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三次元と四次元の狭間 に関しての記事と生命の科学と宇宙の法則
について語ります。

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今現在、練馬区早宮の私のアパート周辺には練馬近辺から
創価学会信者が私に電磁波を仕掛けにやってきているようです。


表札さえ出ていない家があるのですがその家の中や
私のアパートの真下の部屋の中に
その連中たちは入り込んできます。


語りかけの人間によれば、この連中は、
私達夫婦へ一日中危険な電磁波を飛ばしそれを身体で回転させ続け
排泄妨害をした上で
脳への機能障害を図ろうと画策しているようです。


回転体としての胃腸のコアは
高い位置ほど脳へ強い影響を与えることが出来るからです、



2015年6月25日



コメント


早宮1丁目周辺の土屋柳川そして私のアパートの301号室
更にはそれに協力している朝鮮総連の人間達が


私に執拗に暗示をかけようと彼らが”想気上げ”と呼んでいる手段で
脳へと介入をし続けています。


胃腸の内容物を薬品等を利用しては
まるでわたあめ製造機のような状態で
脳へと巻きつけてくるのです。


首筋に人工管を脳への直結で
作り上げられているからこそできる介入ですが
その紐で脳を縛り上げられると
その箇所によってはとても思考能力が落ちて
すごい暗示状態にもなります。


記事を二日開けてしまったので
今日は出す予定です。


2015年6月24日 AM10:34

不可思議な気象とそれに伴う雷雨を体験すると
まるで地球の意思がこの社会を諌めているような
そんな感覚になることがあります。


やっているのが例えサイレンスだったり、天使達だったりしたとしても
それを導いているのが神の意思で一般市民には目を覚ませという警告であり
サイレンスの傀儡には、いい加減にしろと言う警告である。。。


なんて事を考えていました。


一体いつになったらこの社会は改善されるのか
それともこのままズルズルと行ってしまうのか。。


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「見える事しか信じることができない。」


そんな意識の人間が地球の支配者にとって
とても都合の良い存在である事は言うまでもありません。


私達の社会の中には目に見えないけれども
確実に私達に影響を与えているものが沢山あります。


私達が視覚だけに頼っている状況では、
彼らはその様な物を策略に利用する事もできるのです。


今でこそウイルスなども認識できる時代となっていますが
それでもそのウイルスが自然発生的なものなのか
人為的にテロ目的で作り上げられたものなのかは
遺伝子レベルまで調べても私達には見分けも付きません。


更に例えば目に見えないエネルギーとしての電磁波を
この社会の権力者層の人間達は私達にその効果を
一切知らせようともしません。


それを闇政府が利用していることも言うまでもありませんし
一方では一般市民はその実態を
目に見えないものと言う事で認識する手立てもないのです。


天国と地獄も目には見えませんが
ここでは宗教や一種のマスコミ等による洗脳効果で
都合よく信じ込まされてもいます。


目に見えないものしか信じられないはずの人間達であっても
その時の闇政府の都合により、


目に見えないけれども
その存在を信じ込まされているのがこの天国と地獄という概念、

更にはエイリアンや幽霊の存在ということになります。


つまり私達は、視覚で確認することができれば理解して信じることができるものを
視野に入れないように誘導されている一方で(太陽系の実態、宇宙人の実態など)


現実に魂を持っても確認できないものを
あたかも現実に存在しているかのように誘導されているわけで


それは全て、何事も自らの思考で考えて
物事を認識していないことの弊害であり


一方では人間が独自の価値観で作り上げた
個人的真理をそっくりそのまま普遍的真理に
置き換えようとしている事の現れでもあります。


それを実行しているのがサイレンスグループ。


私達は彼らの術中に嵌っているからこそ
正しく物事を認識する事が出来ないのです。


今、地球社会では思考能力の低下させられた人間
もしくは右脳の機能の低下させられた人間で溢れていると思います。


(携帯・TVのマイクロ波、家電の低周波、電線の超低周波
更には食品や空気中の薬品の影響、
便利すぎる生活環境の影響もあると思います)


見えないだけでなくて、見えない物をイメージする事すら
彼らは妨害しようとしているように見えます。


その一方では戦闘意識や誤った価値観だけは
軍隊や宗教や民族意識やイデオロギーを通じて
しっかりと植え付けられてもいます。


まったくその影響を受けていない人間は殆どいませんし
その影響を直撃されている人間達もいます。


そしてまんまと闇政府の傀儡となるのは
その影響を直撃されている人間達。


目で見たものしか認識できないだけでなくて
闇政府の望み通りの価値観を
その脳裏に植えつけられている人間達ではないでしょうか。


しかし覚醒できた人間達は
その誤りに気がついているはずです。


私達が真実に到達すためには
彼らに植え付けられた先入観を排除するとともに


一方では目では認識できないもの。。。


視覚の影響下にある”心”では認識できないけれども
もともと私達の持っている神の意識である”魂”を通じてであれば
認識できるものこそを意識しなければならないのです。


困った事にこの精神の器があまりにも濁っていると
それは困難になります。


魂に地球の価値観と言うコケが一杯張り付いている人間は
いつまで経っても普遍的真理にたどり着く事は出来ません。


つまり一番厄介な人間達は、
心の価値観に凝り固まりそれを変更する意識すら
まるで持っていない人間達だということ。


そして物事を自分の頭で考えて
自分で判断しようとしない人間達と言うことになりそうです。


それは誤った価値観に囚われて
それを正しいと信じ込んでいる人間達であり
欲やエゴや圧力や先入観に囚われて
それから逃れる事のできない人間達です。


アダムスキーの生命の科学より引用します。


繰り返しになりますが、
アダムスキーは”心”と”魂”でなくて
”心”と”意識”と触れていますが


アダムスキーが広い範囲で意識と言う言葉を使用しているので
私は記事の中では私達の実態である霊魂という言葉のかわりに
という言葉を使用しています。
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そこで我々は一つの結果(現象)を見るときに
一体となって現れている原因と結果を見るように
自分自身を訓練する必要があります。


われわれは肉眼でもって結果から結果へという形で
物体を見ます。


しかし心は意識を通じて原因に気づくようにならねばなりません。


あなたの目が一物体をチラリと見る瞬間、
意識は其の物体の(または生き物の)内部に生命があると言う印象を
心に与えることでしょう。


そうするためには人間はイエスが言ったように
誠実になる必要があります。


心でもって現象が見られ、意識が其の原因をもたらす時
我々は同時に眼に見えるものと目に見えないものとを見ます。


たとえばあなたが紙の上に図面を描いて
家を建てようと言う計画を始めるのならば


意識的な印象によって心にやってくる最初の結果を
あなたは生み出しつつあるのです。


貴方は一体化した意識と心とを用いているのです。


このとき意識は家のデザインがどうあるべきであるかについて
心に注意します。


設計図が描かれたと後、あなたは家に関して持っていた経験に従って
色々変更の手を加えるかもしれません。


其のときでさえも、貴方が知っている限りの家には存在しなかった
改良点があることを意識は指摘するでしょう。


これは心の知能的な発達といって良いでしょう。
背後に意識を持たない物で
貴方がやれる物事は存在しません。


貴方の心は心の知性に頼ったり、または其の知性の指導をいかにうまく
受け入れるかによって、良い結果、または悪い結果のいずれかを求めて
印象を変えたり修正したりするかもしれません。


しかし良い結果を生じさせるには心は意識を完全に信用し
心が意識によって導かれるようにする必要があります。


「盲目的な信念に従いたくはない」と貴方は言うかもしれません。


しかし、「自分でやれる」と貴方の内部の奥深く感じる物事を達成するには
右の方法を応用する必要があります。


一体盲目的な信念とは何でしょう?


貴方の其の家はコンクリートやブラスターによる完成した
建造物として未だ存在していないからです。


貴方が生活で何をなそうともそれは盲目的な信念でもって
遂行されます。


その結果がどのようになるかは全然判らないからです。


歩こうと車に乗ろうと、
その他何をしようと貴方は全てうまくいくことを望みますが
確信はもてません。


実際我々の生活の99%は盲目的な信念に頼っています。


一パーセントは過去の経験に頼るのですが
それでも過去と同じ結果が生じるかどうかについては確信はもてません。


信念はあらゆる現象化の基礎です。


信念の無い人は舵または船長の欠けた船のようなものです。


一度貴方の心が信念に頼るならばそれは意識の指導に頼ることになり
こうして意識と心は一体化して働くようになります。


すると原因である神の意識と結果である人間の心は融合する事になります。


そして生命最大のなぞは氷解することにもなるのです。


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”心”と”魂”を同時に使用した状態として
アダムスキーは設計図を作成する事を例にして説明してくれています。


建物の設計図を作り上げるには、完成した建物の姿の想像とと
その詳細の描写と言う両方の作業を同時に行う事になります。


完成した家は”現象”や”結果”として捉える事になるものですし
それが完成するに至る過程が”原因”として捉えられるも事になります。


其の作業は”心”(完成品に対して)と”魂”(イメージや設計に関して)を
同時に意識している事になりますし


全ての現象に関してこのような意識を持って見つめることが
私達が万物を深く理解するための練習になりますし
その結果、魂の意識を感じやすくなるのだと思います。


初歩は”魂”=”神の意識”と言っても
それはイマジネーションに近いものだと言えます。


なぜかと言えば、私達のような精神の進化が伴っていない人間の場合
必ずしもその魂を意識した事による原因や過程という見えない情報は、
正しいとは限らないからです。


しかし、少なからずそんな意識を持つことは、
私達の行動の改善にも役に立つようです。


より良い結果を導き出すためにも魂を意識する事が出来れば、
結果を想定して行動を改善し変更する事が出来るからです。


例えば設計図を作り上げた時にその図面を見つめて
その天井に大きな窓を付けて星空を眺めたいと思いつけば


其の完成した状態を念頭に
今度は其の設計図を変更していく事になります。


この場合設計図自体が一つの結果でも有りありますが
これは同時に過程でもありますので


手直しすることで現象としての完成した家を
少しでも良いものとすることが出来ます。


結果や現象は、それがいつも最良の物とは限りませんので
私達は魂の意識を利用する事で
結果の改善を図ることが必要になるのです。


この場合は”原因”と過程が変更されますし
それによって、自分にとってより望ましいと感じる”結果”としての”家”が
完成した現象として認識される事になります。。


料理での例えが楽なので、
カレーを作る行為を考えて見ます。


普段作っている其のままのカレーを”結果”や”現象”とした時に
それは自分にとって一番美味しい状態に出来上がっているとは
いえないかも知れません。


次の機会に自分好みの辛いカレーを作ろうと意図したとします。


私達はカレーがより美味しくなった状態を
”結果”として想定し
其の調理方法を変更する事になります。


普段作るのカレーの辛さが物足りないと考えているのであれば、
ここではそれよりも辛いカレーが”結果”として心に完成品として
捉えられる事になるわけです。


其の結果を出すためには、
製造過程ではカレー粉を余計に入れるとか
甘さを控えるためにネギを減らす、


と言った行動を私達は想定する事になるはずです。


この変更過程が”魂”が現象の改善のために使用される場面であると
考えて頂ければと思います。


料理の場合も、その結果が必ずしも想像通りになるとは限りませんが
作る度に試行錯誤してはその過程を変更することで


結果なる完成品は限りなく自分の希望に近い
より良い”結果”へと近づく事になるはずです。


カレー粉を多めに入れたり
辛口のカレールーを使用したりたまねぎを減らすことで
出来上がったカレーは以前よりは辛いものとなるわけです。


ここでは確かに心と魂を同時に使用しています。


何も考える事なしに、
何時も通りのカレーを作り上げるのであれば
そのような創意工夫は必要とはしません。


結果を改善するために結果と併用して魂の意識を使用する事の例えですが
却って判りにくいでしょうか。


これは説明のための例ですが、
更に、現実に私達の思考を考えた時に


私達の行動は心だけによって行われる場合と
それが魂を意識することで行われる場合では
その結果が異なってくる事があるという例を考えて見ます。


食事をすると言う行為ひとつとっても、
いつものように単にお腹がすいたから食事をしようと考えたのなら
いつものようにカレーを作ってそれを何杯も平らげれば良いのでしょうが


「最近野菜不足でビタミンが欠乏しているかな?」


という意識が入り込むと
カレーと一緒に野菜を食べようと言う行動が生まれます。


魂を使用したことで食事のメニューに野菜が増えたわけです。


これは魂の意識の導きが
行動の変化を齎すという説明になると思います。


一方道徳的な行為に関してほど
魂と心の行動は大きく異なってくるはずです。


私達は心と魂の意識がかけ離れているがゆえに
心ばかりを意識して行動することは
其のエゴを反映させた結果を導きやすい事にもなりますし


どうやら魂の意識には物事を”改善”するとか
より良い結果に導くと言う意図が存在しているようです。


もしもその結果をより良い物に改善したいと考えるならば
結果ばかりを見つめている心だけに頼るのではなくて


同時に魂に頼ることで其の原因や過程と言った物を意識する事で
殆どの行動は改善することが出来る。


アダムスキーはここではそのような事を私達に伝えているのだと思います。


そしてこれを日々実践する事で行動を変化させて
行動の結果がより宇宙的意識に近いものとなるように
意識する必要があるようです。


そしてその心と魂が同時に働かせる事が出来る状態になると
その結果は限りなく正しいもの(宇宙的真理に近い結果)へと
近づくと言う事なのだと思います。


その状態は聖書のイエスキリストが


「私ではなくて父が私の肉体を持って表現しているのです」


と語ったその状態であり、
私達の心と魂が一致した状態であり、
それはそのまま啓示・悟りへと繋がるものだという事です。

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私達は心ではなく魂を盲目的に信じることが大切だと
アダムスキーは触れています。


其の”魂”なるものは想念の影響や”閃き”とも
関連していると思うのですが


元々の魂なるものは神の意識、宇宙の意識として
私達誰もが本来共通して感じる事の出来るものなので、、


魂は、神から答えを受け取ったり
アカシックレコードから最良の結果を引き出すためにも
使用されるものだと言えます。


私達は時には人からの想念を受け止めそれに誘導されることもありますが
それがなければ魂が受け止める意識は限りなく真理に近いものであるはずなので

それに従えば無自覚のうちにその行動も
結果としては宇宙的真理に近いものになるわけです。


そして私達がそれを頻繁に意識するようになれば
何らかの行動をとろうとした時に私達の魂は


普遍的真理の中から其の答えを引き出してきては
鈍感な私達に語りかけてくれる事になるはずです。


ここではアダムスキーは盲目的な信念が大切であると触れています。


正直、理解不足でうまく説明できませんが
私なりの解釈をして見ます。


私達は行動するに当たり、結果がどうなるかに関しては
必ずしも確信を持つ事は出来ませんが


魂の意識を信じて行動をする事で
最適な結果へと誘導される事になると言う事だと思います。


私達が何らかの行動を起こそうと言う時には
必ずそこには意思の働きかけがあります。


其の時行動を起こし続けている私達は
必ず何らかの信念に乗っ取って結果を予測して行動をしている事になります。


一応結果は想定しているものの
それが未だ現象として出来上がっていない状態の時に


私達はその結果に到達するのだと信じて
其の行動をとり続けているはずです。


其の時私達が持っているのが盲目的な信念であると言う事のようです。


それは不安や恐怖とは裏返しにある意識のようで
ある事に対して信念を強く持っている人間は
その事に対して不安や恐怖を持つことはありません。


例えば私たち覚醒者(地球の法則に目覚めたもの)は
この社会にポールシフトのようなカタストロフィーになりかねない現象が
起きたとしても、同様はしてもそこに強い恐怖や不安を感じることはないはずです。


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アダムスキーによるとこの盲目的な信念を頼ることで
それが”魂”(意識)の指導に頼ることになると言います。


この信念なるものは私達の無意識の働きでもありますし
行動や意思を強化するものであると私は認識しています。


そしてその信念は元々は自分の行動が正しいと
信じる意識でもあります。


だとすればこれは、他人に左右されて影響を受けるべきものではなくて
魂と言う”神の意識”を持つ人間としての
私たち一人一人の確固たる意思でもあります。


そして其の意思に従う行動は無自覚のうちに
魂の、導きに基づいて行動することに繋がって来る。


それが魂の受け止めたひらめきであれば
他人の意見や誘導に影響を受けることなくそれを貫くことで
限りなく真理に近い行動をとることができる。


そういう意味だと思います。


一旦行動を起こしたら神の意識を持った自分の事を信じて
突き進めと言う意味かもしれません。


その結果が予測と異なった場合には
今度はそれを知識と経験として次には行動を変えれば良いと思います。


そして私達はそこから何かを学べば良いのです。


信念のない状態で、行動もしないで、結果何も学ばないよりは
盲目であっても突き進み、そこから何かを学ぶ事の方が
私達の精神の成長にも役立つと思います。


ただし。単なるカルトを盲信することとは区別してくださいね。


信念というのですから
他人に誘導されてふらつくような意識ではなくて


私達一人一人が他人の影響を受けることなく
持ち続けるべき意思とでも理解するべきかもしれません。



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【第一講座VOL9】

アダムスキーは著書の中で、生命の科学を学ぶにあたり
常に心と意識=魂の両方を用いる事を勧めていました。


いくら真理へのきっかけとなる知識を与えられたとしても
それを私達の既存の価値観を持って理解しようと勤めてしまっては
その内容を十分には理解できないことになるからです。


彼は「私達は半分しか世界を体験していないのだ」
表現していました。


そしてイエスキリストは私達人間の事を「死人である」とさえ
表現していました。


それは私達が見ているようで見ておらず、
聞いているようで聞いておらず、
自ら思考して理解しようと勤めないからでありますし、


目に見える事、耳で聞こえる事しか
認識しようとしないからです。


しかし私達は魂の存在、創造主の想いの存在を理解しているのですから
その事を大前提に常に自らの心を抑えつつ、


素直な気持ちで真理の欠片を眺めるようにすることが
大切なのだと思います。


そして何事にも、「原因があるから結果がある」と言うことを理解し
原因と結果を同時に見つめる様に勤めることで


目に見えるものと目に見えないものの両方を
理解することが出来るようになる。。。


つまりは私達は無自覚であるだけで
元々が心と魂の両方を使用するべき存在であると言う事です。


そして時には自分の中で既存の価値観を持った自分と
それとは事なる意識を持った自分を
同時に感じる事になるのかもしれません。


その時に私達は自分の中に二人の人間が存在しているような
そんな気分になるのではないでしょうか。


自らを客観的に見ることが出来る人間は
おそらくは精神的資質の高い方ではないかと想像できます。


私達も誰もがそんな状態に成れるよう意識して
暮らして行きたいものです。

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【第一講座VOL10】


私達は何事も「経験によって多くの物事を学ぶ」と言うことを
記事の中で頻繁に繰り返し説明してきました。


元々私達に課されている課題自体が経験なのですし、


私達は半永久的な時間の中で肉体のフォーム(形態)を変え、
生活環境を変えながら延々と経験をし続ける事になります。


百聞は一見に如かずと言われるように
他人から聞いたことや本やネットで読んだ事ではなくて

私達は自ら体験した事からより多くを学ぶ事になるのです。


例えそれが失敗と言う経験であっても
私達はそこから学ぶ事になります。


そしてそれは時には自らの戒律として課すことにもなるのです。


一方正しいと確信したこと、それが精神的に良いと感じた事は
それを自らの価値観として持つきっかけにもなります。


ありとあらゆる事は体験によって培われる。。


私達にとって大切なのは自らが経験することです。


そしてそれに関連して自らの頭で思考することでもあります。


もしも失敗した時はそれを教訓とし、


正しいと感じた事や
後になってもっと別の方法があると感じた時や
それが誤りであると感じた時には


それをすぐに心の価値観と置き換える事で
私達はより真理に近いものを自らの価値観とする事も出来ます。


以前に私はジグゾーパズルでその事を説明した事があります。


似たような断片が多く存在しているこのパズルの断片を
誤った箇所にはめ込んでしまうと、
その周辺は残りの断片が正しくはめ込む事が出来なくなります。


その事が多くの混乱を招くことにもなしますし、
それを放置しておくと。時間が経つにつれて大きな誤りとなるかもしれません。


人間は誰もがそれと同じ事を繰り返しているのです。
(例えばグレイの存在を信じた私は
それを正しいとしてパズルに植え込んだがために、
そこから派生するもの全てを真理と見做し
覚醒するまで20年の余計な年月を必要としました)


だからこそ私達は誤りや、より良いものを受け止めた時には
それを訂正し置き換え、改善していく事が求められるのだと言うことです。


同時に私達は、失敗を恐れると何も出来ないと言う事も
意識しなければなりません。


何もしなければ失敗する事も過ちを犯す事もありませんが
同時に私達には進歩はないのです。


この場合は


「君子危うきに近寄らず」ではなくて


「虎穴に入らずんば虎子を得ず」


これこそを私達は実践していかなくては
ならないと言う事になります。


失敗を恐れることなく、かといって慎重さに欠ける事なく
しっかりとした判断力を持って何事も実行する事が
私達には求められているという事です。


私達の社会では多くの方がどちらかと言えば
慎重になり行動を抑制する傾向がありますが


今後はどんどんと何事も積極的になって
誰もが活発に活動してくれるような社会になり
明るい世の中が世界中に広がっていく事を期待しています。


聖書のイエスキリストが
神殿の中で両替商や行商人を追い出した記述があります。


そこから伺えるのはイエスキリストの人間らしい姿でもあります。


イエスキリストのような聖人とされていた人間でも
間違いを犯すのだと言うことです。


天使達に見守られて育ち、彼らに見守られて
活動をしていたであろうイエスでさえ、
自らの教えに反して他人を裁いてしまったのです。


まして私達はイエスと比較すれば
あまりにも至らない存在ではありませんか。


学ぶべき事が多いとしても
私達がより深く宇宙の法則を理解すれば
間違いを犯す機会はおのずと減っていく事になります。


聖人になることが出来なくても
永遠の命・記憶を持っての転生へと進む事が出来れば
私達は次の生では再び今の状態から学び始めることが可能になるのです。


私達の今の知識や知恵を100とすれば、次に生まれ変わった時には
1からのスタートではなくて101から始めることが出来るのです。


そして私達はどんどんと高みに登っていき
結果的には神=創造主に近づく事になる。


その事を何よりの目的として今はこの社会を大いに体験して行きましょう。


この地球社会を十分に体験して学ぶ事も
地球社会の中で生まれてきた人間の課題のはずです。


この社会が例え精神的には幼い保育園程度であったとしても
私達はその社会の中で優等生になるつもりで
多くの物事を学び多くを思考し体験していく。


他人と比較して自分の今の理解を持って驕り高ぶるのではなくて
そのくらいの高い目標をもって
私達は暮らしていくべきだと思います。


そしてその想いはきっと周囲の人間にも
影響を与えていく事になるでしょう。


【貴方に無限なる力の祝福がありますように】

コメント


早宮1丁目周辺の土屋柳川そして私のアパートの301号室
更にはそれに協力している朝鮮総連の人間達が


私に執拗に暗示をかけようと彼らが”想気上げ”と呼んでいる手段で
脳へと介入をし続けています。


外部から自動車でやってくる連中もいますし

路上に駐車してはパワービーミング(電磁波エネルギー強化)に

協力している連中もいるようです。



胃腸の内容物を薬品等を利用しては
まるでわたあめ製造機のような状態で
脳へと巻きつけてくるのです。


首筋に人工管を脳への直結で
作り上げられているからこそできる介入ですが


その紐で脳を縛り上げられると
その箇所によってはとても思考能力が落ちて
すごい暗示状態にもなります。



記事を二日開けてしまったので
今日は出す予定です。


2015年6月24日 AM10:34


追加コメント


創価学会を母体とした、朝鮮半島の面々が
日本社会を裏から侵略を勧めている。


そしてその手法はサイレンスグループと言われる
世界の支配層の手口であるということを理解してください。


考えてみてください、彼らにそれだけの
能力と資質があると思いますか?


