心の旅 ー自然と町並みの美しさを求めてー -80ページ目

心の旅 ー自然と町並みの美しさを求めてー

あちらこちらを楽しく旅してみたいと思っています。

趣味の写真を中心として旅先情報などをお届けします。

ウトロに宿泊、ホテルの近くまでエゾシカがやってくる。

近年、エゾシカが増えすぎて、農家に深刻な被害が出ている模様です。

農作物にエゾシカが嫌いな臭いを散布したり、農地の周りに電流を通した電線を張り巡らしたり、

などと自衛策を講じているようです。

エゾシカを減らす為に、エゾシカの天敵のオオカミを放つことも考えたようですが、今度は人間に被害が及ぶことも考えられて、結局、毎月頭数を決めて射殺しているようです。

頭数をきめているために、角などの売れる牡のエゾシカが標的になり、牡のエゾシカはあまり人前に現れないそうです。

でも、写真は私の前に現れた牡のエゾシカです。可愛いいですね。

警戒心ゼロで、近くまで寄ってきました。


鹿

ウトロ港から知床観光船に乗りました。硫黄山往復コースで乗船時間は90分、北海道の景色とかもめを堪能しました。

90分間、殆ど甲板にたっていたけれど、寒さは特に感じないで、むしろ心地よい風に吹かれて時を忘れて過ごしました。


知床観光船   かもめ


知床観光船より



網走の東にある小清水原生花園、7月中旬に訪れたため、花の盛りは終わっていました。

でもところどころエゾキスゲやハマナスが咲いていました。

写真の黄色い花はエゾキスゲです。


小清水   ezokisuge

知床にある美しい滝、写真で見るように途中で2つに分かれるために双美の滝とも呼ばれています。

さわやかな滝ですね。


オシンコシンの滝

知床に行ってきました。丁度、世界遺産に指定されるときで地元の人々はみんな喜んでいました。

知床の自然はいいですね。エゾシカ、キツネ、リス、ツルなどの野生動物が観光バスから見ることができ、みんな歓声をあげていました。


知床5湖を散歩、1湖、2湖、・・、5湖というように順番に単純な名前がついています。

ヒグマに遭遇しないようにバスの添乗員の方が鈴を鳴らして歩いてくれました。

あいにく、3湖から奥は、ヒグマがでているということで散策禁止になっていました。



写真は知床5湖のうちの2湖です。7月下旬ですが、山々にまだ雪が残っていますね。


知床5湖

千葉県の佐原は、江戸時代の中期に利根川の船による江戸への米などの運送で栄えた町です。

当時、財力から祭り文化が発達し、現在でも山車が25台も残っています。

江戸時代、明治時代の建物が多く残り、重要伝統的建造物として国から指定されています。

佐原は、また江戸時代の測量学者・伊能忠敬の暮らしていたところとしても有名です。

かれの使っていた建物がまだ、現存しています。


祭りは、国指定重要無形民族文化財として指定されています。

今年は夏祭りが7月15,16、17日に行われました。

秋の祭りは10月7,8,9日に行われます。


7月の17日に佐原に行ってきました。

あいにく、暑い日でしたが、祭りの山車を担ぐ若者たちの熱気に押されて、

写真もバチバチと撮ってきました。

熱中症にならないようにときどき、水をがぶ飲み、それでも耐えかねて、ときどき冷房のたっぷりきいた休憩所に入り体を冷やしていました。

町の人が、みんなで力を合わせて祭りを盛り上げている姿はいいですね。

素晴らしい!!

