「私」とは、いったい誰なのか? | スピリチュアルメッセンジャー Kurumiのブログ

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大切なメッセージをあなたに。


昨日6/16/24、お友達と一緒に「ネオジャポニズム」と言うイベントに行って来ました。

それには、今話題のShogenさんや、ひすいこたろうさん、Toland Vlogのさむさん、はせくらみゆきさん、物部彩花さん、藤堂ヒロミさんなどの著名な方々が参加していました。そして「縄文に想いを馳せる」みたいなお話し会でした。

その中で、ひすいこたろうさんが「私とは、いったい誰なのか?胸に手を当てて考えてみてください。

名前を、答えた人は、それは呼び名であってあなた自信を表すものでは、無いですよ。」みたいな話を、されていました。

そして、この話の前に書いた内容も「誰様?」。

そして、今思い出して見れば、天河リトリートの後にみんなで行った空海展での宝珠の話もそれに繋がって行きます。因陀羅網(いんだらもう)



「私」とは、一体誰なのか?

今回、旅行中にある方から「くるみさんは、過去の話しかしない。」とご指摘がありました。

自分では、まったく意識してはいなかったのですが「確かに。」と、心当たりは、あります。

私は、結構、理屈ぽくて、理論的で、哲学的に、事象を解釈するのが、好きです。

で、そう言う話をするのに、過去に起きた事象を例えとして、話す事が多いので、そう聞こえてもしょうがないのかもしれません。

でも「こんな事があってね。」と言う不平不満えお伝えしたいわけでは無くて、そこから気づいた事や発見を話したいだけなんです。

が、そこの所では無く「私は、不平不満を言う、過去の事に囚われている人」と、捉えられたのかもしれませんね。まっ、一理あるのですが。

さっき書いた「因陀羅網」の話じゃ無いですが、

自分で自分の全てを見る事は、とても難しいと思います。自分を含め周りの人が宝珠で今の「自分」を映し出してくれます。

と同時に、「自分」と言う宝珠には360度で色んな世界を写し出します。そして、自分の中にある全ての要素ですら見る人には、見えて来るのだと思います。

なので「自分」は、どんなに「こう言う風に見せたい。見てほしい。」と、思った所で、見る側の方が、どの角度で、どの部分を、どのぐらいの深さで見るかで「私」と言う物が見えるかは、変わって来ると思います。だからこそ「周りの人は、自分の鏡」と言われる所以なのかも。

では「私」とは誰なのか?

それは「全ての要素」

相手が「見たい者」であり

自分が「イメージする者」。

なんだかとっても面白い。

神社に神様に会いに行くと、鏡が祀ってあって

そこに自分の顔が映る事がある。

自分の中に「神」は宿り

ひとの中にも然り。

「私」とは?と言う質問の答えが知りたくて

私たちは、この地球に遊びに来たと、

私は、思いたい。😆😆😆💕💕💕💕


そう言えば、ネオジャポニズムで物部彩花さんが最初に歌った曲「This is me.」でしたね。💕💕💕😆😆😆