【#先生死ぬかも】現役教師「過労死でも好きで働いただけとされる」ブラックな教育現場の背景にある給特法とは?コロナ渦で業務量が膨大に #アベプラ

 

話者

・岐阜県内の公立高校教諭 教員の労働問題をツイッター等で発信 斉藤ひでみ

・ウツワ代表 胸が小さい女性用下着を発明 ハヤカワ五味

・リディラ代表 社会問題の体感ツアーを事業化 安倍 敏樹

 

残業代ゼロ=やりがい搾取

 

給特法(教職員給与特別措置法)

先生の働き方は特殊なので、公立学校の先生について残業代や休日手当を支給しないで、代わりに月給の4%を支払うことを定めた法律

※1971年の制定当時 平均残業時間が8時間だったため4%に

→勤務時間外に勤務したとしても残業として扱われない

部活動は、全ての教員が就くことを強いられる業務であるが、好きではないことをやらされているような状態でも「あくまで教員が好きでやったもの」になってしまう

 

私は一年目に全国大会に出場するような部活の副顧問を務めていたが

平日は19時半、土日も朝から夕方まで練習をしていて

本当に休みがなかった。

専門ではない分野にそこまで時間を割かなければならないのは

精神的にも参るなあと思っていたし

実際に月残業時間としてはざっと計算すると

平日3時間休日7時間=週29時間=月116時間という計算。

その頃は勤務時間を管理するようなシステムもなかったので

この事態を理解できているのは

同じように遅くまで働いている先生方と

自分自身のみ…

 

・学校全体のタスク量が増えすぎているのではないか

・行政側が教員のやりがいに頼りすぎてき経緯があるのではないか

今ある教員の数で現場は回ってしまっているという現状がある限り、行政は教員数を増量しようとは思えないのではないか

 

少子化に伴って教員の数も減量されているが、

教員がしなければならない仕事は子ども相手にする仕事だけではなく

その仕事のボリュームは減っていない

あと、子どもの数が減って少人数クラスになったとしても

つきっきりにならなければならない時間は人数に関わらず変わらない

私自身も放課後に少人数制の補習を行うことは好きだったが

補習以外にもクラス全体に対して授業はやらなければいけないわけで

補習をやればやるほど自分の時間は削られていった

 

教員は子どもたちに仕事のやりがいを伝えなければならない

頑張ることを教えなければならない

「〜すべき」を言い続けなければならない

だからこそ教員自らが

仕事にやりがいを見出して頑張らなければならないし

頑張る子どもたちがいる手前自分だけが休もうとはできなかった

 

改正給特法(2019年12月成立)

[業務量の管理](2020年度から)

教員にも残業時間上限 月45時間 年間360時間の適用を法的に位置づけ

※残業代とし出るわけではない

「あくまで好きでやっていること」として上限が設けられた

[変形労働時間制の導入](2021年度から)

仕事が多い時期の勤務時間を増やす代わりに夏休みにまとめて休日を取るなど1年単位で勤務時間を調整

→でもこれは見た目の勤務時間が増え、見た目の残業時間が減るだけ

結局表面上の話でしか変わらない

 

実際に[業務量の管理]が行われている現場で働いてきたわけだが

月40時間を超えた先生にはメールにて注意喚起

月80時間?100時間?を超えた先生は産業医の診断書の提出

というような内容で

産業医の診断書の提出が必要になる先生は何人もいる状態

そのような先生方は

表面上の残業時間が超過しないように

実際には部活動をしていて20時に退勤していたとしても

17時に出退勤システムに打刻してしまうようなことも行っていた。

現場には長年そうやって残業代なしで長時間働いてきた先生方が大勢いて

この制度に疑問を抱えることができる若者が制度を利用しようとしても

なかなか上手くいかないのが現状なのである。

 

学校でやるべきことをどれだけ減らしていけるかということがなかなか議論されない

元々は地域コミュニティがやっていた通学の見守りのような機能を学校が担うようになっている

教員の本来業務をはっきりさせることが大切

 

私は少人数で補習をしている時間が一番好きだった

1対1で向かい合って

その子がわからない、困っている部分を教えていく

その中で勉強面だけでなく

学校生活の中でどんなことに困っているのかも知る

生徒と同じ目線で 私も座って 勉強会をする

クラス全体の時には言えないような

私の本音も飛び出したり

生徒がどんな気持ちでこの教科を頑張っているか

私に対してどんな気持ちを抱いてくれているのか

色んなことが話し合える

あの場が大好きだったなあ。

 

でも

学校という場で

環境が改善されることを望むことは

今はできないのだと思う。

HSP、PMDD、その他様々なマイノリティは

自分が幸せになれる環境を

自分で見出していくことが必要なんじゃないかなあって、

今はそう思ってるよ。