最近寒くなってきたね
秋晴れの空がすごくきれいで空気もすごくおいしい
いつになってもやっぱりこの季節からがすごい好きだ
最近になってようやく道が開けてきた
自分のやりたいように生きたくても、やっぱりそうはいかない事もある
だけど、今はなんだかんだで落ち着いた
そして下準備とその先の仕事と安定も目処がたった
じゅうじゅをやめてから本格的に大うつが出始めて明日も見えないくらい恐ろしく怖くて暗い毎日だった
たかがセロトニンが減っただけでこんなにもなるってほんとに恐ろしい
そして、鬱でも生活のためにその時の自分にできる限りで働いて、薬を飲み続けながら何とか頑張ってきた
それでも色んな出来事が舞い込んできて、頭を悩ませる
だけど、前に進まなきゃ何も始まらない
たとえ環境のせいであっても、ウダウダ行ってられないし先に行かなければいけない
ここまで来るのに、我慢しなきゃいけないことばかりだった
ほんとに我慢ばっかだった
今の自分の立場というものは、
お金もなくて
アルバイト・無職で
常に頭を下げる
こんな立場、好きでなったわけじゃないけど、
本当に仕方がない
どうしようもない
それが自分の立場だから
いつでも、その状況状況で自分の立場を見分けて人に接するということは決しておろそかにしてはいけない
ただ、それがあまりにも底辺過ぎて、正直こんな状態はほんとにごめんだ
たとえ薬を飲み続けたとしても、体内合成されたセロトニンを上回る破壊力だったら意味がない
貧乏というものは、今の不況の中見も心も金銭も蝕まれていく
本当に辛い
自分もそうだけど、家族にも友達にも迷惑をかけてる
こればっかりは、どんだけ頭を下げても情けない限りだ
それでも、支えてもらった分、
やっぱり恩返しはしたい
そして、痛感した
世の中、うまく回るためには、まずはお金だということ
きれい事もクソもねぇ
果たして『きれい』という価値観は一体何なんだ?
モラルで見ればわかるかもしれない
だけど、どん底になったことのない奴が『汚い』を語るんじゃねぇよ
自分もそうだった
それでも、知らない人は知らない
だから、何を言われようと構わない
人というものは、自分の学習した見ている世界がその人の世界だ
知らないことを理解するのは難しいこと
格の差が激しいのは、きっといつの時代でも変わらないだろう
だけど、苦労もしないで成人を迎えた以降の人にはこんな話は難しいだろう
それでも下には下がいる
おれの最低水準では一人で暮らすこと
それ以下のホームレス等は、はっきり言って人間として低い
何が言いたいかわかんなくなってきたけど、
どんなにどん底だって、意識のある奴は必ず這い上がる
悔しさがあるから
おれも今は金銭面でほんとに苦しい
金銭面は社会的立場を落として、人から見る目も変わる
例えそこに濃密な人間関係があろうと、お金なしには良い人間関係としては成り立たない
『お金がない』というのは、『本当にお金がない』ということ
今のおれは最低限の資金繰りで何とか今を生活しているけど、
生活自体は苦しいもの
病院代もない
光熱費の支払いも遅れてる
家賃は人から借りて払えたお金
携帯代
食費
バイクも直せない
普通に生活していたら買える物も、
どんなに安くても絶対必要なものでない限り買えない
案じてくれて、お金を貸してくれたり、
おごってもらったり
正直萎える
萎えるというよりも、自分が情けなくて情けなくて仕方がない
何とも言えないやるせなさに駆られる
貧乏というものはこんなにも苦しいものなのか
しかも職まで失って、、、、
お金も入らない
だから、、、、やってやる
世の中のカラクリもわかった
人間関係がどれだけ大事かもわかった
信頼を築いていく様もやり方もわかった
社会的な価値観も今の精神年齢で今なりにかなり理解した
そして、上にいくために必要な精神の部分も何年も前からわかっている
あとは、お金だけだ
自分という人間は、何もない人間だった
それから、人のために尽くしていく方向になった
