母の問題を解明するためと思って
愛着障害についての文献を読んでいます。

私は自分のHSPのことを調べ始めた時から
yukiさんという方が書く『いつも空が見えるから』というブログ記事を好んで読んでいます。

 

 


けれど、読み進めていくうちに
自分のこの問題について当てはまることがありすぎて
自分について考えざるをえなくなってしまいました。

 

ということで、今回のブログは少し長くなるのですが

自分の愛着スタイルが持つ問題について考えていこうと思います。

 

【構成】

  • 問題とされる愛着スタイル
  • 愛着スタイルの診断
  • 不安型と関係する失体感症、回避型と関係する失感情症ー自分の正直な気持ちを大切に
  • 「見捨てられ不安」にとらわれる不安型の愛着スタイルー他人からの評価を求め、自分で頑張り続けなければいけない環境を作る
  • まとめ


【問題とされる愛着スタイル】
不安型:依存したり人とべったりした関係になりやすい
回避型:人とつながったり、失敗したりするのを過度に恐れる
・恐れ・回避型 あるいは 未解決型:不安型と回避型どちらも強く、人に頼りたいけれど頼れない悩ましい状態


【愛着スタイルの診断】
『回避性愛着障害~絆が稀薄な人たち~ (光文社新書) 』をもとに作成された愛着スタイル診断テストがあるそうで

 

 

やってみたところ、以下の結果になりました。

A    安定型愛着スコア    3
B    不安型愛着スコア    23
C    回避型愛着スコア    13
D    未解決型愛着スコア    10

A.B.C.Dのうち最もスコアが高かったものが、基本的な愛着スタイルであり
15点以上の場合には、その傾向が非常に強く、10点以上の場合には強いと判定されるそうです。

私が最も高かったのは「不安型愛着」    
スコアは23>=15なので、この傾向が非常に強いということになります。

二番目に高いスコアが5点以上ある場合、その傾向も無視しがたい要素となっているそうですが

私は次に高い「回避型愛着」のスコアが
13>=5で、この傾向も無視しがたいということになります。


この結果を元にカテゴライズすると、私は

恐れ・回避型 愛着スタイル(不安型・回避型スコア ≫ 安定型スコア):愛着不安、愛着回避とも強く、傷つくことに敏感で、疑り深くなりやすいタイプ
未解決型 愛着スタイル(未解決型スコア ≧ 5):親(養育者)との愛着の傷をひきずり、不安定になりやすいタイプで、他のタイプに併存する

というスタイルになるそうです。


【不安型と関係する失体感症、回避型と関係する失感情症】
不安型の愛着スタイルは
失体感症(アレキシソミア)という、身体的ストレスを感情的苦痛として感じてしまう現象と関係があるそうです。
情動脳が理性脳を圧倒しているせいで、空腹や疲れといった身体的なストレスに気づけず、むなしい、死にたい、といった感情的苦痛として認知されます

また、回避型の愛着スタイルは
失感情症(アレキシサイミア)いう、感情的ストレスを身体症状として感じてしまう現象と関係があるそうです。
理性脳が情動脳を抑圧しているせいで、悲しい、辛い、寂しいといった感情的苦痛が麻痺して、代わりに身体症状として認知されます。

私は失感情症の指摘を受けたことがありました。

大学在学中から精神的な不調を感じ、メンタルクリニックや精神科に通っていましたが
2つ目の精神科でこの指摘を受けました。

『今日は休みたい』『しんどい』という気持ちは、人にとってあって当たり前のもの。でも、自分の感情を大事にしてこなかった過去があると、この気持ちを本当は感じていても気付くことができず、うつ病や心身症という身体の症状として出ることになると教わりました。

社会人になってから頻繁に身体に不調が現れて、通院のため病欠を取ることもあれば、抑鬱状態になり長期のお休みをいただくこともありました。
この不調は何ヶ月かに一回で、忙しかったり、新しいことを任された時に起こっていたので
重ねる毎に「私は本当は休みたいと思っていたり、不安だと思っているんだ」と気付けるようにはなったのですが
その不安を誰にも言わず、どこかで吐き出すこともできずに、"休まざるを得ない状況"=抑鬱状態になることでその精神的ストレスから逃れようとしていたのだと思います。

現在は

「あ、また休みたいと思っている」と自覚して

仕事から帰ったら好きなことをするようにしたり

休みの日が来たら、たまっていてしなければいけないことをするよりも

自分がしたいことをするようにして

自分の正直な気持ちを大切にしてあげるようにしています。

 

そうできるのも、一緒に暮らしている旦那さんが

私が「今日は何もしたくないんだ~」と言えば

「何もしなければいいじゃん。何かしなきゃいけないことあるの?」だとか

「今日しなくても、大丈夫だよ」と言ってくれて

 

旦那自身も、ガツガツ仕事をすることなく

ゆったりと自分の好きなことをしているので

私も「自分の気が向くままで良いのだ」と思えているのだと思います。



【「見捨てられ不安」にとらわれる不安型の愛着スタイル】
先程の「愛着スタイル診断テスト」の質問項目で
「子どものころの思い出は、楽しいことの方が多いですか」「あなたの親(養育者)に対して、とても感謝していますか」「つらいことがあったとき、親や家族のことを思い出すと、気持ちが落ち着きますか」「あなたの親(養育者)から、よく傷つけられるようなことをされましたか」というような質問がありましたが
私はこれについても引っかかる事実がありました。

うちのママは私が生まれてすぐに橋本病になったり、月経前の不調もあったりして、とても弱い人でした。
それゆえに、私は物心がついてからもママの調子が悪い時は、辛いことがあっても弱音を吐かないようにしていたし相談事は姉にするようにしていました。