集団ストーカー行為は究極の心理戦です。


心理学や人間行動に関する深い造詣が必要でしょうし
一朝一夕で仕組みを作り上げる事などできません。
全てはマニュアル通りだと想像しています。


ましてハイテク技術を彼らが編み出すことなど
不可能だと確信します。


全ては軍事技術や闇政府の裏の技術のモノマネです。


ちなみに、今私に電磁波攻撃を仕掛けているのは創価学会
それを支援する在日関係者であり
今現在は朝鮮総連がそれを実行しているということです。


2015年6月23日


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追加コメント


怒りの周波数帯の書き込みやミリ波での

電磁波での脳への書き込みで私を怒らせようとしているのは

創価学会の在日の狂信者たちであると

語りかけの人間達に知らされました。



この社会の中で誤った真理を持っている人間達が

本当の真理の欠片を広報する人間を叩いている。



そんな実態があるようです。



2015年6月22日


追加コメント


セブン足場 とかいう会社の自動車が
強い電磁波をガンガンと飛ばしてきます。


例によって意味もなく駐車場に停めた状態で
エンジンをふかしてです。


こんな連中が頻繁にやってきては
私達に対して危険な電磁波を入れてくるようです。


私に怒りの感情を引き起こさせるために

利用されているのかもしれません。



2015年6月22日 12:36
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今日は少し堅い話になってしまいましたが、
生命の科学に関しては
理解を深める助けになるように懸命に書いているので


是非利用して欲しいと思います。

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掲示板の傾向を見ていると
時には”宇宙人”なる存在を否定しては
現実的なものばかりに視線を向けさせようとする人間が沸いています。


現実的なものといった言い方を私がする時は
それは”心”が見ている”現象”や”結果”であり


そこに精神を適用しながら導かれる”正しくない原因”の事を
触れていると理解してください。


例えば”大きな地震がおきた”と言うのは”現象”であって”結果”です。


この結果をまずは認識して
その後に私達がそうなった原因を追究していく時に
”魂”を使用する事になるのですが


その原因や過程なるものは本来私達の目には見えません。


そこで私達は想像をめぐらす事になるのですが
其の時私達は想念やテレパシーから


それが人工地震であるなどという意識を受けとめることは
通常は出来ませんから、自分の思考とイマジネーションで
論理的にそれを判断していくことになります。


其の時の判断材料はまずは自分の知識です。


プレートテクトニクスの知識しかない方は
地震の原因はプレート間の歪であると考えるでしょうし、


太陽風によって地球に飛んでくる宇宙線や放射線が
地球の電離層や大気に影響を与えると言う知識を持っている人間は
それを想像する事になります。


地下水が乖離することで酸素や水素が爆破する可能性があるという
知識を持っている人間は其の可能性をも考えます。


地球がポールシフト(磁極転換)の可能性のある状態に
置かれている事を知っている人間は其れを原因とする
地殻変動の可能性を感じることにもなるでしょうし


日本のあちこちに爆発物が埋め込まれていると言う
情報を持っている人間は其の可能性を疑います。


そして勿論HAARP含めて電磁波の技術の実態を知っている人間は
それの使用の可能性をも感じることになります。


其の時に私達が魂を使って原因として追求する内容は
私達の知識によって其の範囲が狭くも広くもなるわけです。


皆が同様に”心”を使用して現象を見て”魂”を使用して原因を求めても
私達は必ずしも正しい結論にたどり付けるわけではありませんし


私達は当面は魂を意識する時は、其の閃きを感じるのではなくて
理論的に理性的に物事を考える事を意識するために
それを使用する事になると思います。


其の時に私達に誤った原因を追究させる元となるのが
”誤った知識”や”余計な情報”と言うことになります。


私達はこの社会の中でそのような物を身の回りにふんだんにばら撒かれ
正しい原因へと辿り着けないようにされているわけです。


そしてそこで要らぬ情報をばら撒く人間が
サイレンスグループの工作員と言うことになります。


太陽系の真実は、そのまま天国や地獄の存在、
幽霊の存在、私達が想像していた天使の存在をも
すべてひっくり返す要素を抱えています。


其の事を私達が認識すると
地球の常識は一転することになると思います。


今日もいつものようにアダムスキーの著書
生命の科学から引用します。


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【人間の目的とは何か。】


我々は何かの理由または目的を持って生まれた
と言う事実に関しては疑問はありません。


その理由や目的は沢山あるのでしょう。


これが真実でないとすれば人間が存在する必要はないと言うことになります。


人間の大きな目的は”宇宙の英知の無限の表現”であるように思われます。


他の動物がその可能性を持っていると思えないからです。


しかしこれを達成するには
創造物のあらゆる面が理解されねばなりません。


イエスが弟子達に「父の仕事に就け」と教えたのは
このような生き方を意味したのです。


そしてこれを成すには最低の物から最高の物に至る
あらゆる現象を理解する必要があります。


まったくひとしい二人の人間は存在しません。


各人に授けられている異なる才能が
相違を生じさせているからです。


しかしピアノの鍵盤と同様に
人が各音を学んで其れを叩くならば
それにつれて美しい調和した旋律が生まれてきます。


鍵盤を理解しなければその逆が生じる事になります。


そこで我々は用いなければならない
道具を知ることによって自己を理解するように
努力しましょう。


まず人間とは何でしょう。


一つの結果である肉体を見ると其れが肉・骨・血液などから
なっている事がわかります。


この点は他のほとんどの動物と大差はありません。


しかし人体を形成しているものは肉眼では見ることはできません。

それは無数の細胞で成り立っているからです。


各細胞は独立した存在ですが、一方共通の利益と人体の維持のために
各細胞は他の全ての細胞と調和しています。


丁度地球の40億以上の人間が人間界と言う
一大家族を形成しているのと同様です。


しかし人間は人生において果たすべき役割を教えられていないために
混乱が生じています。


この人間界の混乱は地球全体の秩序に比較すれば
まだ小さいほうです。


そうでないとすれば地球は大混乱状態になるでしょう。


そこで一つ、混乱の起こる原因を調べて見ましょう。


一般の人間はそれ自体が原因の結果であるエゴによって
支配されている精神労働者です。


そして心が学習の過程にあるときそれは(心は)他の物質的な支配(現象)に
それ自体を(心自体を)任せたがるのです。


しかも心が理解していないことは多く存在しています。


理解されないものは恐怖され、嫌われますが各感覚器官(すなわちエゴの心)に
とって楽しい物事は好まれます。


しかし時として好ましい物事は人間を進歩的な学習から
妨げる障壁となるのです。


生命は区別なしにあらゆる自然へみずからを貸していることが
我々にはわかります。


そして人間の自由意志が生命の自然な表現から
人間を分離してしまったように思われます。


ここまで

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文中の”宇宙の英知の無限の表現”とは
「神が法則で私達に求めているありとあらゆる事を
進化しながら実現していく事」と理解して頂ければと思います。


プラトン、ニーチェ、アリストテレス、キルケゴールと
有名な哲学者達の名前を私達は耳にする事がありますが


哲学と聞くと誰もが腰が引けたり
硬いイメージを持つのではないかと思います。


哲学の殆どは人間の存在目的や生きる意味に関して触れていて
其れは私達が通常考える事もないテーマだからです。


私達は普段は”生きる目的”などを考える事は無いと思いますが
誰もが挫折や困難に直面したときに


自分の生きている意味やその目的に
一度は思考をめぐらせた事もあるのではないかと思います。


そんな意識が私たちを宇宙の法則に覚醒させ
生命の科学を学ばせるきっかけになるかもしれません。


アダムスキーも元々は哲学者として活動をしていた人物ですし
其れゆえにブラザーズの教えや知識が容易に吸収できたという
側面もあるようです。


(元々アダムスキーはブラザーズの魂の転生者の一人ですし
彼らの中のマスターの可能性もあると思います)


そして私達が宇宙の法則の一環として理解すべきとなるのが
そのような哲学のテーマでもある
”人間とはいったい何なのか”という問題なのです。


これは哲学でも精神世界でもなく
普遍的真理を理解するためには避けて通る事のできないものです。


私達がそこに到達するためには、まずは自分達の生きる目的と
人間の自然界における役目を理解する事が求められる事になるからです。


生きる目的が認識できれば、
それに付随して私達の義務や課題も理解できる事になります。


その理解が私達の生き方を変えるきっかけにもなるかもしれませんし、


宇宙の法則を学ぼうとするためには
私達は自分達人間に関しての深い理解が
必要とされる事になるようです。


スペースブラザーズと呼ばれる
太陽系での地球へのボランティアグループの話では


私達は万物の中で一番進化したフォームであり
万物の管理者であり奉仕者であることを
創造主に期待されている存在だと言う事でした。


万物が調和して共存する世界の中で
一番進化の進んだ限りなく神に近い生物だと言うことでもありました。


宇宙空間の全ての惑星は、神の求める調和の元に
多くの生物が独自の役割を果たすことで全体を維持しているといいます。


極端な例えをすれば


私達万物はオーケストラの一員であり、


万物それぞれがホルンやトランペット、クラリネット
オーボエ、バイオリン、チェロ、であり


全体として演奏した時に初めて奥の深い音楽を奏でる事ができるわけで、
そんな状態を神が見たいと望んでいると考えれば良いのだと思います。


しかも私達人間はその中では指揮者の立場を
期待されていると言うことです。


イエスキリストが語っていた
「父の仕事に付け」とは言う意味は


まさに神の代理人として神の想いを実現させる
奉仕者となれという事だと思います。


創造主は人や植物や動物に
この自然の中でのそれぞれの役割を担わせ
調和のための奉仕を期待しているのですが、


その中で一番進化した形態である私達人間には
他の全ての創造物の機能と役目を理解し、それを支配し管理する事をも
期待していると言う事になります。


実は、それだけではないかもしれません。


神はもしかしたら自らの意識の理解者として
そして自分と語り合える存在として
人間に期待しているのかもしれません。


私達は創造主に限りなく近づく事のできる能力すら
与えられているからです。


神が自分に似せて創ったという私達人間が究極に進化した状態である
100%の脳を働かせる精神状態というものが、
もしかしたらその状態ではないのかと想像する事もできます。


それは勿論一度や二度の転生で身に付くものではありませんし
金星の住人達でも同時には凡そ25%程度の脳機能を使用している状態だと言います。


100%の脳が利用可能になったら一体私達はどんな意識に辿り着くのか
そしてどんな事が可能になるのかも想像が付きません。


少なくとも太陽系には神が私達に与えた100%の能力を
使用できる人間は存在していないからです。


そして自らを神だと名乗る人間がいたら
その人間の脳の使用率を調べてみれば
それが嘘であることが判ることにもなります。


神の能力は私達が未だたどり着いた事のない
領域だからです。


しかし間違いなく私達には
神が授けてくれた未だ覚醒していない能力があります。


自分達のそんな潜在能力や本来の存在目的を理解する事が
私達の宇宙意識への覚醒のためにも必要になると言うことです。


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アダムスキーやブラザーズに拠れば
私達が更に理解しなければならないのは
私達一人一人は全体の中の一部であると言うことです。


私達の実態である魂はそれぞれが、神のエネルギーである宇宙空間という
巨大な全体の中の一部でありますし


その肉体は地球と呼ばれているこの惑星の中の
全ての現象の中の一部であり、


私達地球社会の人間は太陽系の中の人間、千数百億人の中の一人であります。


そしてブラザーズはその全体を意識していて
自分達の存在をその中の一部であると認識しているわけです。


その意識は、
”私達一人一人の全てが宇宙空間(三次元)、それを取り巻く神の意識(四次元)
を つかさどる細胞のようなものであり
そのためにお互いの存在は相互依存の関係にあるのだ”と言うものです。


ガイア理論と呼ばれるものが地球社会にもあります。


地球を一つの生命体に見立てると
その中で暮らしている私達ひとりひとりは一つの細胞であるというもので
これは人間を現象面に置いて表現しているものと言えます。


(現象とは元素によって作り上げられたあらゆる物が表現する
三次元において視覚で認識できる世界)


それと同時に私達の魂は四次元というエネルギーと秩序の空間における
一部でもあるわけです。


ブラザーズ達にしてみれば自分以外の人間やその他の万物は
神のエネルギーが具現化した姿そのもので
彼らはその姿に神の意識を感じていると言います。


私達は四次元における魂という想念の塊を
三次元に置いて元素で表現している存在なのです。


つまりは彼らにしてみれば
あたりに存在しているものは全てが神の化身であり、
同時に其れは自分にも当てはまると言うことになります。


彼らの視界に入ってくるものはすべてが
神の具現化した姿なのです。


そして彼らは例え、地球の粗大ごみである私を見つめる時でさえ
そこに神の存在を認識してくれるのです。


私達にとっては、当初は難しい認識の仕方ではありますが
私達が人間という自分の存在を理解するためには、
その先人とも言えるブラザーズ達の意識を学ぶ事が有効ですし


そんな意識を持って他人や万物を見るように努力することで、
私達の意識も変わっていくのかもしれませんし
宇宙意識も感じやすい状況になっていくのかもしれません。


しかし現実には地球の人間の意識はブラザーズの意識とは遠くかけ離れていて
皆が他人を神とみなして尊敬する事もなければ
皆が調和の意識を持って暮らしているわけでもありません。


それどころかこの社会の中は混乱と対立と争いで満ちています。


「 人を見たら泥棒と思え。」


「 気に入らない人間は敵だから叩け。」


そんな意識を一般市民に持たせる人間達がいますし


中には自らが神であったり神の使いであると自称し
独自の価値観を作り上げて誤った真理の導き手となり
神の法則から他人をかけ離れさせている人間もいます。


これこそがこの地球の実態だと思います。


私達の心はそのままエゴであるとアダムスキーは触れていました。


そのエゴを作り上げた価値観は
私達の各種感覚器官にも由来するようです。


前回の記事で触れたように、
私達の価値観は心地良い事に囚われているという話でした。


視覚や聴覚や嗅覚や味覚、更には触覚の内の特別な力(想念を感じる能力)
以外の機能、更には想念が染み付いた私達の体の細胞は
全てが脳に対して自分の意識を主張するそうです。


美味しいものが食べたい、心地良い音が聞きたい
良い香りを嗅ぎたい、見たいと感じるものを見たい、
心地良い感触を受けたい。。。


それらは私達の経験の中で心地良さとして
エゴと結びついているのだと思いますが、


もっと深く追求すれば、それらはそのまま脳の本能的欲求にも
直結して行く事になるのだと思います。


実はそんな心地良さを求める事だけでなくて
人間の価値観としての好き嫌いなども
実は私達の感覚器官に左右される物のようです。


面食いと言われる人間が
美しい物や人を好むのは視覚の好き嫌いが
脳に反映された結果であり、


関西人が納豆を嫌うのは
嗅覚の好みが脳に反映された結果であると言った感じにです。


言われてみればまさにそんな感覚を私達は全員が持っていると思います。


腹が減れば匂いに引かれて鰻の蒲焼に食欲を感じるのは
嗅覚と食欲が暴れている証拠ですし


性的欲求不満がたまった時に
エロティックな写真や画面に目が行くのも
視覚と性欲が暴れている証拠だと言えます。


他人の外見で好き嫌いを決める人間もいますし
無臭時代の今は、汗臭いことや匂いがある事が嫌われます。


脳はそんな快感や好き嫌いを感覚器官を通じて
植え付けられる事になりますし


その後は脳が各種機関の過去の経験にそって
脳にとって心地良いという感覚を齎す事をこそ欲する事になります。


更には感覚器官の影響を受けた脳が
物事の良し悪しや好き嫌いを決める事にもなります。


そんな意識で作り上げられているのが私達の心という
価値観だと言う事です。


そしてアダムスキーはここで
心は放置しておけば現象に身を任せると触れています。


魂を感じない限りは
心はエゴの虜であるとも言い換えることが出来ると思います。


現象を感じるのは各感覚器官ですし
結局は心は感覚器官と本能と身に染み付いた想念によって
支配されていると言う事になります。


私達はそれを無意識の内に当然であると判断して暮らしていますし
心が持っている価値観は、心が心地良く感じるものばかりですから
私達は”魂”を感じていない事にも成ります。


そして本来調和や理解と言った全体を考える意識は
魂によって齎されるものですから、


心ばかりを利用している私達の行動は宇宙意識から遠ざかり
全体を意識することなく独自の暴走を始めることになります。


それを私達人間は古代から延々と繰り返してきたわけですから
宇宙意識を感じる事も宇宙の法則に気が付く事もありません。


時々、有名哲学者のような偉大な個人が、
自らの精神を追求してはその領域に独自に達したり


ブラザーズが送り込んでくれた聖人達が
その事を伝えてくれた時に魂を意識する人間が現れますが
それはその時だけのことであり


長い時間の経過と共に再び私達は
心に従って生きていく事になったのだと思います。


その結果が今の地球のごとく
誰もがエゴにまみれ物質(現象)にばかり囚われる社会を
作り上げる事になったのです。


今更遅い話ではありますが
もしも私達も物心付いた時に魂のあり方を
しっかりと学び使用し続けていれば


今頃私達の意識も随分と変わっていたでしょうし
世界も今よりは遥かに平和な意識を持っていたのではないかと想像します。


現に幼少時代に道徳を学んできた日本の住人は
少なくともそこで宇宙の法則の一部を学んで来たがために
今のように道徳的な人間が多いのではないでしょうか。


勿論それでも十分とは言えない物もあるのでしょうが、
少なくとも日本人のモラルの高さが世界トップレベルである事は
世界中の誰もが認めるものです。


そして宇宙の法則を幼少から学んでいるブラザーズは
元々の資質が高い状態で生まれただけでなくて


子供の頃からの精神教育の実践が
彼らを神々しい人間に作り上げたのだと思うのです。


それと比較すれば、今の地球の人間社会では
子供達に一体何を教育しているのかと言う事を考えれば
地球の未来の姿も自ずと見えてくるわけです。


道徳を教える親が居なくなり、地球の法則としてのエゴの実践、
時には受験戦争、戦闘や憎しみを子供に教える人間すら居るこの社会が
今の荒んだこの世界を作り上げているのだと思います。


