ガイエスブルク要塞のワープ実験の直前に、ケンプ大将閣下や私はオーディンに帰還し、閣下は経過報告を行う為に出かけられた。
報告の相手は、銀河帝国軍最高司令官・・・ラインハルト・フォン・ローエングラム元帥閣下だ。
数時間後に旗艦『ヨーツンハイム』へと戻られた閣下は、「おい、今日は官舎に戻るぞ」と、私に告げられた。
我々は元帥閣下への報告を済ませた後は、本当ならばすぐにオーディンを発ち、ガイエスブルク要塞に帰還する予定であった。
その予定を急に変更されたのは、ケンプ閣下によれば、ローエングラム元帥閣下からのご配慮との事だった。
「どうせ、要塞をワープさせてしまったら、いつここに戻って来られるか分からんからな・・・」
「そうですね」
「俺が家族に数ヶ月も会っていないのを誰に聞かれたのか、せっかく帰ったのだから、一晩だけでも家族に会って来い・・・と言われた。思いがけない休暇だ。・・・たった1日であってもな」
ほんの少し、微笑まれた閣下。
閣下のお子さん達はまだ幼く、本当であれば毎日でも相手をされたいに違いない。
参謀長閣下の話では、閣下は子煩悩との事であった・・・。
「本当に良かったですね、閣下」
私がそう言うと、閣下はにこやかに頷かれた。
「あぁ、本当だ。元帥閣下は俺が家族に会うのをとても熱心に勧められてな・・・。さすがに恐縮してしまったぞ。・・・それにしても良く降るな」
閣下は窓の外に視線を移す。
どんよりと垂れ込めた鈍色の空から降る雨は、全くやむ気配が無い。
こういう天気は本当に気が滅入る。
だが今日は、思いがけない休暇のお陰で、気が滅入るどころか、逆に嬉しさから気分が高揚していた。
「・・・そういう訳だから、済まんが、官舎まで送ってもらえるか、ルビッチ」
この鬱陶しい雨は、昨日から降り続いているらしい。
容赦なく窓に打ちつけられる雨。
けれど、閣下の心も私の心も少しだけ晴れ間が覗いていた。
「はい。では、すぐに官舎に送らせて頂きます」
「・・・あぁ、済まんな」
私は公用地上車<ランド・カー>を借り、閣下を官舎まで送る事にした。
途中、後部座席の閣下が急に、車内通信機で「止めてくれ」とおっしゃった。
驚いた私は慌てて減速し、たまたま近くの空き地へと車を滑り込ませた。
「・・・あの、閣下。どこか、お具合でも・・・」
恐る恐る呼びかける。
すると閣下は、「いや・・・そうではなくてな」とおっしゃられた。
「・・・帰ると言っても、今晩だけだからな。明朝には、また家族を置いて出発しなければならん。いつ、また会えるか・・・だろう?それで、子供達に土産を・・・と思うのだが、何が良いかな?」
なるほど・・・そういう事か。
恋人すらいない独身の私には考えもつかないが、家族がいれば・・・そういう心配もある訳だ。
「お子さんへのお土産ですか。それならば、無難なところでお菓子でしょうか。あとは玩具の類ですね」
「・・・菓子は無難だが、食い終わってしまえば無くなる。・・・少し、ありがたみに欠ける気がするな」
「そうですねぇ・・・確かに」
「それに市販品は砂糖の量や着色料で、虫歯になったり、健康にも悪い」
私はお子さん達への土産物を必死に考えられる閣下に意外な一面を見た気がして、苦笑しかけたが、必至に笑いをこらえた。
「大体・・・菓子を食べ過ぎると腹が膨れてちゃんと食事をしなくなるし、やっぱり菓子はやめだな・・・」
「はぁ・・・」
閣下流のユーモアのおつもりだろうが、私には何とも言えない。
「あとは玩具か・・・。おい、子供の間で人気の玩具を知っているか?」
「・・・いいえ」
立体テレビ<ソリビジョン>のCMでも見ていれば、昨今の流行も分かろうが、我々にそんな暇はない。
したがって、流行の玩具などサッパリ分らない。
気の利いた事が言えない自分に歯痒さを覚えるが、ふと気になった事を口にした。
「あの・・・閣下のお子さん達は、幾つぐらいですか?」
これは肝心な事だった。
閣下に幼い子供がいる事は知ってはいるが、私はその年齢までは把握していなかったからだ。
「・・・ん?あぁ、済まんな。卿にはちゃんと言っていなかったな。・・・8歳と5歳の男の子だ」
「男のお子さんなのですね・・・。あの、これはあくまで小官の意見ですが、絵本は如何でしょうか?・・・少なくとも小官は絵本が好きでした」
「なるほどな。それはいい。下手な玩具よりも教育にも役に立つ・・・か」
「ええ、小官はそう思います」
「・・・で、この近くで絵本を売っているのは・・・」
