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納豆原理主義者とは
対極にあるのが、
納豆アナーキストでしょうか。
そういう言葉はもちろんありません。
混沌。
まぜまぜ派。
とにかく何でも混ぜてしまう。
ネギもカラシも
鰹節も胡麻も、
何でもござれ。
味噌汁だってぶっかけちゃう。
面倒なのか、
そもそもそういう性質なのか。
私の母方の曾祖父が
そうした人物であったと聞きます。
幸吉じいさん。
としか知りません。
私が物心ついたのは、
この幸吉じいさんの葬式に向かう
列車の食堂車でカレーライスを母と
食べるという場面からです。
3歳だったと思いますが、
あるいは4歳かも。
とにかく、その頃です。
こうして書いていているのも、
起きぬけで、自分の手がほとんど
勝手に書いていっています。
したがって、書いている本人にとっても
意外な記憶がよみがえります。
この幸吉じいさんの血。
これは母を通じて私にも
流れ込んでいます。
隔世遺伝と言いますが、
私にも幸吉じいさんのDNAが
影響をおよぼす。
庄内酒田の出身。
山形県の日本海側。
そこから笹谷峠を歩いて
越えて仙台に丁稚に来た。
この話を子どもの頃
よく聞かされました。
母と葬式に参列し、
そのお棺におさまった
故人の顔もおぼろげに
覚えています。
完全な禿頭でした。
実のところ、私は
この母親の、正確には
幸吉じいさんの形質を
受け継ぐのを少年時代から恐れていました。
まず、有名だった
禿頭。
首が短く、太い。
いわゆる猪首。
身長も低い。
農民の出で、どうも
庶民的というか、
文化への関心が低い。
どこが長所なのか。
胃袋が丈夫。
長寿。
胃袋が丈夫で長寿なのは
いいのですが、
禿頭・猪首・低身長・
庶民的気質。
これらは避けたい、抜け出さねば
と危機感を強く抱いたのは
高校時代でした。
幸吉じいさんのように
なってはいけない。
どこかで強く思っていたようです。
そのために自意識過剰になっていた
部分もあります。
父方の形質を伸ばそうと
したのでした。
優性遺伝をあくまで
潜在意識レベルで
無意識に、しかしどこか
自覚しておこなっていったのです。
その結果、幸いにも
胃袋は丈夫でありながらも、
身長は伸ばし(180センチ)
首も父方の方になりました。
あるいは、身長をのばすために
首筋を伸ばすようにしていたのでしょう。
ほとんどキリンの首の進化を
個体としてまねていったのだと
思います。
トニックも
友人達がまったく養毛ということに
考えもおよばない段階で
選んでいました。
ヘッド・マッサージも早くから
とりいれ、視力も保ちながら
髪の毛の維持につとめています。
ある意味幸吉じいさんの
おかげで、私は私のなりたい容貌に
ほぼなることができたと言えるでしょう。
しかし、その当時は
『幸吉じいさんのようになってはいけない』
と、なんでも混ぜて食べる、という
姿勢には真っ向から反対でした。
それも納豆原理主義と
結びついていくのです。
私の納豆原理主義は
かくして曾祖父の代から、
しかも単純にねじれたものとして
現れたのです。
しかも、その源流はさらに深い
ところにあることを見出しています。
あなたの源流はどこにあるでしょうか。
胸に手を当てて
考えてみましょう。
ご精読ありがとうございます。
懐中温泉
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懐中温泉