四十九日目の朝 | 「中年の危機」に陥った、ごく普通の50代男性が、3日・2週間・1ヶ月の3段階で人生をやり直す、潜在意識活用システム 真「幸せの時間」

「中年の危機」に陥った、ごく普通の50代男性が、3日・2週間・1ヶ月の3段階で人生をやり直す、潜在意識活用システム 真「幸せの時間」

潜在意識の働きで、あなたは「スーパーなあなた」になるのです。そのための素材・方法も実はあなたの手元にすでに多くあります。ここでは、あなたがそれを見出し、活用するお手伝いをいたします。胎児(あなた)は、胎児(あなた)の夢により進化します。

懐中温泉です、

 


谷に差し込む光は柔らかく、湯面の上に

細い筋を描いていました。

 

 

照手は、いつも通り餓鬼阿弥を湯に入れ、

その頭を支えながら、最後の七日間を

思い返しています。

 

「……今日で四十九日。」

 

自分に言い聞かせるように囁きながら、

湯を掌ですくい、彼の胸元にそっとかけ

ました。

 

そのときです。

 

餓鬼阿弥の身体が、水鳥のように震え、

湯面が大きく揺れました。

 

照手はあわてて両腕で支えようとしましたが、

次の瞬間、その身体から、これまでとは

比べものにならないほどの力が返って

きたのです。

 

「危ない!」

 

思わず声を上げると、目の前で、餓鬼阿弥

の背筋が直立しました。


彼は、自分の力だけで湯の中から起き上がって

いました。

 

湯気の向こうで、その顔を、照手は見上げます。

 

そこにいたのは、もう、骨と皮の亡者では

ありませんでした。


頬に血の色を宿し、瞳に光をたたえ、かつて

横山の館で一目見た、あの若武者の面影が、

はっきりと浮かび上がっています。

 

「……あなたは。」

 

照手の喉が、かすれます。

 

男は、自分の手のひらを見下ろしました。


湯に濡れた掌が、指を一本一本、確かめる

ように開閉します。

 

そして、ゆっくりと照手を見つめ返しました。

 

「……われは。」

 

その声は、もう、餓鬼阿弥の掠れた声では

なかったのです。


若い武士の、低く、よく通る響きがありました。

 

「常陸の国、小栗の城に住む者。
 小栗判官……。」

 

照手の手から、湯桶が落ちました。


湯の音が大きくはねます。

 

「小栗……さま……。」

 

四十九日間、この谷で、彼女が心の底で

呼び続け、しかし決して口には出せなかった名。


その名が、今、湯気のなかで確かに響いて

いる。

 

湯けむりの向こうの気づき

 

その瞬間まで、照手は、心のどこかで

「これは、あの小栗の供養だ」と言い聞かせて

いました。


亡き人のために車を引き、湯に浸け、

念仏を唱ぐことが、自分に与えられた役目

だと。

 

ですが、湯の峰の谷が「蘇りの地」と呼ばれて

きたわけは、死者への供養が、いつのまにか、

生者への帰還へと反転する、その場所

だからでした。

 

「照手。」

 

つぼ湯の中で、小栗はその名を呼びました。

 

その声に、「餓鬼阿弥」と呼ばれていた影は

完全に消え去り、かつて毒杯に倒れ、地獄の

冥官に裁かれた一人の若武者が、ここに

戻ってきました。

 

照手は、湯船の縁に手をつき、膝をつきます。


涙なのか、湯気なのか、自分にも分からない

水の滴が、頬を伝います。

 

「……やっと、お会いできました。」

 

谷の上では、熊野の山々が静かに見おろして

います。

 

その日、湯の峰温泉のつぼ湯は、一人の男を

死の淵から連れ戻し、一人の女の長い流浪の

旅に、ようやく一つの答えを与えたのでした。

 

 

ご精読ありがとうございました。

 

懐中温泉