのは明治時代。

学校教育に浦島太郎の物語が使われるようになって、

子どもたちの教材という立ち位置に変化した。

つまり、浦島太郎という物語に「教訓」が加えられた。

 

浦島は乙姫とは結婚しないで、老人になっただけの

絶望的なバッドエンドに変化。

玉手箱を開けないという約束をしたのに、

約束を破って開けてしまった浦島が最終的に悪者って形。

これを語り終わって先生は

「約束を破ってはいけないよ」って教えるという

夢も希望もないエンディングになっちゃった。

 

こういう変遷をたどって、浦島太郎は

亀を助ける善行をしたのに、

最終的には約束を破った罰を受ける。

なんて、いまいちちぐはぐな物語になっちゃった。

 

そして私が「なんだこのおはなしはー」って怒るってゆー。

 

悲劇からハッピーエンドへ、そして教訓話へ。

そういう流れをたどってきたこのおはなしなんだけど・・・。

 

・・・で、なんで

「中国向けの日本紹介パンフ」であるところの

「日本書紀」にこの話が書かれなきゃいけなかったの?

 

浦島太郎の物語が抱える、

いちばんの謎に迫るのは次回。

 

近いうちに書くよー、おたのしみにー。

 

UTDN-0049

こんにちわ、私はうてゅうでぃんです。

どうも地球での生活が上手にできないので、

もしかして私はうてゅうでぃんなんじゃないかとか、

なんならうてゅうに帰ったほうがいい感じに生活できるんじゃないかなとか、

そんなことを考えたことがあります。あるだけです。

天の川銀河のオリオン腕に住んでることだけは確かです。

 

昔々、あるところに浦島太郎というイケメンがおりました。

イケメンが亀を助けたらなんやかんやあって

箱をあけたらおじいさんになって絶望しました。

 

なにこの話、てゆー昔話の代表格、浦島太郎。

なんで亀を助ける善行をした浦島太郎が救われないの?

結局これは、遊郭にはまって破滅した男の話?

「開けるな」ともらった玉手箱を開ける約束を破った罰?

そもそも乙姫は開けちゃいけない箱をなんでくれた?

 

いろいろ調べてみた。

 

実は浦島太郎、日本書紀に出てくる話。

西暦720年、日本が主に中国に向けて書いた

「日本はこういう歴史がある国なんですよ」

てゆー全31巻にもわたる日本公式パンフみたいな。

 

もーちょっとA4用紙1枚とかにまとまんなかったのかな。

とかゆー現代目線のツッコミは置いといて。

 

とにかく日本が海外に向けて書いた公式自己紹介。

そんなおかたい文書に、浦島太郎の話は出てくる。

さーなんでだろー。

 

日本ではじめて浦島太郎について書かれたのが、

丹後国風土記(たんごのくにふどき)と言う書物。

西暦713年から数年かけてたと思うんだけど、

京都府北部の伝承としてまとめられた書物。

そこには浦島太郎の元になった、

水の江の浦嶼子(みずのえのうらしまこ)

という男の話が出てくる。

 

