なぜ、こんなにハラハラするのだろう...。
今日の正午に行われた男子フィギュアスケートショートプログラム。
日本からは、羽生結弦、宇野昌磨、田中刑事の3選手が出場した。
日本人トップ出走の田中刑事選手は、冒頭の4回転をミスするなど思うような演技ができず、20位。
メダル争いは厳しいものの、入賞をかけた明日のフリープログラムに、進んだ。
連覇のかかる羽生、世界選手権2位の宇野の両選手は、自己ベストではないが流石の演技で1位と3位につけ、日本人ワンツーフィニッシュも視野に入れて明日を迎える。
大方の予想と期待通り、羽生選手と宇野選手が、オリンピックの金メダルに手をかけようとしている。
「世界ランキング1位と2位、世界選手権1位と2位。自己ベストも両選手とも300点超え。」
金メダルを期待するには、充分すぎるほどの実力と実績だ。
今回のショートプログラムの結果も、ほとんどが納得して心をなでおろしていることだろう。
...そぅ。ここで僕は問いたい。
あの演技を見て、羽生選手と宇野選手の演技後に、ホッとした人たち。
僕も含めそうだが、このホッとする、という感情に、違和感を感じないだろうか?
「凄い!さすが!やると思ってたよ!!!」
とテレビの前で手を叩いたあなたも、その興奮の裏ではホッとした気持ちがあったはずだ。
何故か...。
僕は前回のブログ、雪上のアーティスト達でも紹介したが、今回平野歩夢選手が銀メダルを獲得したスノーボードハーフパイプ。
ハーフパイプに出場している選手たちを見て、僕は本当に楽しそうに演技をしているな、と感じた。
そして銀メダルを獲得した平野選手の演技を見ているときも、メダル争いというよりは、平野選手が繰り出す1つ1つの技、彼にしかできない高難度の技を成功させるかどうか、にワクワクしていた。
フィギュアスケートとハーフパイプ、両競技の見方にそれほど大きな差はないと思う。
大雑把には、定められたコース、時間の中で、自らが構成したパフォーマンスを披露し、点数をつけてもらう。
フィギュアもスノボも、その点数を争う競技だ。
平野選手のキャブダブルコーク1440にワクワクするなら、羽生選手の4回転にワクワクするはずだ。
でも僕は、羽生選手の4回転には、ワクワクしなかった。むしろ、助走に入った時に、ハラハラした。
それは何故か...?
1つの考えではあるが
僕は、羽生選手個人のパフォーマンスではなく、羽生選手と宇野選手、他の選手とのメダル争いにしか目がいってなかったのだと思う。
ショートプログラムでさえ100点もの点数がつく競技とはいえ、1つのミスが大きな差をつける競技でもある。
1つのジャンプのミスが命取りになると分かっているからこそ、羽生選手の4回転にワクワクではなく、ハラハラしたのだと思う。
一方で、平野選手の場合は、ショーンホワイトとのメダル争いというよりも、彼の4回転の連続技がきまるか...!という点に、期待していた。
決して平野選手のメダル獲得を期待していなかった訳ではない。でもやはりハーフパイプの選手達からは、勝負の前に「俺のパフォーマンスみてくれよ!」という気持ちがその姿から伝わって来ていたし、僕もその姿勢に惹かれていた。
そしてこれは、羽生選手と平野選手、本人達のパフォーマンスや演技に対する姿勢に違いがあったわけではないと思っている。
違っていたのは、フィギュアスケートを観る僕の眼と、ハーフパイプを観る僕の眼だ。
フィギュアでは勝負に眼がいき、スノボではパフォーマンスに眼がいく。
羽生選手も平野選手も、どちらも見ている人々に魅せる演技をしている事に間違いはない。
だが観ている僕の眼が違っているからこそ、スノボではワクワクし、フィギュアではハラハラするのだと思う。
「スポーツとは何か」
今回、この2つの競技に関して、相反する自分の眼に気がついたことで、改めて考える機会となった。
本来、スポーツとは、楽しいものであると僕は思う。
やっている人が楽しい、その楽しさが、観ている人に伝わり、場が盛り上がる。
その楽しさに感化され、小さい子は夢を持つかもしれない。
たしかに真剣勝負に魅力はあるが、それが行きすぎると、スポーツを楽しめなくなる。
ましてやそれを、周りが煽るべきではない。
オリンピックアスリートがメディアの前で涙を流しながら謝る姿を見るほど、心が痛むシーンはない。
僕の考えではあるが、間違いなくフィギュアスケートは、勝負のスポーツになっていると思う。
「オリンピック競技だから当たり前」
こう言われるかもしれないが、オリンピックとは本来、アマチュアスポーツの祭典であることも忘れてはいけない。
これだけ商業主義化したオリンピックに、もはやその面影はないかもしれないが。
観ていてハラハラするスポーツ。
みなさんは、どう感じるだろうか。
少なくとも僕は、頭の中では賛成の立場ではない。
いま、自分が持っている"スポーツを見る眼"を改めていかないといけないし、アスリートも、観ている人も、「楽しい!」と思えるようなスポーツに、携わっていきたいと僕は思う。