懐中温泉です、
伊香保温泉・第14日前半
十四日目の朝、結(ゆい)は、目を開けた
瞬間に「軽い」と感じました。
前の日までわずかに残っていた腰の「雲」も
消え、脚先まで自然に温かさが行き渡って
います。
時計は六時半。
布団の中で足首をゆっくり回してみても、引っか
かるところはありませんでした。
ちゃぶ台のノートを開き、新しいページに
「伊香保湯治 二巡目 第十四日目」と書きます。
その下に、「二巡目七日目=通算十四日目。
一巡目の締めくくりにあたる“七日目”を、二度目
としてどう過ごすかを確かめる日。
湯は二〜三回、食事は少食を保ちつつ、気持ちを
少し晴れやかに」と書き添えました。
一巡目の七日目のページをめくってみると、
「一巡目の締めくくり」「湯は二〜三回、様子を見て」
とあります。
あのときは、「ここで一度完結させる」意識が
強かったぶん、どこか名残惜しさと達成感が
混じっていました。
十四日目の今、結は、「まだ二巡目の途中」
という落ち着きのなかで、同じ“七日目”という
位置に立っています。
朝食は、もうすっかり身体に馴染んだスタイル
です。
土鍋のご飯を茶碗に軽く一膳弱よそい、
豆腐と葱、白菜、それに椎茸一切れを具に
した味噌汁を椀に盛る。
漬物を二切れ。十三日目とほとんど変わり
ませんが、今日はほんの少しだけ米の量を
減らしてみました。
「湯の効き具合と眠りの深さを考えると、この
くらいが今の自分にはいちばん合っていそうだ」
と感じたからです。
箸を進めるうちに、一度手を止め、「これ以上は
“満腹の快楽”であって、“湯治の助け”では
ないかもしれない」と思い、残りのご飯をほんの
少しだけ残しました。
それは罪悪感ではなく、「明日の朝の雑炊に
回る」と知っているからこその、余裕のある引き算
でした。
食後、布団に仰向けになり、身体の状態を
丁寧に点検します。
脚の軽さ、膝の安定感、腰と背中の感覚、
胸の開き具合、頭の冴え——どれも良好です。
十一日目のような重さはどこにもありません。
「今日は三回でもいける。
でも、三回全部を“きれいにそろえる”ほうが
大事だな」と考え、ノートに「湯三回。
ただしすべて短時間。
どれも“もう少し”の手前で上がる」と書き込み
ました。
一回目の朝湯は、ここまでで最もしっくりきて
いる“短い全身浴”の型を踏襲します。
湯殿に入ると、黄金の湯の茶褐色が、朝の
光のなかで静かに揺れていました。
洗い場で身を清め、湯壺の縁に腰を下ろし、
足先から胸、肩へと浸かっていきます。
十四日目の朝湯で、結は「あ、今日は湯から
上がるタイミングをまったく迷っていない」
と気づきました。
十一日目には「どこまで入っていいか」を探り、
十二日目には「減らしたあとどう戻すか」を
意識し、十三日目には「減らせる状態でも
あえて二回で止める」選択をしました。
その積み重ねの結果、「今の身体にはこれ
くらい」というラインが、考えるより先に浮かんで
きます。
十数えるあいだ呼吸を感じ、数え終わる前に
「ここだ」と身体が知らせてくる。
湯から上がり、部屋に戻って布団に横に
なりながら、ノートに書きました。
「朝湯一回目。肩まで浸かる。脚・腰・背中・肩、
どこにも“違和感”はない。
湯から出るタイミングが、完全に身体まかせに
なってきた。」
午前中は、石段街に少しだけ出て、十四日目の
足取りを確かめてみることにしました。
宿の前から上へ二十段ほど上がり、踊り場で
一度立ち止まる。
初日に上ったときと比べると、脚の運びが
驚くほど軽く、息もほとんど上がりません。
今日は、少しだけ上まで行ってみることに
しました。
石段をさらにゆっくりと上り、伊香保神社の
境内に入ります。
二巡目に入ってから二度目の参拝です。
鳥居をくぐり、拝殿の前で手を合わせ、
「十四日目まで無事に来られました」と静かに
頭を下げました。
一巡目のときよりも、「途中経過を報告する」
ような気持ちが強くありました。
ご精読ありがとうございました。
懐中温泉
