社会の窓が開くとき | 「中年の危機」に陥った、ごく普通の50代男性が、3日・2週間・1ヶ月の3段階で人生をやり直す、潜在意識活用システム 真「幸せの時間」

「中年の危機」に陥った、ごく普通の50代男性が、3日・2週間・1ヶ月の3段階で人生をやり直す、潜在意識活用システム 真「幸せの時間」

潜在意識の働きで、あなたは「スーパーなあなた」になるのです。そのための素材・方法も実はあなたの手元にすでに多くあります。ここでは、あなたがそれを見出し、活用するお手伝いをいたします。胎児(あなた)は、胎児(あなた)の夢により進化します。

懐中温泉です。

 

本ブログをご訪問いただき、

心より感謝いたします。

 

あなたは、男性でしょうか。

 

 

あるいは女性でしょうか。

 

今回のお話は、かつては

もっぱら男性向きであったかも

しれませんが、ジーンズが普及してからは

特に性別を問わなくなっています。

 

そして、これからお話しする内容は、

その区別が今後ますますなくなることを

はっきりと示しています。

 

ものものしくなりました。

 

社会の窓について、

です。

 

成人式ですとか、

卒業式などの来賓の祝辞で

出てきそうな言葉ですが、

実際にはほとんど使われません。

 

あるいは、

学校の社会の時間あたりでこそ

用いられて不思議はありませんが、

やはり、現れません。

 

先生や話し手も、

あえて避けようとしているかの

印象さえあります。

 

そうした場でこの言葉が

飛び出すのも、まったくないでは

ないのですが、ささやかれる、

というのが普通です。

 

「先生、社会の窓、開いてますよ。」

 

誰かが親切に耳打ちしてくれるのなら

いいのですが、

 

生徒などが

 

「先生、社会の窓、開いてるー。」

 

ゲラゲラ、と、言われた方が、

あわててチャックを閉める。

 

こういったシーンが多いですかね。

 

スポーツ界などでも、

なぜか冬季オリンピックの選手が

ときどきやらかします。

 

ハイ・ジャンプですとか、

フィギュア・スケートなど、

華麗で、見せる競技で見かけるのも

何かの因縁でしょうか。

 

そうですね、

確かに社会の窓が開くとき、

というのは、その人が何かに専念している、

という場合が多いです。

 

他の競技でもそうですが、

ハイ・ジャンプや

フィギュア・スケートは、

とくに瞬間の動きが勝負です。

 

そこに全神経が集中している。

 

当然、出番の前にはトイレに行ったりして

コンディショニングをするでしょう。

 

暖かいときであれば、

もしも社会の窓が開いていたら、

体感として

 

なにかスースーする

 

として、開いているのに

気づくでしょう。

 

しかし、冬季であれば、

ひょっとすると氷点下という

厳寒の中での競技となります。

 

暖かく身を包んでいて、

そこらあたりもやはり

何重にもカバーされている。

 

その分、体感しにくくなる。

 

ありうることです。

 

オリンピックのように

まぎれもなく国際社会の舞台、

でなくとも、何かに専念するのは、

大なり小なり、世の中に出るときです。

 

したがって、

社会の窓、というのは

実に巧みなネーミングと

いうこともできるでしょう。

 

また、意外な効果を生んだりもします。

 

もちろん、当事者にとっては

遺憾で恥ずかしいことですので、

避けたい。

 

自ら進んでオープンする人はいない。

 

が、少なくとも、周囲の人からすると、

それこそスキができる。

 

完璧ではない。

 

人間味、というと強すぎますが、

そこにはかすかでも

笑いが生まれます。

 

フランスのエスプリは

愚かな他人を笑う。

 

イギリスのユーモアは

愚かな自分を笑う。

 

少々乱暴かもしれませんが、

このように大別できます。

 

社会の窓が開いていて、

指摘するのがエスプリで、

指摘されて、気づいてあわててチャックを閉めるのが

ユーモア、となりますか。

 

あまり適切ではないですかね(笑)

 

いずれにせよ、

社会の窓が開いていると、

その瞬間だけでも

場がなごみます。

 

もちろん、わざとやるのは

悪質ですが、そこまでする人も

まず、いないでしょう。

 

指摘する方にまわるでしょうから。

 

それにしても、

英語などでは、単に

 

チャックが開いている

 

ジッパーが開いている

 

と、その現象を表現するだけなのに、

なぜ、日本語では

 

社会の窓が開いている

 

というのか。

 

なかなかしゃれた言い方だと

あらためて思います。

 

たぶん、同じ感覚で、

 

ふんどしを締める

 

というのでしょう。

 

かつて、日本に洋服が

入ってくる前には、

男性の下着というと

ふんどし、でした。

 

今でも愛用する人もいるはずですが、

ごく限られています。

 

圧倒的多数の人は、

下着のパンツやブリーフをはき、

その上でズボンをはきます。

 

このズボンをはく、という行為が

日本人にとって、西洋文明との

出会いであり、国際社会を、文字通り

身近に感じる、体感するきっかけでした。

 

ファスナーの歴史はまた今度

さかのぼりたいと思いますが、

日本にズボンが入ってきたときには

最初はボタンであったはずです。

 

が、社会に出ようというとき、

それまではふんどしを締めてかかる、

という心構えで専念していました。

 

言うまでもなく、ふんどしには

ボタンやファスナー・ジッパーは

ありません。

 

自動または手動調整が

必要です。

 

だから、ふんどしを締めれば、

おのずから、精神を集中させることが

できました。

 

が、ズボンの方は、何かに専心していても

ベルトは締めるでしょうが、

もしかすると、ファスナー・チャックは

閉め忘れるかもしれない。

 

ふんどしを締める、というような

精神性もしくは社会性を、

西洋文化は、ジッパーやチャックには

こめていないからです。

 

が、せめて、ふんどしを締めてかかるという、

精神性はともかく、社会性の方はズボンの

ボタン、後にはファスナーにつけておきたい。

 

そうした風土が

 

社会の窓

 

を生みだしたのでしょう。

 

ジーンズでも同じです。

 

女性は、基本的に

ふんどしは締めません。

 

下履きとして布を巻き付けるというのが

長らくの伝統でした。

 

着物を着る場合、

正式には、西洋式の下着は

ラインが見えるのでつけない。

 

が、女性の社会進出が

進むにつれ、より機能的なズボン形式の

ジーンズやパンツをはく機会は増えます。

 

その分、

社会の窓が開く確率も増える、

というわけです。

 

社会に出ましょう。

 

国際社会にまで。

 

そのときには、

一応、社会の窓が開いているか、

開いていないか、確認するようにしてください。

 

万が一、開いていたとしても、

それはあなたが、目の前の事柄に

専心している、ということです。

 

人間として、なんら恥ずべきことでは

ありませんが、まあ、気づいたら

閉めておきましょう。

 

ふんどしを締めるつもりで。

 

社会に出る

 

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ご精読ありがとうございました。
 
懐中温泉