佐原祭り   佐原祭り


昔、昔、世田谷城の城主と結婚した常盤姫は夫が自分の殺害を企んでいることに気づきました。

父親に助けを求めるためにサギの足に文をつけて放しました。

しかし、気づかれて姫は殺され、サギも矢で射られました。

サギは、傷つきながら姫の父親の元に飛び続けましたが、途中で力つきて死にました。

サギの落ちたところに明くる春、一本の草が伸び、7月に花が咲きました。

その花はサギの化身だったのです。

形はサギそのもの、美しい気品は常磐姫の魂が乗り移っているからでしょう。

サギソウの花は7月から9月まで咲き続けます。

日本原産の花です。

サギソウ      

日本の18歳人口は1992年に205万人であったが、2005年に137万人、2006年は更に4万人減らして133万人になり、それ以降も2007年は130万人、2008年は124万人と減少していく。

高校卒業者数もほぼ、これに比例して減少の予定である。

このため、2007年は大学全入時代といわれている。大学・短大の定員数と大学・短大の志願者数が同じになるからである。


だが、本当に大学全入時代は来るのか?

結論から述べると大学全入時代は来ないと思う。

大学・短大定員数と志願者数イーコール時代がくるだけである。なぜなら、受験生はどこの大学に入っても良いなどと決して考えないからである。


 2001年に大学・短大の合格率は83%程度であったが、すべての大学が定員を充足して、17%の志願者が浪人したわけではない。2001年において、すでに定員を充足していない私立大学は30%を超えている。

また、充足率が50%以下の私立大学がこのとき、すでに22校もあった。

 最近は、更にひどい状態になっていよう。

なぜなら、私大の入学者が定員に満たない大学は次のように急速に増加しているからである。

1996年 3.8%

1998年 8.0%

1999年 19.8%

2000年 28.2%

2001年 30.0%


つまり、2007年は、

(1)競争率の相変わらず高い大学

(2)定員を満たない大学

の2極化が更に鮮明になる時代である。

けっして、大学全入などにはならないのである。


高校生諸君、やはり勉強しないと良い大学に入れないからね。


これから、大学はかって経験したことのない厳しい試練が待ち受けている。

厳しいときにこそ、人の真価が問われるように、これからは大学の真価が問われる時代である。

すべての大学人の奮起を待ちたい。

それぞれの大学が個性輝く大学作りを目指していただきたいと思う。

「ザ・ハウス・オブ・トヨタ」


615ページもある本なので、読むのにも時間がかかった。

トヨタがGMを抜いて自動車会社世界一になる日も数年以内にくるであろう。

このトヨタの強さはどこからくるのか?


著者の佐藤正明氏は、強さの秘密は豊田佐吉の発明家としての遺伝子にあるという。

この本の大部分は、豊田佐吉と豊田喜一郎の記述にさかれている。


豊田喜一郎は、一日数回手を洗わなければ技術者ではないといった。

社長になっても、現場に一日何度も行き、機械の油の中に手を入れて仕事をしたからである。

現場を大切にした人である。


今、多くの企業の経営者は、どれだけ現場に精通しているのだろうか?

不祥事が起きるたびに繰り返される「知らなかった」ですまされるのであろうか?



現場主義、徹底したコスト削減、技術研究への更なる投資・・

こんなトヨタの強さの秘密が記述されている。



佐藤 正明
ザ・ハウス・オブ・トヨタ 自動車王 豊田一族の150年
文芸春秋  2005年5月刊

鶴岡八幡宮


義経と雪の吉野山で別れた静御前は頼朝に捕らえられ、1186年4月8日に鶴岡八幡宮で舞を舞うように強要される。

多くの鎌倉武士に取り囲まれながら、静御前は健気にも義経に恋いこがれる思いを踊りと歌に託したとされる。



鶴岡八幡宮に身を置きながら、目を閉じると美しい静御前の舞が目に浮かぶ。

朗々とした静御前の歌声が聞こえてくる。

「よしの山、みねのしら雪ふみ分けて、いりにし人の、あとぞ恋しき」

貴方も鶴岡八幡宮で目を閉じてください。可憐な静御前の舞姿が見えますよ。



多くの無骨な鎌倉武士も思わず、涙したと伝えられる。

このとき、静御前は義経の子を宿していた。

生まれた男の子は頼朝の命で海に沈められて殺されたといわれる。

静御前は失意のうちに、京都に去ったとされる。