私達は万物の指揮者としてのオーケストラの統率を
任されていたにも関わらずその役割を忘れてしまって


演奏ステージの上を何も事情を知らない子供のように
走り続けては演奏の妨害すらしている。


万物の調和から離れてしまっただけに留まらず
その他の万物の調和すら乱し続けている存在に成り下がった。


私達地球社会の人間は、
その様な例えも出来る立場の存在かもしれません。


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【理解と経験】


ご存知の様に生命の科学は太陽系の他の惑星の天使達が
私達の社会に対して与えてくれた新たなる道徳指針とも言えるものです。


聖書の多くの記述は、天使達のこの社会に対する働きかけを
描写したものでありましたが、


それは彼らがそれぞれの時代の人間の資質に合わせて
この社会に対して与えてくれた道徳指針でもあります。


アブラハムとその神、モーセとその神、
更には悪魔や天使を演じていたのも
全ては太陽系の他の惑星の人間達であり、


私達はその事を理解できていないだけでした。


キリスト教に限らず、私達が天使たちから
学んだことは多いようです。


天使達の話では、お釈迦様も孔子もマホメットも
全ては彼らの転生であり仲間だったからです。


それらの教えが異なったものとなってしまったのは
彼らが時代とその地域の実態を加味しては
それにその時に一番良いと考えた教え方を実行したからです。


彼らの一番伝えたかったものはあくまで道徳であり
人のあるべき姿だったはずです。


それが地域の風土の中で慣習と結びつき
民族や文化と結びつき
独自の宗教となってしまった。


更には国家権力がそれを利用し続けたこともあり
気が付くと新たな戒律をも含み
本来の教えとは異なるものとなってしまったのです。


地域が異なれば慣習も異なりますし
その中で道徳の延長とされるものも異なってきます。


其の異なった部分を取り上げて
お互いの教えを別のものと取り違えて
荒らそっているのがこの社会の宗教なのです。


もしも私達の理解が進めば、生命の科学=宇宙の法則も
おそらくは天使達からの新たな道徳指針として
受け止められる事になると想像しています。


モーセの時代には野蛮人であった私達人間に対して
人としての最低限の指針を与えてくれた上で、
厳しい戒律を課して無法者に近かった私達の祖先を正したように、


その後に、私達がある程度人間としての心のあり方を
踏まえる事が出来るような時代になると


次にはイエスキリストが現れて
目に見える行為だけに捉われるのではなく
胸に秘める想いこそが大切なのだと説いてくれました。


今度は知性的発達をある程度遂げるに至った
私達地球社会の今現在の人間に対して、


彼らの生活の根底に存在している宇宙の法則を問いて
私達を導こうとしたのがアダムスキーと共に彼らが編纂してくれた
宇宙の法則だと言えます。


つまり私達は天使達の教えの原点を学ぼうとしているのだと
理解してください。


そしてそのために必要な最低限の指針は
すでに私がブログで書き綴ってきたとおりです。


この中でもブログで書き綴ってきた内容を
ふんだんにちりばめて行く事になるかと思います。


アダムスキーがこの社会の中で二通りの役目を果たしていた事を
記事で綴った事があります。


あの人物は、一方では天使達の存在とUFOの存在を広報する事で
この社会に現実としての真理を伝えようとしたのですが
それをこの社会の権力者層が受け入れてはくれないことを悟ると

今度は見えない真理としての生命の科学を
私達に伝えようとしました。


彼は学校のような教育機関を通じて
これを実行しようと下のですが


計画半ばで挫折し、その後はそれを踏襲する方は
いませんでした。


私はそんなアダムスキーと天使達の教えが
この社会の中で正しく伝わっていないその実態を把握し
この地球社会の中の唯一の真理が少しでも多くの方の


目に届くようにと微力ながらそれを務めることを
今の自らの課題としています。


そしてそれを具体的に表現したのがこの講義だと言うことです。


古くは天使達がこの社会において演出して見せた精神改革活動を
(モーセの一連の話とイエスキリストの普及の一連)
今度は私達が自ら実行する事で精神進化を果たすことが求められている。


天使達がこの社会から追い出されてしまった今
それを出来るのは私達この社会の覚醒者だけなのです。


せめて私達だけでもその事を実効すべきかもしれません。


ただ、私達が目指すべきは出来るだけ誰の事も批判しないで
尚且つ誰の毒にもならずに、その上で自ら進化を果たし
更に多くの人間の精神活動の指針となるように勤めること。


その事を意識に深く刻んで頂きたいと思います。


(私の様にサイレンスの傀儡たちに張り付かれると
それが難しいこともわかりますが、
批判を理解に置き換えて語ってやれば良いのだと思います)


しかしこの社会の現実を見ればこの生存のための精神改革活動は
ほとんど進んでいないと思います。


地球の法則にこだわり、真理を隠蔽しようという流れが
この社会では主流となっているからです。


ただ、もしもこれが正しく実行されるようになって
この社会の8割の人間がその流れ中に収まるようになれば


少なくとも戦争や争いに関しては
消えてなくなっていくのだと確信してもいます。


一方で夢のある話をすれば、これが進めば
私達の社会の中から一気に多くの魂が
新しい世界へと転生していく機会にも見えます。


つまり多くの人間が一気に進化するチャンスとも成りうるという事です。


私達が目指すべきはまさにそれです。


そして出来るものなら私の兄弟姉妹には
残りの8割の人達に真理を伝えるための模範となるような


そんな存在になる事を意識して
これを学んで行って欲しいと思います。


人に知らせようとすれば深く理解することが必要になります。


その意味でも個人で学習するだけで満足するのではなくて
一人一人が講師であろうとする意識、


出来れば万人に奉仕としてそれを実行しようという
意識を持って暮らして頂ければと思います。

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私達は常に結果に頼って生きています。


それは私達が常に目に見える事や耳で聞こえる物にばかり囚われていて、
見えない物、聞こえない事を感じることが
出来なくなっていると言う事に由来します。


先述のイエスの言葉の通りで、
私達は未だその域から逃れる事ができてはいません。


しかし私達が、もしも正しい生き方を実践しようと勤めれば
私達は現象として存在している物を見て聞くだけではなくて
魂を持って創造主の想いを感じなければなりません。


現象を捉えてそこから学ぶのではなくて
現象を引き起こしている因なるものからこそ
私達は学ばねばならないと言う事にもなって来ます。


そしてそんな私達を導くものは自らの意識であり
それをどこに向けるかを私達の課題とすべきかもしれません。


アダムスキーが取り上げる
”意識”と言う言葉に関して触れておけば


一つには私達の魂、
一つには私達が何かを意識する時に向けるその矛先を誘導するもの、
一つには創造主の想いの世界。


これらの三つをまとめて
”意識”と表現していると理解してください。


全てが繋がっている事も理解して頂けるかと思います。


私の想像では、創造主の意識の社会があって
そこから私達の魂が派生して存在し、


更にその最先端にアンテナのようなものが存在していると
考えています。


意識と言う言葉は、私達が何かに対して警戒をしていると言う事の
現われでもありますし、


同時に創造主の想いその物をも指している
少し複雑な使われ方をしている言葉だと理解すれば解り易いかと思います。


そして創造主の想いは音声として私達に対して響くのではなくて
印象や閃きと言う形で私達に対して語りかけるのだと言うことを
是非とも忘れないで欲しいです。


そしてそれは私達にとっては一種のテレパシーのです。


ここから理解して欲しいのは、目が光の波動を捉える器官であるように
耳は物質の振動としての波動を受け止める器官であり
更には私達の魂は想い、想念の波動を受け止める器官であると言うこと。


そして想念と言うものは受け止めた後に、脳において
映像や音声として再現されることもありますが
一方では閃きや印象として認識される物であると言うことです。


私達は無自覚のうちに時にはそれを感じて
自覚していないと言う事が悲劇でもあるのだと思います。


テレパシーに関しては別の講義で後述しますが、


以前から私が説明しているのは、
例えば発明家でもあるような科学者が


自らの理論や法則を駆使して思考し何かを創造しようとしている時に
思考が行き詰まり、
疲れて思考をやめた時に突然、頭に答えが閃く様な状況です。


思考をためた後に閃く其の想いは決して私達の思考ではないのです。


しかし私達はそれを自らの思考であると勘違いしては
その閃きが魂から与えられた物であるという事に気がついていません。


つまり私達は日常において、
誰もが魂からの印象を体験していて
其の事に気がついてないだけだと言う事になります。


人間同士の間のテレパシーにしても、


例えば歩いていたり、電車の中にいる時に
誰かに見られている気がして振り返ると
そこにはこちらを見つめている人間がいた


と言うような事例で説明する事が出来ます。


其の時私達の魂は他人の意識を感じ取ったのです。


どうやら私達の魂は無自覚の内に他人の想い=想念を
受け止めている事になります。


そして其の想いを受け止める行為こそが
私達がテレパシーと呼んでいるものであるということ。


更には私達は無意識でその影響を受け続けている存在であり
人間自体が想念的な存在であると言う事を私達は理解しなければなりません。


私達は想いながら存在している。


その事を先ずは意識して頂きたいと思います。


【貴方に無限なる力の祝福がありますように】


P.S.


「本能的に嫌いな人がいる」
「理性的に受け付けない人がいる」


などと言う話を聞くことがあります。


理性的というと、それがまるで精神を通じた直感によって
感じる意識のように思われそうですが


ここでの本能や理性は共にそのまま動物的な本能
つまりは私達のエゴの塊である心のもたらす物だと思います。


理性的・本能的に嫌いな人間を
もしも自分が冷静に判断すれば


おそらくは其の人間の姿が嫌いで、声が嫌いで
匂いが嫌いな事に気がつくと思います。


本能的に嫌いな人間を舐める事はないでしょうから


「この人しょっぱいから嫌い」とか
「この人の顔は苦いから嫌い」などと


味で嫌う事は出来ませんが


私達は視覚や聴覚そして嗅覚で
其の相手に嫌悪感を感じているのだと思います。


つまりは私達が作り上げた心の価値観が
其の人間を受け付けないわけです。


精神の科学の内容からもわかるように
精神は神の意識であり、
それは決して物事を嫌ったりする意識ではありません。


私達は直感的に好き嫌いを判断していると感じた時に
そこで働いているのは多くは”心”であると言うことだと思います。


本能的に嫌いな場合があれば
本能的に惹かれる場合もあると思います。


この場合はフィーリングや魂の共鳴のようなものを
相手に感じることもあるのでしょうが
(それは魂の働きが強いと思います)


一方では相手に異性としての性欲を感じていたり
相手を通じて自分が心地良くなっている場合などもありそうです。


それは異性のエロティックなスタイルであったり
異性の美しい風貌であったりするのかもしれません。


そして其の中心となっているものは言うまでもなく視覚です。


当たり前の事ですが、視覚を使えない状態で暮らしていれば
他人の美醜や格好は一切その人間を判断する価値観に反映されませんし


残りの器官の感じる感覚(匂いや声)そして相手の性格が
その人間の評価とされることになります。


其の時には相手の人間性を無自覚のうちに重視していると思います。


そんな事を考えても、私達は間違いなく感覚器官によって
心の価値観の大部分を作り上げられているのだと思います。


そして私達が多くの現象や結果と言うものを捉えるときに
一番使用する事になるのは間違いなく視覚です。


つまり私達の行動の多くは
視覚のよって作り上げられた価値観によって
決められていると言うことになります。


心なるエゴを作り上げている一番の要因は確かに
視覚に基づくもののようです。


と言うことは日々の生活の中で
その視覚を使用する時に


”魂”を意識するようになるだけで
私達の心は効果的に変わっていく事になるのかもしれません。


見た目で判断してはいけないと言うのは
この社会の中のあらゆる側面において当てはまることだと思います。


結果、現象はいくらでも着飾ることが出来るからです。


そしてそれは必ずしも其の物事の本質を捉えているとは
いえないからです。



追加コメント


高橋と近藤と隣の402号室

こいつらとその関係者が今の加害行為の実行者です。



創価学会と在日の洗脳効果が強くて
私と妻の関係はやはり以前のようには
戻ることもできないようです。


自分に危害を加え、若さや能力まで
そぎ取っている創価学会と在日に妻が従っているかと思えば
正直腹立たしくも思います。


ここ数日どんどんと、

妻がまるでスイッチ一つで気分が変わる

そんな状態を目にする羽目になり



創価学会と在日関係者にはその度に

憤りを感じてもいます。



私と仲良くすると自分が危険な目にさらされる

そんな意識をも植え込まれてしまっていると

好意的な語りかけの人間達にしらされました。


全く悔しいです。


この地域の爺さん連中が
私の妻に私への嫌悪感を植え込んでいる人間の

中心だという事です。


2015年6月21日 12:29



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朝から創価学会と在日関係者
音声送信と激しい電磁波で脳への攻撃を受けています。


とりわけ週末は創価学会の教信者が質の悪い連中を
送り込んでくるようです。


高橋、遠藤、アパートの301号、402号
今の実行犯は、爺さんたちと、中年のオヤジ達が中心の様です。


創価と在日の音声送信の話では
同和部落までもが私への加害者であると語っていますが
その実態はわかりません。


はっきり言える事は
自分達の実行を隠し続けてきたのは
創価学会だということです。



大方、在日の実態を暴き、一方では真の神の教えを語り私が
気に入らないのだと思います。



放置しておけば水分がなくなり
脳の電解質や栄養まで奪うような
そんな攻撃を昨晩から一晩中受け続けています。


近所のロクでない連中とアパートの内の工作員は
姿を見せることなく室内にこもり
交代しながら24時間電磁波攻撃の最中です。


辛うじて正常な脳機能を保っていますが
綱渡りの状態で、
夜間にも塩分補給や水分補給をしなければ


意識を正常には保てないそんな状態が続いています。


酸を大量に撒いてはそれに反応すると乳製品が
欲しくなるのですが今度はそれを利用しては
怒りの周波数帯を焼き付けてくるという
汚い誘導も得意技です。



日本乗っ取りの最中である人間たちが
連帯しては、それを暴く人間を叩くというのが一方の流れで、


一方では偽の真理を語る人間達が私の広報を妨害しようとしているのが
もうひとつの流れです。


やっているのは創価学会と在日関係者。
それを明言されるのが嫌で口封じを狙っているようです。


妻には暗示と脳への刺激による誘導で
自分にとっても私にとっても良くない行為をさせますし
私には怒りで暴走を誘導し投げやりの状態を作り上げさせようとする。


私が必死に防御しなければ確実に脳機能障害を
引き起こすハメになるのではないかと思います。


以前はそれを語りかけを利用する事で
実行しようとしていたようです。


つまりは自ら脳機能を壊すように
飲食をやめて死を意識させることによってです。


しかし今ではその暗示にかかりにくくなったために
力尽くで電磁波の出力を上げることで
それを実行しようとしています。


この数分間でもパソコンの前でコメントを書いている最中に
脳の水分が干上がりかけて二度も水を飲んでいます。


そのくらいこの連中の加害行為は
殺傷能力が高くなっているのです。


逃げることもできず、かと言って周囲に敵が多く
更には室内からの攻撃であるために
防御を意識するしかありません


いつまで創価と在日の暴走は続くのでしょうか。
洗脳されてしまい、この連中を批判できなくなっている
そんな被害者も少なくないはずです。


大きな視野で見つめると
サイレンスグループの傀儡であり
世界の支配層を叩くのも当然ですが
日本レベルではこの連中の事を放置してはいけないと思います


周波数帯洗脳を実行しているのも
音声送信を利用した劇場型暗示洗脳を実行しているのも
この連中だと言うことを忘れないでください。


仕掛けてくる場所は近所の高橋と遠藤、アパートの下の部屋と隣の部屋で
今の実行犯は、爺さんたちと、中年のオヤジ達が中心の様です。

大方、在日の実態を暴き、一方では真の神の教えを語る私が
気に入らないのだと思います。


ハイテク被害者必読して欲しいです。『周波数帯洗脳リンク』 ⇒


http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-12018262684.html




最近は日本に発生している様々な”自然現象”をみながら
これは何やら穏やかではないというのが
私が感じている今の正直な気持ちです。


人為的な災害が極限まできてしまっているのか
それともその中には太平洋における
大規模な地殻変動の前兆でもあるのか。


どちらにしてもこのまま放置しておけば
これは近い将来の大規模な破局の原因となりかねません。


私達、真理の覚醒者には破局はありません、


しかしかと言ってそれを見過ごして
警戒を怠るのもいけないと思います。


サイレンスグループがこの社会に
偽の真理と争いをもたらすのであれば
私達はせめてそれに対抗して


広報なり理解なりを進めて
周囲の人間にも影響を与えるべきだと思います。


勿論、恐怖や不安ではなくて
理解であり調和という形でです。


アダムスキーの生命の科学から引用します。

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この第一講は本講座中で最も重要です。


読者は結果ばかりでなく原因についても同時に研究していると言うことを
今後の本講座全体を通じて知らねばなりません。


今後本講座を読んで研究するにつれて、貴方の研究を完全に
知覚するためにかならず心と意識の両方を用いるようにしてください。


そうすれば結果とその奥になる原因が一体化しているのを
見ることが出来るようになります。


この両方とも楽しい物事を得るのに必要です。


最初このことは容易ではないでしょう。


なぜならわれわれはこれまで心でもって探求するように
教えられてきたために、想念の奥にある意識すなわち宇宙的な衝動に
殆ど気づいていないからです。


しかしこれに気づいて、それがあらゆる物事に応用されるとき
理解力は急速に増進します。


そして完全な知覚力をもつようになるならば
初めは二人の自分が存在するような気がします。


心の活動と意識の指令の二つです。


過失を犯すことを恐れてはいけません。


過失を犯した事に気づいたならば
できるだけ早くそれを訂正しなさい。


そうしないと進歩の障壁になります。


常に記憶しなければならないのは
失敗は誤った応用の結果であり

それによって我々は正しい方法を学ぶと言うことです。


体験は知識の拡張に必要なのです。


われわれは善とか悪とかに分類しているけれども
そのいずれにしてもあらゆる行為は完全であると言うことを記憶しなさい。


なぜならあらゆる行為は貴方の心、肉体、意識の完全な釣合いを
必要とするからです。


したがって人間は行為と体験によって完全な方向へ成長していくのです。


イエスでさえも多くの不愉快な体験を経なければなりませんでしたし
大神殿から両替屋を追い出したときは一つのあやまちを犯しました。


「他人を裁くな」と教えていたからです。


しかし過ちに気がついた時に彼は神殿の前にひざまずいて
父に許しを請うたのでした。


現代の我々はもっと大きな責任を有しています。


何故なら、昔の時代に生きていた人々よりも
多くの物事で争っており
多くの誘惑物を持っているからです。


したがってわれわれが生まれた目的を理解し、
それを遂行しようとすれば
より大きな用心深さと決心とを必要とします。


ここまで。
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以前何かの記事で触れましたが、
アダムスキーが説明してくれていた話では
私達の”心の価値観””個人的真理”を作り上げているのは


視覚、聴覚、味覚、嗅覚、と言われる
物理的な現象を知覚する器官と、


”触覚”のうち、想念や宇宙エネルギーを感じること以外の、
硬さや柔らかさ、暑さや寒さ、と言った物理的感覚を
私達に感じさせている機能であるという事でした。


私達の”心”はそのような感覚が”心地良い”と感じる事が
その行動の中心となっていて


心は無自覚の内に、そのような器官の召使いとなっているようです。


例えばおいしい物を食べたいと言う意識は、
味覚が脳に送る、”心地良い感覚”を得るための動機になりますし
それに拘ると美食や食べるものに対する執着心も進む事になります。


通常、私達が脳で感じることが出来るのは
これらの器官で直接認識できるものに限定されていますし


”魂”を意識する事のない私達は”宇宙的真理(本当の動機となるもの)”を
意識する機会もないので


どうしてもそのような心の心地良さを脳が感じるものばかりに
動機を見い出し、


結果的にはそれらの器官の心地良いと感じる事を
無自覚のうちに行動の基準や価値観としているのだと思います。


見たいものを見る、欲しい物を買う、
食べたいものを食べ、したい事をする。


当たり前の行動の様ですが、心の価値観にばかり従っている私たちにとっては
これらは全て心が心地良いと感じるものや
心(エゴ)を満足させるものとなっているようです。


そして、それらの感覚が脳に与える心地良さは


自分こそが可愛くて自分の命を守ろうとする本能や、
無制限に心地よいことばかりを求める心のエゴに
通じる物ともいえます。


今のこの社会の私達の多くは、
放って置けば常に心のエゴをを満たすように
行動する存在となっているのですから、


そんな意識が時には衝動や暴走の原因にもなると思います。


誰もが心地良い事を好むと言う事は
自分でも自覚できると思いますし、
他人を眺めていてもそれと察する事が出来るはずです。


自らを不快にしながら純粋に他人のために
何かをするという人間は殆どいないと思います。


そしてそれらの行動は、全てまとめて、
私達の”心”の価値観を中心とした働きであると
認識することが出来ます。


一方私達には”魂”なるものが存在しています。
(アダムスキーは”意識”と読んでいますがご了承下さい)


こちらは以前から繰り返している”神の意識”
”宇宙の意識”から真理を受け止める器官でもあります。


しかし私達はそれを殆ど感じる事が出来ていない事もあり、
その”魂”が受け止める印象を行動の基準にすることが出来ないのです。


そして 勿論、私達の殆どは神の意識とはかけ離れた価値観を持っていますので
心と魂はまったく別の行動指針を示す事になるはずです。


前回触れましたが、
この”魂”は私達にとっての”理性”にも繋がるものだと思います。


そして”魂”へ届けられる印象を自らの行動基準として認識する事になると
私達の中には二つの行動基準が存在することになります。


例えば人通りの無い場所で
”道に札束が落ちているのを見つけた”時に
それを拾って警察に届けようとする意識が”魂”の意識で


それをそのままネコババしたいという意識が
”心”の意識であると例えればわかり易いかと思います。


「落とした人間がいて困っているだろうな
早く届けよう。」
というのが魂の意識で、


「しめた。得したぞ。黙って貰っても誰にもばれないだろう」
と言うのが心の意識と言うことです。


心の傾向で考えれば
「拾ったお金を着服しそれを使用すれば物を買ったり、したい事が出来る」
という心を満たす行為ができる事になります。


魂の傾向で考えれば
そこでは「他人が物を落として困っているのを助けなければ」
という意識が働くことになります。


アダムスキーが話してくれている
自分の中に二つの自分が存在している気分になるという例えは、


このような葛藤があったとすれば
その葛藤している二つの意識そのものだと思います。


私のようにエゴの強い人間ほど
その両者の意識のギャップは大きいと思いますし、
そんな時に葛藤も起きるのでしょうが


逆に元々の”心”の価値観が”魂”の受ける印象に近い人間であれば、
そこまでのギャップを感じずに済むかもしれません。


いずれにしてもこの二つの意識のギャップは
私達が魂の働きを正しく理解して使用出来るようになり、


心の価値観を魂から伝えられる本来持つべき私達の価値観へと
置き換えられることで小さくなって行くはずです。


そしてそのためにも私達はこの両者を並行して
利用することが重要なのだということになります。
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アダムスキーはブラザーズがそう話していたように、
何事も体験が大切であると教えています。


