伊香保温泉・初日 | 「中年の危機」に陥った、ごく普通の50代男性が、3日・2週間・1ヶ月の3段階で人生をやり直す、潜在意識活用システム 真「幸せの時間」

「中年の危機」に陥った、ごく普通の50代男性が、3日・2週間・1ヶ月の3段階で人生をやり直す、潜在意識活用システム 真「幸せの時間」

潜在意識の働きで、あなたは「スーパーなあなた」になるのです。そのための素材・方法も実はあなたの手元にすでに多くあります。ここでは、あなたがそれを見出し、活用するお手伝いをいたします。胎児(あなた)は、胎児(あなた)の夢により進化します。

懐中温泉です、

 

「癒しと労働の列島」篇第百三話

 

 

結(ゆい)は、伊香保の石段を荷物と一緒に

ゆっくり上がり、ようやく予約していた湯治宿

の暖簾をくぐりました。

 

草津からの移動と石段の勾配で、脚の芯まで

じんわり疲れていますが、「ここから七日間は、

湯も食事も“湯治仕様”でいこう」と心の中で

決めていました。

 

部屋に通されると、まずちゃぶ台の上にノートを

広げ、「伊香保湯治・一日目」と書き込みます。

 

その下に、「到着日は湯一回、食事は軽く」

と添えました。

 

頭の片隅には、越後・栃尾又温泉の湯治を

記録した眼科医・竹山亨の『竹山日記』の

一節があります。

 

そこには、湯治場では自炊が基本で、湯治客

は米や味噌、少量の魚と野菜を使って質素な

食事を整え、「大食・大酒は大毒」と戒めて

いたことがくり返し書かれていました。

 

この日、朝は草津の宿で軽く済ませて

きたので、伊香保に着いてから最初の

しっかりとした食事は昼になります。

 

結は荷解きをすませると、持参した米と味噌、

それに道中のスーパーで買った豆腐と青菜を、

共同台所に運びました。

 

『養生訓』をはじめとする近世の養生書では、

湯治中は油の多い料理や冷たい飲み物を

避け、消化のよい「常の飯」を食べること

が勧められていました。

 

昼の献立は、ごく単純です。


米を一合だけ研ぎ、小さな土鍋で炊きます。

 

『竹山日記』にも、湯治場で一人分ずつ

小さな釜や鍋で米を炊く様子が描かれて

おり、結もそれにならって、鍋のふたから

立ちのぼる湯気と匂いをじっと眺めました。


味噌汁は、味噌と豆腐と青菜だけ。

 

豆腐料理は江戸でも庶民のたんぱく源

として重要で、湯治中の食卓にも頻繁に

のぼっていたことが、当時の料理書や

食生活の研究からうかがえます。

 

炊きたての白飯に、豆腐と青菜の味噌汁、

持ってきた梅干しを一つ。

 

これが、伊香保湯治一日目の昼食の

基本形です。

 

『竹山日記』でも、湯治客が「米と味噌と

少しの菜」で一巡り七日を過ごしていた

ことが記されており、結はその質素さを、

自分の皿の上にそっと再現してみたのでした。

 

食後は、宿の部屋に戻って横になり、

しばらく昼寝をします。

 

湯に入る前に、まず移動の疲れを抜くこと

 

それもまた、古い湯治記録にたびたび

出てくる注意です。

 

夕方、日が傾き始めたころ、結は黄金の湯

へ「挨拶」の一浴びをすることにしました。

 

一日目は、湯は一回だけ、五〜十分の半身浴。

 

長湯は禁物です。

 

伊香保の茶褐色の湯——鉄分を含む弱酸性

の「黄金の湯」は、冷え性や神経痛、婦人病

などに良いとされる一方、保温力が高く、

効きすぎると湯あたりを起こしやすい

 

このことが、近代以降の温泉医学の記述にも

見えます。

 

肩まで完全に浸かるのは、最後の数分だけ

にとどめ、湯から上がったら、廊下で長く

涼まないようにして、すぐ部屋へ戻ります。

 

布団の上に横たわると、身体の芯からじわ

じわと温かさが伝わってきて、ふと『竹山日記』

の「湯上がりに外気に当たりすぎるべからず」

という一文を思い出しました。

 

少し汗が引いたころ、結は夕食の支度に

とりかかります。

 

夜も、昼と同じく「米と味噌」を軸にしつつ、

ここで伊香保らしさを少しだけ加える

ことにしました。

 

群馬の山間部では、幅広のうどんを野菜

たっぷりの汁で煮込む「おきりこみ(おっきり

こみ)」が古くからの郷土料理として知られて

おり、伊香保周辺でも現在まで受け継がれています。

 

結は、近くの店で買ってきた幅広の乾麺と

根菜を使って、小さな「簡易おきりこみ」を

作ることにしました。

 

土鍋に水を張り、味噌を溶き、薄切りの大根、

人参、少しの椎茸を入れて煮込みます。

 

そこに、短く折った幅広麺をそのまま投入し、

麺から出る粉で汁に少しとろみがつくまで

煮込んでいきます。

 


本格的なおきりこみとは違い、量も控えめ

ですが、「野菜と穀物を一つの鍋で温かく

煮た汁物」という点では、湯治場の食事と

よく馴染みます。

 

この夜の献立は、昼の残りのご飯を少しと、

この簡易おきりこみ、そして梅干し一つだけ

です。

 

甘い菓子や酒は、「今日はなし」とノートの端

に書き込みました。

 

『養生訓』が湯治中の大酒を厳しく戒めるように、

近世の養生書や医師たちの記録は、温泉と

酒の組み合わせに慎重でした。

 

一日目の終わりに、結はノートの最後の欄

——「今日のからだと心の状態」に、こう書きます。

 


「移動の疲れはまだ残っているが、脚の冷えが

少し和らいだ気がする。食事は軽く、胃もたれは

ない。甘いものとコーヒーを我慢したぶん、

湯上がりの水がひどくおいしく感じられた。」

 

湯の回数も、食事の量も、江戸期の湯治記録

——『竹山日記』や養生書——から借りてきた

枠組みの中で、結自身の身体感覚で確かめ

直していく。

 

伊香保七日間の一日目は、その最初の実験

の日として、静かに幕を閉じようとしていました。

 

 
ご精読ありがとうございました。
 
懐中温泉