夫婦別姓違憲判決の補足:立法不作為(附:女性の再婚禁止平成7年判決) | 憲法判例解説

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夫婦別姓訴訟の1審判決についての記事を書きましたが、立法不作為について簡単に補足説明をしておきます。不作為というのは、作為の反対で、特定の行動をとらないことです。ですから、立法不作為というのは、(求められている)法律を作らないこと。


もともと違憲立法審査というのは、すでにある立法が憲法に違反しているかどうか、という判断を行うことです。


これからどんな立法を行うか、というのは、当然ながら立法府の権限です。「新しい法律を作ってほしい」とか、「今の法律では不十分だから改正してほしい」というのは、本来政治的な問題と考えられます。


法律がないために権利が実現されない状態である場合に、裁判所が、勝手に法律を作って、権利を救済する、ということはありえませんね。


そのため「立法の不作為の問題は、その性質上、政治過程の中で対処されていくべきもので、原則として裁判過程になじむものではない」(佐藤幸治「憲法」青林)という判断もありえます。


ですが、憲法によって保障されている人権が、法律によって実現される必要があるにもかかわらず、法律がないということであれば憲法上の問題となりますし、何らかの救済措置が必要です。


そこで、どのような法律がよいのか、という議論ではなく、立法府が法律を策定しなかったことそのものを憲法上の義務違反として違憲を主張することが考えられます。そこで、芦部教授は①立法をなすべき内容が明白であること、②事前救済の必要性が顕著であること、③他に救済手段が存在しないこと、④相当の期間の経過、が存在するときには、立法不作為の違憲審査が認められるべきとします。(芦部「憲法」岩波)


そして、国家賠償訴訟を使えば、司法権の限界という問題はクリアできますし、損害賠償の要件判断において立法不作為の問題を取り上げることができるわけです。


ところが、立法不作為による違憲を争う訴訟のリーディングケースとされてきたのが、前回の記事で触れた「在宅投票制度廃止事件」(最判昭和60・11・21)です。


この事件は、重度身障者の在宅投票制度を廃止したまま、復活させなかった不作為の違憲が争点となりました。そして昭和60年判決は、以下のような基準を打ち出し、国家賠償法の1条1項の適用を否定しました。


① 国会議員の立法行為(立法不作為を含む)が、国賠法1条1項の適用上、違法となるのは、国会議員の立法過程における行動が、個別の国民に対して負う職務上の法的義務に反した場合である。
② 立法そのものの違憲性の問題と、国会議員の立法行為の国賠法上の違法性は区別される。仮に、立法の内容が憲法の規定に反していても、国会議員の立法行為が直ちに違法とはならない。
③ 国会議員は、国民全体に対して政治的責任を負うだけで、個別の国民に対して法的義務を負ってはいない。
④ 立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず、国会があえて当該立法を行うというような容易に想定し難いような例外的な場合以外、国会議員の立法行為は、国賠法1条1項の適用上違法の評価を受けない。


この基準によれば、国会議員の立法行為は本質的に政治的なものだということになり、立法不作為の違憲性を争う道はほとんど閉ざされることになります。


実際、女性の再婚禁止期間の違憲性が争われた事件(最判平成7・12・5)においても最高裁第三小法廷は、昭和60年判決の基準を適用し、国賠法上の違法性を否定しました。


これは、民法733条が女性に対してのみ離婚後6ヶ月の再婚を禁止していることが争われたものです。(今回、大法廷で審理され、本日判決が言い渡される事件と同様のケースです。)


この再婚の禁止期間というのは、生まれてくる子の父性推定の重複回避が目的です。つまり、民法772条によって、離婚後300日以内に生まれた子は前婚の夫の子と推定され、また婚姻後200日を経過して生まれた子は後婚の夫の子と推定されます。もし、女性が離婚後すぐに結婚できるとすると、その後200日を過ぎて300日以内に出産した子については、二重の推定を受けることになります。

推定の重複 


ところが、この二重推定を避けるためには、実は、再婚禁止期間は100日あれば足ります。ですから、立法目的が二重推定による紛争の回避であれば、半年の再婚禁止は明らかに長すぎるわけです。


この規定の合憲性が争われたわけですが、最高裁は昭和60年判決の基準を適用したため、6ヶ月という期間が長すぎるかどうかは判断しませんでした。民法733条の立法趣旨が「父性の推定の重複を回避し、父子関係をめぐる紛争の発生を未然に防ぐことにあると解される以上、国会が立法733条を改廃しないことが直ちに前示の例外的な場合(上記④)にあたると解する余地はない」としたのでした。


このように、昭和60年判決の基準を使うと、立法行為について国賠法で争うことはほとんど不可能になるわけです。そのため、下級審は、関釜事件1審判決(山口地下関支判平成10・4・27)やハンセン病国賠事件1審判決(熊本地判平成13・5・11)などで、昭和60年判決を乗り越えようとしました。


そして、最高裁自身も、平成17年の「在外選挙権訴訟」大法廷判決(最大判平成17・9・14)において、昭和60年判決の基準を引用しつつも、例外にあたる部分を入れ替えることで国賠法による救済の対象を広げ、違憲判決を導きました。


ここでの基準は、先の基準から、立法行為の政治的性格を強調した③を取り除き、さらに④の例外要件を入れ替えたものでした。
① 国会議員の立法行為(立法不作為を含む)が、国賠法1条1項の適用上、違法となるのは、国会議員の立法過程における行動が、個別の国民に対して負う職務上の法的義務に反した場合である。
② 立法そのものの違憲性の問題と、国会議員の立法行為の国賠法上の違法性は区別される。仮に、立法の内容が憲法の規定に反していても、国会議員の立法行為が直ちに違法とはならない。
④’ 立法の内容又は立法不作為が国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害するものであることが明白な場合や,国民に憲法上保障されている権利行使の機会を確保するために所要の立法措置を執ることが必要不可欠であり,それが明白であるにもかかわらず,国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠る場合などには,例外的に,国会議員の立法行為又は立法不作為は,国家賠償法1条1項の規定の適用上,違法の評価を受ける。


この基準は、立法行為が国賠法上違法にあたると例外的に認められる要件として、昭和60年判決が「憲法の一義的な文言に対する違反」を挙げていたのに対して、その立法による憲法上の権利侵害の明白性、または立法の必要不可欠性・明白性および長期の懈怠を挙げています。


今回の夫婦別姓訴訟も国賠訴訟です。実は、これとは別に取消訴訟、つまり、婚姻後の姓を一つに選択しなかったために婚姻届を不受理とされた処分の取消を求めた訴訟も提起されていました。しかし、1審および控訴審とも、これは家事審判によって判断されるべきものとして、行政事件訴訟の提起は否定、最高裁も決定で上告を棄却しています。(最決平成25・9・10)


そこで、やはり国賠訴訟が大切になるわけです。今回は、この民法750条を改廃しなかった立法府の不作為が問題となっているわけです。