水の江の浦嶼子

昔、京都府与謝郡日置里にある筒川村に、

筒川嶼子(つつがわのしまこ)という男がいた。

嶼子は日下部首(くさかべのおびと)という

海に関する造詣が深い豪族の先祖で、容姿端整でとても風流。

水の江の浦嶼子として有名な男。

嶼子は船で漁に出たけど不漁のまま数日経過。

そんな中5色に光る亀を釣り上げた。

こんな不思議な亀がいるんだなぁと思いながら

嶼子はそのまま眠ってしまうと、

亀はいつの間にか美しい女性になっていた。

驚いた嶼子に女性は

「私は仙人の子です。どうか疑わないでください。

 なんとも風流な方が青海原にいらっしゃったので、

 あなたと親しく語り合いたいと思い

 風雲に乗って参りました。永遠に一緒にいたいのです。」

と猛アタック。嶼子は驚きながらも

「私こそあなたを愛す心に緩みありません」

と返す。やだ嶼子くんめっちゃチョロい。

「ならば共に蓬莱山(ほうらいさん)へ参りましょう」

言われるまま目を閉じた嶼子が次に目を開くと、

あっという間に仙人の国にある蓬莱山に着いていた。

そこにある宮殿の門の前で待たされる嶼子に

門から出てきた7人の子どもたちが

「この方は亀比売(かめひめ)さまのご主人ですね」

と噂しているのを見て、嶼子は女性の名前が亀比売だと知る。

そういえばこのふたり、お互い名乗ってない。

さらに8人の子どもが入れ替わりに出てきて

「この方は亀比売さまのご主人です」と繰り返す。

子どもたちと入れ替わりに出てきた亀比売は嶼子に

「7人の子どもはすばる星(プレアデス星団)、

 8人の子どもはあめふり星(ヒアデス星団)です。

 どうか心配なさらないで」

と声をかけ、門の中に嶼子を導いた。

家の中では娘の両親から歓迎を受け、

人間界と仙人界の違いについて話されたあと、

人と神とが結ばれた記念の宴が開かれた。

そして仙郷での生活を始めて3年が経過した。

 

そのうち嶼子は故郷が懐かしくなり、両親が恋しくなった。

落ち込む嶼子に亀比売が声をかけると、嶼子は言う。

「心劣る人間は故郷を懐かしがると言います。

 死期を迎えた狐は生まれた巣穴に戻ると言います。

 そんなことはないだろうと思っていましたが、

 今はそれが真実だったと思うようになりました。

 しばらく故郷に帰り、両親に会ってきたいのです」

それを聞いた亀比売は

「永遠に一緒にいようと誓ったではないですか。

 どうしてたちまちに私を捨てようとなさるのですか」

と嘆き悲しむ。

しばらく話し合い、ついに嶼子は人間界に戻ることになった。

亀比売は玉匣(たまくしげ∕玉手箱)を嶼子に渡しながら

「この後も私を忘れることなく、再びここに戻りたいなら

 しっかりと玉匣を握り、決して開けようとしないでください」

と伝えた後、来たときと同じように目を閉じさせた。

 

目を開くと筒川村に着いていた。

しかしそこにいる人には見覚えがない。

村人に「水の江の浦嶼子の親族は今どこに?」と問うと

「そりゃあんた、300年以上も前の人じゃないか。

 あんたは何者で、なぜそんな昔のことを尋ねるのか」

 

それから10日、嶼子は放心状態で村を歩き回った。

歩き疲れて座り込んで玉匣をなでていると、

不意にそのふたを開けてしまう。

すると嶼子の体は風雲にさらわれるかのように

あっという間に天空に飛び去ってしまった。

 

「私は約束を破った、もう二度と亀比売には会えない」

涙する嶼子に遠くから亀比売の声が響いてきた。

「どうか私を忘れないでいてくださいね」

嶼子は想いに耐えきれず嘆き悲しんだ。

 

てゆー悲恋の物語。

 

元々嶼子は人間界と仙人界では

時間の流れが違うという説明を受けてたんだけど、

嶼子はどこまでも人間の感性を捨てきれてなかった。

 

「少し帰って両親に会ってきたい」と嶼子は言ったけど、

仙人界にいた人間が人間界に戻ると

あっという間にその時間の差分が流れ込んで

年老いて死んでしまうってことを亀比売は知ってたから

玉匣に嶼子の魂を保存して持たせて、

すぐには死なないように対応してた。

 

でも嶼子はそれを開けてしまって、

300年の時間が嶼子に流れ込んで死んでしまった。

興味深いのは、箱の中から雲とか煙が出るんじゃなくて

嶼子の身体が雲のように飛び去ってしまったという表現。

「玉手箱からは煙が立ち上る」という表現は後世のもので

もしかしたら舞台演出上、煙が出てる間に早替えするとか

そういう利便上か演出上のわかりやすさ重視の表現なのかも。

 

ていう感じの解釈をすることができる。

 

ちょっと亀比売もその詳細について説明不足だったけど

たぶん仙人界の常識だから説明するまでもないって

そんな感じだったんじゃないかな。

 