私的意見を言わせて頂ければ
私も”百聞は一見に如かず”という格言は
まさにその通りであると考えます。


例えば何かを自ら体験し認識する事と、
それを他人から伝えられそれをそのまま受け止める事では
私達に及ぼす影響は異なると思います。


そしてその行為の正誤の判断も自らが
行うことになります。


それによって培った正しい指針が真理となり
行為によって良くないと感じたことが戒律となるのです。


犯罪行為含めて、即座にそれが誤りであると認識できるものは別として、


そうではなくて、体験を持ってそれが良い事なのか
良くない事なのかを自ら判断すべき事柄や、


単に知識として受け入れるだけでは十分ではなくて
経験という物が存在して初めて身に付く事柄もあると思います。


先入観や他人からの価値観をそのまま受け止めたのでは
正しく判断できない事だって存在しています。


全てにおいて神の意識と全く同じ価値観を
道徳として持っている人間などいない事だって考えれば解るはずです。


つまり私達の社会においては
多くの情報は真理ではないのです。


経験するという行為は、
結果的に知識として教えられる内容と同じ結果を齎したとしても


そこで私達が体験するのは、”心”が認識する”結果”や”現象”だけでなくて
"魂”で認識すべきその”過程”や”原因”でもあるわけです。


聞くことだけで現象(結果)を理解し、
物事の善悪を完全に判断できたとすれば
人からの受け売りの知識でも誤った行動をとる事もありませんが


この第一章での”魂”と”心”で説明すれば
体験の伴わない知識は心だけで認識する行為ですし、
そこには魂の意識は伴わないのです。


つまりは”原因と結果を一体化して捉えながら、現象というものを理解する”
という、宇宙意識にとって一番大切な体験が出来て居ないと言う事になります。


その分理解が足りないという事にも繋がるわけです。


一方私達は完全な存在ではありませんし
”行動”をとる事によって過ちを犯す事もあります。


私達のように、神にとって放蕩息子と放蕩娘で在れば、
過ちは日々山のように積もりあがるかもしれません。


ただ、そこでアダムスキーが触れているように
過ちを繰り返さないよう意識すること、


過ちは過ちであると自ら反省することで
自分の行動は変えていく事も可能になります。


そしてそこで意識する事になるのは”魂”の存在であり、
心と魂が正しく働いた場合に予想される”結果”だと思います。


経験することで得た知識、学んだ現象は
心だけでなく魂を利用することで、


他人から知らされた知識とは異なる
奥の深い理解を私達に与える事になるのだと思います。

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ここではイエスキリストの聖書での記述に触れていますが


イエスキリストが声を出して神に反省して見せたのは
意図的にそのような姿を弟子や信者の目に訴えることで


このような反省する意識が大切なのであるという事を
弟子達に示してくれたのではないかと思います。


”罪を悔い改める”と言う本当の意味は
単に懺悔を口にして神に許しを求める行為を指しているのではなくて


おそらくはその罪に関連して”原因と結果”の関係まで追及して
自分の意識を変えていくという行為を伴うものであると思います。


誰もが失敗や過ちは犯す事になるけれども
それはその後に反省と言う行為


(原因と結果を分析したときに
その行動の基準が誤っていたと言う事を分析する行為)


によって私達は精神の進化を果たして行くのだと言う事を

イエスキリストは実践して示してくれたのではないでしょうか。


もしも憤りを感情のままぶつけたその行為を
心に刻みつけてしまえば、その後も同様な行為を
私達は繰り返すことになります。


しかしそこでそれに対しての検討が行われ
それを間違いであるという価値観を心に刻み込むことが出来れば
私達は全く同じ行為を繰り返す事はないはずです。


結果として同じ行為をとったとしても
その間に思考と葛藤があればそれも進歩です。


ここで大切なことは勿論、単に
”自分の罪を許したまえ”と神へ許しを請うという行為ではなくて


その行為を齎すに至った誤った行動をとる事になった原因を追究し
それを分析してその事が間違いであると
自分の意識で自覚する事ではないでしょうか。


その結果ブラザーズが日々意識して実践しているように
同じ過ちを繰り返すことも減っていくと思います。


そして私達の行動は改善されるのです。


その意味では同じ過ちを延々と繰り返している人間は
幾ら懺悔を繰り返そうとその意識は変わっていない事になりますから
魂は成長していない事になります。


幾ら懺悔をしてもその罪は心に誤った価値観として染み付いて
決して消えることはないわけです。


懺悔という行為は
謝罪する事で神に許されると言う行為ではなくて


心と魂を利用して、反省と理解を促すために
自分の中の罪を曝け出すための行為と認識すべき物ではないでしょうか。

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以前私が宇宙の法則の記事で触れたように
私達の身の回りには多くの誘惑要因で満ちています。


それは憎しみや争いを齎す意識でありますし
私達のエゴを増徴させたり本能に走らせたり
誤った価値観を私達に持たせる事となる沢山の要素です。


そしてアダムスキー時代以上に私達の周りの環境は
あらゆるエゴを増徴させるための要因で満たされても居ます。


その上に私達一般市民を意図的にエゴに走るように誘導している
サイレンスグループのような人間達も存在して居ます。


その中で私達が自分が生まれてきた意味を理解し
宇宙の法則に目覚めると言う事は容易ではないと思います。


現に私が間違いなく真理だと確信していることをブログで紹介しても
読んでくれる全員が理解してくれているわけではないでしょうし、


巷には、誤った価値観や
イデオロギーに囚われている人間が大勢居ます。


そんな方々は私の主張を理解できないかもしれませんし
批判的に見つめているかもしれません。


更にはそれ以前に神とは縁もゆかりも無いという
意識を持った人達もいますし
道徳など無縁だと言う人間も居ます。


そんな方にとっては私の主張はオカルトであったり
綺麗事であったりするわけです。


多種多様な価値観を認めると言うこの社会の中で
私達の”心”の価値観は多様化する一方


”魂”を感じる機会が激減していると言うのが
私達地球社会の人間の実態なのだと思います。


そこにこそ普遍的真理が存在しているのにです。


まして困った事に”普遍的真理”は
個人的真理を追究する特定の組織の人間達にとっては
疎ましい存在でもあるようですし


社会がここまで荒んだ環境になれば、人々が宇宙の法則を理解するのは
アダムスキー時代を遥かに凌駕する困難と直面する事になると思います。


(アダムスキー時代には天使達の姿や能力、更には宇宙船
そしてハイテク技術や知識を目の当たりにした人間たちまでもが
天使達の真理を実践する事を選択できませんでした。


圧力や保身が改善を求めるのを拒絶したのです)


だからこそ、この真理の存在を確信し
それを実践しようとしている人間が


地球の価値観に囚われている人達を一人でも多く覚醒させて
私達と共に普遍的真理の道を進むよう誘導する事が
私達、地球の法則から覚醒した人間の使命で在ると思います。


日本と言う国はその可能性を秘めている。。。


特定の宗教価値観を盲信することなく
特定のイデオロギーに偏る事なく


どんなものでもその中で良いものは良いとして受け入れる

更にはそれを改善し自分達の成果るに役立てる術を知っています。


そんな意識を持った人間で満ちているからこそ
一見価値思想では誰もが全くのばらばらであったとしても


多くの人間が特定の価値観に執着していない分だけ
真理へと辿りつける可能性を持っているのではないでしょうか。


私達は積極的にその為の奉仕者となって行きたいものです。


万物に対しての奉仕は
結果的に自分への奉仕として帰ってくる事になります。


そう考えれば、そう理解できれば
このサイレンスグループの傀儡蠢くこの社会の中における
危険な奉仕であっても実践することもできるかもしれません。


そして出来るものならば日本の心ある人間が皆で揃って
地球の法則から卒業して行きたいものです。

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私達を創造主=神から分離させてしまった原因は
何よりも私達が見えるものばかりに拘って
生きている事にあると思います。


私達は通常は目に見えるものや音に聞こえるものに拘り
その結果、感じるという事が出来なくなっているからです。


そして私達が心と呼んでいる
脳が司る四つの感覚器官ばかりに頼っている事が
その原因だという事も私達には理解できます。


聖書の中でイエスキリストは


「目に見えないものを信じる事が出来る者は幸いだ」


と表現していました。


それは直接視覚で捉える事が出来なくても
真理を真理だと認識できる人間は賢明であるという趣旨だと思います。


それぐらい私達は日々、視覚や聴覚といった感覚器官にばかり
依存して暮らしているのです。


しかし創造主=神の意識はそれとは別な器官を用いてこそ認識できるというのが
私達の理解でもあったはずです。


そして私達が魂や霊魂と呼んでいる意識こそが
その感覚器官だというのが私達の理解でもありました。


魂=意識は聞いたり見たりするのではなくて”感じる”のです。


その事を私達は理解出来ず、
其れを使用して感じる事が出来なくなっている事が、


私達を創造主から分離させてしまった一番大きな原因だと
言えると思います。


その事を意識すれば私達は
自分の心の価値観にばかり囚われるのではなくて、


私達の魂から湧き上がってくる創造主の想いにこそ
耳を傾けなくてはいけないのだという事になります。


私達は先ずは自分自身を理解して
心以外の別の器官である魂の存在を意識する、
その事がとても重要だと言う事です。


私達は自分の事を理解する事から始めなければならない。


真理は私達人間の中にこそ存在しているからです。


【貴方に無限なる力の祝福がありますように】



P.S


時々、私と同じような価値観をもっている様な方が
宇宙の法則や道徳に乗っ取った書き込みをしているのを見かけたりすると


とても嬉しい気分になって
パソコンの前で同意して頷いている事があります。


人に言われなくても判っている道徳と
無自覚に感じているかもしれない宇宙意識が
(全てがあって自分が居るという意識)


大震災がきっかけで日本中で広がっているのかもしれません。


日本は、昔ながらの神道を心に道徳として持っていて
儀式的に仏教を受け入れてきたと言う傾向の強い国です。


その上にキリストの誕生日まで文化として吸収し
独自の行事として受け入れています。


意識を偏らせる事が少ない人間が
この社会には揃っているのだと思います。


最近こそ宗教意識が強い
独自の価値観を持った組織が増えていますが


元々は特定宗教に執着して信仰する事もありませんでした。


おかげでサイレンスグループに操られている現在のキリスト教が
大きく広まることもありませんでした。


キリスト教圏やイスラム教圏のように、
たった一つの思想や宗教で一つの国家が組織されている場合


それがもしも宇宙意識とかけ離れたものであったとしたら
変更する事は容易ではないと思うのです。


日本は多種多様な価値観ゆえに、どこにも偏ることなく
時には色々試行錯誤しても軌道修正するうちに


何が正しいのかと言う方向性を
自ずから見つけていけるのではないでしょうか。


私は曹洞宗のお寺に生まれ、
バプテストの教会に一年足らず通い
学生時代の知り合いからの勧誘含め色々な宗教勧誘もうけました。


日月神示やチャネリングサイトも読みましたし
精神世界も含めて色々な情報を眺めてきました。


昔、時々考えていたのは”真理”って
一体何なのかと言うことでもあり、
その真理は私達の生きている目的でもあると思っていました。


しかしその答えなど見つかるわけも無く
延々だらだらと人生を送り続け


組織的犯罪の被害者であることを自覚し、
その後、闇政府策略に気がつき


色々な情報を集めているうちに最終的に達したのが
”宇宙の法則”でした。


20年前に藤原さんの書いたアダムスキーに関する本は
既に読んでいたので、覚醒のチャンスはあったのですが


その時はその著書は私に理想社会を与えてくれるきっかけにはなった物の


日々の生活にどっぷり浸かっていた私は
アダムスキーの著書を読むに至らず、
宇宙の法則への目覚めはありませんでした。


でも過去から今に至るまで沢山の著書と知識を得て

現実社会の中でそれの信ぴょう性を意識し

今、宇宙の法則を知って、
それこそが真理であると確信する事にもなったのだと思います。


多くを体験し知識として知って
尚且つその意識が偏ることが無ければ
いつかは宇宙の法則こそが普遍的真理であるということに


ここを読んでくれている全員が
たどり着いてくれると信じています。


そして覚醒した人間は皆揃って
宇宙の法則の伝導者となってくれる事を希望します。




コメント


今日は創価学会の連中が
私に洗脳効果を齎そうと電磁波を飛ばしていたようです。


地域の人間の中では高橋と近藤、そして
裏のアパートの山本と私の部屋の隣の部屋
入り込んでいる連中が私達夫婦への加害を加えているようです。



悲壮感を感じるようになる周波数帯の書き込みを

やっているということのようです。



周波数帯洗脳リンクで過去記事を読んでください。


2015年6月19日

追加コメント




思考能力を落としてのコメントとなります。

読みにくい分は勘弁してください。


昨日コメントした、音に反応しては
激しい電磁波を飛ばす仕組みを利用しては
この人間達は私達夫婦に対して危害を加えているようです。


私は語りかけの人間が創価の嘘つき達とも気がつかず
妻のことは語ってはいけないと触れられて
意図的に触れずにいたのですが


それを妻に対してまで実行しているようです。


最近は妻は自らが、電磁波の悪影響を受けやすいような
そんな状況を自ら招いてしまう行動ばかりを取るようにもなりました。


一つ一つは些細なことなのですが、
私は通常避けるように意識していることですし、


通常考えられない環境で暮らしている私達は
危険な電磁波を避けるためには
室内では居場所さえ選ばねばなりませんし


室内の家電機器も危険のない状態で
利用しなければならないのです。


それを無自覚の内に自分に
危険な状態で使用してしまうのです。
(特定の箇所で携帯を使用するとか。。)


どうやら最近まで私を頻繁に騙してきた嘘つき連中が
今度は妻に対して語りかけを始めた事が原因のようです。


どうやら在日関係者がその中心のようです。


それを実行すると妻もそして私も
不健康で脳にも悪影響をもたらす様な
そんな状況を誘導されている。


音声送信を使った劇場型語りかけ洗脳も
ここまで大量に酸を撒かれて暗示がかかりやすい状況で
実行されれば、効果は絶大なようです。


2015年6月18日16:51


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コメント


いま危害を加えてきているのは
土屋、高橋、近藤、柳川




つまりは創価学会と在日系の人間達の手による
ハイテク攻撃は未だ続いているわけです。


最近は再び意図的に頭髪をも狙い出しました。


一時は回復仕掛けたのですが
要するに最近私がまた頻繁に外出しだしたので
見栄えをもっと悪くしたいのだろうと想像しています。


チリチリと焼かれた状態になりますし
結果髪の毛が細くいなるのです。


国内の在日関係者の実態を
繰り返し取り上げる気になったのも
私が頻繁に受けている


能力へのそして風貌への更には精神への
執拗な攻撃が続いているからでもあります。


この人間達の性質の悪さは
黙っていれば行為がますますエスカレートするところにもあります。


2015年6月18日


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私達には大切な事があります。


それは結果的に言えば地球的価値観を
根底から変える事です。


そんな大掛かりな事は通常は勿論不可能ですが、
この社会を放置しておけば、


私達の地球の多くの同胞達が魂の消滅を迎える事を
ただ見て見ぬ振りをする事になってしまいます。


サイレンスの傀儡の手によって
文化や知識レベルでの洗脳が進められてしまいましたが


今度は更には”人工想念”や”偽宇宙人”の存在が
私達にとっての更なる脅威となると思います。


そんな偽の真理とハイテクのまやかしで
私達を誘導している人間達にとって


宇宙の法則、普遍的真理はそれほどに脅威であると言う事。


考えてみれば地球の価値観をひっくり返す事になる真理ですから
気が気でない人間達も大勢存在する事になりますね。


でもそれは意識革命ではありません。


私達人間が、本来あるべき正常な意識に
戻ると言うだけの話なのです。


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心と魂に関して注意していただきたいのは


心と魂について
大きく二通りの意味としての理解が必要と言う事です。


一つ目には


”心”なるものは物事の結果を認識するものであり
”魂”は物事の原因や過程を認識するものであると言う事。


もう一つは
”心”は私たちのエゴであり感覚器官の物理的感覚に左右される意識であり
”魂”は宇宙意識、神の意識であるという事です。


”心”は私達人間が”五感”と読んでいるものを利用して
(触覚のうち想念を感じる能力を除く)
現象や結果を見つめるものであり、それはエゴに由来する現象の見方であり、


”魂”は神の意識に基づいて
現象が結果に至るまでの原因や過程、そしてすべての摂理を見通す物であると
捉えて頂ければ良いかと思います。


二つの意味を混同すると内容が理解できなくなると思いますので
これをまずは覚えていただいて
記事を読んで頂くのが良いかと思います。


これはスペースブラザーズによって与えれ
アダムスキーによって伝導された貴重な知識です。


私達はしっかりと理解して
精神の進化のための血肉として行きたいです。


ブラザーズの教えの特徴は、
”一方的な知識を与えて、それを覚えろ”というのではなくて


”ヒントを与えるから自ら実践して認識しろ”
という趣旨を持っていることです。


結果的に自分が努力する事で
そこにたどり着いたのだと言う事を
私達に実感させる手法だと思います。


そんな体験によって私達は進化を果たすことになるのです。


私達は何かを妄信する事になるわけでもありませんし
自らそれを正しいと認識したり、
今まで気が付かなかった何かに気がつく事になるわけです。


私達はここで学び実感したものは自らの体験ですから
疑いようの無い真実であると認識せざるを得ないわけです。


つまり自らが”普遍的真理”を認識し体験する事になるわけで
結果的にこれを実践し続けたものは


”自称無神論者”であっても、
誤まった神の認識をしている人間であっても
全員がまったく同じ唯一神の意識へと辿り着く事になります。


そしてここでもスペースブラザースの凄さを
思い知らされる事になるのです。


ブラザーズは偉大です。


私たち地球の人間と比較して遥かに精神が進化している理由が
この生命の科学の実践からも理解できます。


今日も”生命の科学”からの引用です。
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【意識が結果を生み出す】


医師によっては更に人体を深く研究し
自己の”意識”を持って人体を観察する人がいます。


こうして医師は現象の奥にある不可視なものすなわち
”因”を知覚します。


このようにしてあらゆる動脈、筋肉、各器官の目的を知り
各部分がどんな風にして関連しているのかを学びます。


こうして一部分が故障するならば医師は其の処置法を知るのです。


我々が自然を知るためにはこれと同じ研究方法に従う
必要があります。
そうすれば我々の周囲を取り巻いていて人間を創造主から分離した
生き物にしてしまったもろもろの謎から開放されることになります。


其のとき我々は原因と結果を理解するようになるでしょう、


我々の各種の感覚は万物と其の目的を知るでしょう。
そして我々は現象の奥にある原因を意識的に理解するようになるでしょう。


そのようにして我々は意識の助けを借りて心を発達させるのみならず
同時に意識的な知覚力を拡大させるのです。


こうして心と意識が一体化するとき
其の二つを通じて我々は創造主に直面する事になるのです。


以上がスペースピープル
(太陽系の偉大な発達を遂げた他の惑星の人々。)
が自己を発達させるのに用いている方法です。


我々がこの講座全体を通じて常に記憶せねばならぬことは
人間の心または各感覚器官は結果(現象)に頼ってきたけれども
一方意識はそうではなくて、それは結果を生み出していると言うことです。

意識は無言のままで、


すなわち印象でもって語りかけるのであって
それは神として知られる”至上なる存在”の言語なのですが、
一方、心は音響として結果(現象)の言語であって語っています。


ここまで
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短い引用ですがその内容を深く考えて
自分なりの理解を深めて行ってください。


その中で私の記事がその理解の助けになればと考えています。


【深く物事を知る事が私達の物事への理解を高める事に繋がる。】


当たり前の事ではありますが、
このあたり前の事が私達は中々出来ないでいるわけです。


アダムスキーはここで、
体の仕組みを深く理解している医師が、
効果的に病を改善するという例えによって


”原因”に対する深い認識が、
”結果”や”現象”を改善できるという事を説明してくれています。


と言う事は”魂”を自ら意識する事で
自分が今置かれている状態、自分と言う存在を
正しく認識する事も可能になるわけです。


自分の置かれている立場を正しく認識するために
因を深く理解できる魂を意識する事で


今度は私達人間を宇宙の法則からかけ離れさせた原因を
追究していくことも出来るようになります。


そして其の精神はそのまま
私達の本来あるべき意識へと私達を誘導する手助けにもなりますし
結果、私達は宇宙の英知なる神の意識を理解する事になるはずです。


そして魂を利用する事は一方では、
あらゆる現象を深く認識する事にも役立ちます。


魂は心の感覚器官である目や耳や口や鼻では認識できない
目に見えない摂理とエネルギーを感じるための器官でもあるのです。


ただ、結果としての”現象”だけを”心”を使用して眺めるのではなくて
そこに”因”や”過程”を認識できる”魂”を併せて使用すると


今度は、同じ現象であっても、
それがそこに行き着くまでの流れをも理解出来る様になります。


少し極端な例えですが、


料理を目の前にした時に、
それを単に現象として捉えて食べてしまうのではなくて


其の時に、”其の料理にはどんな材料が利用されているのか
そんな調味料を使っているのか”、


”調理方法は煮ているのか焼いているのか
どんな材料の切り方をしているのか”


という思考をめぐらせる事で
私達は其の料理を自ら再現する事も可能になります。


つまり因を知る事の出来る”魂”を”心”と並行して使用することで
私達は行動の改善をする事も可能になりますし、


当初予想した結果を引き出すための行動をとる事も
出来るようになるという事です。


単に現象を現象として捉え、結果を結果として
”心”だけを使用して認識するのではなくて


其の時に同時に”魂”を使用する事で
私達の万物への理解力は増していく事になりますし


其の理解力を使用すれば私達は物事を改善する事も出来るようになりますし、
結果を予測することも、望む結果を出すために何が必要であるかも
認識する事も出来るようになるわけです。


