心の旅 ー自然と町並みの美しさを求めてー -74ページ目

心の旅 ー自然と町並みの美しさを求めてー

あちらこちらを楽しく旅してみたいと思っています。

趣味の写真を中心として旅先情報などをお届けします。

ローマの休日で、オードリー・ヘップバーンがアイスクリームを食べるシーンがスペイン広場ですね。

その広場には、3回ほど行きました。

いつも、スペイン広場の階段には、大勢の人たちが座って休憩をしていました。

   

スペイン広場    

スペイン広場の階段

  

 

この階段は、1722年に作られたものです。

階段の上には、トリニタ・ディ・モンティ教会があります。

1495年に作られたクーポラ(塔)が一つ写っていあすが、実は左にもう一つのクーポラがあります。

  

「ローマの休日」の映画では、ヘップバーンがここで、アイスクリームを立って食べる可愛いシーンがでてきますね。今は、ここでアイスクリームを食べることは禁止されています。

でも、近くにアイスクリーム店があるので、その店で食べました。

映画では花屋もでてきますね。花屋は階段の左の方に少し移動して今も開業しています。

  

  

映画では、相手役の新聞記者のジョーは、スペイン広場の近くのアパートで暮らしていますね。

そのアパートにも、添乗員さんのNさんに案内してもらいました。

写真をお見せしましょう。

  

ジョーの家?   

ジョーのアパート??


午前中のオプショナルツアーである「バチカン博物館」の見学のあとは、完全なフリータイムになりました。

けれど、親切な添乗員のNさんに色々なところにボランティアで案内していただきました。

  

そのうちの一つであるパンテオンを紹介します。

パンテオンは紀元前27年に作られ、紀元80年に火災で焼失、紀元3世紀に再建されています。

天井の頂上部分から光と風が入るように設計されています。

  

 パンテオン  

パンテオンへ

  

パンテオン   

パンテオン天井

  

 パンテオン  

キリストを抱く聖母マリア (パンテオン)

  

   

 パンテオン

パンテオン祭壇

  

 パンテオン   

壁画(パンテオン)




京都に行ってきました。

まだ、イタリア紀行が終わっていないので、取りあえず東福寺の写真を1枚、お見せします。

今年の紅葉は、どこも駄目ですね。

  

夏に雨が少なかったので、

(1)葉が汚れている。

(2)樹が弱っているので、活力に乏しい、

などなど・・・で

  

ハットするような美しい紅葉には、残念ながらお目にかかりませんでした。

でも、きれいですよ・・・

  

東福寺

京都:東福寺 2005年11月22日





ヴァチカン博物館はオプショナル・ツアーでした。

青の洞門も見に行きたい気もしましたが、やはりヴァチカン博物館を選びました。

私たちは、団体で予約済みで、あまり待たないで入れましたが、個人で行くと大変そうでした。

長い行列ができていました。3時間くらいは入るのにかかりそうでした。

ヴァチカン博物館は、撮影自由でした。フラッシュはだめですが・・

  

ヴァチカン博物館   

コンスタンティーナの石棺

この石棺の高さは2.25メートルで巨大です。コンスタンティヌス皇帝の娘のために

340年頃エジプトで制作されたものです。

 

ヴァチカン博物館

火災の間:「ボルゴの火災」 下絵はジュリオ・ロマーノの作である。

ラファエロも筆を加えたとされている。

  

   

  

ヴァチカン博物館

署名の間:「聖体の論議」 ラファエロ作

   

   

ヴァチカン博物館

署名の間:「アテネの学堂」 ラファエロ作

なお、写真は絵の右半分のみです。

  


  

ヴァチカン博物館

ヴァチカン博物館の天井です。





サン・ピエトロ大聖堂で撮した写真のうち、あと数枚をご紹介します。

  

サンピエトロ大聖堂  

ペトロ司教座

  

