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法科大学院生。勉強メモ、日ごろの雑感を徒然なるままに書いていきます。あと、記事は随時加筆修正します。

参照:小山「作法」p55あたり、高橋「立憲主義」p186あたり。
どちらも21条に根拠を持つ点では同じ(刑罰に関する明確性の原則は31条に根拠)。
どちらも表現の自由に対する萎縮効果を排除するための考え方である点では同じ。

違うのは形式的観点か実質的観点かという点である。
明確性の方は形式的観点から問題を捉える。条文の文言自体があいまいで規制の対象が不明確であるゆえに萎縮効果が発生することを問題にする。
漠然性の方は実質的観点から問題を捉える。適用対象に合憲な規制と違憲な規制が混在しており、ゆえに表現行為に対する萎縮効果が発生することを問題にする。
 
例えば、うるさくて迷惑だからこの公園での「3人以上の集会を禁止する」という規制があった場合(参考:木村「急所」)、文言は明確だから明確性の原則との関係では合憲ンである。しかし、たった3人で集まっただけで罰則を受けるのは集会の自由を侵害するけど、だけど確かにいっぱい集まったら迷惑になるから罰則で規制しても合憲だよねって考えられるから、「3人以上」って規制の中には合憲と違憲の場合があって、表現の自由は萎縮しちゃう。このとき漠然性ゆえに無効って法理は働く。

税関検査事件で伊藤正巳裁判官らの反対意見では明確性の原則はクリアするけど、漠然性のほうでアウトだから違憲無効だよねって言っている。
 
 話しは変わって箕面忠魂碑事件で裁判所は20条1項後段の「宗教的団体」89条の「宗教上の組織もしくは団体」の意義について、
「憲法二〇条一項後段にいう「宗教団体」、憲法八九条にいう「宗教上の組織若しくは団体」とは、宗教と何らかのかかわり合いのある行為を行っている組織ないし団体のすべてを意味するものではなく、国家が当該組織ないし団体に対し特権を付与したり、また、当該組織ないし団体の使用、便益若しくは維持のため、公金その他の公の財産を支出し又はその利用に供したりすることが、特定の宗教に対する援助、助長、促進又は圧迫、干渉等になり、憲法上の政教分離原則に反すると解されるものをいうのであり、換言すると、特定の宗教の信仰、礼拝又は普及等の宗教的活動を行うことを本来の目的とする組織ないし団体を指すものと解するのが相当である。」
と判示している。

 上の理解を前提とすると89条と20条3項が違憲とする範囲は全く同じように思える。愛媛玉ぐし料事件のときは裁判所は20条3項の問題として扱った。一方空知太のほうでは89条前段の問題として扱っている。適用条文が異なったのはなぜか。
 一つの答えとしては、愛媛の方は玉ぐし料非常にわずかな額だったので、89条のコアに該当するとはいえなかった、という説明が出来る。89条は宗教団体に対する金銭の支出をしてはならないという規定である。つまり金銭の支出がおもな問題であるかどうかということだろう。

 ただ、空知太事件では目的効果基準を取らなかったのは、国家の宗教的活動とされる行為が一つに特定されず、集積してコレになるときには目的効果基準は機能しない。その場合には総合考慮して社会的に相当とされるかかわり合いの限度を超えるかどうかを直接判断するしかない。(砂川事件の空知太神社事件については、同ブログですでに少し触れた「レモンテストと目的効果基準」。)

 空知太のように目的効果基準をとらない場合には89条の問題か、20条3項の問題かで少し判断の態様が異なってくると考えられる。というのも、判例は政教分離原則の趣旨について、制度的保障説を採っており、原則として合憲という立場に立つと考えられる。一方、89条のコアにあたる場合には原則違憲と考える余地がある。空知太事件の多数意見(合憲)と反対意見では総合考慮の判断要素に大きな違いはない。あるとすれば、89条のコアにあたるがゆえに違憲の疑いこみで総合考慮するかどうかという違いであったっと考えられる。
 つまり、相当な係わり合いを超えるかどうかの判断いおいて総合考慮をするときに、89条との関係を問題にする場合には、違憲の推定を持って総合考慮に当たるという違いがありえるのである。ただm空知太でも多数意見が合憲の判断をしていることから絶対に違憲の推定が働くとはいえないことは留保しておきたい。

 ようは、違いはどちらを問題にするかどうかで何か違ってくるかはまだわかんないってことやな。

参照:ジュリNo.1399 p56安西
レモンテストとは
 ①法律の目的が世俗的であること
 ②主要な効果が宗教を促進市あるいは抑圧するものでないこと
 ③政府と宗教との過度のかかわり合いを醸成するものではないこと
 以上の三点を満たして初めて合憲とする。

目的効果基準とは
 前提として、制度保障説。→かかわり合いが社会通念上に照らし相当とされる限度を超えるものに限る。その判断方法として
→目的が宗教的意義を持ち、その効果が宗教に対する援助、助長、促進または圧迫、干渉等になる
かどうか。
 
 目的と効果をいずれかの特定行為について問えない場合(例えば長期の行為の集積によって現状が問われる場合)には、目的効果基準は機能しないので、
   →①当該宗教施設の性格②無償提供の経緯③無償提供の態様④一般人の評価
     などの諸般の事情を考慮し、社会通念に照らして総合的に判断する。
     参照:富平神社判決。空知太神社判決
        この事例は、土地を神社のために無償で貸していた事例とそれを解消して無償で贈与した事例
 
   
   ↓
 
※政教分離原則の理解については、同ブログ内「主観的権利と客観法」


 レモンテストでいくか、目的効果基準で行くかは政教分離原則の公平と不介入の調和的観思考のうちで、どちらを強調するかということに尽きる。
 例えば私立学校に対する助成を行うことは宗教に対する不介入に反するが、全国の学校に助成金を配る場合に私立学校だけ除くとなると、宗教と非宗教との間で不公平が生じる。
 この場合にどちらを重視するかということである。