心の旅 ー自然と町並みの美しさを求めてー -71ページ目

心の旅 ー自然と町並みの美しさを求めてー

あちらこちらを楽しく旅してみたいと思っています。

趣味の写真を中心として旅先情報などをお届けします。

千駄木駅から三崎坂を東に歩いていると谷中霊園に突き当たります。

ここで三崎坂は日暮里からのもみじ坂と合流します。

道なりに上野へ向って少しあるくと右手に大雄寺があります。

 

この寺には明治維新時に活躍した幕府側で3舟と呼ばれた一人の高橋泥舟の墓があります。

3舟とは、勝海舟、山岡鉄舟、高橋泥舟の3人です。

高橋泥舟は山岡鉄舟の義兄弟で、剣聖と謳われていたひとです。

江戸攻防戦をめぐって、主戦論と江戸開城に意見が2つに分かれる中、無血開城を主張した

論客の一人です。

  

大雄寺

大雄寺


  高橋泥舟墓

   高橋泥舟墓

この大雄寺から近くのお風呂屋さんの煙突が見えます。

お風呂屋さんは今は開業していませんが、

煙突、入る口は、開業当時のまま残されています。

間違えて、洗面器、タオルをもって入りそうですね。

そこには、入りませんでしたが、どうやら博物館らしき内容に

変身しているようです。

  

風呂の煙突

大雄寺からみるお風呂屋さんの煙突


  

参考文献

高橋 泥舟, 安部 正人
泥舟遺稿―伝記・高橋泥舟

江戸、明治の古きよい時代の面影を伝える谷中、根津、千駄木周辺を「谷根千」と書いて「やねせん」と

呼んでいます。

谷根千の三崎坂には寺がずらりと並んでいます。

今回は、そのうち全生庵を紹介します。

  

全生庵は明治維新で徳川を代表して西郷隆盛と談判して江戸を火の海から救った山岡鉄舟が明治16年に

開基したものです。かれは明治維新の国事で倒れた人々を弔うために、この寺を建てたといわれています。

  

この寺には、山岡鉄舟の墓、三遊亭円朝などの墓があります。

  

全生庵  

全生庵


 全生庵桶

 桶

  

山岡鉄舟墓

山岡鉄舟墓


三遊亭円朝墓

  三遊亭円朝墓

  

参考文献  

安部 正人, 山岡 鉄舟, 勝 海舟
鉄舟随感録

三崎坂の「いせ辰」の少し東にコーヒー店「乱歩」があります。

  

江戸川乱歩は、ご存じだと思いますが、ミステリー作家です。

外国のミステリー作家であるエドガー・アラン・ポーをもじってつけたペンネームです。

江戸川乱歩は谷中の団子坂で古本屋を営業していました。

 

そんなわけで、ここのコーヒー店のご主人も江戸川乱歩の大のフアンで、店の名前に乱歩を拝借したのだそうです。

この店は、内田康夫「谷中殺人事件」にも登場してきます。

 

私は時間がなかったので寄りませんでしたが、可愛い猫ちゃんが店にいるそうです。

なお、夜はスナックに変身するそうです。

  

(江戸を歩く 谷中界隈編はあと数回続きます)

  

コーヒー店、乱歩 <-クリック


千駄木駅から東に行くと「三崎坂」があります。これは「さんさきさか」と読みます。

別名「首振り坂」ともいいます。

この通りには情緒のある店が並んでいます。

  

千駄木駅から三崎坂を東に歩くとまず左手に「菊見せんべい」があります。

明治八年創業の店です。

一枚五〇円くらいしますが、一枚でも売ってくれます。

せんべいを囓りながら三崎坂を散歩するのもいいですね。

  

やがて右手に「いせ辰」があります。

江戸情緒豊かな千代紙を売っています。店に入って見るだけでも江戸時代に

タイムスリップしたような気分になります。

  

菊見せんべい

菊見せんべい                     


いせ辰 <-クリック

いせ辰

昭和20年(1945年)47

 桜の美しく咲く頃、

  戦艦大和は沖縄へ

   水上特攻として赴く途中で

    多くの敵機の攻撃を受けて

  水深300メートルの海底に眠った。

  戦艦大和には乗務員として、

    多くの1516歳の少年兵たちが
     乗り込んでいた。

   祖国を守るため、愛する家族を守るため

    勇敢に戦い、そして散華した。

     祖国が不死鳥のように

      蘇る日が来ることを信じて。

   そして、残された者の限りなき悲しみ、

     生き残ったものの永遠の痛恨。

暫くぶりに映画を見ました。

「男たちの大和」

  

 前途有為の若者たちが死地に赴くシーンに

戦争がどれほど残酷か、思い知りました。
国を思い、散っていった若者たちに
 ただ、ただ、涙しました。


最初から最後まで涙、涙、
  近くに人がいなかったら、

    号泣していたかもしれません。

地下鉄千駄木駅から西に白山方面に向う道を団子坂といいます。

団子坂のいわれは、昔通りに団子屋さんがあったからという説と団子がどこまでも転がっていくような険しい坂という説があります。なるほど、団子を転がしたらどこまでも転んで行きそうな急坂です。

  

