心身を癒やす湯 | 「中年の危機」に陥った、ごく普通の50代男性が、3日・2週間・1ヶ月の3段階で人生をやり直す、潜在意識活用システム 真「幸せの時間」

「中年の危機」に陥った、ごく普通の50代男性が、3日・2週間・1ヶ月の3段階で人生をやり直す、潜在意識活用システム 真「幸せの時間」

潜在意識の働きで、あなたは「スーパーなあなた」になるのです。そのための素材・方法も実はあなたの手元にすでに多くあります。ここでは、あなたがそれを見出し、活用するお手伝いをいたします。胎児(あなた)は、胎児(あなた)の夢により進化します。

懐中温泉です、

 

道後湯治第五日目前半

 

 

五日目の朝、結は、目が覚めたときに

「ここから先は“維持”と“微調整”の時間

だな」と、はっきり言葉にできる気が

していました。

 

目覚ましが鳴る前に自然に目が開き、

頭の中に浮かぶのは、今日の湯と食の

段取りだけです。

 

仕事の締切や細かな雑事の影は、

いったん遠くへ退いていました。

 

布団の中で、いつものように足先から

順番に身体の状態を確かめます。

 

足指の一本一本まで血の通い方が均一で、

ふくらはぎも「詰まりがない」のが

当たり前になっています。

 

腰の重さも肩のこわばりもなく、「ここが

気になる」と名前を挙げられる場所が

ありません。

 

「これ以上どこを良くするのか、というより、

この状態をどう保つのか、だな。」

 

結は、そんなふうに自分に言い聞かせ

ながら、布団から起き上がりました。

 

襖を開けると、佐和はまだ布団の上で

仰向けになって天井を見ていました。

 

「おはよう。」

 

「おはよう。きょうは、どんな感じ?」

 

「身体のほうは、もう“何も言ってこない”ね。

むしろ、顔のほうが気になる。」

 

「顔?」

 

「うん。“湯治前の顔”を忘れないうちに、

いまの顔をちゃんと見ておきたい。」

 

二人は顔を洗い、洗面台の鏡の前に

並びました。

 

朝:鏡と「湯治前の顔」との距離

 

四日目、五日目あたりになると、鏡の前に

立つ時間が、自然と少し長くなります。

 

結は、洗面台のライトの下で、自分の顔の

細部に目を凝らしました。

 

頬の色は、すっかり「道後仕様」になって

います。

 

薄い桃色が自然になじみ、頬骨のあたりに

だけほんの少し光が集まっていました。

 

目の下のくまは、まだ完全に消えたわけでは

ありませんが、「疲れている」という印象を

与えるほどではなくなっています。

 

何より違うのは、表情の筋肉の動きです。

 

眉を少し持ち上げたり、目を細めたりしたとき、

額や目尻に無理な力が入らず、動かしたい

部分だけが素直に動いてくれます。

 

「作り笑いの顔」にならない笑顔が、自然に

出せるようになっていました。

 

隣で髪をまとめていた佐和が、鏡越しに

結の顔を見て言いました。

 

「完全に、“湯治の途中の顔”だね。」

 

「途中?」

 

「うん。“湯治前の顔”でもないし、“湯治を

終えて帰ったあと数週間経った顔”でもない。

 

いま、この七日間の中間の顔。」

 

「なるほどね。」

 

結は、自分の頬に手の甲をあててみました。

 

皮膚の表面には、パウダーをはたかなくても

そのまま外へ出られそうな、均一なしっとり感が

あります。

 

「有馬のときは、“湯治の途中の身体”をよく

意識していたけど、ここでは“湯治の途中の顔”

のほうが気になる。」

 

「湯治のテーマが変わってきてるのかもね。」

 

朝の内湯は、きょうも結は見送ることにしました。

 

四日目に「湯なしの朝」を試してみて、身体の

調子が崩れなかったことで、五日目も同じ

パターンを続けてみる気になったのです。

 

佐和は短く内湯に入り、結はそのあいだ、

広縁でノートに「湯なしの朝の感覚」を

簡単にメモしておきました。

 

「五日目朝:湯に入らずとも、脚の軽さ・顔色

とも安定。“湯が身体に残っている

”時間を確認。」

 

午前:静かな読書と、身体の「完全沈黙」

 

五日目の午前中は、あえてどこにも出かけず、

宿の部屋で静かに過ごすことにしました。

 

結は広縁に座り、道後温泉に関する資料と、

自分の湯治ノートを並べて読み返します。

 

「古代から“心身を癒やす湯”として記録

されてきた伊予温湯……。」

 

そんな文言を目で追いながら、結はふと

気づきました。

 

この数十分、自分は身体のどこにも意識を

向けていなかった、ということに。

 

有馬のときには、三回り目に入ってもなお、

「脚の状態」「背中のこわばり」「頭の重さ」

など、身体のどこか一部への注意が、

常にどこかにありました。

 

それに比べると、いまの自分は、「身体の

完全沈黙」を当たり前のように受け取って、

本や文字のほうにだけ意識を向けている

のです。

 

 
ご精読ありがとうございました。
 
懐中温泉