懐中温泉です、
歴史シミュレーションその33
安房の海、里見の決断
安房の海は、波が荒い日も多い。
しかし、その荒さは、ただの災い
だけではない。
外からの船を拒み、内からの船を
鍛える力でもあった。
里見義頼は、館山城から海を見下ろして
いた。
「北条は、小田原に籠っておる。
だが、その目は常に海にも向いておる」
側に控える家臣が頷いた。
「北条は、相模・武蔵だけでなく、
上総・下総の海にも手を伸ばそうと
しております。
このままでは、安房の海路も塞がれ
ましょう」
義頼は、唇を噛んだ。
「上杉は、関東の覇道を整え、
北条を陸から押し下げようと
しておる。
もし我らが安房から何もせぬなら、
海はただ北条の逃げ道となる」
義頼の前には、一通の書状が
置かれていた。
差出人は、春日山の上杉謙信。
安房里見殿。
関東の覇道を整えるにあたり、
海の道もまた、北条を押さえる
ための要となる。
そなたの安房の海路を、
上杉の国と東国の民のための
「公の道」として開いてもらいたい。
その代わり、
上総・下総を北条から押し離す戦
において、里見の地と港を護ることを
約す。
義頼は、その文を何度も読み返していた。
「安房の海を『公の道』とする、か」
家臣の一人が慎重に問う。
「それは、安房の港が、
上杉の国と東国諸国のための道
となることを意味しまする。
港ごとの勝手な津料や、
海賊まがいの取り立ては
許されなくなる。
しかし同時に、上杉の旗の下で、
安房の港は北条の侵出から
守られることにもなりましょう」
義頼は、海へ目をやった。
波は絶えず、 空は広い。
「我ら里見は、
海を『里見のもの』として守ってきた。
しかし今、海を『東国のもの』として
守る道もある、ということか」
義頼は、ゆっくりと頷いた。
「よい。
安房の海路を、上杉の覇道と結ぶ。
その代わり、 我らの港において
上杉の兵と商人が行き来することを認め、
北条と織田の船を、 ここでは歓迎せぬ
こととする」
こうして、里見は「海の上杉連合」の
一角として加わった。
安房の港に翻る旗は、 里見と上杉の二つとなり、
北条の旗は、少し遠くへ押しやられて
いった。
常陸の野、佐竹の踏み分け
常陸の野は、広く、風がよく通る。
そこに立つ佐竹義重は、 北を見て南を見て、
どちらにも重いものを感じていた。
「北には伊達や蘆名、 南には北条と織田。
その間にて、 常陸がただ踏みつけられる地で
終わるか、
それとも、『東国の一翼』となるか」
義重の前にも、謙信からの書状がある。
佐竹殿。
常陸は、関東と奥州の間にある。
上杉と里見と宇都宮・結城が、
北条を押し下げる戦に出るとき、
常陸からの一押しがあれば、
北条の背は大きく崩れる。
そなたが兵を出すときには、
常陸の領と市が、
上杉の国としても
守られるよう、ここに約す。
ご精読ありがとうございました。
懐中温泉