千駄木駅から団子坂を上がりきると森鴎外が住んでいた観潮楼の跡地にでます。

ここに文京区が鴎外記念本郷図書館を建てています。

図書館には、勿論鴎外の関連図書が多数あります。

図書館の庭園は鴎外が利用していたものがそのまま残り、情緒があります。

この庭に、3人冗語の石があります。

森鴎外、幸田露伴、齋藤緑雨の3人が「雑誌 めざまし草」に載せる新作批評をしながら

この石の前で写真を撮ったことから名付けられています。

その写真も図書館に保存公開されています。

  

ここで、森鴎外が樋口一葉の「たけくらべ」を激賞したことは有名です。


この図書館には、鴎外記念室があり、鴎外の日記、手紙、硯、デスマスクなどが展示されています。

私の以前の趣味は書道だったので、思わず垂涎ともいえる一品が硯です。端渓の立派な硯でした。

  

写真は、3人冗語の石です。

  

鴎外 <-クリック

3人冗語の石

江戸のある街、 谷中界隈を散歩してきました。

  

根津神社から千駄木に出て、団子坂を通り、更に三崎坂、愛玉子などを経て上野にでました。

一度には紹介できないので、順に紹介していきます。

今回は根津神社です。

広大な敷地に神社、神楽座、稲荷などがあり、さらに多くのさつきが植われていました。

5月頃にきたらさぞかし、きれいでしょうね。根津神社の境内には、陸軍軍医総監であった森鴎外が寄付した石灯籠が現在も残っています。

  

根津神社は、1900年前に日本武尊が作ったといわれている神社です。

江戸時代、太田道灌が社殿を建設しています。

現在残っている社殿は江戸時代の5代将軍徳川綱吉が奉建したものだそうです。


現在の権現造りの社殿・唐門・楼門・透塀等がこれで、昭和六年国宝(現重文)に指定されています。

  

○御祭神
須佐之男命・大山咋命・誉田別命・大国主命・菅原道真公

  

  

根津神社

根津神社

根津神社 

  

根津神社

根津神社

根津神社

  

  

根津稲荷 <-クリック

根津稲荷


一昨日、日帰りで愛知県まで行ってきました。

新幹線で新富士のあたりで美しい富士の姿をかいま見て感激しました。

 

新幹線は猛スピードで走っているので、その窓からの富士の撮影は厳しいですね。

でも、一応撮影はしたものの、その画像をブログに載せるために圧縮したところ画像の中の

空にノイズが発生してしましました。

  

お見苦しいかもしれませんが、折角撮った富士なので掲載します。

空の部分をよく見るとムラがあります。原画にはなかったものです。

でも、ご笑覧ください。

  

富士 <-クリック

上野の牡丹園に行ってきました。

残雪に牡丹の花の色が対照的で目の保養になりました。

黄色い花の蝋梅も美しく咲いていました。

牡丹は、普通4月の中旬から5月の上旬に咲くのに、冬牡丹は何故、冬に咲くのでしょうか?

どなたか、ご存知の方がおられたら教えてください。

shouenさんに早速、下記のように教えていただきました。有難うございました。

寒牡丹は二季咲き性のボタンの変種です。人工的に 11 月から翌年の 2 月に咲かせます。春につく蕾はつみ取り,夏の終わり頃に葉をつみ取って花期を遅らせ,藁の霜囲いをして暖かいところに保護すると冬に開花するのだそうです。花にとってみれば,随分迷惑な話のようです「東京都立神代植物公園」より

下の写真は、クリックすると大きくなります。

  

上野牡丹園   冬牡丹

上野牡丹園                      

  

冬牡丹   冬牡丹

  

  

冬牡丹   冬牡丹

  

蝋梅   蝋梅

蝋梅

なお、上野牡丹園で撮影したフォトアルバムは下記のURLに掲載してあります。

併せてご覧ください。

そこの写真もクリックすると大きくなります。


下記のURLをクリックすると冬牡丹の写真アルバムを見ることができます。
http://www.imagegateway.net/a?i=JDujMwdCLq

千葉にも初雪が1月21日(土)に降りました。

東北では、雪は邪魔者以外の何物でもないと思いますが、

私の家の近くの子供達は、初雪に外に飛び出して、雪だるまを作ったり、

雪合戦をしたりして大はしゃぎでした。

  

私も、今日、雪の撮影を楽しみました。

  

五重塔   五重塔

中山法華経寺五重塔                

  

上の写真は下総中山にある中山法華経寺五重塔です。

雪景色はきれいでいいですね。

  

  

水子地蔵

水子地蔵

  

中山法華経寺の奥の院に水子地蔵を祀ってあるところがありました。

産声をあげることなく亡くなった赤ちゃんを悼んで多くの水子地蔵がお祀りしてあります。

水子地蔵も昨夜の雪に半分埋もれていました。

  

写真の水子地蔵は赤いコートを羽織っています。

コートは、まだ新しいので、昨日の雪の日に風邪を引かないように、コートを届けにきた方がおられたものと思います。

楽しみにしていたお孫さん、お子さんの産声を聞く前に失った方々の悲しみの声,亡くなった赤ちゃんを慈しむ心が水子地蔵から伝わってきます。