そのためにも”心”だけに頼るのではなくて
”魂”を働かせる事を学べとアダムスキーは言っているのです。


そして両者を並行して働かせた時の”究極の意識”は
神の存在をも認識させることになりますし


魂自体が神の意識に近いものであると言う事を
私達は感じる事になるのだと思います。


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前回理性の話に少し触れました。


まずご存知のように”魂”なるものは本来
”宇宙意識”に直結するものであり”神の意識”そのものです。


私達が何か行動をとろうとした時に
時には其の行動を抑制する意識が働く時があると思います。


結果的に非道徳的であると感じ、後ろめたい意識をもったまま
何らかの行動を取ろうとした時などに、
そんな感覚を感じるはずです。


例えば買い物をしたときにつり銭を余計に受け取ったときに


”得をした”と考える意識と


”レジの人が困るだろうな”と考える意識が


同時に起こるような場合です。


金額が大きかった場合や、
正直な人間が客だった場合、


”得をするぞ”という意識を
”相手が困るぞ”と言う意識が跳ね除ける事になるかと思います。


この時に湧き上がる二つの意識を
私達は”欲・本能”と”理性”として捉えていると思います。


今の私で言えば、加害行為を受けて頭に来た時などに
暴れまくりたい自分がいて、一方私の中にそれを諌める自分がいます。


私の場合は加害行為に対して怒りが積もっている事もありますし
被害に関しては自分の抑制が効かなくなっている事もあって


私の感情(心)は、理性的に私を諌める”意識”を振り払って
暴れまくる事になるのですが、


そんな時には確かに自分の中には二つの意識が並行して
存在する事を感じます。


アダムスキーの話では其の片方が”心の意識”であり
もう片方が”魂の意識”であると言うことです。


やはり私達が”理性”といっている物と
”魂”は限りなく近い存在であると言うことのようです。


”心”なるものが私達の感情や価値観によって
強い影響を受けている物であると言うことや


それが視覚・聴覚・嗅覚・味覚の影響を強く受けるものであることは
以前も触れています。


心の本質は限りなく私達の持つエゴそのものなのです。


そして其の心が認識するのは”事象(現象)”であり”結果”です。


全ては目に見えて視覚で認識できるものであるということです。


一方の魂に関しては本来が宇宙意識直結であり
神の意識その物です。


そして現象や結果ではなく
そこに行き着くまでの原因であり過程である”因”なるものを
認識することが出来るのがこの精神です。


”魂”は物事の過程を理性的に見つめ
思考する意識とも言えそうです。


何か行動を起こそうとした時に
それに対して抑制力を掛ける”理性の声”や”神の声”と言われるものは
まさに”神の意識”そのものであると言う事になりそうです。


しかし現実問題、私達はこの社会の中で
”結果”や”現象”にばかり捉われていて
其の”因”なるものに関しては余りにも無関心なのです。


そしてもしも私達が”因”なる物に対しても深く追求する習慣をつけ
それを結果なるものと併せて認識する癖をつけていけば


”原因と結果”なる物の因果関係を意識し正しく理解できるようになり
それが私達の意識を今の状態から改善していく事に繋がっていく。。。


魂と心が一体化して機能することで
私達は宇宙の法則へとまた一歩深く入り進む事になるのだと思います。


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私達が四次元と呼んでいるその世界には
創造主のあらゆる想いが詰まっている事は記事でも書きました。


聖書のパウロの手紙の中でも、
「創造主は私達が見た事のないもの、そして聞いた事がないものを
この世の初めには用意していた」


という趣旨の内容がありました。


つまり、この宇宙空間は
創造主が当初から予定していた通りの進化の道を進んでいて


私達の住んでいるこの地球社会も
その法則の中でこそ存在していると言うことです。


更には誰もが、そして万物が
それとは無縁ではあり得ないという話にも繋がっていきます。


私達が神と呼んでいる存在は
この世の初めに私達の知っているもの
そして未だ見た事のないありとあらゆる物を創り上げた。


それは物理法則であり元素の化合法則であり
それによって出来上がる資源や金属材や物質


更にはそれで作り上げることが可能な機械や科学


そして私達人間の生きるための方針や
行動の指針です。


それらは神の創造物である私達のために
準備してくれたものでもあります。


全ての法則が存在しているからこそ
その法則を無意識に発見しそれを科学として
発展させているのが人間なのです。


そして私達は、今まさにその社会を体験していると言っても
過言ではありません。


しかし私達は誰もが直接、その大元となる神の意識を認識したり、
神の姿を見る事ができるわけではありません。


昨日の記事の復習をすれば、
そんな私達が直接神を意識する事は
結局はその被造物を認識する事によってこそ可能となると言う事です。


私達は直接神を認識できなくても
その創造物からそれを作り上げた存在としての神を
感じることができます。


そして元々が神の分身とも言える自分自身を追求する事で
その実態を理解する糸口を得る事にもなるのです。


私達、生命の科学を学んでいる人間が理解しているように
人間という存在は神=創造主にとっての最高の創造物でもあります。


そんな私達は自ら課されている使命を正しく認識する事が大切ですし、
一方では、人間は一体どんな可能性を持っている存在なのかを
理解しようと勤める事が求められているのだと思います。


その使命は言うまでもなく、
神の全ての創造物の中の一番進化した存在として
他の創造物との調和を実現していくことにつきます。


神は私達、創造物の
調和と進化を見つめ続けたいと願っているはずです。


自らの予定していた世界が一体どのように
作り上がっていくのかという事を見守っているはずです。


勿論、それを実現するためにも
神の分身としての私達が進化し続けていく事も重要ですし


私達にしてみれば、先ずは記憶を持っての転生を果たすことで
命の永遠性を感じれるようになる事が重要だと言えます。


イエスキリストが言っていたように


「父の想いは永遠の命」


だという話にも繋がって来るのだと思います。


そして私達の地球社会においては、何よりも一番最初に
私達が記憶を持った転生を果たせるレベルまで
精神性を高めることが望まれているのだと言うことです。


そのためにも私達は
”父の仕事”につかなければならないわけです。


【創造主を感じる】


創造物を通じて創造主を感じることに関連して
元の”生命の科学”と比較して少し例えが異なりますが、
私の個人的な例を挙げておきます。


私は以前にピカソの展示会に行った事があります。


私はそこで自分自身が、
ピカソの人物像を偏見を持って見ていた事に気がつきました。


私はピカソの芸術を理解できてはいなかったのです。


以前の私の理解は、ピカソは「泣く女」に象徴されるように
抽象画の画家であって、
写実画に関しては実力がないのだと言うものでした。


そして私にとってのピカソは奇妙な絵を描く変人でもありました。


つまり当時の私の目には
ピカソは誰にでも書けるような奇妙な絵を描いている
画家に映ったわけです。


しかし実際にピカソのデッサンやクロッキーをみたところ
いかにも絵の上手な芸術家だった事に気がついて
自分の理解力の不足に気がついたのです。


この場合は「より注意深く一つの絵を見つめた」わけではありませんが


多くの絵を見つめた結果、よりピカソの事を深く理解できた。。


そう認識することができるのではないでしょうか。


そしておそらくはピカソの抽象画は
何かに対する苦悩や批判を表現したものであったのではないかと
今では理解してもいます。


私達は神=創造主を直接見ることができなくても
その創造物を同様に注意深く眺めることで
その存在をなんとなく感じることが出来る。


その事をまずは理解することが大切なのかもしれません。


【知るために知識を生かす】


先述のように生命の科学の中では、医師が人体を正しく理解しているからこそ
病や怪我に対処できるのだという趣旨の事が書かれています。


物事の理解を深めるためにも
私達には正しい知識が重要だという例えだと思います。


同様にもしも私達が創造主やその法則、
いわゆる万物の摂理に関して正しい知識を持つ事が出来れば
私達はその波に容易に乗る事も出来ることになります。


自らの精神的な病を改善する術を手に入れることも
出来るようになるわけです。


そのためにも私達は創造主の法、
宇宙の法則を少しでも深く理解しなければなりません。


私達が自覚していようが無自覚であろうが
私達の周囲には見えない法則が取り巻いています。


それを如何に感じて如何にそれに従って生きる事が出来るかが
私達の進化を決める事にもなるのだと思います。


そして私達は先ずは知識としてそれを学び
実践してみる事でそれが本当に正しいのかどうかを確認する事も
大切なのです。


知っているからこそ実践しやすい、
波に乗りやすいという話にも繋がるのでしょう。


更に一旦知識として身に着けた知恵は
その後応用も利くことにもなります。


聖書のイエスキリストは種撒きの例え話の中で
一つの教訓で身に着けた知識が
知恵となって数十倍になるという話を取り上げていました。


私達が聖書のイエスの言葉をそのまま受け止めたのならば
私達は額面どおりの知識しか手に入れる事も出来ません。


しかしそれを知恵として、そして価値観として
更には心のあり方、もっと言えば道徳として受け止めれば、
それはあらゆる場面であらゆる時代で応用の利く物となるはずです。


そのような意識を誰もが持っていれば
法律も裁判も不要なのです。


そのためにも先ずは最初に宇宙の法則・創造主の法を理解するために必要な
最低限の知識を得る事が大切だということです。


そして私や兄弟姉妹の多くはそれを実践してきたはずです。


更に今でもそれを実践の最中だと思います。


出来るものならそれを心の価値観としてしっかりと持ち続けることで
無意識のうちにそれを実践できるような状態を
作り上げて行きたい。


そして私達は誰もが万物の一部である事を実感するのです。


【貴方に無限なる力の祝福がありますように】


P.S.


出来るだけ記事を短く判り易くするように勤めます。


まずは知識として原因と結果の法則を理解して頂き
それを日常生活でも使用する癖をつけて頂ければと思います。


是非興味を持って理解し実践する事で
宇宙意識を感じるようになって頂ければと思います。


私の想像ですが、どこかの組織の関係者達は
自分達の組織の人間達の中に、私の主張の理解者


アダムスキーやブラザーズの信奉者、
更には宇宙の法則を実践する人間が
出て来て欲しくないのだと思います。


思考能力があり道徳的な人間であれば
後は知識を深める事で到達してしまう宇宙の法則ですから


どんなイデオロギーを持っていても
どんな神を拝んでいようが無関係にたどり着いてしまいますから
ある意味脅威なのだと思います。


宇宙の法則はイデオロギーや宗教ではなくて
普遍的真理です。


前者が特定の人間たちによって共有され
それが他との分離を齎すものであるのとは異なり


こちらは全ての人間がそれを知ることで
共通の価値観となるものです。


そしてたどり着いた人間はそこで普遍的真理の存在に気が付く事になり
地球の法則を捨ててこの社会から卒業していくのです。


私には、 環境的に不可能な身近な人間への伝導や
自分なりの広報も出来る方には是非実践し続けて頂きたいです。


そしてこれはあくまで知識であり
私達にとって大切な事は実践である事も忘れないで下さい。


それと明言すれば
当初はイメージトレーニングのような事が
大切になります。


そこにある結果や現象や、物を単に心で認識するのでなくて
それがどんな結果そうなったのかと言う事を
自分なりに想像する行為が有効なのだと思います。


なぜかと言えば現象や結果に至るその過程や原因は
必ずしも私達が確定した物として認識できるわけではないからです。


そこでは想像力が必ず必要となってきます。


しかしこの想像力には想念や神の意識が関与してくる事になるので
繰り返しの実践を続けることで
私達は不思議な体験を感じる事にもなると思います。


以前テレパシー入門で触れた
私の実践している呼吸法も是非取り入れて見てください。


知識を吸収して、イメージトレーニングをして、呼吸法をする。


脳と精神とが併せて活性化することになると思います。

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若い世代の方であればアニメーションに抵抗無いと思いますし
一度は機動戦士”Zガンダム”見て欲しいと思います。


娯楽として眺めてくれても問題ありませんし
私達の社会に何かを啓蒙してくれている内容でもあります。


先日も”Zガンダム”を見ていて私達の社会に照らして感じるものがありました。


戦いの好きな人間や権力に執着する人間、
誤った価値思考を持った人間が権力を持ち存在している事が、


一般市民まで巻き込んで
争いや戦いと言った混沌を生み出していると言う内容は
この私達の現実社会を彷彿させます。


そう言えば”Zガンダム”には”強化人間”と称された
”人工ニュータイプ”が出てきます。


想念を感じることが出来る直感の鋭い人間で、
覚醒したニュータイプと能力は似ているのですが


彼らは人工的に作り上げられた事による弊害が出ていて
精神に障害を持っているわけです。


(人間は自分の能力を自ら進化させるべきであり
科学力を使用して脳に関与すると言う行動は
私は人道的であるとは思えません。洗脳・マインドコントロール含めてです)


そしてその人間達は平和意識を求めるニュータイプ能力を持った人間なのに
特殊な方法で戦闘意識を駆り立てられていました。


”敵に対する嘘の情報で憎しみを煽られ”
平和を齎すためには敵を倒さなければならないと盲信させられていたり


記憶を消去されていて、”記憶を返して欲しければ戦え”
と戦闘を強要されていたりするわけです。


まるで現実社会でも普通にありがちな話なので
見ていて余計に強く感じるものがあります。


そして戦争の恐怖が人々を従属させたり
敵対意識を引き起こすと言う事も実感しています。


恐怖が齎すものは従属・服従か憎しみや敵意である。。


そんな事が最近深く理解できるようになりました。


私達は地球社会の中では
真の平和を願うニュータイプとなりたいものです。


覚醒した人間達は皆、平和意識にも目覚める事になるはずです。


そしてお互いを正しく理解しあうよう努力もするでしょうし
同じような意識の人間同士は惹かれあう事もあると思います。


そんな人間がどんどんと増えれば
自然と平和と愛に満ちた社会が実現できる事になります。


それともそうなる前に私達は早々と
この社会から卒業していく事になるのか。。


この地球社会のサイレンスの動向次第でしょう。


いずれにしても今は覚醒と伝導あるのみです。



創価学会と騒ぎ立てれば在日関係者
在日と騒ぎ立てれば今度は創価学会が


交互に私達夫婦の洗脳強化のために
アパートや周辺の住宅の中に入り込んでくるようです。


劇場型暗示洗脳では
私の今一番のエゴである性的な欲求を
更には本能を増幅されたり消されたりで


精神的に肉体的に翻弄され続けてもいます。


日本支配者層の連携プレイ
敷いてはサイレンスグループの傀儡の連携プレイです。


今朝は用もないのに朝からコンクリートミキサー車を呼んでは
それの可動を利用しては強い電磁波を発生させる


それで私達夫婦の脳へと悪影響の電磁波飛ばしを実行されました。


周波数帯洗脳による怒りの感情の誘導です。


土屋、近藤、高橋、後ろのアパートの山本

などが今の私達夫婦への電磁気回転の中心の様です。



早宮の在日部落の連中の秘密兵器は
自動電磁波照射システムのようです。


簡単に言えば人間の声の振動を受け止めては
それに対して超強力な電磁波を照射する仕組みのようです。


つまり私と妻が会話などすれば
声を出した方向へと電磁波は向けられ
出力されるわけです。。


会話で最後に声を出した方へと
その出力は向けられることになるようでもあります。


独り言でも勿論その効果は現れます。


その継続時間は15分程度のようです。


その間に音を出せばその効果は継続される様ですし
それを冷蔵庫を介して実行されている気配です。


古い冷蔵庫を後生大事に使用していることが
災いしているようですが
貧乏人ですから仕方がありません。


困ったことにこの装置は
脳内で発生させられる音に関しても反応してくるのです。


ハイテク被害者であればその多くが思考盗聴用に
思考を音声化されて飛ばされる事になるのですが
それに対しても反応するわけです。


となれば部屋にいれば丸一日
電磁波を照射されかねないことになります。


えげつない事に関しては高い技術を使用している
この人間達を私はサイレンスの傀儡と見做しています。


一方では脳での電磁波磁気回転があります。


これを実行されると水分と電解質そして栄養が
なくなるのです。


放置しておけば当然痴呆症や半狂乱状態へと続くようで
それを放置すれば脳障害を経て死を迎える事になるかもしれません。


こんな行為をも実行しているのが
この人間達だということです。


高度な技術を日本人いじめと日本人淘汰に使用中。


今後も色々暴いていこうと思います。

追加コメント


近所の在日関係者が私に劇場型洗脳強化を実行中。


用もないのに朝からコンクリートミキサー車を呼んでは
それの可動を利用しては強い電磁波を発生させる


それで私達夫婦の脳へと悪影響の電磁波飛ばしを実行されました。


周波数帯洗脳による怒りの感情の誘導です。


土屋、近藤、高橋、後ろのアパートの山本などが
今の私達夫婦への電磁気回転の中心の様です。


2015年6月17日 11:53


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早宮周辺の在日部落の人間達に
電磁波の集中砲火を受け続けています。


いずれにしても私を狙い続けているのは
朝鮮半島の血に拘る人間たちです。


そして彼らは私が朝鮮半島の血による
日本支配を暴いていたことが気に入らないようで、


今では軟禁状態を続けられ
暗示や妄想で苦しめているようです。


今では毎日脳を強い電磁波で焼き付けてきていますし
脳機能障害を狙われていることも想像しています。



私は創価学会の敵であり、

朝鮮半島の血に拘る人間達の敵なのです。

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私が冷静に判断しても
日本の中で実質的に進んでいるのは
朝鮮半島の血による日本支配のようです。


以前私は
「大反対、偽日本人の日本支配」


というプラカードを掲げては
池袋や国会、更には渋谷などを徘徊していました。


集団ストーカーと言われるモノの影に
そんな実態を意識するようになったからです。


そして地道に進んでいる
マスコミをも通じての日本社会洗脳。


電通のような影響力のある企業のトップクラスに
朝鮮半島の血にこだわる人間がいるから。


そして各マスコミのスポンサーとなっているような人間の中に
朝鮮半島の血に拘る組織があるから


更には、各マスコミの中に
大量にそんな人間達が紛れ込んでいるから


マスコミを利用しての日本人の意識洗脳が
可能となったのだと思います。


確かに一時のような韓流ブームは収まりました。


しかし日本社会の中の在日関係者は
確実に日本の中で自分達の社会を築きあげようと
暗躍しているようにしか見えないのです。


そしてこの人間達は偶然ではなくて
恣意的に日本の人間の血を淘汰排除しては


この社会の中を見えない朝鮮半島支配へと
誘導している事、間違いありません。


日本の中で私達が作り上げた文明も文化も
彼らにとって都合の良いものはすべて奪われ
そのうち歴史の中でも彼らの手柄とされる事でしょう。


ここでは彼らの民族性を理解するために役立つ記述を見つけては
それを紹介していきたいと思います。


一部の若者は年寄りや親たちに
全く誤った事実を真実として教えられ
そのために反日になっている人間達もいるようですが


そんな人間達の正しい理解にも繋がればと思います。


Yahooサイトでも面白い書き込みがありました。


自分がまるで朝鮮関係者ではないような語り口ですが
書いたのは、おそらくは国内の在日半島関係者もしくは韓国人でしょう。


yahooの質問コーナーです。
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yammymammy09さん

2013/6/1021:10:08
.

なぜ韓国人はあんなに優れた民族なのですか?

世界三大民族はゲルマン民族、ユダヤ民族、韓民族と言われていますが

なぜ私たち日本人は韓国に比べてこうも劣っているのですか?


例えば日本の茶道とか醤油とか世界から尊敬される文化は韓国をルーツに持っています


一方で日本が生み出したものはカラオケとかカップラーメンとか
いまいち浅いというか知性が感じられませんよね?


韓国は国別IQでも世界一高い国ですし、サムスンやLGといった世界的大企業があり
最先端のテクノロジーも持っていますね。


どうして韓国人はこんなに優れた民族なのでしょうか?


やはり島国よりも大陸の厳しい弱肉強食社会のほうが
屈強で優れた遺伝子を生み出すのでしょうか?

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これを読んで正直言えば驚きました。そして呆気にもとられました。


まず、日本人の民族の優位や能力過信をする気はありませんが
世界三大民族はユダヤ、ゲルマン、そして日本人だと認識していたからです。


ユダヤ人がありとあらゆる分野で発明に一役買っているのは
一応は知られた事実ですし、


ゲルマン民族の誇り高さや優秀さもそれとなく理解していました。


それに継いで、ありとあらゆる物を土台にその知識を発展させることのできる
日本人の能力に関しては優秀だと私も感じています。


過去からもユダヤノーベル賞に関しても

受賞者は多数いますし、その能力は認められているとも認識しています。


米国に嫌われバッシングされることがあっても
メードインジャパンは判る人には判る世界のブランドだとも思います。


日本は戦後ボロボロの状態から独自の経済復興を遂げた国でもあり
これに関してはその勤勉さと適応力、更には応用力に
目に見張るものがあるのだと歴史から捉えてもいました。


しかし朝鮮半島の人間の立場と知識の中では日本は愚かしい国で、
その民族性は野蛮で、韓民族こそが優れているという事になっているようです。


それともこのような間違った認識が
今では日本の学校教科書にでも載せられていて

日本の若者がこのようなコメントを書いたというのでしょうか?