対して嶼子はどこまでも人間だった。

そして理由もなく玉手箱のふたを開けたんじゃなくて、

大切な玉手箱をなでていたら、不意にふたが開いてしまった。

約束を忘れたわけでも、まして破る気だったわけでもない。

 

話の流れとしてしっかり筋が通ってるし、

登場人物の誰にも悪意なんてない。

ただ、お互いの善意が噛み合わない。

そんな悲しい物語。

 

それがもともとの浦嶼子のおはなし。

 

それがどうして今の形になったかはまた後日書くね。

 

P.S.

そんな京都が舞台の話を書きながら、

今日最終日の川越丸広の「大京都展」で買ってきた

阿闍梨餅(あじゃりもち)を食べて京都に思いをはせてみる。

 

京都いったことないからよくわかんないけど

もっちもちでめっちゃおいしかったよー。

 

UTDN-0048

こんにちわ、私はうてゅうでぃんです。

どうも地球での生活が上手にできないので、

もしかして私はうてゅうでぃんなんじゃないかとか、

なんならうてゅうに帰ったほうがいい感じに生活できるんじゃないかなとか、

そんなことを考えたことがあります。あるだけです。

天の川銀河のオリオン腕に住んでることだけは確かです。

 

たまに私は、ひとつの動画にはまる。

もー毎日それを見ないと落ち着かない状態になる。

 

今までいくつもそうやって気に入って見てきたけど、

2ヶ月くらい毎日見続けた動画があった。

 

ルリドラゴン3巻発売記念PVとして

かわいいアニメを作るcoalowlさんが製作したやつ。

もーかわいくってかわいくって大好きで

めっちゃ見まくったねー。

たぶん再生回数のうち100回は私。

 

そーなってくるとゆーちゅーぶさんも

「ほら、今日もこれ見るんでしょ?」って感じで

トップに上げてくるんだよね。

わかってんじゃーん、見る見るーってなってた。

 

しばらくその動画を見なくなったあとも

定期的に「これ好きだったよね」って上げてくる。

今日もそうしてこのルリドラゴンアニメが上がってきた。

まー見るよね。めっちゃかわいいよね。

ルリドラゴンのまんがも大好き。

高校生の登場キャラクターたちがみんな

一生懸命生きてる感じが好き。

 

ただ最近ちょっと違う動画にはまってる。

 

伝説のバンドって言っていいと思う。

「たま」のボーカル知久寿焼(ちくとしあき)さんと、

知久さんに憧れる個性派シンガーソングライター、

古山菜の花(こやまなのは)さんがコラボして

「ここはもののけ番外地」と「もののけはいないよ」の

それぞれの持ち歌を一緒に歌った2つの動画。

「音楽深化論」チャンネルで歌ったものをクリップしたもの。

 

片や61歳、片や25歳のおふたりだけど

なんか長年一緒に歌ってるみたいな

最高のコンビネーションで

お互いの歌の不思議で不気味でユーモラスな世界を

これ以上ないくらいにリスペクトし合ってる上に、

引き立て合っててほんっとに大好き。

 

この動画見たあとは、

それぞれがひとりで歌ってる動画見ても

なんか物足りなくなっちゃうくらいの最高の仕上がり。

 

動画2つだけの再生リスト作って

交互に聴きまくってる。

 

まーなんか怖いの苦手な人にはおすすめしないけど、

民俗学とか幽霊とか妖怪とか大好きな

私みたいな人にとってはめっちゃおすすめ。

 

あと音楽深化論でみのさんと知久さんと古山さんが話してて

古山さんが憧れの人を目の前にして涙ぐんじゃうシーンも

心があったかくなれておすすめ。

 

あー、あとねー。

グーグルとかユーチューブで古山菜の花さんを検索すると、

小山菜の花ってサジェスト出てくるのやめたげて。

古山さんですからねー。

 

古山菜の花さん、ちゃんと正しい漢字で検索したげてー。

よろしくねー。

 

