懐中温泉です、
歴史シミュレーションその34
義重は、野に吹く風を吸い込んだ。
「上杉は、常陸を『東国連合の野』
として扱おうとしておるのか」
家臣が問う。
「殿。
常陸は、これまで『自らの野』として
守ってまいりました。
しかし今、 上杉の国と関東の覇道が
伸びる中で、 常陸がただ“真ん中”で踏まれる
のは避けねばなりませぬ」
「ならば、上杉と共に動き、 北条の背を
突くほうがよいか」
義重は、自らに問うように呟いた。
「織田に与すれば、 いずれ常陸は畿内の政に巻き込まれ、 “遠くの天下”のために兵を出すことに
なろう。
上杉に与すれば、 常陸は『東国の野』として、 近くの戦と近くの秩序のために兵を
出すことになろう」
義重は、書状を静かに畳んだ。
「常陸佐竹義重、 ここに上杉の反北条戦に与す。
ただし、 常陸の政は常陸の者が行うことを、 上杉殿にも忘れぬよう願いたい」
その条件は、 「東国連合」の中においても、 佐竹が「ただの従属者ではない」こと
を示していた。
野と谷の結び目、宇都宮と結城
下野・宇都宮は、谷の中に城を構え、 周囲の野と山を束ねる位置にあった。
宇都宮氏はすでに、 関東覇道の整備において上杉と
歩を合わせる意を示している。
「宇都宮は、 関東北部の『結び目』である」
謙信は、宇都宮の城に赴き、
そう告げた。
「そなたの城が、 上野と常陸と下野を結ぶ結節点となる。
そのために、 宇都宮には『東国連合の座』の一つを
任せたい」
「座、と申されますか」
宇都宮当主が首をかしげる。
「東国連合のこと、 すべて春日山のみで決めるわけには
いかぬ。
関東と東北のことは、 関東・東北の者が集い、 そこで話し合う場が要る。
その場を、宇都宮の城に置きたい」
宇都宮は驚いたように目を見開いた。
「上杉殿は、 東国の者たちに『会議』を許される
おつもりか」
「許すというより、共に持つ。
上杉・里見・佐竹・宇都宮・結城
これらが集い、 『今、東国で誰が
どこに兵を出すべきか』を話し合う場を、 宇都宮に置く」
結城もまた、その場に加わることになる。
下総の平野に城を構え、関東の東側を
支える結城は、その座において
「東方の声」を担う役目を与えられた。
「結城は、 関東東部の『耳』とする。
上総・下総・常陸の声を、 宇都宮の座に届ける者だ」
こうして、「東国連合の座」は、 春日山ではなく、下野・宇都宮の城に
置かれることとなった。
東国連合のかたち
春日山で地図を前にしたとき、 謙信は、北陸・関東だけではなく、 さらに東へ視線を伸ばしていた。
安房の海 常陸の野 下野の谷 下総の平野
それぞれに、 里見・佐竹・宇都宮・結城の旗が立ち、 その旗が、上杉の旗と結びつきつつある。
「東国連合とは、 上杉の上に皆を乗せる
ためのものではない。
皆の上に、 『義を通すための旗』を
一枚掲げるためのものだ」
謙信は、静かにそう言った。
「里見は海を守り、佐竹は野を守り、 宇都宮は谷を結び、結城は平野を
見張る。
その者たちが、上杉と共に北条と織田と
徳川を見るならば、東国の秤は、 そう易々とは揺れぬ」
東国連合の座は、 まだ正式には開かれていない。
しかし、その座に集うべき者たちは、 すでにそれぞれの地で「自らの守る
べきもの」を見定めていた。