その実態は解りませんが、少なくとも
彼らの日本認識と歴史認識は正しくはありません。


もしも近年になって生まれた世代であれば真の歴史を知ることなく
誤ったネット情報やマスコミ情報から
嘘を真実と認識してしまう人間もいるかもしれません。


しかしながらその捏造ぶりがあまりにも酷いために
私は正直読んで苦笑いまでする羽目にもなりました。


これを読んでみてください。


http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13144175573

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朝鮮民族抹殺計画はナチスのユダヤ人狩りに匹敵する悪行で、
日本の学校教育では中身がひどすぎてあまり教えられていないです。


20世紀初頭、日本が韓半島を軍事侵攻し搾取、
略奪など過酷な植民地統治があったんです。


優秀な朝鮮民族に脅威を抱いた日帝が
韓半島のあちこちでホロコーストを行いました。


3.1運動への弾圧が一番大規模でその後、済州島、光州、
関東大震災などでも殺戮が繰り返されました。


命からがら逃れた人は海を渡り、
日本全国あちこちに住み始めました。


李元韓国大統領の父親もその一人で大阪にやってきました。
こうして在日と呼ばれる人々が発生しました。


今の北朝鮮の脱北と同じような状況がもう半世紀以上前からあったということ、
そしてその原因を作ったのも私たち日本人だと認識すれば
被害国を蔑視するような過激な思想やスピーチは出て来ないとおもいます。

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この文章を読めば、「日本の圧政から逃れ日本列島へと逃れる」という
大きな矛盾が有ることもひと目で見て取れます。



逃れるのであれば自分達を属国としていた

中国あたりに助けを求めるとか、逃げ出すのが普通だと思います。


これも朝鮮半島の歴史の捏造の一環として理解できます。



それとも私が洗脳から目が覚めてみると

日本の学校教科書の歴史の内容は変わってしまっていたのでしょうか?


おそらくは、在日関係者が自分達の立場を美化し
子供たちに自分達の実態を知られたくがないために
作り上げた歴史だといえます。


20世紀初頭にあった朝鮮併合は、

経済状況もそして隣国との関係にも苦しんでいた李氏朝鮮が


中国やロシアに対して併合されたりそこで圧政を受けるよりも

独自の経済的破綻状態の解消のためにも


自分たちと同じ黄色人種であり自分達を奴隷扱いしない
日本の人間を協力的な味方として捉え

経済的な協力を求めようとした朝鮮半島の権力者達の意志と、


一方ではロシアを仮想敵国と見据え、大陸への足がかりが欲しかった
日本の意志とが交錯して実現したものだという事すら
彼らの教科書では教えられてはいないようです。



この写真にある実態こそが

日本が併合する前の朝鮮半島の一般市民の実態です。


とても裕福には見えませんし

その多くが奴隷として李氏朝鮮の下で

暮らしていたともいいます。


そして李氏朝鮮は国民を貧窮させ続け

回復する手立てを持たず困っていたわけで

日本の併合がどれだけ彼らの社会にとって

とりわけ一般庶民にとって良いことであったかは

当時の実態を知っている人間たちならわかるはずです。


例えば韓国では老人がその話をしようものなら

非国民扱いされては家族ごと村八分にされるそうで

誰も日本統治下時代の話をすることができなかった様です。


その一方ではアメリカに支配された政府指導で

誤った歴史を国民に刷り込む事にもなります。



ホロコーストどころか
日本の政府は朝鮮半島の人間を日本人として認め
朝鮮半島の内部の上下水道の整備、


そして文盲率が高かった半島の人間に
ハングルを学校教育を通じて教え、
文化的、教育的な発展に寄与したわけです。



一方戦争が始まると、朝鮮半島の中の有力者は
日本の軍隊の将校となり日本人と共に
戦争にも出向くようにもなりました。


彼ら朝鮮半島における日本人の中で、

戦争に必要な軍事物資を制作するために
日本国内に送られた人間達こそが



日本国内の在日関係者の始まりだと言えます。



政府の決定とはいえ、一旦は日本人として生きる道を選択することになり

その状態で文化や施設等、日本からの恩恵をうけたのですから

本国の日本の人間同様、戦時には工場労働を強いられたわけで


それを強制労働というべきなのでしょうか。


しかしここでも触れられていませんがその在日関係者も


戦争で日本が敗退し戦勝国軍が朝鮮半島を管理支配することになると
朝鮮半島への帰還も認められることになります。


その時に希望する殆どの半島人が祖国へと帰還したわけです。


一方では日本国内に残留を希望する人間達が国内に残り、
その中には日本国内でいきなり朝鮮進駐軍を名乗り


「自分達は日本に支配されていた
自分達は被害者であり戦争の戦勝国である」


と騒ぎ立て始めた人間達がいます。


こちらが今の朝鮮総連などの民族組織の大元となった集団だと思います。


つまりは元々は彼らは奴隷でもなければ強制送還犠牲者でもなくて


日本の一員とされたことで日本での就労を求められた人間であり
同じ日本人待遇を受けて日本国内で暮らしていた人間だという事です。


そして今日本の主流となっている在日関係者の多くは
ある事件の後に日本に流れ込んできた人間達だと言えます。


これです。

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済州島四・三事件


済州島四・三事件(さいしゅうとうよんさんじけん)は、
1948年4月3日に在朝鮮アメリカ陸軍司令部軍政庁支配下にある南朝鮮(現在の大韓民国)の
済州島で起こった島民の蜂起にともない、


南朝鮮国防警備隊、韓国軍、韓国警察、朝鮮半島本土の右翼青年団などが
1954年9月21日までの期間に引き起こした一連の島民虐殺事件を指す。


韓国政府側は事件に南朝鮮労働党が関与しているとして、
政府軍・警察による粛清をおこない、島民の5人に1人にあたる6万人が虐殺された[3]。


また、済州島の村々の70%が焼き尽くされた[3]。
また、この事件は麗水順天の抗争の背景にもなった。


1945年9月2日に日本が連合国に降伏すると、
朝鮮半島はアメリカ軍とソ連軍によって北緯38度線で南北分割占領され、軍政が敷かれた。


この占領統治の間に、南部には親米の李承晩政権、
北部には抗日パルチザンを称する金日成の北朝鮮労働党政権が、
それぞれ米ソの力を背景に基盤を固めつつあった。


1945年9月10日、朝鮮建国準備委員会支部が済州島にも創設され、まもなく、
済州島人民委員会と改められた[2]。


1947年3月1日、済州市内で南北統一された自主独立国家の樹立を訴えるデモを行っていた島民に対して警察が発砲し、
島民6名が殺害される事件が起きた[2]。この事件を機に3月10日、抗議の全島ゼネストが決行された。


これを契機として、在朝鮮アメリカ陸軍司令部軍政庁は警察官や北部・
平安道から逃げてきた若者を組織した右翼青年団体(「西北青年団」)を済州島に送り込み、
白色テロが行われるようになった。


特に島外から送り込まれた反共を掲げる右翼青年団体、
西北青年会は島民に対する弾圧を重ね、警察組織を背景に島民の反乱組織の壊滅を図った。
しかし、島民の不満を背景に力を増していた南朝鮮労働党は、
1948年4月3日、島民を中心とした武装蜂起を起こした[2]。


済州島民の蜂起と韓国による鎮圧[編集]

1948年に入ると、南朝鮮は北朝鮮抜きの単独選挙を行うことを決断し、
島内では選挙を前に激しい左右両派の対立がはじまった。


その中で、単独選挙に反対する左派島民の武装蜂起の日付が4月3日である。
警察および右派から12名、武装蜂起側からは2名の死者が出た。


済州島民の蜂起に対して、韓国本土から鎮圧軍として陸軍が派遣されるにあたり、
政府の方針に反抗した部隊による反乱が生じ(麗水・順天事件)韓国本土でも戦闘が行われ、
その際に日本への密航者が多数生じることとなった

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この時済州島で犠牲になったのは南北朝鮮半島統一を訴えた人間たちであり
おそらくは民族同士の殺し合いに反対思想を唱えた人間で、
そんな人間の多くが済州島に逃げ込んだ事がこの殺戮のきっかけとなったわけです。


アメリカの指揮下にあった南朝鮮の軍事勢力が
済州島の人間を殺傷した事をきっかけに


新しい支配よりも日本統治時代のほうが良かったと考えた人間達が
大量に日本へと流れ込んで来る事にもなります。


それはおそらくは南北朝鮮どちらにしても同様で
それまで直接戦争に巻き込まれないでいた人間達が
半島内で民族同士の殺し合いに巻き込まれるのを避け


一時には同じ国の人間と認識していた日本へと
半ば亡命するかのように逃れてきた。


今で言えば密入国とも言えるかもしれませんが
そんな実態があったわけです。


つまり在日と呼ばれている人間達の多くは
朝鮮半島が戦勝国のソ連とアメリカという二大大国に支配され


民族を二分化され、社会主義陣営と資本主義陣営の
代理戦争に利用され始めた事で
日本へと脱出してきた人間達であるとも言えます。


しかしもう一つ日本の中では、
米国の手による日本支配のために
早々と利用される事に成る在日関係者もいました。


その人間達が民族性を強く前面に出しては
日本国内では自分達の存在と権利を求め出し


更には自分達は日本の被害者であると被害思想まで語りだし
国内では一部の日本人の批判の対象にもなります。


その後多くの在日関係者が反日意識・民族意識を強くし
サイレンスグループの日本支配のために利用され始め、


今では自分達の事を美化しつつ
日本人批判と日本人逆差別まで始めたわけです。


元々彼らを分裂させ殺し合いに導いた人間こそが
サイレンスグループの手先でもありますし
表の姿ではソ連やアメリカでもあったわけですが、


彼らは本当ならその人間達にこそ憎しみを向けるべきなのに、
現実には朝鮮半島を整備し文化の向上に協力し、

同じ日本人として生きてきた私達を憎むように
教科書や国家教育によって導かれたわけです。


その弊害は韓国であればアメリカ支配による
歴史の捏造と反日教育の誘導でしょうし、


韓国などは、今では北朝鮮に対しては一応は敵対国を演じながら
裏では共に日本に対して敵意を持つ仲間として
日本国内では手を組んでいるという実態があります。


つまりアメリカと北朝鮮の表立っての対立は全てが演出に過ぎず


日本にとっては韓国と北朝鮮とアメリカは

その全てが友好国ではないということ。


それに踊らされている日本は
表立ってはアメリカの同盟国でありますが


現実は、その同盟国であることで国内に置かされる羽目となっている
米軍基地を拠点としたアメリカからの圧力により
事実上米国支配を強化されている状態なのです。


その日本を内部から操るためにも、
反日教育を仕込んで育てあげた朝鮮半島の人間達を
アメリカの裏の勢力が利用している最中だとも言えます。



日本は実質的には朝鮮半島に侵略されようとしているわけです。



賢明な日本人の中高年の人間達は

何らかの兆候に気が付いていると思いますし


知らぬは、変貌してしまってからの

そしてさらに悪化しようとしている今の日本しか知らない
若い世代の人間達です。


在日の若い人間達にしてみても
生まれた時には既に変貌している日本国内に暮らしていて


下手をすれば家族に嘘の歴史や民族史を与えられ
更には特殊な学校で誤った価値観を与えられているとすれば、


日本人に対する意識は
敵対思想や侮蔑思想で固まることにもなるでしょう。


彼らの親たちは自分たち民族の素晴らしさと

日本に対しての悪評を語るからです。


そして自分達やその親が実は密航者であったという実態を
決して口にすることもないでしょう。


日本の文化や歴史は、そのうちそのまますっかり
朝鮮半島の血を引く人間達の手により奪われる事になるでしょう。


そう言えば以前の書き込みを記事で紹介しましたが、
韓国の人間の2chへの書き込みに


「日本人支配は在日に任せている」という記述も
ありました。


やはり裏では韓国も在日も北朝鮮も
全ては繋がっているのだというのが今の私の認識です。


その共通意識を強めるための材料は
朝鮮半島の血であり韓民族としての意識です。


今では彼らは自分達の日本乗っ取りに手を貸してくれた
ユダヤ人(おそらくはアシュケナージ)に憧れているようで

自分達をユダヤ民族と同一視までし始めているわけです。


日本人の一方の祖先は朝鮮半島経由で
日本へ入ってきました。


朝鮮半島由来ではなくて、

「一時は朝鮮半島に滞在していた」というのが正しいのです。


しかし実態も歪められ、今では天皇まで
朝鮮半島人であるかのように語られているようですし


日本の文化の全てが朝鮮由来になる日も遠くはないでしょう。


純粋な日本人がどんどんと減って居なくなれば


誤った歴史や価値観しか知らない世代ばかりとなれば
過去の全ての事実は消えてなくなる事になる。


そしてその頃には昭和時代の日本人と言える人間は
もう日本社会には殆ど存在してはいないことでしょう。


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つづく




追加コメント


今、私達夫婦に危害を加えているのは


近所の朝鮮部落の中の一部の住人とその関係者のようです。


土屋、ほしな、柳川、後ろのアパートの山本、
などがその工作員達が入り込む家の様です。


もっと言えば私達の社会で今起きている現象は
朝鮮半島の血による日本支配であると言うことです。



2015年6月15日



生命の科学として80回以上の記事とした内容と

生命の講座として私が書いた内容を

関連付けて記事とします。



私の主張の中核となっている
アダムスキー著書の生命の科学を
もう一度取り上げていきます。


未だ私の主張を知らない方のために
そして私の理解者として理解をさらに深めてい方のために


更には兄弟姉妹として私と理解を共にしつつ
さらに発展した自分の思考を確認するためにです。


そして私が書いた生命の講座の記事をも
同時に引用しました。


理解しやすい状況を意識したつもりですが
是非とも読んで理解を深めてください。

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今日はアダムスキーの生命の科学の12の章の内の第一章に
触れていきます。


ここは導入であり尚且つ一番大切な話だと言うことです。

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偉大なるマスターの言葉を引用して私なりの理解で書いてみた記事である
”宇宙の法則”は12回の記事でまとめてあります。


闇政府の策略を暴いていた身としては
急に精神社会に転換してミスリードしていると言われてしまう事をおそれ
精神的な記事に触れるまでしばらく時間が掛かったという経緯もあります。


私には、闇政府の策略自体も
大きな一つのミスリード、視線逸らしになっているような気もします。


勿論、太陽系の真実や宇宙の法則に対する煙幕としてです。


過去記事を読んでくれている方は理解してくれていると思いますが、
闇政府の策略に関しては私なりの結論を提示しましたし


(私のブログを理解してくれている皆は既に十分な知識を備えている
方々が多いし私が指摘するまでもないと思います)


今度は私達が自分自身を知ることで進化を果たし
次の生への階段を登るための材料へとするためにも
自分の内面と魂を意識することが大切かと思います。


私達は闇政府の実態を意識しながらも
一応はその支配から覚醒した人間として
今度は普遍的真理に踏み込んでいく事が大切だという事です。


横に闇政府の策略という意識を置き続けたままで
同時に更なる真理を追究して行かなければならない。


それは自分のためでもありますし
結果的にはこの社会で暮らす皆のためにもなると思います。


アダムスキーが私達よりも進化した人間の社会からのアドバイスとして
スペースブラザーズから与えられた知識、


アダムスキーがその晩年に身近な人間中心に共に学んだ
”生命の科学”といわれる、


宇宙の法則を理解するにあたって重要な基礎を
紹介していきたいと思います。


既にこの本を購入した方は
私の記事は参考にして頂ければと思いますし


購入していない方は微力ながら
私の記事が、その内容の理解するための
きっかけに成ればと思います。


生命の科学は廃刊になるという噂もありますし
読みたい方は早めに手に入れていただければと思いますし
私の書いたこの生命の科学を全部読めば
その中にほぼ全ての引用があります。


これはブラザーズも母星で学んでいる知識を
アダムスキーに伝授したものでありますし
宇宙の法則を深く理解していく知恵や指針となるものでもあるようです。


精神社会では似たような内容を部分的に取り上げていますが
(原因と結果の法則、引き寄せの法則など)


それら全てを体系化したものであり
私達が本当の普遍的真理へと到達するための
手助けとなるものだと言うことです。


ただし、例によって大切なのは知識を得る事ではなくて
それを実践していくことです。


私達はこの生命の科学で学んだ知識を実践し続けていけば
嫌でも意識は宇宙意識に変貌していきますし
無心論者でもいつかは神の存在を認識する事になると思います。


私は実は過去に3回程度しか全文を読んではいません。


それと途中の章からは私の理解で説明できない箇所も
出てきます。


ただ、全くの無の状態でこれを読んでも
内容が難しいと思われますので
一人でも多くの理解者が出るようにと
私の理解の範囲でそれを書き綴りました。


これは普遍的真理への道ですし、
単なる精神論と一緒にせずに私達が正しく理解して実践していく事で
必ず何らかの意識の変化を私達に齎す事になる事を確信しています。


普遍的真理というのはどこに居ようがどの空間であろうが
どんな生命体に対してであろうが真理であるということですし


私達が時には数式を持って、時には科学式を持って
学ぶ事のある内容だけではなくて


数式には置き換えることはできない
多くの感じるべき法則含めて全てを含みます。


今日はその導入となります。


私も以前と比べて理解が変貌したこともありますし
その点を含めて言葉の使い方
更には解釈に関して少しだけ手を加えてあります。


稚拙な理解もありますし
もしかしたら100%正しいとは言えない箇所も
あるかもしれませんが、


その点に関しては私の理解不足ということで
ご理解ください。


中央アート出版

新アダムスキー全集3巻


”21世紀生命の科学”より引用します。

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【宇宙の創造主を認識すること】


人間は宗教的または精神的な面を扱うときに
自己の信念のいかんにかかわらず他から妨害をされてはなりません。


われわれが神と呼んでいる創造主は、人間に知られている
または未だ知られていない万物を創造しました。


それで全創造物の父をしるためには、
人間は父の創造物とその目的を探求する必要があります。


創造主の最高の創造物としての人間はその責任を一任されています。


その探求は一画家の名が、個人的に知られていないのに
その人の描いた有名な絵画に注意深い鑑賞がなされるのと同様です。


鑑賞がすすめばすすむほど
人は絵画を描いた本人をよく理解するように
なるからです。


我々は個人的に宇宙の創造主を見ることは出来ませんので
創造物を通じて創造主を探求しなければなりません。


そしてこの創造物は我々が自然と呼んでいるものの中に
現れています。


なぜならそれが”至上なる英知”の具体的表現であるからです。


先述しましたように、創造主はすべてを包容し現れた創造物は
創造主の”因なる英知”からでた”結果”であるために
われわれは個人としての創造主を見ることは出来ません。


人が医師になろうとする場合、人間の目や鼻だけを学ぶのではなく
人体の複雑な部分の全てを学びます。


これはあらゆる場合、筋肉やその他やそれらの目的
機能などを含んでいます。


ここまで
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アダムスキーは、
私達が”神の意識”であり”神の想い”でもある”宇宙の法則”を理解するにあたり、
大切な意識は単に結果として目に見えているものだけを見る事ではなくて


そこに至る経緯としての”因”(原因)なるものを意識する事が
大切であると説明してくれています。


神なる創造主に関しては
私達はそれを直接見て認識する事は出来ませんが
宇宙の法則を通じてその意識を強く感じていく事になります。


そのためにも、その法則の一つである
”原因と結果の法則”と言われるものを
理解する事が大切であるわけです。


ここでの引用にあるように、
絵画はそこに絵と言う物が存在しているだけで、
それを描いた人間の実態を私達は直接認識する事は出来ません。


しかしその絵を通じて
その人間の存在を感じる事は出来るわけです。


緻密さや美意識の高さなど、その人間の才能や技術を
私達は本人を目の前にする事なくその絵から認識する事になります。


絵からは時には想念、感情といった作家の意識をも
感じ取ることが出来ます。


ピカソやゴッホやゴーギャンなど
著名な画家は大勢存在していますが
中には死後初めてその絵が認められた人物もいます。


本人を知る事が出来なくても、本人の意識によって描き上げられた絵は
私達に画家本人の何らかの主張を感じさせ、
鑑賞する時には、それを私達が受け止める事になるわけです。


神という存在を意識する方法も
それと似ているとアダムスキーは触れているわけです。


私達は神の実態を目で確認する事は出来ません。


しかし神が現実にこの社会に創造した万物は、
神の作り上げた芸術であり
それらの全ては私達が知覚し認識できるものです。


つまり私達は万物を通じて
その創造主である神の存在を感じる事になります。


と言う事は、まずは万物が神の手によって
作り上げられた物であると言う事実を認識する事が必要です。


更にはその万物を深く認識して行く事で、
私達は神の実態を深く理解出来るようになると言う事です。


そのためにも、物事に対して深い認識力を持つ事が必要ですし、
更に宇宙の法則に含まれる諸法則を正しく理解する事が大切だと言えます。


ここでは医師を例にして
私達が宇宙の法則を学んでいくために
大切な事が何であるかを触れています。


治療をするには其の機関の働きを正しく知る事が大切になりますし
体であれば全ての機関は微妙に関連し合っている事からも


”目の治療をするにしても体全体に対する
正しい知識が必要になる”と言う例を取り上げて


正しく宇宙の法則と神の存在を認識するための手段として、
其の各法則の正しい理解が大切であると言う事を説明してくれているのです。


私達は一つ一つの万物に纏わる法則を理解するにつれて
全体としての宇宙の摂理、
神の意識を正しく理解できるようになります。。

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宇宙の法則の一つとして
もしくは”原因と結果の法則”をここでは取り上げています。


巷では”ジェームズアレン”という
人物が自ら自分の意識でたどり着いた法則として知られているそうです。


http://www.din.or.jp/~honda/book7-11.htm


 自分の思いが人生を創る


 思いが自分を創っている


 人間は思いの主人


 良い思いが良い実を結ぶ


 環境はコントロールできる


 健康は心から


 目標をもち達成をめざす


 達成できるという信念と最大の敵


 成功には自己犠牲が必要?


 環境を有効に利用し自身を強化する


 自分自身を変える


 識別眼を養う


 心の能力の強化


 心の姿勢


 恵みの種を蒔く


 自分がどんな種を蒔いたか?