この ペトロ司教座はベルニーニが1658年から1666年にかけて制作したものです。

ペトロ司教座の左の彫像は聖女ヴェロニカでフランチスコ・モーキの作です。

右の十字架を片手でもっているのは、聖女ヘレナでアンドレ・ボルジの作です。

ペトロ司教座の下に見える人たちは、終わったばかりの洗礼式に出席された方々です。

  

サンピエトロ大聖堂

聖女ヴェロニカでフランチスコ・モーキの作

   

    

サンピエトロ大聖堂

ペトロの司教座

  

上の写真は、ペトロの司教座ですが、ここでは、上の部分にご注目ください。

天井に明るい窓が3つ見えますね。

実は、この教会の屋根は丸屋根(クーポラ)になっていて、屋根の下の部分に明かり取りの

丸屋根の下の部分に円周に沿ってついています。

そのうちの一部分が写っています。

丸屋根の建設には多くの人が関わっていますが、そのうち

明かり取りの窓のすぐ下に見えるドラム(胴輪)はミケランジェロが建設したものです。

   

すてきな教会ですね。

また、行きたいです。この教会は素晴らしいです。

  



サン・ピエトロ大聖堂に午後1時頃入る予定だったのに、今日は洗礼式があるので、入れませんという連絡がイタリア人のガイドさんからあった。

でも、入れないとミケランジェロのピエタが見られなくなるとがっかりしましたが、

捨てる神あれば、拾う神ありですね。

夕方、4時半頃ぎりぎりで、洗礼式が終わりそうなので入ってもよいといいうことになりました。

というわけで、運良くサン・ピエトロ大聖堂に入ることができました。

 

まだ洗礼式の方がおられて撮影できました。

下の写真です。これ、スクープものですね。

   

サンピエトロ大聖堂

洗礼式の方々

  

それで念願のミケランジェロのピエタを見ることができました。

処刑されたキリストを抱いた聖母マリアの悲しげな顔、悲しみを堪え忍ぶ優しい顔ですね。

このペエタはミケランジェロが1498~1499年の2年掛けて制作しています。

ミケランジェロが21歳のときの作です。

写真では、はっきりしていませんが、聖母マリアの肩から胸にかかっている皮帯にミケランジェロのサインがあります。

   

   

サンピエトロ大聖堂

ピエタ

   

   

   

サンピエトロ大聖堂

ピエタ

  

  

続いて、聖ペトロの司教座を撮影しました。

聖ペトロはキリストの一番弟子ですね。

この司教座はベルニーニが1658~1666年にかけて制作したものです。

この中にペテロが使ったといわれる玉座が納められています。

  

  

  

サンピエトロ大聖堂

聖ペトロの司教座

   

  



サンピエトロ大聖堂

聖ペトロの司教座

   

  

サンピエトロ大聖堂

教会内の彫像






サンピエトロ広場はヴァチカン市国にあります。

広さは幅240メートル、長さ340メートルもあり、ローマ最大の広場です。

 サンピエトロ広場

 サン・ピエトロ広場、何か催しものがあるのか椅子が並べてありました。

 中央に見える塔は、ローマ皇帝カリグラがエジプトから運ばせたオベリスクです。


サンピエトロ外EPV0140   

これは、サンピエトロ広場に面する柱廊です。

  

  

この広場に面してあるのがサン・ピエトロ大聖堂です・

ここはキリストの高弟のペトロの殉教の地であるので、4世紀からこの大聖堂の建設が

始まり、16世紀に完成しています。

  


サンピエトロ大聖堂外観   

 サン・ピエトロ大聖堂

  

サン・ピエトロ大聖堂の外観の一部をクローズアップしたので、下の写真です。

  サンピエトロ大聖堂外観  

  

サンピエトロ大聖堂外観   

次回のブログでサン・ピエトロ大聖堂の内部を紹介します。





真実の口は「ローマの休日」で一躍有名になりましたね。

オードリー・ヘップバーンの可愛いしぐさが忘れられないフアンも大勢いるはずですね。

何を隠そう、私も大のオードリー・ヘップバーンフアンです。

ローマの休日の映画をいまだに、ときどきビデオで見ています。

Joe:The Mouth of Truth. The legend is that if you're given to lying,and you put your hand in there,

it'll be bitten off.

