「中年の危機」に陥った、ごく普通の50代男性が、3日・2週間・1ヶ月の3段階で人生をやり直す、潜在意識活用システム 真「幸せの時間」 -15ページ目

「中年の危機」に陥った、ごく普通の50代男性が、3日・2週間・1ヶ月の3段階で人生をやり直す、潜在意識活用システム 真「幸せの時間」

潜在意識の働きで、あなたは「スーパーなあなた」になるのです。そのための素材・方法も実はあなたの手元にすでに多くあります。ここでは、あなたがそれを見出し、活用するお手伝いをいたします。胎児(あなた)は、胎児(あなた)の夢により進化します。

懐中温泉です、

 

歴史シミュレーションその28

 

 

春日山から見る「北陸の国」

 

越前での一揆との約定を終え、


謙信はいったん越後・春日山へ戻った。

 

城の高みから見下ろす越後の山々は、


まだ雪の白を少し残している。

 

「越後は、我が本国。


 ここから関東と北陸を見渡す目を、

決して曇らせてはならぬ」

 

謙信は、一人そう呟いた。

 

手取川で一度勝ち、
九頭竜川で再び押し返し、


北陸に「勝ち戦の跡」を残した。

 

しかし今、謙信の目には、
勝ち負けではなく

「国のかたち」が映っている。

 

越後を芯とし、
能登・越中・加賀・越前を北陸の

帯として巻き、関東を東の翼として広げる。

 

その全体に、「上杉の公権力」と

「義の旗」を行き渡らせること。

 

それは、かつて川中島で武田と刃を交えて

いた頃の謙信には、持ち得なかった視野

であった。

 

「九頭竜川後の戦は、
 ただ信長と刃を

交えるばかりではない。

 

 信長が畿内と東海を固めるのなら、
 

我は北陸と関東を『国』として固める。

 

 そのうえで、
 どこかでまた刃を交えることになる」

 

 

春日山の風はまだ冷たい。


しかし、その風の中に、
北陸の湿り気と、

関東の乾いた空気とが、
かすかに混じり

始めているように、
謙信には思われた。

 

第十三話 能登と越中、海の道と山の道

 

能登の海は、越後よりもいくらか

穏やかであった。


 

湾の奥には小さな入り江がいくつもひらけ、

そこに村と港が寄り添うように

並んでいる。

 


波は静かに出入りし、細い船が水面を

横切っていた。

 

上杉謙信の軍が、能登の城に旗を

掲げたのは、九頭竜川の勝利から

そう遠くない頃である。

 

「ここを、“北陸の端”としてではなく、

“北陸の門”として扱う」

 

謙信は、能登の城下を見渡しながら

そう言った。

 

海の道を「上杉の道」にする

能登は、海へ開けた地である。

 


越後・越中からの米や塩、木材が

船で運ばれ、佐渡や北国の港と

交易を結ぶ。

 

謙信は、城下の商人たちを集めた。

 

「織田の時分には、港ごとに

バラバラに津料を取っておったな」

 

年季の入った商人が頷いた。

 

「はい。
 港を治める者ごとに津料が違い、
 

年によっては突然増え、
船の者たちは難儀

致しました」

 

「それは改める」

 

謙信は、簡潔に言った。

 

「越後・能登・越中の港における津料は、
 

上杉家の名において一律とする。

 

 誰が港を預かろうと、
 

 

勝手に津料を増やすことは許さぬ。

 

 その代わり、港の整備と安全の責は、
 上杉から任じた者が負う」

 

商人たちの顔に、安堵と警戒が交錯

する。

 

「上杉殿は、港を“上杉の道”とされる

おつもりにございますか」

 

「その通りだ」

 

謙信は、海へ目をやった。

 

「北陸の海は、越後と能登を結び、
 

越後と佐渡を結び、
 東国と北国を結ぶ。

 

 その流れを、
上杉の『公の道』として扱う。

 

 津料の統一は、その第一歩に

過ぎぬ」

 

こうして、能登・越中・越後の港には、

上杉からの「津料規定」が告げられた。

 


それは、商人にとっては負担の軽減

であり、上杉にとっては「海を通る財

と情報」を握るための網でもあった。

 

山の道を「兵の道」にする

 

能登の海を見たあと、謙信は越中の

山へ向かった。

 

越中の山道は、険しい。

 


谷を越え、峠を越え、
ところどころに小さな

集落がある。

 

ここは、兵や荷を運ぶ「山の道」

である。

 


九頭竜川へ向かうときも、
越後から加賀へ

出るときも、
この越中の山道を通ることになる。

 

「山の道は、兵の命を預かる道

でもある」

 

 

ご精読ありがとうございました。

 

懐中温泉