急な節目 | おっさんの捲土重来

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俺の俺による俺の為の墓標

透析を始めたのが2021年8月、あと3ヶ月もすれば4年目に突入しますが、この中途半端なタイミングで急に節目となる出来事があったので、記録しておく。


長文ですがお付き合い頂ければ幸いです。


令和6年5月より準職員から嘱託職員になった。


きっかけは、送迎してくれていた高齢の母親が高齢者運転免許試験の関係で、更新が難しかった事(今回はどうにか更新できた)。


流れとしては、母親が送迎ができなくなった場合に、このまま仕事を続けられるのかを考える必要があった。


実の所、透析による疲労と下肢の神経異常で多少仕事への影響もあり、知的障害者支援施設の職員(半分は洗濯係)を続けて行く事にも不安があった。


話を戻すと、送迎が必要になっている原因は「暗いと運転が出来ない」事、これは糖尿病網膜症によるもの。


逆を返せば「明るい(日中)なら運転出来る」のだが…


夕方でも明るい夏季ならトライクで帰宅は可能だが、帰宅すると透析に間に合わない。仮に、帰宅せずトライクで透析に行った所で、夜間は自力での帰宅は無理。更に、冬季は会社から帰宅すら無理だ。


(´Д`)マイッタ…


情けない話だが、仕事と透析を両立する為に、家族に相当な負担をかけていた訳だ。


なるべく家族に負担をかけず、且つ仕事を続けられる方法をずっと考えていた。


実は「退職する」というのも選択肢にはあったのだが、会社との話し合いのもと8時〜15時の勤務時間の嘱託職員と言う事で決着。

15時なら時期関係なく自力で帰宅きる上、透析まで少し時間があるので準備も余裕を持ってできる。


こんな俺でもまだ雇ってくれる会社には感謝している。


透析は家族に頼まざるを得ないが、決して近くない職場への送迎だけでも無くなれば、少しは負担軽減になるし、場合によっては市から給付されているタクシーチケットが使えるのでそれを使っても良い。


本筋から行けばトライクは通勤目的で買った訳で、まぁ予定外の白内障手術があったりで少し予定が狂ったものの、当初予定していた形になったのかもしれない…


仕事と透析…何の問題もなく両立ってのは、なかなか難しいと改めて感じた。


あまり気を使わせたくなかったので、嘱託職員になる件は家族とは一切相談せず決めた。相談が無かった事に姉貴からかなり責められたが、まぁ俺が決めた事なので…


…収入が減ってしまうが、何より家族の負担が減らせるし、身体への負担も少しは軽減されるはず…


そんな訳で、急に迎えた節目を記録した。