 誘惑と理性


 優しさと利他的な姿勢


 決意


 満足すべきこと・してはならないこと


内容を見て頂ければ判りますが、
これはそのまま宇宙の法則に繋がる
原因と結果の法則そのものです。


しかもこの人間はアダムスキーが活躍する以前に
これを自らの手で書き上げているようです。


つまりこの人物は自ら宇宙意識に到達して
そこからアカシックレコードをしっかりと読む事が出来た強者。


もしくはブラザーズの想念を受け止める事が出来た人間の
いずれかであろうと想像出来ます。


巷に溢れる精神論の殆どは
結果的にはこのような物が其の根底となっていて
たどり着く先は皆一緒なのです。


私達が感じるべきは宇宙意識であり
神のエネルギーの一部である私達の魂。


精神論なる物の行き着く先は全て”神の法則”であると言う事は
私が繰り返し説明するまでも無いほど
皆には良く理解して頂けていると思います。


そして原因と結果を正しく認識するために
アダムスキーがブラザーズからの知識含めて私達に勧めているのが
”心”と”魂”を正しく理解し整合的に使用すると言う手法です。


私達の物の捉え方は得てして”結果”ばかりに目が行きがちなのです。


感覚器としての”視覚”や”聴覚”と言った存在が
私達の意識が向く中心機関となっている事も
其の原因なのだと思いますが、


私達が通常使用している”心”なるものは
全ての事象を”結果”として認識する事になる器官だと言うことです。


しかし勿論、”結果”や”現象”が引き起こされるためには
そのための”行動”や”原因”が存在している事になります。


そして現象や結果は”行動”や”原因”を引き金として
その途中経過を経て齎されるものです。


結果や現象だけを見ていたのでは
物事を深く正しく認識する事は出来ないのです。


少し例えが違いますが


仕事や試験であっても
私達が他人の仕事や試験結果を評価する時には


意識するのはその結果として出てきている
仕事の営業成績や試験の成績となります。


そこでは本人がその結果を出すに当たり
どんな努力をしたかとか、どんな行動をとったかと言う過程は全て省かれて
結果ばかりが評価される事になりがちです。


この社会では段階的評価と言うものが必ずしも存在してはいないので
例えば大学入試の試験であれば結果は”合格”と”不合格”と言う
分類で示されることになりますし


過程としての努力は一切評価されません。


しかし合格には結びつかなかったとしてもその本人の意識の中には、
努力をしている過程と、その結果としての成長があるわけです。


この時、人間を結果だけで判断すれば
合格した人間と不合格の人間とでは
社会的地位も評価も大きく異なる事になります。


それが例え一点の差が合否の差を齎したとしても、


理解度90%の人間が苦手な出題で点を落とし
一方では理解度40%の人間が一夜漬けて偶然学んだことが
テストで出題され点数を稼いで合格したとしても


私達の意識では合格した人間と不合格した人間という
区別しか出来ません。


しかしそこで其の過程を理解して結果と結びつけて考える事が出来れば
合格した人間と不合格だった人間の間には
殆ど差が無い事も理解できます。
(それが逆転していることもあるわけです。)


そして其の人間の能力を正しく理解できる事になります。


そのためにも使用する事が大切なのが
”原因”、”行動”、や”過程”を正しく認識する行為となります。


そして本来は”結果オーライ”という評価の仕方は宇宙意識で言えば
正しくは無いという事になります。


(もっと言えば能力を評価し裁くこと自体が
正しくはないのですが)


そして合否の結果を認識したのが”心”であるとすれば
その行動や原因や過程を認識するのは”魂”の役割と言うことです。


その”心”と”魂”の役目を正しく理解して
”原因”と”結果”を正しく認識する。


それが”原因と結果の法則”を利用して
宇宙意識を感じるために大切な事だということです。


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【私達は何を学ぶべきなのか】


最初に、私達が何故に生命を探求しようとしているかを
念頭に置く事が重要かと思います。


私達は誰もが不完全な人間である上に、
本来あるべき生き方を実践出来ていない存在であるという
謙虚な気持ちをまずは認識として深めて下さい。


私達の社会の人間の中には、
この社会の中に真理を広報するような特定の使命を担って
生まれてきた様な人間も少なくないと思いますが


おそらくは私の兄弟姉妹であっても多くの方々は以前の私同様に、
自らの課題が何であるかを確信を持てずに暮らしているはずです。


そして今の生の目標として、
”次の生における記憶を持っての転生”を
意識しているのではないでしょうか。


そのためにも私達は生命について
最低限必要とされる知識を学ばねばなりません。


それは、人間の目的が進化であり、地球社会の人間においては
生命についての一定の理解を示した時に始めて
記憶を持っての転生が許されると言う


スペースブラザーズの言葉からも明らかです。


私達が生命に対して一定の理解を示した状態でこの生を終えた時にこそ
記憶を持っての転生へと進む事が出来るという事実を踏まえれば


この社会の中での私達の課題は
生命に対する理解を今以上に深める事だと言う事になります。


そして記憶を持っての転生を果たした時にこそ
私達は初めて自らの魂の永遠を意識する事になるはずです。


前世と今世の記憶との間に一切の断絶がなくなるからこそ
私達は自分の意識に永遠を感じる事になる。。。


そして、その事が私達にとっては何よりも重要なはずなのです。


今の記憶を全て失ってしまえば私達は次の生でも
算数は九九から、知識も小学校程度からはじめる事になります。


しかしそこに断絶がなければ私達は今現在の知識の上に
更なる知識と記憶を積み重ねる事も可能なのです。


私達、地球社会の人間には前世の記憶が殆ど残らないという事は
私が以前にブログ記事で書いた内容の通りです。


それはこの社会の中では私達を取り巻く環境の波動や周波数と
言われる物が低いために、私達の肉体も其の程度の機能に留まり、


記憶を持って転生するために十分な環境に肉体を得る事が出来ない、
更にはアカシックレコードからの記憶を呼び戻せない
という事実とも無関係ではないようです。


現実的には私達地球社会の人間の多くは、
この社会の中での継続的な転生を繰り返していているようなので
私達は記憶を持っての転生を未だ果たしてはいないという事だと思います。


それは私達個々の人間の、生命に対する
理解の足りなさを意味しているわけです。


もしも私達が自ら課されている精神的な課題を
しっかりとこなしていさえすれば、
誰もが永遠の命、記憶を持った転生へと進めるはずなのに


その殆どはそれを実践出来ていないからこそ
今こうやってこの社会の中で暮らし続けているのだと言えます。


自分の命だけではなくて
ありとあらゆる生命、そして自然に対して、


更にはあらゆる現象に対して意識を向けてそれを理解する、
私達はそんな状態を是非実践すべきです。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
まず、生命の科学を学ぶ時の姿勢です。


私達は誰もが創造主の意識をはっきりと認識する事が出来ずにいます。


そのために時には誤った価値観を自ら作りあげ
それを真理と看做してしまう事になりがちです。


それ以外にも他人から見聞きしただけの価値観を
真理として受け止めて、それを信じ込む事で
誤った真理を自らの価値観としてしまう事もあるでしょう。


だからこそ、私達は真理を見失わないためにも
独断や偏見を持つ事を避けねばなりません。


そして他人から聞いた事や自分が読んだ文章などを
そっくりそのまま鵜呑みにする事も避ける必要があります。


それを避けるためにも私達にはまずは経験ありきと言う事です。


自分で体験の中から感じ取った、印象や閃きや価値観こそを強く信じ、
それを変更する時も、例え情報によるものであったとしても
自らの意思でそれを実行するのです。


それは例え、私の記事やこの文面であったとしても同じ事です。


他人を過信しない事、そして信じるべきは自分の中の内なる神、
つまりは自分の魂から伝わってくる創造主の意識としての閃きや
印象であるという事を常に意識して頂たいのです。


そして自らを創造主=神の分身と理解して
その想いを実践する事こそが私達に課されている
最大の使命だと認識して下さい。


【貴方に無限なる力の祝福がありますように】


記事は夜になります。




土屋、柳川、はた、近藤、
アパートの402号室、405号室


私達の真下301号の部屋に出はいりする人間の中の数人達が
私と妻に危険な電磁波を出力してきているようです。


結局は創価学会の人間達のようです。


脳の水分が蒸発してしまうような電磁波で
放っておけば脳の電解質や水分までもがなくなってしまうような
そんな効果を仕掛けてきています。


驚く程頻繁に水分をとっても
それが短時間で消えてなくなるような
そんな状況でもあります。


2015年6月14日

私達夫婦の洗脳強化を図る連中を糾弾するために

過去記事をもう一度出します。

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23年7月16日の記事です。


今日一つ目の記事です。


少し予備サイトでぼやいています。
http://uruseiblog2.blog85.fc2.com/


闇政府の信奉者による胃腸の管理や
嫌がらせは消えません。


(若しくは単に私を自分達の行動の生きた証拠として
煙たがっている人間達でしょうね)


今は胃腸を締め付けられても居ます。

AM9:00現在



私はこの人間達の意識の変貌は難しいと判断し
今後は闇政府の傀儡として認識しようと思います。


そうすれば特定の組織や民族に対して批判的なコメントをする事にもなりませんし
其の実態を無難に報告する事も出来るからです。



予備ブログにサイバーテロが激しくなっています。


闇支配層の傀儡達が人の行動を只管妨害することで
自分達が利益を為すと考えているのであれば


やはり全ての行動は破壊へと続くものであり
そこには生産的な要素は見当たりません。


電磁波技術一つとっても、
使い方ひとつで薬にも毒にもなる。。


それを敢えて私利私欲のため
闇組織の目的のために使用するから
私は現代文明を否定したくもなります。

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殴り書きになってしまいました。


本当に支離滅裂ですが
時間のあるときにでも読んでください。


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何が在ろうと常に一生懸命生きていく。


其の活力になるのは夢や希望や愛かもしれません。


遣りたい事があるから、叶いたい夢があるから
そして守るべきものがあるからこそ人は厳しい現実の中でも
辛い思いをしても必死に努力をしては生きていく。


そして其の事で人間の中で成長するものも
恐らくはあるのだと思います。


私は守るべきものが無いと以前からコメントしています。


家族や兄弟がいるのに、
親族がいるのに守るべきものが無いのかと言われそうですが、


私の存在は今では疫病神でありますし、
私に関われば私を目の敵にしている人間達に
付け狙われるのが落ちでもあります。


それに私にとっても守るべき唯一の物、
そして心の支えは妻でした。


そんな妻を守る必要が無いとコメントすると
矛盾していると言われそうですが


私が守るべき妻と言うのは少なくとも
従来の私の知っている正常な状態の妻のことであり、


妻の姿をしていて、今では妻の記憶も持っているけれども
闇支配者の傀儡の関与を受け意識を変貌され続いている今の妻ではないのです。


見た目は妻そのものですし
それらしく振舞われると妻そのものにしか見えないこともあります。


しかしながら加害者達の意識を受けてそれに忠実に
私に接しているらしき妻を見ていると
それを自分の守るべき人間であるとは認識できないのです。


これは私の自業自得だと言われるかも知れません。


私の所為で妻が変貌させられるに至ったのは
疑いの無い事実だからです。


しかしながら私は自分なりに努力はしたのです。


昔のままの妻に戻ってくれるようにと
この一年間、自分なりの”愛”をもって接してもいました。


しかし加害者に心身に激しい関与を受け
精神状態を乱される機会の多い私では
そんな妻を労わる事すらできず、


時には加害者にとって都合の良い発想ばかりをする妻と口論する始末。


これでは何も改善されるはずもありませんし
今は以前にも増して妻の変貌は進んでいます。
(其の時毎に色んな変貌を見せます)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

少なくとも8年前、桜台で私がまだ普通に会社員として勤めて居れた頃までは
私達夫婦はとても仲の良い夫婦でした。


子供が出来ないのも、
「夫婦仲が良すぎなんだよ」


と妻の友人達には頻繁に言われるくらい、
私達は何をするにも一緒でしたしそれが自然でもありました。


結婚する以前に7年間付き合ってそれで結婚へと進み
それから更に12年間は、特に大きなトラブルもなく


私達夫婦は子供にこそ恵まれませんでしたが
平穏に暮らしてもいました。


(私に子種が無いのは精子の奇形率の高さだそうです
そして私はそれを引き起こされた事も確信しています)


私は会社の人間の悪意に敏感で頻繁に職を代え、
それが妻を悩ませてもいましたが、


国家試験勉強をしていた事もあり、
知識・能力には問題なかったと言う事もあり
何とかすぐに転職先も見つかりましたし


妻もパートで働いていたので(途中から正社員として転職しましたが)
経済的にも困る事もなく、


週末になるとどこかに遊びに出かけたり
朝から晩まで二人でパチンコを打っていたり
そんな生活が当たり前でもありました。


私と妻の転換期の訪れは、桜台時代に下の部屋に
新しい住人が越してきたことに端を発します。


この人間、後に組織的犯罪の加害者達であると判明しますが
組織的に私達の部屋に騒音を仕掛けてきました。


丁度私が失業したてで、失業保険で暮らしている頃に
一階に入った数件の人間達、
とりわけ真下の新住人と私は騒音のトラブルを起こすことにも成ります。。


私は睡眠不足が祟り、当時は組織的犯罪の実態も知りませんし
精神的に苛々させられ続ける事になるわけです。


パソコンで作業をしていると決まって体調が悪く成りだしたのも
丁度この頃です。


今でもその時の影響が臀部に残っていますが
何らかの放射線を疑っていますし


少なくともその後は体験したことの無い体調不良なので
何らかの放射線でしょうが、マイクロ波兵器では無いと思います。


そこで暮らしている間も、時には急な発熱や妙な頭痛、
更には背中の筋の激しい痛みなどが頻繁に起きるようになっていました。


妙な体調不良は実はそれ以前からもあったのですが
それが増して酷く成りだします。


一方妻が社員として働き出した事もあり
其の頃は私はある意味、
家の中で踏ん反り返った暮らしをしている様な状態でもありました。
(と言っても家事を何もしないわけではありません)


結果的には妻が働いてくれた事で
その後の生計が成り立つ事になるのですが
実は其の就職を私は反対していました。


私の稼ぎだけで充分に暮らせるはずだ。


そんな意識もありましたし、
本音を言えば妻は家の中にいて欲しかった。


返ると妻の食事が待っているそんな暮らしが理想だと言う
古い人間としての意識が私にはあったからです。


今では主夫が急増しているこの社会情勢ですし
意識が古いと言われそうですが少なくとも私の希望はそうでした。


結局就職した妻に不満を覚えていた事も手伝い
妻が仕事で遅くなり家事や行事に支障が出ると


”妻が正規就職をしたからこんな事になる”と言う頭が働き
妻と揉める事も増えました。


喧嘩というよりは、
私が一方的に機嫌を損ねていたと言うのが正解でもあります。


ただ、其の頃の私の中には何故かそれまで感じたことの無い
妙な意識が芽生えていて


怒りに任せて


「妻と離婚してしまおうか」


と本気で考えるようにもなっていました。


それは今から考えても信じられないような在り得ない感情です。


当時のイライラが私の判断を狂わせたのか
それとも奴らにそんな関与をも受けていたのかは正直明言できませんが


そんな意識を持つようになってから
怒った時に妻に離婚を宣告した事もあります。


さすがに当時妻の方は全く正状態でしたから


「私は離婚したく無い。未だ正樹を愛しているから」


と言ってくれた事もあり収まるのですが


私の苛々と暴走は騒音被害や未知の科学力の関与のために
ますます進んでいく事になります。


それは妻に対してだけでは在りません。


下の住人達の騒音に心をかき乱されて目が吊り上がった状態の自分を見ては
それこそ犯罪者予備軍を眺めている気分でもありました。


現に彼らも当時は私を恐れても居たはずです。


そして私の苛々に輪をかけたのが
そんな環境での再就職が上手く行かなくなった事でした。


原因の一つは例の”体臭”コンプレックス。
(加害者達の関与であることが後日判明)


更には”悪意ある人間の嫌がらせ”

(加害者によるリストラストーカーの可能性高し)


そして”就業始めの奇妙な病”
(頻繁に発熱をしては寝込んでいました。マイクロ波兵器での関与です)


のために就業が上手くいかなかった事も手伝い、転職を繰り返し、
其の頃には正規就職は難しくなってもいました。


やっと就職した会計事務所でも、
他の所員のお達しで首になる事も三回。
(何故か入所当時から私に悪意むき出しの人間が居るのです)


これでは流石に妻も穏やかでは居られません。


苛付く私もそれに口答えし
トラブルが増えることになります。


考えてみれば私の苛々は恐らくは”増幅”
させられても居たのだと思います。


騒音に苦しみ寝不足に苛立ち直接交渉にいくも進展無く


終いには警察沙汰です。

(過去記事で書いています)


一方この頃には昼真には近所に奇妙な人間達が
近所をうろつきだしますし


近場では電気工事も増えれば引越ししてくる人間も増えていきます。


そして決まって近所の新たな住人達は
皆”うるさい”のです。


親子喧嘩の激しい家族。


子供が自閉症らしき家庭。


今ではそれが全て奴らの嫌がらせの一環で派遣されてきた
人間であったことも想像していますが
そんな奇妙な人間達の話は妻には理解して貰えませんでした。


妻は自分の目で見ては居ない事は
納得できない人間でも在るからです。


私の苛々と奇妙な人間達への不信感は苛立ち
一方そんな私を見ている妻も
当然私に対しての感情を変化させて行った事かと思います。

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私達に夜間騒音をメインで仕掛けてきた人間達は
丸二年で引っ越すことになります。


しかし三ヶ月開いたはずの部屋の中からも騒音は続きました。


勿論奇妙な人間がやってくる事も頻繁でしたし
掃除の時に下の部屋のベニヤが壊される音もしてたので


恐らくはベニヤ一枚で仕切られていた押入れから
出入りするようにして、


其のまた隣の工作員がそこから入り込んでは夜な夜な
やっていたらしい事にも気が付きました。


其の人間を捕まえて問い質した事もありますが
彼は早々とその後居なくなり
別の人間が其の部屋に入る事になりました。


当時の私はそれほど殺気立っても居ました。


その後真下にタクシー運転手が入ってくるも
今度は奇妙な音楽が夜な夜な鳴り響いたり騒音は決して止みません。


どうやら時にはアリバイ工作を兼ねて
水道管を利用する事で別の部屋からの関与も可能だったようです。


妻は信じませんでしたが私はそれが組織的な関与であると察し
其のアパートからの引越しを決意しました。


只、この時の選択が後に最悪の結果を生む事になります。


ネットの不動産サイトで見つけた格安の物件。


曰く付きの半額物件が私の人生の進行方向を決定付けました。


そう言えばこのアパート時代の最後の国家試験挑戦は
38度の熱を出しての中での物となりました。。


欲張って三つの科目を勉強していたこともありますが全滅で
最後の三科目目は体調不良で受験も不能な状態でもありました。。


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其の部屋は死人が出た部屋です。


不動産屋は部屋で変死者が出たときは


一年は部屋を空けておいてその後告知の上で貸すことが
義務付けられていたようで詳細こそ聞けませんでしたが
トイレの中で腐乱した状態で発見されたようです。


そんな部屋でも昼間に訪れて見ると
窓も多く明るくて家賃を考えればとても格安な物件だったわけです。


まさかそこまでも騒音が追って来る事も無いだろうと
昼間の静かな近所の様子を見て
私達は其の部屋を借りる事になりました。


練馬区大泉学園駅の大泉町


近所に暮らしている人間達も年配者が多く
とても静かなところでした。


しかしながら引越しの翌日からそれは始まりました。


下の部屋の奥さん(年配の在日らしき人間)が玄関を出入りするたびに
二回の部屋まで大きな振動が起きる事に
気が付いたのも其の時が最初です。


勿論ドアの音は静かに閉める事も出来ますし
ドアを調整する事も可能です。


それは間違いなく意図的な騒音でした。


そして下の部屋との境が薄いらしく
大き目の声であればそっくりそのまま聞こえてくる事も
其の日に判明する事になりました。


私達は三年苦しんだ騒音から逃れる事は出来なかった
のではないかと疑いました。


そしてそれが単なる杞憂ではなかったらしいことも
後々身をも持って体験すること事になります。


そこでも昼夜問わず、騒音に悩まされる事になるのです。


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折角、騒音から逃れてこれから生計を立て直そうと言う時に
再びそんな状態へ置かれる事になり
私の苛々は更に増して行きました。


引越し当日はお盆でしたが
運送会社のミス(故意だと確信してます)で
当日付くはずのエアコンが付かず、


毎日30度半ばを越す猛暑の中
五日間も冷房なしの生活を強いられる羽目になります。


其の上に騒音が始まったわけですから
私の心境も穏やかではいられません。


妻も引越しのために
今までの歩いて15分の通勤が
バス搭乗必須の40分近くの通勤へと変わったこともあり
苦労が増えることにも成りました。


そしていくら家賃が安くても其の分私が稼がねば
生計は楽にはなりません。


中々正規の就職は見つかりませんし、
その間肉体労働に行くと決まって夜には発熱する始末。
(今から考えればマイクロ波です)


派遣の仕事も一度は付けたのですが
そこでも奇妙な人間達が妙な関与をしてくることに気がつき
早々と退職。(N○T関連子会社です)