(ジョー:これは真実の口です、伝説では、嘘つきの人が、そこの口に手をいれると、手がかみ切られるそうですよ。)

・・・・・・・・(ジョーが手を入れてかみ切られたふりをする。プリンセスはジョーを助けようと必死になる。

ジョーが冗談だと白状する。)・・・・・

Princess:Oh,it never had your hand,you beast!

王女:貴方の手が食べられたと思ったわ。意地悪ね!)

  

でも、真実の口に手をいれるために30分も行列に並びました。

嘘をつく人に、噛みつくというけれどまだ、誰にも噛みついた実績がないのにです。

  

次に、ヴェネツィア広場に。

イタリア人は広場が大好きですね。どこのイタリアの都市にも美しい広場があります。

うらやましいですね。

  

  ヴェネツィア広場(ローマ)  

  ヴェネツィア広場、後の建物はヴィットリオ・エマヌエーレ2世記念堂

  

  広場の近くにトレビの泉があります。

  

トレヴィの泉  

トレビの泉

  

ここで泉に後向きになって、利き腕で 聞き腕の反対側の肩の上から硬貨を泉に投げ入れると

また、ここに来ることができるという迷信?があります。

勿論、ツアーの全員が泉に後ろ向きになって硬貨を泉に投げ入れました。

でも、写真でみるように東京の満員電車以上の混み具合で泉の縁までまで行くのが、なかなか大変でした。

  

  

トレヴィの泉にて   

トレビの泉にて

  

また、ローマに来たいのは日本人だけではありません。

写真のように外国人も、どうしてもまた、ローマにという願望で一杯でした。

  

トレビの泉のそばのアイスクリーム店で食べたアイスクリーム、

とてもおしくて、そのうえヘップバーンになったような気分でした。


フォロ・ロマーノはコロセオの隣にあります。

フォロ・ロマーノは西暦前6世紀に、すでに下水道などの建設が始まったとされています。

整備が完成したのは初代ローマ皇帝のアウグストゥスのときで、アウグストゥスが建てた建物跡が多く残っています。

  

ここに、いたののはほんの少しの間なので、説明を簡単にして写真中心に掲載します。

  

  

フォロ・ロマーノ(石畳)  

初代ローマ皇帝も使っていた石畳です。古代ローマ人に なったつもりで歩きました。

  

  

  フォロ・ロマーノ/  

 フォロ・ロマーノにある「テイトゥスの凱旋門」

  

  

  フォロ・ロマーノとコロッセ

 「セヴェルスの凱旋門」

   

   

  フォロ・ロマーノEPV0058

 フォロ・ロマーノとコロッセオ

   

   

  フォロ・ロマーノEPV0056

フォロ・ロマーノと周辺の建物

   




ローマで最初に訪れたのはコロッセオです。

ローマに行ってコロッセオに行かない人はいないでしょうね。

  

コロッセオはローマ皇帝ヴェスバシアヌスが建設を始めて、息子のティトウス皇帝の代になって

完成したといわれています。

古代ローマの娯楽設備で5万人の観客を収容できるスペースがあります。

ここで、人対人、人対猛獣の死闘が繰り広げられたのです。

死闘の前に、場内に砂をまき、死闘の後に血で汚れた砂を取り除いたといわれています。

ゾットしますね。古代ローマ人は野蛮でしたね。

  

やがて、5世紀になって、流石にこんな野蛮な競技は禁止されました。

それ以来、大理石が建築資材として大分持ち去られて荒廃してしまいましたが、

現在は、勿論保存が保護されています。

  

コロッセオは観光客で一杯でした。

観光客の9割はアメリカ人と日本人でしょうね。

  

コロッセオ  

コロッセオの外観

コロッセオ   

コロッセオの外観

  コロッセオ  

 コロッッセオの内部