脳の上の風船 | Use Pocket

Use Pocket

大丈夫。気付けばそこにいる。
そう、いなくていいわお前なぞ、
と言われぬ限りきっとあなたのそばにいる。
そんな人に私はなりたい...とは思わない。
私がなりたいのではなく人のそばには
必ずそういう人が付いている。
それに気付くか気付かないか、ただそれだけ。

 

 

「あそこまで とびっくら しよう」

 

炎帝真っ盛りの下

あなたは私におすすめした

 

とびっくら 

要は駆けっこ

 

あなたの勧めに対して

私は何故だかはっきり”嫌です”と答えられなくて

 

とりあえず

”ちょっと待って”と返しながら

気持ちを作り呼吸を整え準備運動を始めた

 

(一体何の為にこんなことをやるんだろう)

なんて疑問が勿論脳裏では過ぎっているのだけれど

 

それでも

あなたの勧めに対して

私は何故だかはっきり”嫌です”と答えられなくて

着々と準備は整ってしまった

 

”よし、いいよ、いこう”という

誂えさせられたのか

拵えたのかいまいち分からない言葉を

あなたに渡せば

間も無く合図が解き放たれて

 

全速の数十秒が訪れて

 

気付けばゴールに指定していた電柱より

二十m程過ぎ去った場所に私たちは立っていた

 

だらだらの汗とカラカラの喉と切れ切れの声で

地べたにお尻を着けて向こう側に足を放っぽって

白日に包まれながら清々しくへばった

 

 

「あそこまで とびっくら しよう」

 

炎帝真っ盛りの下

あなたは私におすすめした

 

どうせあなたのことだから

競いたいわけではないのだろうなぁ

 

勝ち負けではない何かを

共有しようとしたのだろうなぁ

 

ただそれが何なのかが分からないだけで

 

別に

仮にたとえ本人の口から

その何かが何なのかを聞いたところで

それを理解できるとも限らないし

知ることが出来るとも納得ができるとも限らないし

聞かなきゃ聞かないでいいことだとも思うのだけれど

 

それでも

あなたに何故駆けっこをしようとしたのか

聞かずにはいられないのは

 

あなたがくれる言葉を耳にしたいからで

あなたの言葉はよく響いて

胸の内にすんなり入ってきてくれるから

 

 

息を切らしながら

”結局....今の...とびっくらは...なに..."

と問いかけたらば

あなたはくれる

 

少しずつ少しずつ

呼吸を整えながら

 

「置いてけぼりに...したんだよ

 ちょっと...だけだけど...

 振り払い落とし...たんだよ

 

 脳からね...

 脳と...繋がってる長い...糸がね

 空の方に出てる...んだ 

 その...長い糸の...先にはさ

 物理...的な力じゃ...動かない

 風船が...付いてるんだよ

 

 ...その風船にはさ

 ここ最近一番の...気掛かりが

 ぎゅうぎゅう詰めに入ってることが多いみたいで

 

 よく気分転換とか気晴らしに

 外に遊びにいったり

 運動しに出かけたり

 室内の趣味に没頭したりするでしょ

 

 燻ってたり落ち込んでたり

 ストレスが溜まっている時に

 周りの人もそういうこと勧めるじゃない

 パーっと好きにしてこいよってさ

 

 あれってさ

 脳の座標を動かせってことだと思うんだ

 

 脳の座標が勢いよく動いたり

 違う世界に入り込むと

 その瞬間頭の上の風船は

 置いてけぼりを食らうんだよ

 ゆっくりゆっくり

 後を追うように付いてくるから

 束の間のことにはなってしまうけれど

 それでも振り払えるんだよ

 

 それで

 その風船と脳の座標がまた重なった時

 気掛かりだった事を

 思い出すようになってるわけさ

 

 やることを沢山持っている方が

 心は病まずにいられるってさ

 そう言われたりすることがあるけれど

 それはきっとこの座標の話を言っていると思うんだ

 

 それは決して

 忙しくあり続けた方がいいという話ではなくて

 脳の上にある風船を置いてけぼりにする

 技術も身につけておかなきゃね

 という話で

 

 見えてたんだもの

 キミの上にずっと風船が重なっているのが

 見えていたんだもの

 脳の真上に風船がずっと重なっているのが

 

 だから別に何でもいいことだったんだ

 

 泳ごうよ でも

 珈琲飲みいこうよ でも

 神社に涼みにいこうよ でも

 見たことない動物の絵描こうよ でも

 筋力トレーニングしようよ でも

 なんでもよかった」

 

 

あぁ

これだから

やっぱり

 

(一体何の為にこんなことをやるんだろう)

なんて疑問を脳裏に過ぎらせながらも

あなたの勧めに対して

何故だかはっきり”嫌です”と答えられないのは

 

やっぱりたぶん

これがあるから

 

別に

仮にたとえ本人の口から

とびっくらを勧めた理由が何なのか聞いたところで

それを理解できるとも限らないし

知ることが出来るとも納得ができるとも限らないし

聞かなきゃ聞かないでいいことだとも思うのだけれど

 

それでも

あなたに何故駆けっこをしようとしたのか

聞かずにはいられないのは

 

やっぱりたぶん

これがあるからなんでしょう

 

 

確かに今

私の脳の上に風船はない

 

きっと

まだ追いついていない

 

ここのところ

なんで無駄に悶々としていて

なんで無駄に燻っていて

なぜずっと頭の中が曇っていたのか

その理由がはっきりと分かった気がした

 

脳に日が差して

清々しく晴れやかになって

やっと飲み込めた気がした

 

誘ってくれてありがとう

とびっくらして良かったなあ

私もあなたの風船を

あなたには内緒でこっそりと見て

こっそりあなたの手を引くよ

 

 

「あそこまで とびっくら しよう」

 

炎帝真っ盛りの下

あなたが私におすすめしたのは とびっくら

 

「あそこまで とびっくら しよう」

 

炎帝真っ盛りの下

あなたが私におすすめしたのは 全速力の とびっくら