持ち上がるまぶた | 「中年の危機」に陥った、ごく普通の50代男性が、3日・2週間・1ヶ月の3段階で人生をやり直す、潜在意識活用システム 真「幸せの時間」

「中年の危機」に陥った、ごく普通の50代男性が、3日・2週間・1ヶ月の3段階で人生をやり直す、潜在意識活用システム 真「幸せの時間」

潜在意識の働きで、あなたは「スーパーなあなた」になるのです。そのための素材・方法も実はあなたの手元にすでに多くあります。ここでは、あなたがそれを見出し、活用するお手伝いをいたします。胎児(あなた)は、胎児(あなた)の夢により進化します。

懐中温泉です、

 

「……?」

 

 

湯気の向こうで、痩せたまぶたが、ゆっくりと

持ち上がります。

 


濁った白に覆われていた眼球に、少しずつ、

黒い色が戻ってきます。

 

「見えますか。」

 

照手の問いに、餓鬼阿弥はまだ答えません。


けれど、何かを追うように、瞳だけが、かすかに

動きました。

 

「七日目に、目が開いた。」

 

あとになって照手は、そう人に語ることに

なります。

 

十四日目 声なき世界に音が戻る

 

十四日目の湯は、乳白色を帯びていました。


湯の表面に立つ湯気は厚く、谷の音が

その向こうで遠くに聞こえます。

 

この日も照手は餓鬼阿弥を湯に浸け、耳の

あたりを静かに撫でました。

 

「あなたの耳が、生き返りますように。」

 

湯面が、ふっと震えました。

 

遠くで鳥の声がしていました。


川の流れが岩を打つ音、湯が湧き出るときの

細かな泡のたてる音、谷を吹き抜ける

風の音

 

そんなものが、この湯船の中にも微かに

入りこんできます。

 

餓鬼阿弥の表情が、わずかに変わりました。

 

「聞こえますか。」

 

照手の声に、彼はまだうなずきません。


けれど、声の方向へ、ゆっくりと顔を向け

ました。

 

「十四日目に、耳が聞こえるようになった。」

 

後に語り継がれる言葉を、そのとき照手

自身はまだ意識していませんでした。

 


ただ、湯の熱と、谷の音と、自分の声が、

餓鬼阿弥という一つの影に少しずつ

戻っていくのを感じているだけです。

 

二十一日目 言葉の回復

 

二十一日目、湯は淡い緑色を帯びていました。


湯気の向こうで、山桜の若葉が風に揺れて

います。

 

この日の朝、照手は、いつもより長く念仏を唱えて

いました。

 

「南無阿弥陀仏……。


 もし、この者にまだ、この世で果たすべき縁が

あるのなら、どうかその口に、ふたたび言葉を

お授けください。」

 

湯船に浸った餓鬼阿弥の唇が、かすかに

震えます。

 

「……」

 

最初、それは湯の熱に耐えるための痙攣かと

思えました。

 


だが、照手がじっと見つめていると、その震えは、

何かを形作ろうとする動きへと変わって

いきます。

 

「……あ……」

 

掠れた音が、湯気のなかから漏れました。

 

「もう一度。」

 

照手は身を乗り出します。

 

「……あ……ま……」

 

湯の音と重なって聞き取りづらい。


けれど、その二文字目は、確かに「ま」でした。

 

「……尼……だ……ぶ……」

 

それは、長い旅路の間じゅう、照手が唱え

続けてきた名でした。

 


湯の上で震える声は、拙く、壊れかけては

いたけれど

 

「南無阿弥陀仏……。」

 

餓鬼阿弥の口が、ゆっくりと、その名を

形作りました。

 

「二十一日目に、口がきけるようになった。」

 

湯の峰の谷で、その日、念仏の声が二重に

重なりました。

 

四十九日目 蘇り

 

それからの日々は、照手にとっても、餓鬼阿弥

にとっても、静かな「戻っていく時間」でした。

 

指が少しずつ動くようになり、腕に力が入り、

痩せこけていた頬に、わずかな血の色が

戻ります。

 


湯の色は日ごとに微妙に変わり、青、白、緑、

灰がかった乳色

 

七度色を変える、と村人は言いました。

 

 
ご精読ありがとうございました。
 
懐中温泉