「アイヒヘルヒェン通りの大きな本屋なら、絵本もあるはずですが・・・」
「では、そこに行こう」
車は空き地の中でUターンし、たまたま、反対車線には車がなかったので、上手く乗り入れる事が出来た。
もと来た道を少し走り、本屋に着いた時は、雨も小降りになっていた。
大型店なので、地下に巨大な駐車場があり、車を降りれば、そのまま店内に行ける仕組みだった。
私が後部座席のドアを開けると、閣下がゆっくりと降りられる。
「それでは閣下・・・小官はこちらでお待ちした方が宜しいでしょうか」
「・・・いや、卿も一緒に来い」
「小官もですか!?」
「俺は絵本の事は全然分からん。それに卿は副官だろう。・・・とにかく、付き合ってもらうぞ」
確かに私は副官だ。
それに、「店員に聞いたらどうですか?」なんて言えない。
地上車の<ランド・カー>の中でただ待つ事も不可能だと悟り、私は閣下に付いて店の奥の児童書のコーナーに行った。
大型書店なので、児童書もかなりの冊数があった。
大きさも厚さも様々だが、どれもカラフルで賑やかな・・・それが児童書である。
「さて・・・と。どれがいいかな」
多分、帝国軍の将官が来ていると、他の店員にでも聞いたのか、奥から血相を変えた店主が飛んで来た。
確かに、帝国軍大将が自ら絵本を買うなど、そうあるものではない。
第一、自らという事は、「自分の子供」の為の買い物か、それに順ずる事である事は明白だから・・・。
「あの、何をお探しでしょうか、閣下」
小太りで頭髪の薄い店主は明らかに動揺しているようだった。
彼は如何にも人が良いのをアピールするかの如く、お愛想を浮かべる。
「・・・なに、俺の子供への土産を選んでいる。・・・我々だけで選ぶから、こちらの事は気にするな」
「でも、ここ最近の人気の絵本や、オススメの絵本のご紹介を・・・」
店主は、更に愛想笑いを浮かべてその場に留まっていた。
閣下が冷たく鋭い視線を向けても、全く気付いた様子も無い。
そこで私が店主を鋭く睨みつける・・・さすがにこれは効いたらしい。
「・・・どうぞ、ごゆっくり、お探し下さいませ」
顔面蒼白の店主は一瞬、顔を強張らせた。
だが、慌てて頭を下げると、愛想笑いを浮かべたまま、そのまま引き下がった。
「ふう。あの調子では、俺が一人で来ていたら、あれこれと付きまとうつもりだったんだろうな・・・」
「多分・・・そうでしょう」
「全く、卿がいて助かった。・・・なぁ、そうだろうが?」
「はぁ・・・」
同意を求められても答えようがなく、私は小さく頷くだけだった。
そして、そんな私の様子に閣下は苦笑しておられる。
「・・・ところで、どう思う?これだけ沢山有ると、俺にはどれが良いのかさっぱり分らない。お手上げだ」
「はぁ・・・。それが・・・。正直言いまして、大変驚いております」
「ほう・・・?何をどう驚いたのだ?」
「はい。ここに来て気付いたのですが、絵本には玩具のような突発的な流行はないんですね」
「・・・どういう事だ?」
「それが・・・小官が子供の頃に読んだ本が今も人気があるらしくて、平積みされています。帯に、永遠のベストセラーと書かれていますから・・・」
「ほう・・・」
「子供用の絵本は意外と変化が少ないのでしょう。これは面白かったと記憶しております」
私は少し厚めの絵本を手にした。
昔、繰返し繰返し読んで、本が破れてもテープを張って読み続けた絵本。
・・・遠い記憶が甦る。
「・・・ほう。『魔法使いマックスの冒険』か。・・・ところで、これはどういう内容なんだ?」
「その名のとおりで、冒険物です。魔法使いの少年が、皇帝陛下のお姫様をさらった怪物と闘うんです」
「ほう?」
「魔法の力で翼が生えて空を飛べたり、海中で息が出来て物凄い速さで泳いだり・・・と、ちょっと荒唐無稽ですが」
「ふむ・・・確かに荒唐無稽だな」
「ですが、子供には夢が必要ですし、最後のどんでん返しも面白くて、子供の頃は大好きでした」
私が絵本を差し出すと、閣下は何ページか、パラパラと捲っておられた。
そして顎に手をやって何やら考え込む。
「・・・ふむ。しかし、結構厚い。8歳の子供に読めると思うか?」
「大丈夫でしょう。小官が読んだのも、その頃の事でした」
「じゃ、長男のグスタフ・イザークの本はこれで決まり・・・か。問題は下の坊主だ」
閣下は急ににこやかになられた。
すんなりとご長男の本が決まったのでホッとされている様子だった。
「あれはまだ5歳で、漸く字が読めるようになったばかりだ」
「・・・なるほど・・・。それは難しいですね」
