Yusuke Kaneko -36ページ目

7月7日

7月7日


家族と友人4名とで、食事をしました。


知り合いの方が紹介してくれ、たまたま見付かったこの場所は、


5年前に披露宴をした同じホテルの同じ13階とは不思議過ぎます。


Yusuke Kaneko


ひとみが亡くなってから、四十九日は7月5日ですが、


7月7日は、5年前の2007年7月7日に入籍した日なので、


5周年も兼ねて、7月7日に集まりました。



Yusuke Kaneko


ひとみの手にトンボがいます。





Yusuke Kaneko


友人が、ひまわりを持ってきてくれました。



ひとみのことを、


ひまわりや太陽のようだと言われる方がいます。ヒマワリ晴れ





Yusuke Kaneko




来てくれたのは、5年前の披露宴で友人代表をしてくれた2人と


葬儀の時に、友人代表で話してくれた2人です。



1歳と3歳の子供を入れて、15名でした。


ひとみは喜んでくれたでしょう。



Yusuke Kaneko

            (サンプル写真です)


食事が終わり、


先日載せた2人のネームプレートを友人に紹介しようと思いました。


実際の新郎新婦が通るので、「少しお待ち下さい」と言われました。



上の写真にある、鐘が実際に鳴り、新郎新婦が下りてきました。






Yusuke Kaneko

5年前の披露宴の音を思い出して悲しくなしました。





この時の音です♪


Yusuke Kaneko






Yusuke Kaneko


この瞬間が懐かしくなりました。




ひとみが亡くなってから1週間後から、


毎日、ひとみに向けた日記を書いています。


1日の気付きも書いていますが、




まず、


二人の思い出の出来事を振り返りました。



知り合ったとき、、、



付き合い始めたとき、、、



大怪我をして記憶が無くなり、支えられたとき、、、



結婚の準備をしたとき、、、



結婚をしたと同時にガンが見つかり通院・入院したこと、、、



何度も余命宣告されてきたこと、、、



奇跡的に時間を与えられたこと、、、



などなど



はじめは、寂しくなるから思い出したくないと思っていましたが、


思い出すことで、


ひとみと一緒に思い出す感じになれ、


近い感じになれました。




次に、


私がひとみから受けた影響や(思いやりがある人だなぁ、、、)


ひとみに迷惑をかけてしまったこと、、、(たくさんあります)


などなどを振り返りました。



私はアスリートとして実行力はありますが、


気遣いがまだまだ未熟です。


ひとみは自分より他人を大切にするタイプなので、傷つくこともあります。


2人を足して+、2で割る÷のがちょうど良いと想ってきました。




最近は、


具体的にひとみの声は聞こえませんが、


ひとみに相談する感じで、過ごしています。



まだまだ分からないことが多いですが、


まずは分かろうと想うことが何よりも大切だと思いました。



今月は87㌔走っているので、残り163㌔!

走る人

今のところ順調です。

ひとみと比嘉愛未さん


Yusuke Kaneko


ひとみの自宅に、


比嘉愛未さん、テレビ局の方々やマネージャーの方が来て下さいました。






Yusuke Kaneko


やっぱり背が高い妹さんと、


小柄な姉のひとみ



むか~し昔、姉妹だったのでしょうか?