さらに、ママ自身が良い子育てをされずに育っていたので
ママは「自分の子供には、良い子育てをしたい」と思い、育児書を読み漁って良い子育てをすることを目指していたようですが
母親自身が愛着障害がある場合、子供に対して過干渉になりやすいらしく
まさしくうちのママは
私が決断する前に「こうしなさい」と促し
「こうしなって言ったよね」とか「いつまで考えてるの?」という言葉をかけるような
過干渉な母親でした。

そんな環境で育った私は
「失敗してはいけない」「人より優れていなければいけない」という完璧主義な人間になったと共に
「自分では何もできない人間なんだ」という、自己肯定感が低い人間になってしまい、
自分が許すことのできる範囲まで頑張り続けなければ気が済まないようになってしまいました。

 

現在は

”才能を評価される”土俵や

”努力を評価される”土俵からは身を降ろす」ことにしました。

 

これは、先程、失感情症を指摘された精神科で教えてもらったことです。

 

「人には3種類の人間がいて

一つが才能派、もう一つが努力派、そしてもう一つが感情派です。

本当は感情派というのもとても大切な存在で、ゲームで言えば魔法使いのような存在なんだけれど

この社会では才能派や努力派が評価をされがちなので

感情派は得意ではない努力をして人からの評価を得ようとしてしまうのです。

けれど、それがうまくいっていないからここに来ている(精神科に来る人は感情派が多いそう)のであれば

感情派の人が本当の幸せを見出せるのは

才能や努力の土俵から降りた時です」

 

そう教えてもらいました。


関係することで
「人はいざというとき、裏切ったり、当てにならなかったりするものだと思いますか」「とてもいい人だと思っていたのに、幻滅したり、嫌いになったりすることがありますか」「拒絶されるのではないかと、不安になることがありますか」「自分に自信がある方ですか」「人に頼らずに、決断したり行動したりできる方ですか」「つらいときに、身近な人に接触を求めるほうですか。それとも、つらいときほど、接触を求めようとしなくなる方ですか」「あなたが傷ついたり、落ち込んでいるとき、他の人になぐさめてもらったり、話を聞いてもらうことは、どれくらい大事ですか」という質問項目について
真っ先に思い浮かんだのは、前職での体験でした。

前職の職場で、嫌いな部類の人がいました。

口では「わからないことがあったら、いつでも言って」と言うくせに
とても忙しくしていて、話しかける余地がない。
優しい言葉をかけながら、「こいつ全然わかってないじゃん」「こんなこともできないのか」という顔をしている人
です。

それは現在40歳前後の方ばかりで、
単純にその世代の人の、持つパーソナリティに問題があるのだと思っていたのです
(詰め込み世代+就職氷河期という世代で、勉強して良い成績を残したからといって良い企業に勤めることができるわけでもなかった世代。やっとのことで就くことのできた職業にしがみついている世代だと、勝手に判断している)
が、yukiさんの『見捨てられ不安にとらわれる「不安型愛着スタイル」―完璧主義,強迫行為,パニックなどの背後にあるもの』

 


を読んでこの謎が解明されました。

不安型の愛着スタイルは”幼い時期に過干渉する親のもとで育った子どもがなりやすい”そうで、これは、まさに私が説明したことでした。
いつも親から「こうしなさい」「私の言うことを聞いていれば失敗しない」と口出しされて育つと、”良い子でいないといけない、頑張らないと見捨てられてしまう、という「不安」に「とらわれ」てしまう”

わかる!まさに、その通り!

さらに続きを読み進めていくと
”頑張りすぎ―何もできない自分には価値がない…
死に物狂いで頑張ってはじめて、自分には価値がある、と思えるので、手を抜くことも、他人に頼ることもできません。
一人で頑張らなければいけない、強くならなければいけない、そうしないと、自分は誰からも愛されないし、生きている価値さえない”

という文が。

もう、その通り!

何でも指図されて育ったので
早く独り立ちをして、自分一人で生きていけるようにならなければいけないと思っていた。

人と同じ程度できるだけでは自分に価値がある人間だと思えずに
「人よりも優れていること」を求めてしまう。

「人よりも優れていること」を小・中学生の時に求めることは、割と簡単でした。
小さなテリトリーの中で、勉強ができれば、人よりも優れていることを実感できたから。

でも、大学生以上になり、社会が広くなると
自分よりも優れている人はたくさんいて
仕事を始めれば、わからないことだらけで
自分よりも経験を積んで、できる人間しかいない所で働いていくのです。

そんな中で
少し上の先輩から
「こいつ全然わかってないじゃん」という顔で
「(面倒なことになる前に)いつでも聞いて」なんて言われてしまったら
私の元々あった少しの自己肯定感もズタズタになり
ショックな気分になってしまうのです。

そして、その感情を身体が受け止め、抑鬱状態になる…
という原理だったのでしょう。

 

 

【まとめ】

愛着障害については、元々yukiさんのブログを読んでいて知識がある程度あるつもりでしたが

自分がどの愛着障害の部類に当てはまるのかを診断しないまま読んでいたので

今回、不安定型が最も強い愛着スタイルだと知って、

これまでの読み方とまた違った読み方をすることができました。

 

そして、これまで自分のことを分析していて解決できていなかったようなことを

解決する要素をまた増やすことができました。

 

母のことを分析する上で、

母自身の幼少期の環境は私が実際に見たわけではないので

定かではない記憶で真実を曲げることがないよう

私が持つ事実をお伝えすることが良いのではないかという気持ちで

この記事を作りました。

また、ゆっくりと時間をかけて考察していきたいと思います。



【参考文献】
長引く病気の陰にある「愛着障害 子ども時代を引きずる人々」
https://yumemana.com/labs/%e6%84%9b%e7%9d%80%e9%9a%9c%e5%ae%b3/