だけど、それにはバランスというものが必要だとわかった
そして、生きているということは、なぜ生まれてきたか
そういうことではなくて、生きる楽しみがあるならば、
自分のために、自分の進みたい道に進むものだと思った
成長していく過程で、おれは、
自分<他人
自分≦他人
のような所まで行き着いた
普通の人は確実に、
自分>他人
だけど、おれはその当たり前のことを、
きっと小さい頃に歪んで育ったから、
今になってかなり時間を要して辿り着いた
誰にも言ってないけど、
色んな嫌な出来事もあったけど、
精神的な部分で答えが出ていなかった部分があって、
それが実はカウンセラーの道に行く障害でもあったし、
自分でもよくわかってた
きっと人からすれば理解しがたいだろう
ただ、おれは本当に昔から、人の気持ちを大事にするということはわかっていた
それもあってか、自分より他人優先してしまっていた
それがこの世の中正解であり、間違ってもいる
つまり、バランスだということ
自分勝手に生きていては、誰が見ても結果は見えてる
だけど、人のために何かをするということは、感情が生まれる
それが情という信頼関係
それなくして人間は生きてはいけない
そして、どちらかが気を使うというだけでは絶対的に良い関係は成り立たない
何があってもそれだけは絶対的なこと
だからこそ、
『空気を読む』
『相手の気持ちを理解しようと努める』
『自分の行動を客観的に見て、一般的な人の反応を知る』
ことが大事だ
これなくしては例え技術や知識を知っていても、
一人一人に対応、意識を持って接しなきゃ人間関係うまくは流れない
それを何故だか本当に昔から知っている自分にびっくり
でも、それだけ重要だとわかってるから、いつでも謙虚な気持ちでいたい
行動には気持ちが伴わなければいけない
それは逆を返せば、気持ちがしっかりしていなきゃ行動は伴わないということ
それがあるかないかは、人を見ればすぐわかる
それが第一印象であったり、
人の声
それに伴ってトーン
強弱
使う言葉
声の大きさ
目線の行き方
振る舞い
発言の間
スムーズさ
表情
その人の気持ちを表す素材は観察すればいくらでもある
人には無意識というものがある
それは、脳が刺激から入力されて処理して出力して意識に達して行動に移る
この間の一連の流れは絶対的
つまり、どんなに隠そうとも、処理から行動という出力に移す時に何らかの違和感があるから、
必ずわかる
人間なんて所詮脳がなきゃ動かない
脳のシステムによって動いている
自分的には、パソコンと人間の関係に似ていると思う
パソコンという機械は脳
それを扱う人間は意識
だけど、パソコンの奥深さは知らない故に、扱えない
それで人間もお手上げな事もある
つまり、脳の働きを知って、逆に脳をコントロールできる範囲でコントロールする
そして、人間が今心臓が動いているということは勝手に脳が指令しているということ
生物が生きるということは、両方が成り立って初めて生きているということ
そして、賢くなるためには、脳を知ってコントロールする必要があるという結論にこの精神年齢で達した
それがこの先自分のためになるか、正しいのか間違ってるのかはわからない
ただ、おれはその持論に達して、これからを行こうと思う
神経細胞レベルまで勉強して、それがどう働いて人間は成り立っているのか
今勉強していて、本当に複雑だと思った
その仕組みから、自分を客観的に厳しく見ていくと、
行動の質が上がる
人が『学習』というものをする過程で、
どんな風に脳が働いて成長していくのか
そして、そのためにはどんな栄養が必要なのか
これはもう心理学以前の問題で、
人間の基本的な部分だと思う
それを勉強してからの出世だと、きっと全く違う世界があると思う
自分で経験して知ることと、
基本的な脳のシステムを知ってからそれを扱うのとは雲泥の差だと思ってる
確かに経験に勝るものはないと思う
だけど、それ以上に知ることはそこだと思う