UTDN-0047

こんにちわ、私はうてゅうでぃんです。

どうも地球での生活が上手にできないので、

もしかして私はうてゅうでぃんなんじゃないかとか、

なんならうてゅうに帰ったほうがいい感じに生活できるんじゃないかなとか、

そんなことを考えたことがあります。あるだけです。

天の川銀河のオリオン腕に住んでることだけは確かです。

 

今人間は、地球外の知的生命体と

意志疎通してるのかもしれない。

ことにイギリスとは密に対話してることだと思う。

 

去年末、イギリス政府が

「甲殻類を生きたまま茹でることは容認できない」

という内容の法整備を進めてると発表した。

 

これは2022年から準備されてた動物愛護法で、

痛みを感じている可能性のある生物を

人道的に処理して食べるという目的で

法整備が進められてきたらしい。

 

まー私も実際意識のある状態で茹でられて

あっつい助けてへぶぅとかパニクりながら死ぬのはやーだ。

 

ただまー、なんか行きすぎた動物愛護精神、

てゆー気がしないでもない。

 

そもそもこの世の理(ことわり)は弱肉強食で、

大自然では生きたまま首元に噛みつかれて

気絶か絶命したとこでお腹を裂かれて臓器を食べられる。

 

それだってやられる側は苦しい死にかただよね。

 

人間も人間で狩猟時代は食べたり食べられたりした。

現代だって畜産生物を屠殺(とさつ)して

そのお肉なり内蔵なり皮なりを頂いて生きてきた。

 

その例として北海道のアイヌ民族は

元々狩猟民族で、鹿とか鮭とか熊とかを狩って食べた。

アイヌは全てのものに神が宿るという考え方で、

神が宿った生物が、自分たちに恵みを与えるために

向こうの意思で狩られてくれた、と考えてる。

 

そして食べるときは

「ヒンナヒンナ(あなたをありがたく頂きます)」と

唱えながら食べれる部分全てを食べて供養した。

皮とか骨とかも決して無駄にしない。

全てを衣服とか装飾品とかにして、

ありがたく全ての恵みを享受した。

 

それがアイヌ式の野生動物との接し方。

 

現代日本でも「いただきます」「ごちそうさま」は、

穀物といい野菜といいお肉といいなんでも、

生あるものを恵みとして享受するときの感謝の言葉。

 

その精神さえあれば済むはずなんだよね。

まー極東日本とヨーロッパじゃ

そのへんの考え方も違うんだろけどさ。

 

そこを75万円する電撃装置で一瞬で絞めてから

ゆでれば痛みが少なく人道的に調理できるので推奨とか

単純にその装置売りたいから言い出したんじゃとか

そーゆー批判も出てる今回のイギリスの法整備。

 

背景には「物言わぬ者の代弁者」を自称する

押し強めな動物愛護団体の影もちらついてる気もする。

 

ただそんなマイノリティに騒がれたからって

そんな法整備までこぎつけるかな。

ふつーに考えてそれだけじゃない気がする。

 

そこで私は考えた。

 

甲殻類に似た知的生命体と

イギリスが接触してるんじゃないか。

ほらなんてゆーか、バルタン的な感じの人たち。

 

その人たちをまー仮にコーカク人と呼ぶことにして、

コーカク人を社会進出させるための布石として

甲殻類の尊厳を守る法整備を進めてるんじゃないか。

 

数年経てば

「やあどうも地球のみなさん、我々はコーカク人だ」

とか言って両手のハサミをちょきちょきしたり、

口元をもにょもにょしたり、泡ぶくぶくしたりしながら

挨拶し始めるんじゃないか。

 

そーだったら納得。

 

そーでもないんだったら、

単に行きすぎな法整備になりそう。

 

よくこの話題で比較されるのは第5代征夷大将軍

徳川綱吉さんの「生類憐みの令」なんだけど、

綱吉さんが亡くなった1週間後には撤廃されたらしい。

綱吉さんひとりが無理矢理推し進めてた法だから、

綱吉さんがいなくなった途端に

「いやっほー終わりだ終わりー」ってできたわけ。

 

