懐中温泉です、
歴史シミュレーションその8
安土の地図が、再び塗り替えられる
そのころ、安土。
織田信長は、摂津からの報を聞いて
いました。
「毛利水軍、淡路岩屋を拠点とし、
長政の水軍を破ったとのことに
ございます」
播磨・丹波では、別所長治や荒木村重が
反旗を翻し、明智光秀・細川藤孝・羽柴秀吉
の退路が危うくなっていました。
「石山本願寺は相変わらず。
毛利は三道から進み、
国内では松永に続き、播磨・摂津から反乱」
そこへ、北陸からの報。
「上杉軍、加賀より越前へ向かう気配あり」
信長は、しばし黙って地図を見ていました。
近江・美濃・尾張。
伊勢・志摩・山城・大和・河内・和泉・摂津
・越前・丹後。
自らの支配圏。
動員可能兵力は十三万余り。
一見すれば、謙信の六〜七万を圧倒します。
しかし、それは「平地の計算」でした。
現実の戦場では、毛利が西から。
本願寺が中央から。
一揆が北陸から。
そして――上杉が北から。
四方から裂かれる構図です。
「秀吉はどうしておる」
信長は、静かに問いかけました。
「播磨にて中国攻めの途上、
三木城の別所長治の反乱により釘付けと
なっております」
「光秀は」
「丹波平定の途中、荒木村重の離反により、
摂津の後方が揺らいでおります」
信長は地図の上を指でなぞりました。
播磨 丹波 摂津
「東西南北すべてに火がついておるな」
やがて。
「秀吉は捨てる」
短く言いました。
「光秀もだ。
内乱の火消しに兵を割く余裕はない。
中国も、丹波も、一時的に捨て置く」
ざわめきが走ります。
「九頭竜川へ出る」
九頭竜川へ向かう影
関東における骨組みが、一通り立ち
上がったころ。
沼田・厩橋・鉢形・松山――四城連絡ライン
には、それぞれに上杉方の兵と「公権力」
が行き渡り始めていました。
宇都宮・結城は北から。
里見・佐竹は東と海から。
甲斐武田は西から。
北条氏政は小田原に籠り、 関東の主導権は
明らかに上杉に傾いて
いました。
春日山に戻った謙信の前で、関東の地図は
淡い色で塗り替えられていきます。
「関東は、これでよしだ」
謙信は、地図を折りたたみます。
「次は――京である」
言葉の重さは、広間にいた者全員の胸に
落ちました。
反信長同盟という「網」
謙信の机の上には、もう一枚の地図が
広げられていました。
ご精読ありがとうございました。
懐中温泉
