今朝、5時半起床、何のための早起き?
毎年の7月初めの恒例ながら、千葉公園で蓮の開花をみるためである。
朝6時頃、蕾がスローモーションのように大きくなり、最後にポンという音がして開花する。
今朝は、ゆっくり朝食をとったりして、千葉公園に着く頃には8時頃になってしまった。
ここの売り物は、春の桜と今の時期の大賀蓮である。
今は、大賀蓮の満開の時期、当然ながら池はカメラマンで一杯。
おなじみの顔も拝見する。
蓮の淡いピンク色は美しい!
北条重時が念仏堂を建立した寺であるが、1252年に僧 忍性がここを拠点として律宋寺院として大きく発展した寺である。忍性は、土木事業を鎌倉幕府の委託を受けて行うかたはら、民衆の救済事業を行った。
特にハンセン病患者に救済活動をしたことで知られる。生きた菩薩として当時の人々から尊敬を一身に集めた。当時は建長寺と並ぶ大寺院であったが、自然災害、火事などで次第に建物が失われ、寺の敷地も縮小してしまった。現在は本堂となっている吉祥院のみが残る。
江ノ電極楽寺駅下車、数分、ここはアジサイで有名な成就院があるので、ついでに寄るといっては失礼かもしれないが、そんな感じになってしまっている。
もっとも、寺院の中には国宝が多数保存されている。
極楽寺という名前がいいですね。
肝心の本堂である吉祥院の写真がないって?撮影禁止で撮影できませんでした。
どうして撮影禁止なのだろう。
参考文献
東京都写真美術館で「世界報道写真展2005」を見る。
自然の災害はかくも人に残酷なものか
人はなぜ、殺し合うほど愚かなのか
悲しいほどの貧しさに生きる人々
躍動するスポーツの美しさ
こうした、息をのむような場面が、世界中のプロカメラマンの撮影から紹介されている。
写真のもつ性格の一面である記録性が遺憾なく発揮されている写真展である。
私には、あまりにも惨い現実、見るのが苦しくなる。
こうした写真が意義のあることは認める。
だが、私には撮れない。カメラが泣いている。
東京都写真美術館で
記憶の鏡として生まれた写真が「芸術」として地位を獲得するまでのさまざまな試みの写真が展示してあった。
第1章 絵画との出会いと別離
第2章 回帰 写真の目
第1章の絵画との出会いのときの写真は、私にとっては新鮮な写真に見えた。
ヘンリー・ビーチ・ロビンソンの「夜明けと日没」
まさに絵画そのもの、
この写真の作り方は、まず下絵を描き、それに従って、風景、人物を別々に撮影し、それを切り抜いて、貼り合わせ、継ぎ目をレタッチで修正したものである。
今なら、レタッチソフトを使って易々と実現できる。
面白そう!やってみたい!
第2章の写真の目は、人間の目とカメラの目とは異なることを意識して、変わりゆく都市をとらえたもの、
シュールリアリズムに影響された写真など興味深い。
鎌倉へは、今年は何度か足を運んだ。でも、写真の整理をさぼっていた。
6月末に大学時代の友人達と鎌倉に行って、ブログに紹介したついでに、いままでの写真も整理する気になった。
これから時間を割いて、一日一寺のペースで紹介していきたい。
撮影時期が6月初めなので少し、季節はずれの写真もあるけれど。
最初は成就院、1219年に北条泰時が建立した寺である。由比ヶ浜近くにある。
1333年の新田義貞の鎌倉攻めで焼失した。
このとき、新田義貞の率いる兵達は山男ばかりで、海を見るのが初めてであった。満潮の折りに、新田義貞が刀を海に捧げ、進軍のため、海の水が引くことを祈願した。干潮で潮が引くのをみた兵達は神が味方したと思いこみ勇気百倍、勝利したという逸話が残っている。
元禄年間に寺は復興され、現在に至っている。
北鎌倉にある東慶寺は別名、花の寺とも呼ばれている。
江戸時代は駆け込み寺と呼ばれ、女性の離婚希望を叶える寺でもあった。
私は、この寺の庭にある石仏が大好き!東慶寺に行くたびに石仏の左手をそっと握りしめることにしている。仏の慈悲心が石仏の左手から私の体内に流れ込んでくる。
体が、ポーと温かくなる。
人に話しても本気にされないが、私だけの体験ではないと思う。
東慶寺に同行した人に話した経験では、次の2つのどちらかです。
(1)私に続いて仏の手を握り、「本当に温かいものが体に流れ込んでくる!」といって感激してくれた純真派。
(2)「前に仏の手を握っていた人の体温が残っていたのでは」などとのたもう超現実派
あなたは、どちらですか?
この寺の庭に「さざれ石」がおいてある。
日本の国歌にでてくる「さざれ石」である。
いわれも写真に写したけれど、読めるでしょうか?
読みにくいと思いますから、ここに引用します。
「さざれ石
この石は学名を石灰質角礫岩という。石灰石が雨水に溶解して、その石灰分を含んだ水が時には粘着力の強い乳状体となって地下において小石を集結して次第に大きくなる。やがて、それが地上に現れて国歌によまれているごとく千代八千代、年をへて、さざれ石巌となりて苔のむすという景観、実に目出度い石であるこの石は国歌発祥の地と云われる岐阜県揖斐郡春日村の山中にあったもので、その集結の状態はこの石を一見してよく知ることができる」
今年は、鎌倉にもう4回も足を運んだ。
名古屋に勤務していたときは、新幹線で京都まで僅か30分だったので、京都の寺は年中訪れていたけれど、今は千葉からでは遠いので古都めぐりはもっぱら鎌倉になった。
最後の2枚の写真は少し前の6月初めに撮したもの。
右側は珍しいイワタバコである。葉がたばこの葉に似ている。
東慶寺の岩にへばりついている植物である。
「胸が痛む」と「心が痛む」とは同義語だと思っていました。
「胸が痛む」の胸とは心のことだと思っていました。いままでは。
先週の土曜日の夕方、NHKのテレビで沖縄の読谷村(よみたん)の沖縄戦の証言を見ました。
米軍が読谷に上陸したことから読谷の村の方々に悲劇が訪れました。
洞窟での集団自殺、沖縄北部への逃避行、数々の悲劇が次々に証言で明らかにされていきます。
この番組を見ていて、次第に胸が痛くなってきた。胸とは物理的な意味での胸のことです。
押しつぶされるような感じで、悲しみよりも、その痛みの方が気になりました。
番組が終わったら、胸の痛みも消えていきました。
昔の人も、悲しいときに本当に胸が痛くなったのだということに
今頃気が付きました。戦争は、こんなにも惨いものだと改めて認識して、
同時に今なお、村の面積の半分を米軍に使用されている読谷の村の方がたが
いかに大変だということも思い知らされました。
沖縄戦で亡くなられた20万人の御霊の安らかなることに祈りを捧げます。