夏が終わらない | オクノスタイル

オクノスタイル

福岡を中心に、オリジナル曲を歌ったり、語りと即興音楽のライブをやったり
写真を撮ったり、物書きしたり

日々の様々を自分目線で書きつらねてます



暑い、、

息がしにくい


慣性でチャリを漕ぐ

ああ、橋だ


足に力が入る


雲から顔を出した太陽がギラリ、ハンドルを取られた


川の方に、体がゆらり傾く



無理だ

私をとうに超えている


この熱さ、抱えきれない




暑い、、

なのに、セミの声は軽く

葉擦れの音に重なっていく


あんなに大量にいたクマゼミはどこにいった


夕方にはツクツクボウシが空気を震わす

遠くからも、風にのって聞こえてくる


りん、りん、と、夏の終わりの虫が鳴いた



本当に秋がくるのか?

時間の感覚が失われている


そうだ

スーパーの地場野菜コーナーのラインナップも、変わっていたっけ




とんぼとチャリで並走するのが楽しい


羽が、羽ばたきに合わせて、キラッキラッと光る




あまりの暑さに、カフェに寄ることにした


アイスコーヒーに、何となくシロップとフレッシュを入れてみる



後ろの席のおばあちゃん二人が、わたしたちどうせすぐ死ぬやない、サッと死ななね、旦那とおんなじくらいに死んでやらな、まわりが面倒くさいもんね、と、カラカラ笑っていた



やっぱりアイスコーヒーはブラックがいいなと思いながら


人生の先輩方の潔さにしびれていた





貝紫という色の話をきいた


貝の内臓を集めて作るこの色で染められた布を、昔は金と交換していたという


美智子様がまとっていた、献上されたショールのその紫の美しさに驚いた



貝の内臓を集めて、、って

どれほどの手間がかかり、どれほどの技術なのか、わたしには想像もできない




わたしは、20年以上勤めていた職場で、とにかくどうしたら効率よくいくか、ずっと段取りを考えていた


それが、お客様にストレスをかけないし、お店にも良いことだった(と、求められたし信じていた)


だからなのか、ご飯は時間のかからないもの、お風呂もシャワー

今考えると、何だか生活が雑だったし、自分の取り扱いもすごく雑だった気がする



かといって、今めちゃ丁寧という訳でもないけど、当時に比べるといくらか人間らしい


菓子パンばっかり食べていて、仕事に入るとトイレもおしんだ

最終的に病気して、強制終了がきた




効率って、なんだろう

効率をよくすることで得たいものは、時間だ


でも、「時間がない」と思った瞬間から、時間に追われるようになる


わたしは間違いなく、時間に追われていた


これは、時間の持つ特性なのかもしれない




アートは、きっと効率からも生まれる

美しさは、気付きでもあるから


でも、効率じゃないところから生まれる美しさは、圧倒的だ


貝紫の紫は、圧倒的な紫で

時間を超えていく





アイスコーヒーのお代を払おうとペイペイの画面を出したら、インターネットに繋がってません、と表示された


ネットに繋がってなかったら払えないのか

と、妙に冷静に考える



つながらなければならない


今は、いや、これからは、何かに常に繋がっていなければならない時代なのだ



笑ってしまう

そんなの、今に始まったことではないし、恩恵もたくさん受けている


わたしも、繋がりたくて繋がっているはずだ




なのに、どこか窮屈なこの感じは何だろう


段取りを必死で考えていたあの頃と、よく似ている




結局、ペイペイはすぐ復活して、無事に支払うことが出来た


おばあちゃんたちは、暑いわねーといいながら、帰っていった




空には日輪が浮かんでいて


でも誰も、空を見上げようとしない


眩しすぎて、見えないからだ