こんにちは。
かずです。
もし、この先
親に介護が必要になって、
「できれば家で暮らしたい」
「できるだけ家族にそばにいてほしい」
って言われたら、
私はどうするんだろう…
まだ介護は
始まっていないのに、
そんなことを
考えることがあります。
以前の私は、
親がそう望むなら、
できるだけ叶えてあげたいと
思ってました。
それが親孝行なんじゃないか、って。
でも、今振り返ると、
そこにあったのは
「してあげたい」という気持ち
だけじゃなかったんですよね。
親が困っているのに
自分の生活や仕事を優先したら、
冷たい娘なんじゃないか、
自分にはまだ
できることがあるのに、
やらなかったら
あとで後悔するんじゃないか。
そんな罪悪感とか、
「親のことは私が
なんとかしなくちゃ」
っていう責任感も、
かなりあったと思います。
だから自分の時間が減っても、
少しくらい無理をしても、
親のためなら仕方がない。
以前の私はそんなふうに
考えてました。
でも今は、
親を大切にすることと、
自分を後回しにして
親の希望を叶えることって、
同じじゃないなと思ってます。
そう思うようになったのは、
叔母の介護を
経験したことも大きくて。
私は以前、
両親と一緒に
叔母の介護をしてたんです。
もちろん実際のお世話そのものも
未経験のことばかりで
大変だったんですけど、
今振り返ると、
私がより辛かったのは、
家族みんなの心に
余裕がなくなっていったことでした。
介護が続いていくと
「こうした方がいい」
「そこまでしなくても
いいんじゃない?」
みたいな、
考え方の違いが
出てくるんですよね。
最初は介護についての
意見の違いだったはずなのに、
疲れがたまってくると
言い方ひとつに腹が立ったり、
「どうして私ばかり」っていう
気持ちが出てきたりする。
それで気づいたのが、
介護の中で起きてる衝突って、
介護だけが原因じゃないんだ
ということでした。
それまでの
親子関係とか夫婦関係の中で、
ずっと言えなかったことや
我慢してきたこと、
分かってもらえなかった思い。
そういうものが、
介護という余裕のない状況の中で、
形を変えて
もう一度出てきていたんです。
そして、
出てきてたのは
“わだかまり”だけじゃ
なかったんですよね。
家族の中で、
それぞれがずっと担ってきた
「役割」もそうでした。
我慢する人、
決める人、
間に入って丸く収める人。
介護が始まったから
急にそうなったわけじゃなくて、
それまでも家族の中で
何度も繰り返されたことが、
介護の中でも
繰り返されていたんです。
これに気づいた時、
私は少し怖くなりました。
介護になったら、
今まで以上に
「私がやらなきゃ」っていう思いが
強くなるかもしれない…
親が弱っていくほど、
「私が我慢すればいい」
「私がなんとかすればいい」
って、
昔からの自分の役割に
また戻ってしまうかもしれない…
でも、それは変えられる。
と、今は思っています。
「私がやらなきゃ」と思う自分を
責めたいわけじゃないんです。
子供の頃から家族の中で
そうする必要があったから
だと思うから。
自分が我慢した方が、
家の中が荒れずに済んだとか、
間に入った方が
話が早く収まったとか、
お母さんの機嫌を見ながら動いて、
家族を守ってきたことも
あったのかも。
だから、
その役割を身につけたことには、
ちゃんと理由があったんだよね。
ただ、これまで
必要だった役割を、
介護が始まっても
そのまま続けなければいけない
わけじゃない。
なので最近は、
「親の希望を
どこまで叶えられるか」
を考える前に、
「私はなぜ、
そこまでしなければ
いけないって思うんだろう?」
って、
自分に聞いてみることは
とても大事だなって思ってます。
本当に
自分がしてあげたいと
思っているのか、
それとも、
「娘なんだから」
「私がやらなきゃ」
という、気持ちに
押されているのか。
そこには、
けっこう大きな違いがあります。
親を大切にしたい、
その気持ちはもちろん
大切にしていいと思うんです。
でも、そのために
自分の仕事や暮らしを
守ることまで
諦めなくていいと、
今は思っています。
親の希望を聞きながら、
自分はどこまでならできるのか、
自分だけでは難しいことは
誰かの力を借りられないか。
今までの家族の役割とは違う形を、
これからは作っていっても
いいんですよね。
私は、
叔母の介護を経験して、
そんなふうに
思うようになりました。
だからこそ、
介護が始まる前の今って、
けっこう大事な時間
だと思っています。
実際に介護が始まると、
毎日のことで
精一杯になりますから。
これからどうするか
決めなきゃいけないことも
増えていくし。
そんな中で、
「私はどうして
こんなに苦しいんだろう」って
自分の心を
ゆっくり振り返る時間をつくるのは、
なかなか難しいんですよね。
だから今のうちに、
親との関係の中で、
自分はどんな役割を
担ってきたんだろう、
何を
「私がやるのが当たり前」と
思ってきたのかな。
そして、その役割を
これからも本当に続けたいの?
そんなことを
少しずつ見ておく。
私はそれも、
介護が始まる前にできる
大事な準備だと思っています。
介護の準備というと、
制度を調べたり、
お金のことを考えたりすることが
思い浮かぶかもしれません。
もちろん
それも必要です。
でももう一つ、
親との間で
長い間背負ってきたものを知って、
「もう、これからの私は
持っていかなくていいかも」
って、少しずつ手放していくこと。
それも、
これからの介護を
変えていく準備になると
私は思っています。
もし、
親の介護のことを考えるだけで
気持ちが重くなるなら、
その不安の奥に
何があるのか。
一度、見てみませんか。
親の介護が怖い
本当の理由に気づくワーク
まだ介護は始まっていないのに、
親の老いを感じると
なぜか気持ちが重くなる。
「介護になったら
私がやらなきゃいけない」
「自分の仕事や生活は
後回しになるかもしれない」
そんな不安の奥には、
これまでの親との関係の中で
知らず知らず背負ってきたものが
隠れていることがあります。
このワークでは、
「介護の何が怖いのか」
だけじゃなくて、
「なぜ私は、
それを怖いと感じるんだろう」
というところまで、
自分の気持ちを見ていきます。
介護が始まってから
すべてを背負ってしまう前に。
まだ立ち止まって
自分の心を見ることができる今、
これまで親との間で
背負ってきたものに、
気づいてみてください。
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私自身も、
このワークを通して
「親の介護が怖い」と
感じていた奥に、
これまでの母との関係で
背負ってきたものがあることに
気づきました。
すると不思議なことに
母との間にあった重さも、
少しずつ変わってきたんです。
母は今も「疲れた」と言って
横になることはあります。
でも以前のように、
私はそこに重たい空気を
感じなくなりました。
昼寝をして、
気持ちよく起きて、
また家事をしている母。
同じように見える日常なのに、
私の受け取り方も、
母の様子も、
変わっていきました。
ただこれは
相手を変えるための
ワークではありません。
でも、自分の中で
何を背負っていたかに気づくと、
親との関係の見え方が
変わることがあります。
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東洋運命学の宿命図を手がかりに、
親との関係と将来の介護不安を整え、
「家族が笑いあえる介護」へ伴走する
人間関係専門セラピスト
山口和子
◇一般社団法人ミッションメンタリング協会
副理事・認定トレーナー
◇コアクリーニングさろん「うたたね」代表
◇ココロとカラダのセラピスト歴約20年
◇東洋運命学カウンセラー
◇拠点:静岡県磐田市
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