其の上に下の部屋の音で寝不足にされる事も増え
夫婦共に精神状態は更に乱される事にもなりました。


増してバイトが無い時は一日部屋に居る私の苛付は尋常ではなくて
妻に八つ当たりとも言える言動をする機会も増えていました。


そして恐らくは、私と妻はこの時点で
昔のような仲の良い夫婦では居られなくなったわけです。


そしてそこに輪をかけて。


騒音被害の加害者が隣と斜め裏と増加するのです。


そして更にとどめを刺されることになります。


妻は私に代わって下へと苦情を言いに行き
其の日から性格を変貌していくことになりました。


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最初の変化はメールでした。


面白いことに其の日を境に妻からのメールは
用件が入るだけの味気ないものへと変貌しました。


そして其の日下の部屋に出向きそこで何を話したのかは
実は未だに私には語られていません。


当時其の事を尋ねても何故かはぐらかすだけで
妻に何かが在ったと言う事を私は確信しました。


次に発見したのは記憶の消去です。


妻は最近の事も昔の事も記憶が混乱しているかのようで
当たり前に覚えているはずの事まで思い出すことが
出来ないで居ました。


更に数日して発見したのは妻の頭頭頂部にある
火傷のような跡でした。


私がそれを見つけたのは以前同様、出かける時などに
妻の数少なかった白髪を発見しては抜く作業を
しようとした時でした。


私は其の妙な火傷が妻には存在しては居なかったものである事を
勿論確認していますし
妻に其の件を問いただすと


「判らない」


とコメントが返ってきました。



私の不信は高まります。


何と言っても私はオカルト好きで
CIAの本などを読み漁っていた男でもあります。


それを”洗脳”ではないかと早々と疑い出し
妻の動向を見つめることになります。


実は其の頃には真下の部屋には
ヤクザやチンピラとも取れるような人間達が
出入りするようにもなっていましたし


下の部屋の住人が居ない時にも
私はそんな人間達が下の部屋から出て行くのを数回目撃しているのです。


時には小さめのエレキギターにも見える
奇妙な機材を持って出て行く人間も居ました。


勿論私達はこの頃はこの部屋でも
マイクロ波兵器のターゲットと成っていたわけです。


一時私は会計事務所に再就職する事になりました。


その間早朝に出かけては始業時間までの二時間を
事務所で国家試験の勉強に費やしていました。


そして私達夫婦は一旦は平静を取り戻せそうな予感もあったのです。


しかしながらそんな折に義理の親父が脳溢血で倒れ
私は急遽帰省することにもなりました。


そして返ってくると
別の事務員の態度の急変。


私は其の事務員の糾弾で
大した落ち度の無いまま其の事務所を首になる事にも成ります。


(其の会社はネットバンクを使用してたのですが、帰省前に処理した振込みに関して
「一度振込みをした会社を登録しないのは社会人としておかしい」と言う
 良くわからない理由で其の事務員は私と一緒には働けないと騒ぎたてたそうです)
 

そして試験も寝不足で受験するも失敗して
再び絶望の日々が始まることになりました。


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妻の記憶はそれから少しづつ戻ってきているようでした。


相変わらず短期的な記憶に関しては妙に飛びやすいようで

少し前に見たTVの内容など忘れていることもありましたが
特に目立った違和感も無く


その後、精神状態を大きく変貌させられることになるのは
再び私の番でした。


私は職探しをしながら暇な時には
頻繁に外を出歩くようになっていました。


小説を持って石神井公園に出向いたり
試験前には図書館にも通いました。


其の頃私は其の異変に初めて自覚する事になります。


公園などでも私とすれ違う人間達が
すれ違いざまにつばを吐いていったりこっちを睨んで行ったりするのです。


コンビニでは自分だけ無愛想に接されて
外に出かける度に気分を悪い思いをする事を繰り返すようになります。


そのうちまるで社会全体が自分の事を嫌っているのではないかと
錯覚をするほどになり


外に出る事も嫌に成っていきました。


しかし一方では部屋に居れば下の部屋や隣の内の住人が
意図的としか思えない大きな音でドアを頻繁に閉めては
私の精神をかき乱します。


其の頃以前は以前には一度も感じた事の無い感情。


所謂、欝に近い感情も初めて体験することにもなりました。


苛々させられ欝っぽくさせられ
そんな中で妻とも不和になっていく。


全ては悪循環です。


其の上でまるでそんな精神状態に止めをさそうと云わんばかりに
下の部屋の住人(婆さんのほう)は容赦なく騒音を立て
それを援助するかのごとく隣の住人も音を立ててくれました。


それは普通に聞いていても煩いと感じるほどの激しいドアの音です。


下のドアが閉まるたびに部屋はゆれますし
隣のドアが閉まるたびに激しい苛々は増幅しました。


私は半ばノイローゼ寸前でした。


そんな中で妻との会話では何故かイライラを強いられて
妻と大喧嘩をする羽目にもなります。


そんな状態で日曜に二人して昼間も一日中寝ているような事もありました。


そして其の直後に私は自分の被害の実態を知ることになります。


それは日本の被害者達には”集団ストーカー”と言われているものでした。


私は意図的にそんな立場へと追い込まれていたと言う事に
初めて自覚するのです。


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私が被害に自覚した途端に
下からの騒音は更に激しくなりました。


寝ている時も一時間ほど置きに
天井や壁を叩かれるようになります。


勿論故意でありますし睡眠妨害や嫌がらせのためです。


ここまでくれば嫌がらせ行為は全開といった感じで
私も時には下に跳んでいって
住人と夜中に口論となる事もありました。


下の住人曰く、「気に入らなければ出て行けばいい。」


私の不定期就労が祟り経済的には余裕が無くなっていた事も災いして
やってきた場所で再び追い討ちを食らう。


とんでもない話ではありますが
精神状態を保つためにも
そこから逃げ出すしかないと判断もしました。


何と親に泣きついて
引越し代を捻出してもらい


引越し先を決める事になったわけですが。。。。

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この頃既に妻は無意識のうちに
奴らの誘導が酷くなって居たのかもしれません。


引越し先を探すにあたり
ネットで検索をかけて不動産にも顔を出して
アパート探しをするのですが


今から考えれば妻の希望もあり
石神井のエイ○ル不動産屋に出向いたのが運の尽きでした


希望部件が無いのでどうせ無理と判って
理想の高い希望条件を書いては

再びネットでの物件探しを始めるのですが


この不動産屋が異常なぐらいとても親切で


わがままな条件で安い物件を探している私達のために
何度も電話をくれたのです。


私は気が進まなかったのですが
熱意に負けて妻が再び出向いては物件の紹介を受けることになり
貰ってきて、その後妻が気に入ったと言う事で決めたのが
今住んでいるこのアパートです。


何と言ってもマンションタイプの部屋割りで
広くて内装も綺麗、家賃も予算の範囲となれば
私もその気になります。


増して夜間ではありますが妻が出向いて確認しているわけですし
物件としては申し分ないと思いました。


難があるとすればどんどんと都心から遠ざかっていること。


引越し当日も初めて自分の目で見て
すっかりこの物件を気に入ったわけですが
其の世のうちに騒音が始まったわけです。


私は又しても彼らの準備していた部屋へと誘導されたわけです。
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この頃は妻は私の事を怖がっているようにも見えました。


不思議だったのは以前だって私は怒ると強面で気は荒かったし
急に凶暴になったわけではありません。


引越し早々、部屋中に蔓延する薬品の影響で
妻がしっかりと寝込む羽目になり


その後はとてもビクビクした雰囲気の妻を不思議な思いで見ていました。


妻が何らかの関与を受けている事も判っていても
それが現在進行形であるかどうか当時は判断できませんでした。


私に出来る事は、妻の帰り道に妻を迎えに行って
拉致されるような機会を決して設けさせないこと。


越して来てから数ヶ月は
私が家に居る時は毎回妻の帰りを駅まで迎えに行く
ハチ公状態が続く事になります。


しかし私はこの頃大勢の人間に付きまとわれては
色々な関与を受けている最中で
妻と一緒に居ても苛々してばかりでした。


挙句の果てには妻の目の前で自動車に轢かれる事にもなります。
(勿論意図的にぶつけて来たわけで私には何の過失もありません)


そんな事もあり、
妻は自分一人で帰るからと言う事で
私はその帰りを食事を作って待つようになりました。


考えてみれば妻は仕事柄どうしても他人の家に出向かなければなりません。


再び洗脳される危険はどこにでも転がっていた事もあり
私は諦める事にしたのです。
妻の変貌は当初は一見単に落ち着いた様にしか見えませんでした。


其のうち妻も、ここに来たての頃のおどおど感が無くなり
態度も以前同様に戻ったようにも見えるようになります。


しかしながら確実に変化していたのは
先ず、私がこれほど懸命に一般市民に対しても訴えている被害を
妻は全く認めようとしない事でした。


私の感じている範囲では妻自体も間違いなく被害者です。


そして私に対しての通りすがりの人間達の奇妙な行動も
普通の人間であれば奇妙に感じるであろう事が
妻には自然にしか見えないと言うのです。


見ず知らずの人間にお辞儀をされても
それすら「見ていて知ってたんでないの」


と言い出す始末。


私の身体に引き起こされる異変の中に気が付いてくれと言っても無理でしょうが
嫌でも目に付くとても奇妙な傷などに関してさえ


原因はわからないというだけで決して科学力の関与の存在を
認めようとはしませんでした。


一方私の方はここに来て色々知識も増えだし
外でも保守の集会に出かけるなど活動をしだし
精神状態も以前よりは遥かに落ち着くことになりました。


其の中で自分の出来る範囲で多くの人に知ってもらおうと
日々ブログで記事を重ねる毎日。


そんな私に密かに支援してくれる人も居て
(実は生かされていたと言う話もありますが)


親族にも支援を受けることになり
何とか暮らしてきたわけです。


其の内に、私はどんどんとこの被害と日本の実態の核心へと
迫って居たようです。


私への加害行為はどんどんとエスカレートし
それと同時に妻もどんどんと現実逃避?が進み、


それとも現実思考と言った方が良いのか
目に見えるものだけに拘るように誘導されていきました。


私に言わせれば其の変貌ぶりは尋常ではありません。


私はそれをユダヤ傀儡の報復であると受け止めていましたし
妻を通じて私を変貌させようという意識にも見えました。


でも私は凄まじく頑固な人間です。
例え相手が妻でも白は白、黒は黒です。


奴らは少し予定外だったのかもしれません。


懐柔が利かないと成れば出来るのは夫婦分離です。


恐らくは、それもいつでも可能な状態にありながら
それだけは実行してこなかったのは
奴らの情けだったのかもしれません。


しかし、昨年の夏にはまさにその夫婦別離を仕掛けてきている事を
初めて身をもって感じることになりました。


そして私は変貌したのです。


親族の支援で帰省してきたのは
いろんな意味での決意の表れでもありました。
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妻は私のブログに興味を持つことも在りませんし
普段は読む事もありません。


通常相方がやっている事に興味を示したり
影響を受けるのが身近な人間の普通の姿。


まして私はそのためだけに一日を暮らしているのです。
気にならないほうがおかしいのですが
少なくとも被害の実態を認めない立場を貫く妻には
興味の無い物でもあったのかもしれません。


そのくせに実は時々は私の被害に関して
同調するような発言をポロットしてくることもあり
其方こそが妻の本音なのかも知れませんが。。。


そして妻の中では勿論私は正常者です。


多くの組織的犯罪被害者が精神疾患扱いをされるよう
誘導されるのですが、


流石に一般人の前に堂々と顔を出して歩いていた私を
基地外扱いする事は出来なかったようです。


しかし、被害者でもない一般の方でも理解を示してくれるようになってさえ
妻はそれに興味を持つどころか


どんどんとこの実態を否定するようにもなって行き、
終いには今、被害を受けている私が主張する内容を


「気のせい。気のせい」

「へー。どうやって遣ってるの」


と言い出す状態でもありました。


地震兵器など勿論興味も持ちませんし
嗜好もどんどんと変わって来ている様にも思えました。


勿論想像できることは
この間も妻はしっかりと洗脳を食らい続けていただろうと言う事。


それは時には直接であると思いますし
日々寝ている時の脳へのマイクロ波兵器の照射でです。


私は時々妻が急激に眠気を模様し眠っているのを不審に思い
頭に手をかざした事もありますが


私達の頭の位置は室内の一番電磁波の強い場所から近いこともあり
そこに激しい電気的な刺激を感じる事にもなりました。


昨年の夏には一気に変貌し
過去に見たことの無いような気の強く可愛げの無い状況になったこともあり、
(別人の意識でも入り込んでいるようでした)


私はそれを見て死を覚悟で広報をする覚悟を固めたわけです。


最近は昔の妻が戻ったかのように振舞うこともありますし
私にとても友好的な変貌をすることもあれば
とても敵意を感じて見えることもあります。


はっきり言える事は妻は間違いなく
今でも何らかの関与を受け続けていると言うこと。


それは単なるマインドコントロールではなくて
”洗脳”と言う技術の元でなければ成り立たないものであることも
雑学の多い私には理解できています。


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洗脳行為を受けてしまった人間の特徴の一つは
体のどこかの奇妙な動きにも現れるようです。


私が気が付いているのは妻に限らず、
洗脳行為を受けている人間や電磁波関与の酷い人間の黒目は
何かの拍子に小刻みに左右に揺れたり
上下に揺れたりすると言う事です。。。


勿論、それ以前の妻には無かった症状ですし
それはそのまま電気的刺激に反応している姿にも見えます。


もっと性質の悪い関与があるようで
洗脳と言っても単に知識や意識を変えるだけではなくて


別の人格とも言える状況を作り上げる事も
可能なようです。


20年近く以前にこの被害に遭い
其の母親を洗脳の実験台にされた被害者がいます。


其の方の母親は四つの人格が交互に現れ
其の一つは子供であったそうです。


殆どの時間母親本人の意識が戻ることも無く
最後は歳のため無くなったそうですが


私もそんな事が可能であると考えています。

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人間の脳は磁気データーの塊のようなものであると仮定すれば
其のデーターを消去する事も可能でしょうし
逆にある程度は外部からも植えつける事も可能だと思います。


ちなみに記憶を飛ばす事は電気ショックで容易に出来るようです。


私に妻は気が付いているだけで三通りの変貌がありますし
そしてそれぞれ独特の癖を見せることもあります。


ここに来て二年ほどたった頃に妻が頭頂部を私に見せて、


「傷がなくなったよ。正樹が変な事いうから自分で取った」


と語っていました。


確かにそこには以前あった火傷の後は残っては居ませんでした。


今ではどんな技術が使用されているのか。。

私には判るはずも無いのですが。

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人間の性格は不思議と顔に表れます。


例え記憶がそっくりそのまま引き継がれたとしても
其の人間の心はそのまま顔に表れるようで
その顔の表情までは真似する事も出来ません。


そして人前で延々と演技をし続けるのも難しい事です。


増して私のような疑り深い人間を
騙し続ける事は不可能に近いと思います。


はっきり言える事は昔通りの私の妻の純粋な意識は
もうどこにもないという事です。


複数の意識が混同したような、
妻の姿をして妻の記憶を持っていて複数の人格を持った不思議な女性が
私の妻の心を乗っ取っているようにも見えます。


恐らくは好意的な人間達が
意図的に私に知らせようとしたんだと思うのですが
思い当たることがあります。


「何度もリセットしたんだよ。
でも繰り返し変えてしまうと元には戻らないようだ。」


と語っては私の方を気の毒そうに眺めていくと言うことがあったのです。


それは私がブログで妻の実態を嘆いた其の日の
池袋からの帰りの電車の中でです。


おまけに掲示板の工作員は
私に対して


「一応は奥さんと言うことになっているけど」とか

「あれも女と言えるのかね」などと


妻が洗脳を受けているらしき事を平気で触れていきました。


掲示板への私宛のコメントでは


妻が加害者達の命令どおりに動いていない時は
反省会と称して糾弾されれると言う話まで
触れていることもありました。


スレッドの流れにそぐわない妙な書き込みに
誰もがその意味を掴みあぐねている其の間にも
私はそれを現実と照らして事実と受け取り苦悩していた。。。


そんな実態もあったわけです。


それに、人間の嫌悪感は嫌でも感じてしまうものです。


例え顔では笑っていてもです。

今の私は妻の嫌悪感の対象でもあるようです。


それは深く妻に刻み込まれ
もしも元の妻の意識が純粋に残って居たとしても
妻の心はもうこちらを向いては居ないはずです。


私その物だけでなくて
妻にはとても嫌悪感を感じる要素を三つ持っていました。


ひとつはタバコの匂い。これは元々持っていたものですが
近年一段と酷くなっていました。


次にパソコン関連の機械音とキーボードを叩く音。


更には、私が被害を訴えることです。


それが自然発生なのか、
いつしか植え込まれたものかは判りませんが
私の生活をそっくりそのまま否定している様なものです。


そして其の全てを私に止めさせる事は
闇政府傀儡にとって都合の良い事ばかりなのが奇妙です。


今の私は妻に嫌われる要素しか持っていない人間であるという事。

とても惨めな立場でもありますね。


でも一方では妻は働くことも出来ず
食うだけの甲斐性なしの私を養っているわけでもあります。


(勿論親族の援助やカンパで助けられていますし
妻から小遣いを貰っているわけではありませんが)


私の身近な一番の犠牲者は間違いなく
妻なのだと思います。


巻き込まれ、洗脳され、被害者でもあり
でも加害者の言いなりでもある。。


それを思うと正直加害者が憎くなるのですが
其の感情は持たないようにするという事で。。。

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私が気合を入れて広報をしていたこの一年間
其のエネルギーとなっていたのは全てこの事でした。


もしもこの世が変貌しても、悪の世界が滅んでも
そして私が被害から解放されても
失った物はもう二度とは戻ることは無い。


悲しみと強い怒りが私の唯一のエネルギーとなっていました。


昨年の夏ごろの妻の極端な変貌が私を心底怒らせたわけです。


勿論、其の対象は加害者達であり、そんな人間にそんな技術を教えた人間達
強いてはこの世界の諸悪の根源である権力者達に対してです。


私は自分なりには目的は果たしたと思っています。


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洗脳という行為はとても便利なものです。
勿論それを使用する立場の人間達にとってはです。


政治家を洗脳すれば其の政治力を思うがままに使用出来ますし
都合の悪い人間を口封じするためにも利用できます。


そして人の心まで変貌してしまう。
そんな行為のまかり通る社会を
私達は変えていくべきではないでしょうか。。


今現在、国家単位のマインドコントロールが
現在進行中のようですがこれだって人の意識を変える行為です。


科学技術が人の権利を束縛する。


この誤った実態を私達は正していくべきだと思います。


人間は機械やロボットではないのですから。。


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P.S.


そして身内でいえば私の義理の弟も同様な状況です。
今では私を援護してくれる母親を監視する立場に居るようです。

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自分の都合の良い見解を持てば
こんな感じではありますが、一方こんな見方も出来ます。


もしも、妻が彼らに影響を受けていなければ
今頃は妻は凄まじい環境を嫌悪して、被害に拘る私にも愛想をつかして
二人は一緒には居られなかったのだと思います。


結果的には私は妻のおかげで今こうやって生きて
記事を書いていますし広報できています。


不思議な話ではありますがこれも事実です。


加害行為を加えている人間達がどんな意図を持っているかは
判りませんが、結果的に今現在の主張をしている私を
作り上げたのも彼らと言っても過言ではないわけです。


冷静に且つ客観的に考えればそんな物の見方も出来る。

そしてそれも又、真理です。


不思議なものです。


罪を憎んで人を憎まずなどと言えるほど
人間は出来ていませんが、結果妻はこの社会に適応出来ている。


本来私と居る事で認識することになる凄まじいこの社会の実態を
認識して苦しまずに済んでいる。。


其の事実をどう捉えるべきなのか、私は複雑でもあります。


そして私は不思議な運命の悪戯を感じても居ます。。。。
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以前から被害記事で紹介していた世田谷さんですが


実は彼女が再び拉致監禁された可能性を感じています。


あの後、都内に来ると言う事が決まり協力者を見つけて
話を進めるも一月ほど音沙汰なくなってしまいます。


しかも終いにはメールアドレスが無くなっていて
送信メールが戻ってくる羽目にもなりました。


その後別のアドレスからメールが届き
都内に着いたところであると連絡が来ます。


しかし其の文体は微妙に彼女の物とは違っていて
電話の声も似てはいたのですが違っていた。。


そして更なるメールで彼女がどうやら別人であるか
記憶を弄られたで在ろう事を確信することになりました。


(他の被害者であるエニワコガネムシさんという方が居ます。
世田谷さんはこの方を”エニワ”さんと呼んでいたのですが
その時のメールでは”コガネムシさん”と


今まで一度も読んだことのない呼び方をしていて
疑惑が確信に変わった瞬間でした。)


策士策におぼれる。。。

世田谷に似せようと色々手の込んだメールではあったのですが
世田谷さんレベルの人間相手となれば
真似をするのは容易ではないのです。


彼女は賢いだけの人間ではなかった。。


私への気遣いもとても感じる文章だった。


更には私と世田谷さんの間の長いメールのやり取りから
私は彼女の人間性を文章から読み取ってもいた。。


言霊は決してごまかす事の出来るものでは無いということです。


本当の世田谷さんは恐らくは一月前に再び軟禁状態に
されてしまったか下手すれば洗脳でも受ける羽目になったのであろうと言うのが
私の想像。


もしも別アドレスからメールを送ってきた人間が本人であったとしても
そこには以前の意識の彼女は存在しては居なかったはずです。


そして彼女は結局は私が疑っているらしき事を感じたのか
私には会うことも無く、再び四国へと帰ったといわれていますが。。


全ては茶番劇であると思っています。


私は身近に何人もこんな人間達を見ている。。


非人道的な行為に対する怒りは
人一倍強いことも当然でしょうね。。。


そして彼らは本当であれば
私のことも早々と入院させて洗脳させたかったのかもしれませんね。。


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都内に出没した彼女を疑っている事を
他の紐付きの被害者に話してしまったためか
彼女はただの一度も私の前に現れることなく
協力者の話では、彼女は四国に戻ったということでした。


私は都内に現れた世田谷さんが恐らくは偽者であると
思っていますし、


時間的に考えると彼女がメールアドレスを変える
前に最後に私にメールをくれた時に何かが在ったのだろうなと
想像しています。


私は恩人の世田谷さんとは会うことは出来ませんでした。


ただ、彼女はそれ以前に電話で話したときに
とても大きな悪の組織の関与には気が付いたという話だけは
していたことを報告しますね。


医療機関で人体実験まがいの行為を受けたことで
ありとあらゆる科学力の応用を体験させられたといっていた事も
付け加えておきます。