人間が存在して生活するということは、
脳があるからだ
外界からの刺激から始まって脳に達して、
そっからの持論を以って生きていく
人間押すだけではダメだ
押すだけなら誰だってできる
そんなことしてたら、相手の心の内で自分という存在が遠ざかっていく
それは何よりも悲しいこと
つまり、裏では嫌われているということ
おれは自分を客観的にかなり厳しく見ているけど、
それでも相手に嫌な思いをさせてるところはある
人間は必ず不完全だから
でも、相手の内側に留められては自分には伝わってこないしわからない
おれは自分が嫌われる以上に、相手に負担をかけることが嫌だから、
もっと謙虚でいたいし、
どんなに細かいことであろうとも相手の立場になって考えたい
それでも、人間というものは一人一人捉え方が違うから難しいもの
そこがほんとに困る
でも、それでも、こんな自分でも何とか気持ちだけでも伝わればいいと思う
ただ、それだけではいけないと思う
気持ちだけあっても、それは単なる自分勝手なもの
言われなければわからない
だったら、相手が文句も言い分も言い訳も言えるような雰囲気作りや気遣いも必要だと思う
そして、それをちゃんと謙虚に受け止められる器
自分が子供であったら、雰囲気を作っても持論で反論したら意味がない
この世の中、あってはいけない気持ちや間違いなんてない
だからこそ受け止める必要がある
その人と付き合っているのだから
付き合うということは、
自分勝手な行動では済まされないということ
ちゃんと相手を気遣う必要がある
そう気づいたとしても、気持ちも伴わなければいけない
だから、人が見ていない一人の時でも、決して気を抜かない
本当の気持ちの表れは、本当の気持ちの行動として表れるから
じゃなきゃ伝わらない
知らない所で手を抜いたら、絶対にいつか墓穴を掘る
墓穴という行動は、その人の行動基準で大体わかる
だったら嘘をつくならそれなりの自分の行動と心の変化に伴う行動に気づかなければいけない
わかってる人はわかっている
生半可な嘘は必ずバレる
だからこそ嘘をついたり隠し事をするなら徹底する必要がある
そして、嘘をつくというキャラの神経回路作っていかなきゃいけない
と思うわけですよ
テクニックなんてただの道具に過ぎない
そんなんいきなり覚えたって仕方がない
まずは根本だと思う
ただ、それを知った以上は、モラルがはだかる
テクニックは使い分けが必要だけど、
必要に応じて使うわけだから、
テクニックを優先した時に、罪悪感を感じる
おれはそうだった
こうすれば人間の心はこう動くという
これが汚いというやつがいれば、それはそれでいい
ただ、知ってるのと知らないのとでは雲泥の差がある
特にこの時代
また、知ってるのとやるというのは雲泥の差がある
何事も、バランスを保って、
そしてそれに伴うメリットデメリットを知って初めて使いこなせるというもの
辿り着いた答えは、
『理解する』
ということ
だから、自分の価値観で何事も判断するのではなく、
ちゃんとその時その時の状況
そして、相手の心理状態を把握してから、
行動すべきだと思う
そして、親しき仲にも礼儀あり
これもそう
親しいからって、手を抜くと相手の心の内に必ずマイナス感情が生まれる
だから、言われなきゃわからないけど、
わからないなりに気持ちをもって接すること
必要に応じて相手と話し合うこと
これ大事だね
あとは、誰もが気づいていないだろう理論
ボウエン理論の、
『自他の区別』
学校で勉強してて、アクシデントの元となるものを取り除いてくれた
これを知ってるのと知らないのとでは、本当に人間関係変わると思った
人が生きていく過程で知らずと身に着けている人もいるとは思うけど、
正直これは学んでよかった
精神年齢が低い程にトラブルがあるし、
これを知ってからだと、本当に違う
かなり哲学かもしれないけど、
これは現実だから、是非ともみんなに知ってもらいたい
お奨めだね
書きつかれた
でもすっきり
おやすみ