緊急登板!内海が救った!4回2/3ピシャリ!!(スポーツ報知)
絶望のふちからよみがえった。CS第2ステージ直前。苦手の中日が相手に決まり、先発は第5戦に繰り下がった。9月は4戦4勝。結果を残したが、首脳陣の判断は先発5番手だった。「正直、気持ち的にだいぶ落ちました。練習にも身が入りませんでした」。一度は心が折れかけた。
落ち込む左腕を救ったのは友の存在だった。CS第1戦が行われた10月21日。重い心臓病を患う高校時代の友人から、久しぶりに連絡があった。一時はICU(集中治療室)に入っていた旧友からのメールには、内海を激励する文面がつづられていた。
内海「生きられる可能性が1割と言われていた状況だったのに、僕を心配してくれたんです。自分は何でこんなことで落ち込んでいるんだろう、って。僕の周りには、助けてくれる人がいる。“いつか自分が必要なときが来る”と思って気持ちを入れ替えました」
第2戦は3回途中KO。その後の先発機会は失われたが、気持ちが切れることは二度となかった。「感無量です。これ以上話すと涙が出そうです」。消化不良だったWBC、9勝止まりだったシーズンを経てつかんだ勲章。最後の最後に、内海は心から笑った。
長かった。やっと日本一を“奪回”した。前回日本一の2002年は、まだ入団2年目。清原や松井秀(現ヤンキース)ら先輩の背中を追いかけるだけで精いっぱいだった。だが、今は違う。2007年から18代の主将となり、今年からは選手会長も兼任した。
なくてはならない中心選手。ときには仲間を笑わせ、ときには厳しくしかった。7月8日の横浜戦だった。グアム自主トレにも連れて行くなど、かわいがっている坂本が飛球を放って全力疾走をしなかった。ベンチに帰ってきた20歳を「みんながお前の背中を見ているんだぞ」としかりつけた。その後、後輩はサヨナラ弾で応えてくれた。「あれは、うれしかったですね」と今でもうれしそうに振り返る。
「若い選手が増えてきて、日本一がすごい、ということを味わわせてあげたかった。立場が立場なだけに苦しかったけど、やっと念願がかないました」
いつも笑顔を絶やさない阿部の瞳に涙がキラリ。シーズン中は原監督に怒られたこともあった。巨人の主将は日本一の主将となった。
10月下旬につぶやいたことがある。「オレ、まだ野球やってるよ。今年は長いよなあ」。その日は、ジャイアンツ球場での全体練習日だった。グラウンド入りする際に大声で叫んだ。「もう少し、お願いしやす!」。高校球児のように、あいさつしながら一礼した。3月のWBCから、グラウンドに立ち続けた。長かった1年が、ようやく終わった。
“2年目のジンクス”乗り越えた…巨人・越智手記(SANSPO)
実質2年目の今季、『2年目のジンクス』という言葉を実感しました。去年、68試合に投げたので、各球団からマークされるだろうとは思っていたけど、自分の予測をはるかに超えていた。ここまで露骨に研究してくるのか、と驚きました。
最も苦しかったのは、交流戦からリーグ戦再開にかけての6月ごろ。フォークボールを振ってくれず、真っすぐを狙われる。もうお手上げ状態。フォークがばれていると思いました。気持ちも弱くなって、切羽詰まった状況でした。
そんな時、尊敬する上原(浩治、オリオールズ)さんの言葉を思いだしました。渡米前に「多分、今年は苦しむよ。それを乗り越えてこそ大きくなれるから」と言ってくれたんです。直球とフォークで勝負をする点では投球スタイルが似ている。上原さんには、分かっていたんでしょうね。
シーズン中、何度か電話もしました。「調子が悪いんです。やっぱりダメです」って。上原さんもけがで苦しんでいたから、「お互いにうまくいかないなあ…」と。でもけがで投げられない先輩に比べたら、投げられる自分はまだまし、と気持ちを奮い立たせました。
振り返ってみると、あの時期はフォークの調子自体が悪かったのだと思います。不調の原因を、相手の研究によるものだと疑心暗鬼に陥っていた。それが分かっただけでも、この一年は価値がありました。
来年がすごく楽しみです。今のようなフォークを投げれば相手が振ってくれる。早く来季にならないかと、今から思っています。
原巨人7年ぶり21度目“日本一”(nikkansports)
選手へ投げかける視線もまた、家族に向けるように温かい。9月、主砲ラミレスの著書を発売前に入手して熟読。「面白いよ。どんな人間かが分かるんだ」。新型インフルエンザが流行しはじめたころ、飛行機移動の際は自身の荷物の中に予備のマスクをしのばせ「今日は慎之助がマスクを忘れてるな。これをあいつに渡してくれ」と、気配りを欠かさなかった。
大量すぎるのでこれだけで。
越智さんは
上原さんと仲良いんですね~。
あ、でもたしかにタイプが
似ているかも・・・?
スンちゃん・・・!
まじですか。
来年もいてくれますか。(涙)
びっくりしました。ほんとに。
もっとやれるよ。
もっと、支えてほしいよ。。
でも、
「もう野球をやらなくていいんだというホッとした気持ちがある」
の言葉に、
胸が苦しくなりました。
寂しすぎるけど、でも、
コーチとしてこれからも
巨人を支えていってくださいね。。
ほんとうに、
お疲れさまでした。。。
会田さんは私の地元の
佐野日大出身というのもあり、
応援していたんですが・・。
まだ若いよ~。。
ふえーん(泣)








