懐中温泉です、
もしかすると、あなたは今の生活では
満ち足りていませんか。
ストレートに、満ち足りていない。
そのように感じるのは、いつですか。
どのような状況で、満ち足りていない、
と思うのでしょうか。
何かのタイミングで、そう思うのか。
あるいは、こうですか。
いつもではない。
が、満ち足りていないと、
感じるときもある。
ときどき、そう思う。
だいたいは満ち足りている。
感謝の日々。
すばらしいです。
あなたの社会でのポジションが
どのようなものであれ、
感謝の気持ちが何よりも
重要です。
彼もそうすればよかったのに・・・
彼とは、
現代の人ではありません。
ちょっと昔の人です。
ちょっと昔、というのは、
今は昔、とも言い換えられます。
今は昔、男ありけり。
『今昔物語集』の始まりの部分ですね。
『今昔物語集』は、平安時代の説話集。
1120年頃の成立とされています。
とにかく平安時代。
とはいえ、平安時代も、だいたい
400年続きましたので、その
最初と最後ではずいぶん
違っています。
最初、というのは、それまで都が
奈良の平城京にあったのが、
京都に移ってきた。
平安京、という名前がその都には
ついていたので、平安時代。
794年のことです。
たぶん、語呂合わせで、
泣くよ(794)平城、平安遷都
と覚えた記憶もよみがえりませんか。
そして、終わりの方は、これは
鎌倉時代の始まりに合わせ、
1192年。
いい国(1192)つくろう、鎌倉幕府
というようにして。
ここらへんは年号としてもなかなか
ラッキーでしたが、後の時代になる
と項目の数が増え、また内容も
複雑になり、覚えるのがむずかしい。
さて、ここでとりあげる、
満ち足りなかった彼とは、
藤原道長(ふじわらのみちなが)
です。
966年生まれで1028年の正月に没す。
ですので、平安時代のまさに
ど真ん中に生きていた人物です。
道長は、
この世をば わが世とぞ思ふ 望月の
虧(かけ)たることも なしと思へば
(この世は 自分のためにあるようなものだ
満月のように、何も足りないものはない)
と、まあ、誰が聞いても鼻白むというか、
いい気なもんだ、と
思う歌で有名です。
栄耀栄華を極めた藤原北家の
権力掌握の頂点に達した
人物ですので。
こういう歌も即興で出てきて
しまうのでしょう。
即興なので、本音が出てしまった、
とみることもできますし、
実際にそれだけの
バックグラウンドはあったのです。
道長、というように
藤原氏の完全権力掌握は
長い長い道のりでした。
何世代もかかっています。
彼らは、姻戚関係をベースに
ありとあらゆる策謀を繰り返す
という戦略を代々とっていました。
天皇に自分の娘を妃としてめあわせ、
その生まれた男子が
天皇になる。
すると、外戚として、おじいちゃん
として、コントロールしやすい。
あるいは、娘婿である天皇でも
操作しやすい。
もっぱらこれです。
貴族とは、つきつめれば
血統であり、血ですので、
この方法しかない、という
ことにもなりますが。
飲食の機会も多いでしょうし、
貴族ですので美食も多い。
そして、道長自身は、
有名な紫式部の『源氏物語』
の主人公である、光源氏の
モデルになったとされるほどでしたので
生まればかりでなく、色恋も達者。
酒食にふけることも多かった。
だからでしょうか、ざまあみろ、
という感じで、
当時としては珍しい、糖尿病が
持病となりました。
今でも、患者の方々には
お気の毒ですが、
ぜいたくな食生活からくる、
とされています。
少なくとも、高カロリーで、
アルコールなどの摂取が
多かったこともあるでしょう。
その最期も、糖尿病の症状の
悪化により、背中に大きな腫瘍が
できたのが原因であったとされて
います。
彼は、だから、実は心から
満足できてはいなかった。
少なくとも、感謝の念が欠けていた。
満月だったかもしれないが、
感謝は欠けていたのです。
歌を詠んだ1018年のそのときだけ
そう思ったのかもしれませんが、
心から満足していれば、
むしろ、そのような歌は作らない。
と思うのは私だけでしょうか。
しかし、あなたは満ち足りているはず。
道長ではない。
しかし、人生は、道は長いです。
満ち足りて、道を歩んでいきましょう。
X-Jr.コピーライター養成スクールA級レベル:
https://www.xschool.is/JrA_Sales/?vid=MlfO10kRUx