でもイギリスのは誰が代表して唱えたわけでもない

大きく膨れ上がった一部民衆の意思をうけての法整備。

誰かが亡くなったからといって

「やっぱなーし」とは言いにくい状況。

 

ここで怖いのはマイノリティでも叫んだり暴れたりすれば

法整備までこぎつけれるという前例となっちゃったこと。

 

またなんかポリコレとかBlackLivesMatterとかみたいに

歴史ひん曲げてもいいから大声と暴言・暴力で

自分の意見を通そうとする人の

火種にならなきゃいいんだけどね、って思ったりする。

 

私の人権を守れー。

物言わぬ者の権利を守れー。

賛同しない人類の風上にもおけない人はやっつけろー。

 

そのために手段を問わないってことになると

民意は恐ろしい形になって世界をねじ曲げにかかるんだ。

 

みんなこー、にゃんこでももふってしあわせになって

平和に暮らせばいいんじゃないのー。

 

UTDN-0046

こんにちわ、私はうてゅうでぃんです。

どうも地球での生活が上手にできないので、

もしかして私はうてゅうでぃんなんじゃないかとか、

なんならうてゅうに帰ったほうがいい感じに生活できるんじゃないかなとか、

そんなことを考えたことがあります。あるだけです。

天の川銀河のオリオン腕に住んでることだけは確かです。

 

2026年1月13日。

本川越の駅ビル、1991年開業のPePe(ペペ)が

34年の歴史に幕をおろした。

 

あれから1週間経って。

私は日が暮れてからペペの横を通ることが多いんだけど、

ぺぺが暗いっていうのがほんとに物悲しい。

 

本川越駅の改札側にあった「It's DEMO(イッツデモ)」って雑貨やさんとか

めっちゃかわいいお菓子とか軽食が楽しめるカフェ

「mindeulle(ミンドゥルレ)」も、

川越観光案内所も閉まっちゃって、

改札がずいぶん暗くなった。

 

特に観光案内所なくなっちゃったら、

観光客わりと困ると思うんだけどなぁ。

小江戸に行くまで15分くらいは歩くから。

 

あとおいしいオムライスが食べれるRAKERU(ラケル)

ギンガムチェックのドレスエプロンの制服と

絵皿がめっちゃかわいいお店だった。

最寄りが所沢になっちゃったね。

 

不二家のカントリーマァムFACTORY(ファクトリー)は

おいしいアイスとかクレープとかシュークリームが楽しめる

不二家としては珍しい業態のお店だった。

ペペ店がなくなった今、大阪府吹田市にある

ららぽーとEXPOCITY店しか残ってないらしい。

特に食べてる途中に嫌になっちゃうくらい

山盛りホイップのシュークリームは一度食べて

私と同じように途中で嫌になる気持ちを味わってほしい。

 

あとは珍しいお店じゃないんだけど、

3階にあった100均ショップワッツで働いてた人。

背が高くて黒髪ポニーテールでマスクしてて

目元も全体的な雰囲気もめっちゃ美人のあの店員さん。

声が低めだったんだけど

あの人は男性だったのか女性だったのか

それをもう確認できないてゆーのが心残り。

 

4階の本屋LIBRO(リブロ)は見やすくていい本屋さん。

4階のパンダレコードは今となっては珍しい

平成初期の風情を残すレコード・CDショップだった。

3階のポポンデッタwith西武トレインミュージアムでは

いつもおじさんが子どもより、走る電車の模型を楽しんでた。

1階のデリフランスではおいしいパンとコーヒーで

ときどき癒されに行ってた。

サイフォンが置いてあってきれいでかっこよかった。

地下のブルーミングブルーミー(いなげや)では

ほんとしょっちゅうお買い物してた。

地域の農家さんの販売コーナーもあって

安心なお買い物ができるスーパーだった。

 

いろんな思い出があったけど、なくなっちゃったねぇ。

34年間おつかれさまでした。

 

跡になにができるのかなー。

それともなんもできないのかなー。

スーパーマーケットくらいは作ってくれていいんだよ?

 

UTDN-0045