懐中温泉です。
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目目連の涙
(もくもくれん)
あなたは木蓮がお好きだと思います。
木蓮(もくれん)
庭によく植えられています。
花が咲くのは春で、
濃い紫色の大きい六弁花を開きます。
開いた内面は淡い紫色ですね。
見ていると、
しっとり美しく、
しみじみとした気持ちになります。
花束を
花かごなどに入れるときれい。
歌にも、
スター・ダスト・レビュー
略してスタレビの「木蓮の涙」
があり、ロングセラーとなっています。
ところが、どうも私は、
この木蓮、と聞くと、
ほぼ自動的に、
目目連(もくもくれん)
を思い出してしまいます。
だから、木蓮の涙というと、
やはり自動的に
目目連の涙、となるわけです。
単に、音がかぶる、というだけのこと
なのですが、インパクトが大きい
存在なので。
インパクトが大きい、とは
言いましたが、そもそも、
あなたは、この目目連をごぞんじですか。
「木蓮とは違うの?」
違います。
妖怪です。
荒れ果てた家などで、
そこの障子に無数の目が浮かび上がった姿
をしています。
なかなか凝った設定で、
碁打ち師の念が碁盤に注がれ、
さらに家全体に現れたもの、という
解説が、鳥山石燕『今昔百鬼拾遺』にあります。
碁打ちと同様に、
将棋指しでもあり得る話、
というわけです。
もちろん、
障子の目からの
連想が拡大され、
潜在意識に住み着いたというところでしょう。
潜在意識の住人ですと、
鬼や妖怪、すだま、
精霊、西洋風には妖精、と
なりますので。
一般的には、
可愛いのが妖精
なんとも要領を得ないのが精霊
人間の姿から遠いのが妖怪
人間に近いのが鬼
このようなグレードがあります。
とすると、
障子の目にさらに
目がある、というのはくどいですし、
正直気持ち悪い。
だから、
目目連が妖怪として分類されるのは
ごく正しいことと言えます。
ところで、普通の妖怪は
なかなか人間の力では再現できませんが
目目連は、かろうじて可能です。
正月などにテレビ番組として
やっている、仮装大会などに
出場することもできるでしょう。
用意するものとしては、
荒れ果てた家
障子
障子の目の数だけの目
通常、目は2つ持っていますが、
それこそ、障子の目に舌でなめた指で
穴をあけ、中をのぞき込むとき。
そのときには、片方の目をつぶりますので、
1人1つ、と考えます。
すると、やはり障子の目の数だけ
人数を集めます。
天井に近い、
または床に近い。
そのポジションにある人は
なかなか大変です。
が、一種の組み体操のように
すれば、できない相談では
ありません。
が、やはり大変。
とにかく、障子を閉めた部屋で
たぶん、中にいる人物として、
碁打ち、または
将棋指し
碁盤または将棋盤に
向かって座っている。
ややあって、
プスプスと、障子の目に
次々と穴が湿った指で開けられる。
そして、それぞれの穴の開いた
障子の目から、本当の目が
のぞき込む。
想像してください。
いや、やっぱり気持ち悪いので、
想像しないでください。
「想像しちゃったよ。」
しかし、障子の向こうで
組体操をしている人たちは、
それぞれの体重で圧迫され、苦しいです。
涙が出るほど。
そこで、障子の目の穴から
見えている目は涙を流す。
それをもって、
目目連の涙
と命名する。
目出度し、目出度し。
実際、目目連の涙はともかく、
「木蓮の涙」は名曲ですので、
今度聴いてみてください。
目目連のことは忘れて。
