懐中温泉です、
想像してください。
餅
餅を想像してほしいのです。
しかし、どうでしょうか。
その想像はどれほどエキサイティング
ですか。
どのくらい興奮するでしょうか。
この餅のイメージは。
あ、何餅で想像しましたか。
白い、羽二重餅でしょうか。
柔らかな、フカフカの、そのまま
モチモチした感じ、を思い浮かべ
うっとりとした気持ちに
なるでしょうか。
あるいは、お汁粉に入った、
あんこにまみれた餅ですか。
黄色いきな粉のまぶされた
安倍川餅ですかね。
醤油もちで海苔をまいた、
磯辺餅もアリ、ですね。
ところが、実のところ、話を出して
おいて誠に申し訳ないのですが、
私は自分で、自信がないことに
気がついてしまったのです。
餅といえば、そのまま興奮材料
のはずだったのに。
何個まで食べられるか。
そればかり気にしていたはず
だったのに。
青春の象徴といってよい存在
だったのに。
心が動かない。
まったく動かない、というのでは
ないのでしょうし、やはり嬉しい。
が、両手を挙げて喜ぶ、とまでは
なかなかいかない。
青春は終わってしまったのか。
いつでも食べられる、という
感覚がそのような興味の減退に
つながったのか。
しかし、かつて、私たちの先祖、
いや、先祖と言うほど昔でもない、
1世代か2世代前での話です。
今でもそういうお家はあると
聞きます。
とにかく、なにかあると、
ペッタンペッタンと餅つきをし、
餅をつくり、餅をふるまう。
餅をふるまう、という言葉を書いて
みて、あらためてその持つ語感の
豊かさを感じます。
もともと、餅は、持ちであり、
保ちに通じます。
保存であり、蓄えであり、備え、
安全、保証、そうした内的感覚に
直接うったえかける。
そのイメージであるはず。
とくに私は、内的感覚が強く、もともと
歴史や伝統、文化への傾きが
あります。
餅というのは、そのまま歴史を
連想し、少なくとも文化や伝統を
体現するといってよいでしょう。
餅が現実であり、実質であり、
そのズシッとくる重量感は、
手の平で感じても良し、また
胃の腑にもズッシリくるものなのです。
いつもと同じ道にあるもの。
餅と言えば、あの変わらぬ餅です。
懐かしい。
なにかこう、餅がある、というだけで
生活のガイドラインが整っている
とさえ本能的に思えてくる。
それが、なぜ今、あまり響かない
のか。
いや、こうしてふり返るとやはり、
それなりに胸とどろくものでは
あるのです。
どうやら、やはり私だけの、しかも
今だけの状態に関係するの
かもしれません。
だから、あなたには、餅は依然
エキサイティングな存在である
可能性はありそうです。
リーダーシップ
マネジメントスキル
結果を出す
システム構築
私にとって、こういったことが
目下のフォーカスポイントと
なっている。
だから、餅があまり意識の上に
のぼりにくくなっているだけ。
とも言えそうです。
してみると、今後ふたたび餅が
私をエキサイトさせるときも
来るかも知れません。
どのような形でくるのか。
そのことをイメージするだけで
すでにけっこうエキサイティング
です。
あなたをエキサイトさせるものは
なんですか。
餅ですか。
あるいは別のものですか。
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