目に見えない、つながりを感じます。






Yusuke Kaneko


比嘉さん「ひとみさん、遅くなりました」



ひとみ  「来てくれて嬉しいよ、どうもありがとう」






Yusuke Kaneko

みんなでタイマーでカメラ






Yusuke Kaneko


ツーショットだと、



ひとみ「祐介っ!」



ひとみの写真と一緒にカメラ


ひとみ「祐介っ、下唇が腫れて、笑えてないでしょにひひさくらんぼ


お気に入りの「コロ」も入ったので、


3人と一匹で、記念撮影。






まだまだ気持ちは落ち着いていませんが、



毎晩日記に、今日の気づきや、


ひとみと出会ってから今に至るまでや、


付き合ったり、結婚して過ごす中で、


感じたことや、学んだことを書いて、今日で15日目です。



思い出すと、寂しく悲しくなりますが、


時間とともに、薄れていくものではないので、


ひとみが命をかけて伝えてくれているメッセージに、


心の耳を澄ませ、


しっかり受けとめたいです。



15日間取り組んで想うことは、


だれかに教えてもらうことではなく、


自分自身やひとみの魂に問い続けていかないと、


本当の答えが見つからないと想いました。




明朝、先輩と20㌔走るので、そろそろ寝ます。


おやすみなさい

最 終 撮 影


昨日は札幌の大倉山ジャンプ競技場で、

最終撮影が行われました。


Yusuke Kaneko

快晴で最高の撮影日よりでした。合格


たぶん、ひとみのお陰でしょう晴れヒマワリ


Yusuke Kaneko


比嘉愛未さんも初めてスタート地点まで上がり、

「本当に怖いですねぇ、、、」と言っていました。


怖いですよ~



怖いけど、勇気を出して、飛べた時の気持ち良さは最高ですクラッカー




Yusuke Kaneko


福士誠治さんがスタート、、、


する瞬間。




「落ちそうになりました」と言っていました。


確かに前のめりになると、頭は重いので危ないですよ。



福士さん:「夏のほうが怖いですね」


金子:「夏のほうが転んだ時に、冬よりは安全です」


確かに冬は真っ白な世界なので、余計なものが目に入りません。

夏は色々鮮明でカラフルな分、リアルなので怖いかもしれません。






Yusuke Kaneko

小浅星子ちゃんが、大ファンだった福士さんとカメラ


「緊張して、手足が震えましたぁ~」


これをきっかけにオリンピックで活躍を!



今日はさらっとこの辺で。



※ 北海道内の情報ですが、

明日6月29日(金)UHBの午前10時からの番組のどこかで、

比嘉愛未さんが、ドラマの紹介をしてくれるそうです。

手術


今日は下唇の手術をしました。


Yusuke Kaneko



フィンランドでの大怪我の後遺症で、

下唇がほとんど開きません。


だいぶ慣れてきたので、日常生活には問題ありませんが、

講演の依頼もあり、少しでも良くしたいので手術をお願いしました。







Yusuke Kaneko


これはサンプルの写真で、ホントは男性の先生です。



金子:「痛い、痛い、痛い~っ」


先生:「本当~?ウソじゃな~い?」


冗談を言って、雰囲気を和ませてくれます。








その前に、映画を観ました。


Yusuke Kaneko



ひとみの「どこまでも、あきらめません」とつながりました。








Yusuke Kaneko

実話を映画化した内容で、


主人公が13歳の時にサメに左手を喰いちぎられます。



プロサーファーを目指していた、彼女は、


「すべてが終わった」と想います。




私のフィンランドでの大怪我の時も、


「すべてが終わった」と想ったので、本人の気持ちが想像できました。



 この映画を観て、夢に向かう力の強さや、

周囲の支えの絆の大切さを再確認できました。



映画のモデルになった女性はプロサーファーとして現在活躍しています。



私は試練に対して、常にこう考えてきました。



「この出来事にはどんな意味があるのだろうか?


この出来事は私に何を呼びかけているのだろうか?


何に気づけ、何をせよと言っているのだろうか?


緊急にしなければならないことは何だろう?


今、創造しなければならないことはないだろうか?


最も大切にすべきことは何だろう?」


などなど、



これらの問いかけに、自問自答してきました。




しかし、今回の試練には弱音を吐いてしまいたくもなります。




映画では、夢や目標に向かう大切さを再確認できたのに、、、、、。




ちょっと待てよ、、、!?




とても仲が良い、ひとみの肉体に会えないことは本当に寂しいことですが、、、、



単なる仲良しが、最終的な目的ではありません。



ひとみは、病に苦しむ方を支えることを願い、


私は試練に苦しむ方の良いきっかけになることを願っていました。




ついつい目の前の出来事に一喜一憂してしまします。



最終的には何を目指しているのかを、


確認しながら毎日過ごしていきたいです。



映画の中で、分かりやすい例えがありました。







     ↓これは何でしょう?