周りをざっと見たが、5歳児が自力で読める絵本探しは大変だった。
大体、私は独身で子供はいないし、それこそ、20年以上も前の自分の記憶だけが頼りなのだ。
そして、幼い頃に読んで面白かった絵本を見つけ、ホッとしながら手にした。
「これは如何でしょう。母にも読んでもらいましたが、自分で一番最初に読んだ本がこれだったんです。本当に好きでした。この本を抱いて眠っていたと母から聞かされたぐらいですから」
本のタイトルは、『僕のお母さん<ムッター>を知りませんか?』である。
厚さも大きさも、子供が読むにちょうど良い大きさである。
「・・・面白いのか?」
「面白かったと記憶しております。巣から落ちた鳥のヒナが自分の親を捜す話です」
「そうか。何だか可愛い話だな」
「犬やブタ、にわとり、ネズミに聞いたりして一生懸命に捜すんです」
「ふむ・・・」
「ついうっかり、猫に聞いた時は食べられそうになりますが、最後にちゃんと親と再会出来ます」
「終り良ければ全て良し・・・という訳だな」
「これは絵が凄くきれいで、大好きだったんです」
「本と一緒に眠ってしまうぐらいにか?」
「はい、そうです・・・」
私は赤面しながら閣下に絵本を差し出す。
閣下はまた黙って受け取られ、ページをパラパラと捲られた。
「・・・なるほど。卿の言うとおり、絵も綺麗だし、内容的にも悪くなさそうだ。字も大きくて読みやすいかもしれん」
閣下は、「よし、決めた。カール・フランツの本はこれにしよう。中々良い本だ」と首肯された。
私は、自分が勧めた絵本を閣下が気に入って下さった事が嬉しかった。
閣下はすぐにレジに向かい、2冊の絵本を店員に差し出し、紙袋に入れてもらっておられた。
私が絵本に詳しいのは子供の時から本好きだったからだ。
両親は特に絵本を買わなかったが、家の近くに絵本図書館があったのである。
惑星ディンケルスビュールは辺境の惑星だったが、領主のディーゼル男爵は、趣味で作った絵本だけの図書館を領民に開放したのだ。
そのお陰で辺境でも、絵本だけは高価な物から人気の物まで読めたのだ。
心優しい領主様のおかげで、それだけは辺境であっても恵まれていたと思う。
私と閣下は店を出て、地下駐車場に向かった。
そして、ふと思ったのは、夫人に土産はないのか・・・という事だった。
・・・それが表情に出てしまったらしい。
「おい、ルビッチ。・・・どうした。何か気にかかる事でもあるのか?」
私はどう答えて良いか一瞬戸惑ったが、考えた事を正直に申し上げた。
聞き終わった閣下は、私に顔をじっと見ておられたが、僅かに苦笑された。
「・・・なるほど。妻への土産か。それは全く考えなかったな」
「え・・・」
私の表情に閣下は苦笑された。
そして、やや顔を赤らめた。
「なんだ、その・・・。うちのは・・・結構良く出来た奴だ。俺の留守をしっかり守って、子供の事もしっかり見てくれる」
「はい・・・」
「だが、その見返りも一切求めないし、第一、土産を持って帰ってもあまり喜ばないんだ」
「・・・はぁ。喜ばないのですか?」
私は思わず首を傾げた。
意味が良く分からなかった。
「喜ばないと言うと語弊があるが、要するに、喜ぶ、喜ばないは、これは当人次第なんだろうな」
「当人次第・・・ですか」
「どう言えばいいか・・・。卿も結婚すれば分かる。土産はいらないんだ」
閣下は少し照れたように微笑まれた。
先程よりも顔は赤い。
「あれに言わせれば、俺が元気で帰って来る事が一番の土産だとさ」
私は一瞬、何の事か分からなかったが、すぐに「のろけ」だと分かり、赤面してしまった。
閣下が意外に、億面なくあっさり言われた為、すぐに気付かなかったのだ。
そう言えば、リップシュタット戦役後に私が閣下の副官を拝命した時・・・。
参謀長のフーセネガー中将が「ケンプ閣下は愛妻家なのだ」と、言っていたのを思い出した。
閣下は、奥さんの実家に毎月欠かさずに仕送りをしているらしい。
閣下が地上車<ランド・カー>に乗り込まれたが、雨は一向にやむ気配がない。
「・・・全く、イヤな雨だ。雨は気が滅入ってしょうがない。こんな夜ぐらいは雨が上がってほしいものだ」
どうやら、閣下は雨がお嫌いのようだ。
漸く、閣下の官舎に到着した時、時刻は午後7時をとっくに過ぎていた。
「・・・済まんが、明朝の0800<マルハチマルマル>に迎えに来てくれ」
小雨の中、地上車<ランド・カー>をゆっくり降りられて閣下はおっしゃった。
私は「承諾<ヤー>」と頷いた。
後編に続く