 
Yusuke Kaneko

なんか、動物ですか?



分かりませんねぇ、、、。
















答えは、「すずめ」 です


Yusuke Kaneko


近くで見過ぎると、全体が見えなくなりますよ。という例えでした。



今は、分からなくても、いずれ分かることを信じて、過ごしていきます。


追伸:私はすずめが一番好きな鳥です。

    (ひとみは鳥に詳しいので、がっかりしているかもしれません)



麻酔が切れてきて、痛くなってきました。 そろそろ寝ます。











もしかして、、、


みなさん、またまた更新が遅くなり、


申し訳ありません。




しばらく更新する気持ちになれませんでしたが、


とても不思議なことが起きたので、更新します。



ひとみの四十九日は7月5日です。



2007年7月7日に入籍したので、


7月7日に身内だけでカジュアルな食事を考えてました。



入籍の時に食事したお店を利用しようと思いましたが、閉店していました、、、。



14名で個室を探しても、全然見つかりません。



もう一ヶ月もないのに、どうしようか、、、。



そう悩んでいると、


上司が知り合いの方に電話してくれ、


その方が、お勧めのお店の電話番号を教えてくれました。




そこに電話してみると、、、



なんと披露宴で使ったホテルでした、、、。




Yusuke Kaneko




仕事が終わり、そのホテルに行ってみると、、、


担当の方が、

「16名用の個室がございます」と、奥の部屋を紹介してくれ、、、、



Yusuke Kaneko




もしかして、、、




ここは披露宴を行った同じ13階ですか?、、、




もしかして、、、



Yusuke Kaneko





どこかにネームプレートが、、、










Yusuke Kaneko


ありました、、、。




嬉しいような、、、、



悲しいような、、、、



涙が出てきました、、、。









なかなか食事会場が見つからなかったのは、こういう意味だったのか、、、。





ここに運ばれるために、なかなか見つからなかったのか、、、。





ということは、、、





ひとみが亡くなったことは、、、ずっとずっと悲しく寂しいことですが、


本当は、何かに運ばれて、はかり知れない意味があるように想えてきました。



いずれ分かる日がくると思います。



ひとみは余命宣告されてから1年以上の時間をいただきました。


仮に、余命宣告されてすぐに亡くなっていたら、、、、



悲しさと、悔しさだけで、今のような気持ちになれなかったことでしょう。










さてさて、



毎日、色々な発見はありますが、寂しいことには変わりありません。



「離れていても、心は一緒」とずっと想ってきましたが、


具体的に関われないことはとても寂しいです。



Yusuke Kaneko



ひとみにあげた結婚指輪(薬指)を小指に無理やり、つけました。



ほんの少しだけ、一緒に居る感じが生まれました。




 昔の自分だったら、こういう時はお酒を飲んでいたでしょう。



しかし、脳挫傷の後遺症の為、お酒はドクターストップです。



そのため気分転換にランニングすることが多いです。




先日30キロ走ったら、


Yusuke Kaneko


これでは軽すぎて、ジャンプ選手には不利です、、、。


私の身長は174~175cmです。


引退する2008年は、256cmのスキーで飛んでいました。


この体重で今のルールなら、241cmのスキーを使わなきゃいけません。


マイナス15cmですかぁ。。。中学2年生の時、240cmで飛んでいました。



 最近は見た目重視の筋力トレーニングもしていないので、


無駄な筋肉や脂肪が無くなってきました。





 

 話しは戻り、


今回の試練の意味はまだまだ分かりませんが、


焦ることなく、しっかり味わい、


「試練は呼びかけ」と耳を澄ませ、


「最善の道がある」という想いで、


運ばれていることを信じていきたいです。




ひとみは命をかけて、何を伝えたかったのでしょうか。



久しぶりに家族会議の再開です。